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4 魔法の現実

 正式発表の翌日。




 北郷が住む山荘の敷地内に、北郷直轄の親衛隊1個連隊2000人が一列になり、直立不動をしていた。

 帝国軍の中でも精強で忠誠心の高さから選りすぐられた精鋭2000人は、ただ前を見ていた。彼等の視線の先には事実上の最高司令官であり、絶対的な神、北郷一寛が侍従長や侍従数人を側に従え、魔法使いが持っていそうな杖を持って立っていた。




 2000人もの人間からの視線を受けても北郷は何ら動じる事なく、一歩前へ出て話を始める。


「諸君、既に知っている事だろうが、我々は異世界へと飛ばされた!

 このアメリカ大陸の隣には未知の大陸があり、その大陸にはドラゴンのような伝説上の怪物など、予想もつかないような生物が数多く生息している!

 現状では情報が乏しく、我が帝国の兵器が有効なのかはまだ分からん。しかし、生物である限りは必ず有効だと私は確信している!」


 そこで一旦話を止め、親衛隊の顔を見る。全員何ら一切動揺してなく、北郷の言葉を疑っていない。

 彼等からして見れば北郷は絶対的な神であり、「神の言う事に間違いは無い」と確信しているため、何ら疑っていない。


 一方、北郷としても近代兵器が本当に効くのかは分からないが、実は効くのか分からないなんて言った所で不安を煽り、更には権威が下がりかねないので、効くと自信満々に断言する。


(衛星で見る限り人間は銃や大砲で戦ってたんだ。なら小銃やミサイルだって効く筈だ)


 不安を感じつつも、北郷は演説を続ける。




「しかしその一方、この世界には前の世界には無かった、脅威に成りうるモノも存在する!」


 北郷は突然、10m程離れた場所にある巨大な岩の方を向く。

 親衛隊からして見れば北郷が突然横を向き、岩を見出したので疑問を覚えるが、発言の許可が無いので黙って見ている。


 そして北郷は、無言で杖を巨岩の方に向ける。

 魔術書に書いてあった魔法は全てコピーしたので本当は杖など必要無いのだが、イメージを植え付けるために杖を構え、親衛隊にも聞こえるように大きく、ゆっくりと呪文詠唱を行う。


「目覚めよ我が血に眠る力よ。我が求めるは火の力……」


 いきなり杖を構えて呪いのような事を言い出した北郷を見て、親衛隊員達は「何か奇跡でも起こすのか?」と少し興奮していた。無論、顔には決して出さず、ただ黙って見ている。

 普通の人間が同じ事をすれば十中八九精神を疑うだろうが、神が行えば彼等には神聖な儀式に見えるのだ。


「来れ火の玉、我が敵を打ち倒せ、ファイヤーボール(×9)!」


 自分の魔力を使って普通にファイアーボールを放つと同時に、×9個分、つまり10個分のファイアーボールを杖から放ったように見せる。

 杖から突然巨大な火の玉が飛び出し、見事巨岩に命中すると、爆撃音のような大音量を鳴らしながら爆発し、10m以上以上はあろうかという巨岩は粉々になった。




 とんでもない光景を目にし、親衛隊員達は会議室での戦略研究会の面々のように驚愕こそしたものの、この程度の規模の爆発ならばロケット弾やミサイル等で見慣れている。尚且つ「神である北郷様ならあのような事も可能だろう」と彼等なりの常識で理解した親衛隊員達は即座に立ち直り、全員が無言で拍手をして北郷を称える。


 その反応に、北郷としては会議室同様に絶句すると思っていたが、即座に回復して拍手を送ってくる親衛隊に心の中で感嘆の思いを浮かべる。が、顔には一切出さず、手を上げて拍手を止める。

 無論、親衛隊もそれに応えて直ちに拍手を止め、再び直立不動に戻る。


 拍手が止んだ事を確認した北郷は、親衛隊隊長に近付き、尋ねる。


「今のを見てどう思った?

 率直に答えよ」

「はっ、素晴らしい御力です! 正しく神の御技と感嘆致しました!」


 敬礼をして隊長は答える。

 彼の中の北郷に対する忠誠心は元々限界まで上がっていたが、先程の火の玉を見て天元突破をしていた。


 しかし、そんな彼の思いとは裏腹に、北郷は首を横に振る。

 それを見た隊長は長年の訓練のお陰で顔色こそ変えていないが、「何か間違えてしまったのか?」と内心大いに動揺していた。




「残念な事に、先程の技は私の力ではない。

 あれはこの世界の力……魔法だ」


((((……魔法…?))))


 隊長は勿論の事、他の隊員達も北郷の突然のファンタジー発言に固まる。

 普通の人間が魔法なんて言葉を言ったのなら「疲れているのか?」と心配するか、無理矢理にでも病院に連れていくのだが、それを言ったのが神である北郷様なのだから疑う事すら不敬だ。


「…魔法…ですか…」


 日頃の訓練のせいか、隊長は顔色こそ全く変える事は無かったが、口調には動揺が表れてしまった。

 しかし、北郷はそれを聞かなかった事にする。それが当たり前の反応だからだ。


「そうだ。信じられんだろうがこの世界には魔法が存在し、魔法を使える者を魔術師と言う。

 …とは言え、誰もが魔術師になれる訳ではない。魔術師になるには才能が必要になる」




 そう言った直後、北郷は左手を1振りする。すると、親衛隊2000名全員の前に北郷と同じ杖と一枚の紙が出現した。

 普通なら驚愕し、手品か何かかと疑うが、親衛隊は北郷の能力を直に何度も見ているので誰1人として驚かない。


「全員自分の前にある杖と紙を拾え!」

「「「「はっ!」」」」


 北郷の命令に従い、親衛隊員達は杖と紙を拾い上げる。


 ちなみに紙には、火属性のファイアーボールの他に、水、土、風属性の初級呪文が書いてある。

 魔術書をそのまま渡せば簡単なのだが、魔術書にはこの世界の言語で書いてあり、そのままでは北郷以外には読めないので北郷が日本語に翻訳したのだ。


「現在、この日本帝国内で魔法を使えるのは私だけだ。何人かの日本人にも魔法の才能が無いか実験して見たが、未だ1人も成功者はいない。そのため、今回はお前達で実験する。

 全員、杖を誰もいない正面に構え、一番上に書いてある文章を読め!」

「「「「はっ!」」」」


 全隊員は北郷の命令通り、誰もいない正面に杖を向け、呪文の詠唱を始めた。


「「「「目覚めよ我が血に眠る力よ。我が求めるは火の力……」」」」


 各人は大きな声を出している訳では無いが、2000人もの大合唱なのでそれなりの音量になる。




 そんな大合唱を聞きながら、北郷は内心不安だった。


 その不安とは、呪文をこの世界の言語ではなく、日本語で詠唱しても成功するかだ。

 もし言語自体にも意味があるのなら、日本語に変えた事で成功しない可能性が高い。しかし、現在日本帝国にこの世界の文字を読める者は北郷以外にいなく、今からこの世界の文字を教えていたのではあまりにも時間がかかり過ぎる。

 そのため、日本語でも魔法が発動するのかを実験するために、親衛隊員達に読ませているのだ。もしも日本語で無くても成功するなら魔法研究はかなりやり易くなるが、現地の言語でしか成功しないなら大ブレーキとなる。

 とてつもなく、重大な実験なのだ。


 一方、そんな事を知らない親衛隊員達は、まるでマンガやアニメに出てくるような恥ずかしい呪文を唱えさせられている。

 しかし、本人達にして見れば神である北郷から命令されてやっているので別段羞恥心を感じいる訳ではなく、中には「子供の頃に憧れた魔法使いになれるかも」と、内心高揚しながら呪文を詠唱する隊員すらいた。




「「「「来れ火の玉、我が敵を打ち倒せ、ファイヤーボール!」」」」


 2000人もの呪文詠唱が完了し、魔法名を唱える。


「…………」

「「「「…………」」」」


 しかし、無情にもその魔法名である火の玉は1つも現れず、辺りには重苦しい沈黙が広がる。


(やっぱり日本語じゃ駄目か? それともあの杖は俺専用で他人には使えないとかか?

 うーーん…2000人もいれば1人ぐらい成功させると思ったんだけどなぁ……まぁ、一応確認して見るか)


「何かしらの反応が出た者は、一歩前へ出よ!」


 北郷自身も望み薄と分かっていたが、一応確認は取った。

 すると、そんな北郷の願いを聞き入れてくれたのか、1人が列から前に出た。


(おぉ、いたか!……にしても…2000人もいてたった1人かよ…。

 そもそも魔術師の才能が希少なのか? それとも、ただ単に日本人には魔術師の才能が乏しいのか?)


 確認のため、北郷は列から外れている隊員に質問する。


「どんな反応があったのだ?」

「はっ! とても小さいですが、確かに杖の先の宝石から火花が飛び散りました!」

「…火花?」

「はっ!」

「…………」


 自分の初めての時は握りこぶし大の火の玉が出たと言うのに、火花だけという言葉に北郷は絶句する。


「…もう一度やって見せよ」

「はっ! 目覚めよ我が血に眠る力よ。我が求めるは火の力……来れ火の玉、我が敵を打ち倒せ、ファイヤーボール!」


 念のために再度やって見せた所、確かに火花は起きていた。

 杖の先の魔石が若干赤く光り、そしてライターの点火が失敗したかのようなショボい火花が少しだけ飛び散った。


「……そうか、ご苦労。

 列を離れ、あっちに並べ」

「はっ!」


 火花を出した隊員は北郷が指差した方に走る。北郷が指示したのは一番右端の隊長の右、つまり誰もいない場所だ。

 隊員は隊長の右隣に到着し、再び直立不動をして待機する。




 その後、残りの1999人に水、土、風の初級魔法が出来るか試した所、水属性に1人のみ反応が現れた。

 ただし、それは火属性の時同様、とてつもなくショボい結果だった。水属性の初級魔法である「放水」は、北郷が初めて発動させた時は水道を全開にさせたぐらいの強い水流が出たというのに、隊員が出したのは子供用水鉄砲より弱い、チョロッと水が出ただけ。


 2000人中、魔法が使えた者は僅か2人。オマケにその2人の魔法は全く使えないレベルという、悲惨な結果だった。


(……もしこれが大陸においても標準なら、魔術師はとてつもなく貴重な存在という事になる…。

 もしくは……あんまり考えたくはないが、日本人には魔術師としての適性が薄いか……ほぼ無いという事だな…)


 思っていたよりも酷い結果に北郷は憂鬱になるが、とりあえず日本語でも魔法は問題無く使えるという事が分かったので、気を取り直す。

 念のために親衛隊全員にこの世界の文字を教えた後に、今度はこの世界の言語でやらせるつもりだった。あまり期待は出来なさそうだが、もしかしたらの可能性があった。




「よし、ではそこの2人以外は、自分が持っている杖と紙を一ヶ所に纏めよ」

「「「「はっ!」」」」


 隊員達は命令通りに列の前に杖や紙を一ヶ所に纏める。紙は書類のように積み上げられ、杖はキャンプファイアーの薪のように重ねられた。


 それらを確認した北郷は、杖を構え、ファイアーボール×20を放つ。先程粉々にした巨岩程の大きさの火の玉が出て、爆撃音のような大きな音を鳴らしながら、杖や紙を粉々にした。

 普通にガソリンをかけて焼却処分にした方が楽なのだが、万が一魔石が燃え残りでもしたら厄介なのでファイアーボールで破壊したのだ。


 結果、魔石は勿論の事、杖や紙も粉々になり、ただのゴミと化した。


 それを見ていた親衛隊員達は、今度こそ口を開けながら呆然としていた。

 最初に見た時には神の御技としか思わなかったので現実感が無かったが、自分達の中から2人とは言え、出来る者が現れた事によって北郷が出した極大の火の玉がいかに偉大なのかが理解出来た。

 ほぼ全員が何も起こらず、かろうじて起きた2人にしても北郷様が出した極大の火の玉に比べたら無いも同然。


((((自分達人間とは遥かに格が違う。いや比べる事すら愚だ))))


 今日何度目かの、隊員達の再認識だった。




 そんな事は知らない北郷は、魔石や紙をちゃんと処分出来たかを確認した所で、親衛隊の方に振り返った。

 その時には隊員達も動揺から立ち直り、普段通りの顔をしていた。


「本日これより、親衛隊において魔術兵科を新たに創設する。

 魔術兵科は読んで字の通り、魔術師が所属し、魔法や兵器を用いて戦う部署だ。そして、現在ここにいる2人が、魔術兵科第1期生だ!」


 北郷に指名された2人は敬礼する。


「「はっ! 名誉ある第1期生となれ、光栄に存じます!」」


 うんうん、と北郷は頷いた後、命令する。


「しかし、現在のお前達ではとても使い物にならん。

 よって、先ずは魔法の腕を磨くため、その紙に書いてある初級魔法をマスターするのだ」

「「はっ!」」

「無論、兵士としての訓練も怠るでない。魔法は使えても体力が無かったり、武器が使えないのでは兵士として無意味だからな」

「「はっ!」」


 今まで通りの訓練をしながら魔術師としての訓練も怠るなという、とんでもない命令だが、魔術兵科の隊員達も重要な事だと理解している。

 それに何より、新設された兵科の1期生という、出世を約束されたポジションに就けた事で内心上機嫌だった。










 その後、北郷は自室に戻り、ため息をつく。


「ふ~~…。

 魔術師としての才能があったのはたった2人……それも今は全く使えない…」


 思っていたより悪い結果に、北郷は改めて頭を悩ませる。

 自分が簡単に魔法を使えたんだから、他の者達もそこそこ使えるのだろうと予想していたため、この惨憺たる結果に頭痛すらした。


「何故あんなに出来ないんだ……?」




 北郷はこのように考えているが、この世界においてはこれが当たり前なのだ。

 魔法とは生まれつきの才能が全てと言っても過言ではなく、後天的に魔法が使えるようになることは無い。なので才能が無い人間は、どんなに努力を重ねても決して魔術師にはなれない。

 それに例え運良く魔術師としての才能を持っていたとしても、それから長い長い修行を行わなければ使い物にはならない。


 下位の魔法ならば魔術師としての才能さえあるなら、努力を惜しまなければほとんどの魔術師は会得出来る。

 しかし中位からは歴然とした才能が必要になり、才能がある者なら数年程度で会得出来るが、才能が乏しい者はその十倍以上の年月が掛かるか、どんなに努力を重ねても会得出来ない。

 上位に至っては十年に1人ぐらいの才能と、何十年にも渡る修行を経てようやく会得出来る。


 それほど、魔法は才能が全てなのだ。


 しかし知っての通り、北郷は初めから紙(神?)によって千人に1人という類い希なる才能を与えられているため、下位の初級魔法も練習無しでマスター出来た。千人に1人と言われると大した事が無いように聞こえるが、実は物凄い事なのだ。


 魔術師としての才能を持つ子供が生まれる確率は、千人に1人。


 つまり、千人に1人の才能という事は、魔術師として考えると百万人に1人という、とてつもない才能となる。


 比較対象が少ないのと、魔法についての知識が無いので北郷はその素晴らしさがイマイチ理解出来ていないが、もし普通の魔術師がこの事実を知ったなら嫉妬で北郷を殺したくなるだろう。

 それほど、北郷の才能は異常なのだ。


 ちなみに、魔法には火、水、土、風の4属性があり、北郷は全属性を難なく使う事が出来た。

 これも勿論異常な事で、普通の魔術師なら1人1属性。才能豊かな魔術師なら2属性を使いこなせない事もないが、北郷のように全属性が使えるなど前代未聞だった。




 与えた側からして見れば大した事では無かったのかも知れないが、もしも北郷が大陸で生まれていたなら、間違いなく歴史に名を残す大魔術師になっていただろう。

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