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クレージー右京  作者: 不二原 光菓
ドリアン騒動
18/110

その18

「お前達、まだ千駄木に帰らなくていいのか」

 ようやく落ち着いた左内が、残りのお結びを食べながら鷹娘たちに尋ねる。

「お前達とは旧知の間柄だが、これ以上甘えるのはどうも心苦しい。何しろお前たちは……」

「大丈夫です、左内様。世話係の凛之助には話を通してありますから」

 美鷹はお任せくださいとばかりに大きく羽を広げた。

 家臣は頼りにならないが、なんとこの鳥たちの頼りになることよ。左内は感謝の意味を込めて一礼する。

「御家老様、私一寸気になることがあるのです」

 美鷹が声を潜める。

「忠太郎を連れ去ろうとした、美形集団なのですが……」

「実は、私もあ奴らの事が心のどこかに引っかかっていたのだ。ドリアンの種を奪うのが目的であれば、忠太郎を料亭に誘ったあの男が目的を果たしているはずだ」

「ええ。あの程度のたいして取り柄も無いどこにでも居そうな顔の男子など、わざわざさらう必要はありません。さらっても楽しくないし」

「お姉さま、趣味で話をすると混乱しますわよ」

 貴鷹がくぎを刺す。

「うん、ドリアンの件は酔っぱらった忠太郎が得体のしれない武士にすべて話してしまったらしいし、我が藩にこの騒動の責任を取らせるため証人として必要なのであれば、酔いつぶれた時にすぐかどわかしてしまえばよいのだ。わざわざ店を出てからさらう必要は無い」

 それに、あの曲者どもからはかなり鍛え上げられた武芸者の気が漂っていた。

 左内は(つぶて)を弾き返した首領の太刀筋を思い出してまなじりを決する。

「あたしが思うに、どうもあのおていって女が臭いね」

 幸屋での苦労を思い出したのか、険しい目でおけいが口をはさむ。女の敵は女、厳しいチェックがこの結論を生み出したのであろう。

「でも、一概にあの武士の味方とも言い切れないんだよね。ドリアンの種を盗んだ武士との会話で、ドリアンの種の隠し場所を聞き出そうといった気配があったし」

「おていという女、池津公の手先の武士と、そして忠太郎を襲った一派と両方につながりがあるのではないかしら」

 美鷹が記憶の底をさぐりながら、呟く。

「私たちが美形に弱いって事を、なぜかおていが知っていた。その弱点を知っているのは、忠太郎をかどわかした一派しかいないはずなのに。あの女は双方に接点があったとしか考えられない……」

「確かにドリアンの種を盗み取られた後で忠太郎がまたさらわれたのも、二つの勢力があったと考えれば辻褄があうわね」

 貴鷹がうなずく。

「種を狙っていたのは、池津公だけでは無かった、という訳か」

 彼女たちが言うことが正しいのかもしれない。おていの身のこなしは素人のものではなかった。ふとした立ち居振る舞いにも、場数を踏んだ武芸者に近い隙のなさがあった。

 左内が左手の細い親指を下唇に当てて目を伏せる。

 池津公の動機は、殿に対する私怨という極めてわかりやすい理由である。

 しかし、もう一派の動機はなんなのであろう。

「なぜ、最初忠太郎は種を盗まれただけで放置されたか。池津公は種だけが目的、忠太郎をどうこうしようなどという思惑は無かったに違いない。そしておそらくおていはドリアンの種をあまり重要に考えてなかったのだろうな。しかし、彼女を密偵として操る上の者にとってはドリアンの種が重要であった……」

 おていの報告で、すぐさま別の一派が動き出す。

 しかし時すでに遅し、彼らが動き始めたのは武士はもうとっくに藩邸に付いている時刻。いくら凄腕の乱破(らっぱ)であろうと、それなりの警備を敷いていることが予想される大名屋敷を下調べもせずに忍び込むことは困難である。

 彼らは、ひとまずドリアンの種は池津藩に置いたままにして、詳細を忠太郎から聞き出そうとしたに違いない。

「それにしても、あのおっちょこちょいのポン助に何を聞いたって要領を得るはずがないのに、よっぽど焦ったのかねえ」

 まるで左内の思考を見透かしたかのようなおけいの言葉。

「だけど、あのドリアンの種ってそんなに貴重なものなんですかあ」

 深く考えることがキライな舞鷹があくびをしながら聞く。

「うう、貴重といえば貴重だが……」

 あの臭いを思い出して、左内は顔をしかめる。

 ドリアン自体にそれほどの価値は無い。将軍に献上されることに決まったからこそ、貴重になったのだ。

 ドリアンを持って行けなければ、我が殿の落ち度になる。天晴(あまはら)公に嫉妬する池津公が我が藩の落ち度を調べるうちに、この種に行き当たった。さっそく盗んだのも失脚を狙っての事だ。

 そして。

 もう一つのドリアンの種を狙う物ども。これは、種だけが目的ではない。

 忠太郎を誘拐しようとしたのは、やはり種にまつわる情報を手に入れようとする目的だろう。彼から情報を得ようとするあたり、我が藩に詳しいものとは思えない。ドリアンの事を知ると同時に、それを手に入れることのできるからくりを持つ我が藩に興味を持ったという訳か……。

 内憂外患。

 左内の頭に毛筆で荒々しく書いたような四字熟語が浮かびあがる。ただでさえ殿で苦労しているのに、そのうえ何やらきな臭~~い一派が美行藩に狙いを定めたようだ。

 はああああああああーーーーっ。

 孤独な左内は大きなため息をついて、思わず傍らの鶏を抱き寄せる。

「きゃああああーーっ」

 鷹達の悲鳴があがる。

「左内様、年増が好きなのですか~~」

「だれが年増だよっ。あたしゃね、その気になれば左内様の卵だって産める歳なんだよっ」

「馬鹿お言いっ、なんで鶏が人の卵を産めるんだいっ」

「ふん、美鷹。なんのために右京がいると思ってんだよっ、なんとかと(はさみ)は使いようだろっ」

 ぞぞぞーーっ。

 あいつなら喜んでやりかねん。

 鶏冠(とさか)の生えた子供を抱く自分の姿を想像して左内の背中に冷たいものが走る。

 前世に何か問題があったのであろうか、内憂外患に加えて左内には女難の相と、人災の相があるようである。

「左内様、御顔が蒼いですよ~~」舞鷹が心配そうに覗き込む。

 ああ、ちょっと縁起でもない想像をしたからだ。

 左内はそう言いかけて、言葉を飲み込んだ。何かが頭に引っ掛かったのである。

 あお。

 何か、気になることがあった……。

 ふと彼の脳裏に浮かびあがる、かすかな光る青。

 左内は額のドリアンコウが見た土蔵の陰の不自然な青い光を思い出した。

 あれは、土蔵に種があると思って、何者かが付けた目印か……。

 ドリアンの種を狙う一派はまだ我々が種を奪還したことを知る由も無い。

 と、いうことは。

「次に狙われているのは、曽根美濃(そねみの)藩邸だ……」

 左内は先ほどまで騒動を繰り広げた隣の藩邸がある方に目をやった。




「光る青いものだとお」

 配線を調整しながら、うるさそうに右京が振り返った。

「蛍光を発する青いものなんて、沢山あるだろ。特殊な光を当てれば透明な宝玉だって青く光るものがあるし。緑っぽいものならクラゲとか……。おお、そうだ海ほたるを潰して乾燥させると、水分があるところで青く光るから忍びの者などは目印に良く使うぞ」

「それだっ!」

 声とともに左内が差し出した人差し指が、右京の高い鼻にめり込む。

「ふがーっ、この糞忙しい時になんなんだっ」

「実は隣の藩邸が狙われているらしいんだ」

 左内は手短に先ほどの鳥たちとの会話から導いた結論を説明する。

「ふうううん、そりゃ因果が報いって奴じゃないか」

「まさか、お前の口からその言葉を聞くとはな……」

 因果が報うのであれば、殿やこの右京など原型をとどめないくらいコテンパンにやられてもおかしくないはず。因果律の神は気まぐれか、ものすごく気が長いのに違いない。

「隣にこのことを知らせに行こうかと思うのだが、推測にすぎないことを知らせるとまたどんな騒ぎになるかもしれぬ、何か賊の防御になるようなものは作れないか」

「お金も、栗饅頭も無い状態で、私にその要求は無理だ。武器は作れないしな」

 右京はそう言い捨てると、作業に戻ろうと踵をかえす。

「ちょっとまて」

 慌てて襟首を掴んで引き戻す左内。

「お前も知っているだろう左内。私は武器に関する思いつきは滴一滴(しずくいってき)すら出てこない。天才的なだけに、武器なんてものは利を生まないという事が頭で計算する前から答えが出ているのだ」

 ならば、お前がしでかす数々の迷惑な発明は、その頭でどう計算されているのだ。

 と、いう言葉をぐっと飲み込んで左内は続ける。

「ここには尾根角兄弟と私、そしてお前と鳥たちしかいない。もし、隣に賊が忍び込んだ時に、戦力としては非常に心もとない状態だ。何とか隣に犠牲がでないような方策は無いか……」

「お前はどこまで人が良いんだ? あれだけ酷い扱いを受けたんだぞ」

 右京の口がとんがっている。確かに七味に浸かったり、山椒を被ったり、右京もあの藩邸で相当ひどい目にあっている。(実際に手を下したのは左内であるが)

「だが、このドリアンを育てるのに火災を起こして隣に迷惑をかけたのも確かだ。この種が原因で罪も無い人々を危険にさらすわけにはいかない」

「だめだ。今はこの時間進行装置に夢中なんだ。隣がどうなろうが知ったことではない」

「そう言わずに何か考えてくれよ」

「私に期待するとひどい目に遭うぞ」

 それは左内も身をもって知っている。知っているが、選択肢が無いのだ。

 左内は唇を噛みしめる。

「発想代は、かなり高くつくぞ」

 右京が不気味に目を光らせる。

「い、いくらなんだ」

 五十両を吹っかけられた昨日の事を思い出して、左内の背中に冷や汗が流れる。

「栗饅頭三十個」

 無欲なのか馬鹿なのか天災なのかよくわからないが、この男の頭の中では五十両と栗饅頭はあまり価値が変わらないのかもしれない。

 ああ、こいつの非常識もたまには役に立つ。左内はほっと胸をなでおろした。

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