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クレージー右京  作者: 不二原 光菓
大奥暴走編
108/110

的(いくは)

「片杉左内、これで勝ったと思うなよ。われらとはまた別の――、後は自分達で何とかするがいい」

 不気味な笑い声と共に去っていった田沼意次。

「われらとはまた、別の……とは」

 左内がつぶやく。

「治済様、治済様が懸念しておられた大奥の陰謀とは、田沼のことだったのですか?」

「おたこから来たつなぎには、どうも女中たちが二手に分かれて争っていると。そして、どんどん一人の女中の虜になっているという話であったが」

 左内がおたこの方を向くと、おたこは意味ありげにうなずいた。

「それは、いくはのことか?」

 自分を助けてくれたいくは。左内はどうしても、陰謀の主とは考えられない。

「あの女の汁は、変だ。あれを飲むとみんないくはの言う事に逆らえなくなる」

「それは、あの汁が美味しいから……では」

「他でもない、お、お前が飲むなっていったんじゃないかっ、味のついた汁が飲みたかったのに、ずーっと白湯を飲まされた身にもなれっ」

 突然右京が左内の胸倉をつかむ。

「美味しい汁を独り占めしようって魂胆だったのか」

 人々から羽交い絞めにされて引き離されてもまだ吠え続ける右京。

 お富がほかの男のものになった時点で、もう人間としての理性は失われている。

 だが、確かにそうだった。自分もあの汁には危険を感じていた。

 左内は頭を振って、どうしてもいくは寄りになる自分の判断をかき消す。だが――。

「お前は、私の妹に似ています」

 いくはの慈愛に満ちたまなざしが、忘れられない。

 あの、まなざし。自分も知っている。

 どこかで。

「左内様、こうしてはおられません」

 露草堂の一言が、左内を現実に引き戻す。

「そうだ。城内でなにか陰謀が企てられているのなら、一刻も早く地上に上がらねば」

 左内はあたりを見回す。

 田沼一派はすでに姿を消している。蜂は地下のねぐらに帰ったのであろうかすでに姿を見ない。

 そこには、おたこと首領、そして治済とその部下たち、そしてお富がいる。

 治済とお富は、地上にいるよりもここの方が安全だろう。

「露草堂、お前はここに残って、治済殿とお富さんの警護をしてくれ」

 首領は裏切った田沼一派からは置き捨てられている。こちらの味方になったようだが、まだ信頼はできない。

「私と右京は地上に出て、殿を探す」

「プピー」

 右京はもう一歩も動かないという風に首を振る。

「そんなこと言わないで。ほら、お京ちゃん、あなたの不思議な力でお城を救ってちょうだい」

 お富が両手いっぱいの飴玉を右京に差し出す。

 右京はひったくるようにそれをつかむと、大口を開けてざらざらとそれを流し込む。

 そしてもう少しとばかり手を出す。

「ええい、卑しいっ」

 左内がぴしゃりとその手をたたいた。

「糖分は取ったし、来い」

 返事は聞かずに左内は右京の耳を引っ張る。

「お富、あれは?」

 ずるずると引きずられていく右京を見て、治済が目を丸くしている。

「ええ、私の大切なお友達なんです」

「化け物も手なずけるとは、さすがだ。お富の魅力は化け物にもわかると見える」

 治済の目はすっかり恋による視力低下を起こしている様子である。

 振り返って、仲睦まじい二人の様子をちらりと見る右京。

「未練がましいんだよっ」

 左内は右京の首をつかんで、地上につながる出口に向かっていった。





 一方、こちらは地上の高岳、お袖、そして殿。

 右京と左内はすでに男性の体に戻っている。のだが、殿の全身はいまだもって暑苦しいくらいの女っぽさをまき散らしている。

 何しろ、露草堂が持ってきた女体丸を一気飲みしてしまったのだ。殿の体の中には今、並みの女性よりずっと高い女性成分がみなぎっている。口の先で息を吹きかけようものなら、向こう三軒の男どもが倒れるほどの凶暴な色気である。

「いくはがお城の地下迷宮の工事を請け負った若狭の石工、岩元奏山(そうざん)の娘で、口封じをされた家族の敵を狙っているのであれば、こうしてはいられません」

 お袖の言葉にうなづいた年寄りの高岳(たかおか)

(いくは)が、狙うその的、とは……」

 その瞬間。高岳の顔からすっと血の気が引く。

「た、大変じゃ。こうしてはいられん」

「どうなさったのですか、高岳様」

「今日、いくはが床入りじゃ。上様の身が危ない」

 高岳を先頭に三人は部屋を飛び出した。

「出会え、出会えっ」

 しかし、誰の姿も見えない。

「いくはに操られているのかもしれん。何を聞いても出てこないように指示されているに違いない」

「床入りは、どこで」

「こっちじゃ」

「お通しできませぬ」

 三人の前になぎなたを立てに持った女中が立ちはだかる。

 明らかに目つきがおかしい。

「いくはは軽業のほかに催眠術も芸にしていたらしい。きっとあの汁で中毒状態にした上で、軽く催眠をかけているのであろう、いくぞお袖」

 えやああああっ。そう叫ぶと高丘がなぎなたを構えた女中に突っ込む。

 年寄と言ってもあくまで役職、本当の年寄ではない。

 催眠術にかかっているとはいえ、女中も高岳の顔は忘れていないようだ。

 振り下ろすなぎなたが一瞬遅れた。

 パシッ、手刀で首を討つ。高岳の背後で女中が崩れ落ちた。

 素早く、なぎなたを拾うと構える高岳。

「およし。お前が行くのじゃ」

 高岳はなぎなたの刃先とは反対の方で殿の背中をどつく。

「お前、妙な才能がある。お前なら何とかできよう」

「いや、そんな買い被り……」

 この姿なら、家治殿にはバレまいが。……たぶん。

「ばれたら、お取り潰しですよっ!」

 左内の怒った顔が殿の脳裏に浮かぶ。

「ええい、妓を見てせざるは、雄なきなりっつ」

 殿の座右の銘を叫ぶと、天晴(あまはら)公は駆け出した。

「どうせ将軍が死んで幕府が転覆すれば、藩も何もめちゃくちゃだしな」

 そういう状況は嫌いではないが、家治殿を見殺しにはできん。

 なぎなたをかいくぐり、殿は寝所に向かった。


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