47 何時も通りに(終)
対リディア戦争から10年。
お馴染みの日本帝国による莫大な予算と物資を投入する統治政策により、ようやく旧リディアも発展を遂げつつあった。
初期の頃は国粋主義や反日感情が高かったために、反政府活動やテロなどが頻発したが、日本帝国軍による徹底的な粛正と、免税や食料、物資の配給、住宅の建設、仕事の斡旋、無償での教育などの手厚い保障によって、反日感情が薄れて逆に日本帝国の支配を受け入れていった。
元々国粋主義や反日感情が高まったのは日本製品によって失業し、食べていく事が出来なくなったからだ。そのため、日本帝国の支配によって免税や生活物資の配給など昔より良い生活が送れるのなら、住民達は手のひらを返したように日本帝国の支配を肯定する。
勿論、中にはそれでも日本帝国の支配を拒絶して国粋主義を貫く者達もいたが、賛成派の住民からの密告によって次々に逮捕された。賛成派にとって国粋主義者は旧リディア王国の遺物であり、日本帝国の支配を邪魔する事で自分達にもとばっちりが及ぶ可能性が高いので、有害な存在でしかない。
かつて国粋主義者達が日本製品の代理店を襲撃したように、賛成派は邪魔者である国粋主義者を排除したのだ。
旧リディアの安定化が完了した日本帝国は、突如、アークティカ大陸へと進軍した。
宣戦布告は勿論、何の理由も無く突然の侵略に、アークティカ大陸の列強国であるレムノス王国、イカリア王国、カルマニア王国は為す術も無かった。
それはそうだろう。何しろ日本帝国とアークティカ大陸の国々との間に、トラブルらしきモノは皆無だったのだから。
国境を巡ろうにも、内海を隔てた別の大陸なのだからあり得ない。日本帝国が勝手に宣言した領海についても、アークティカ大陸の国々は黙認していた。
そもそも、日本帝国にしてもアークティカ大陸の国々にしても、交流自体がほとんど無かったのだからトラブルなど起きようが無い。精々がアークティカ大陸の国々の貴族や商人が貿易特区であるロードス島を訪れるぐらいで、日本帝国側にいたってはアークティカ大陸に全くの無関心だ。
こんな状況で突然日本帝国が侵略して来るなど、誰が予想出来ただろうか…。
しかし、現実には日本帝国軍が大艦隊を引き連れ、レムノス王国、イカリア王国、カルマニア王国の3ヵ国同時に攻め込んだ。
一方、3ヵ国側は戦争準備など欠片も出来ていなかった。それもその筈、パンゲア世界では戦争を行うには徴兵を行い、膨大な数の兵士を揃えなくてはならないのだが、何の予兆も無くいきなり日本帝国軍に侵略されたため、アークティカ大陸側は徴兵など行っていなかった。
前記したが、蒸気機関車も無いパンゲア世界では農民など、地方に住む平民の徴兵にはどうしても時間がかかってしまうため、隣国などに直ぐに察知される。
しかし、日本帝国の場合は徴兵制度こそ無いが、常に戦争が可能な体制をとっており、更には交通機関や輸送手段も発達しているのでパンゲア世界とは比べ物にならない程に、早く戦争準備を終えられる。
更に言えば、日本帝国の統治法によって新たに占領した地域は40年間は外国人の立ち入りが禁じられているため、アークティカ大陸側が日本帝国の戦争準備を察知するなど不可能なのだ。
そんな事とは露とも知らない3ヵ国は、常備戦力のみで日本帝国軍と相対した。士官や下士官は揃っているものの、あくまで平時の体制でしかなかったので、最低限度の戦力で日本帝国軍と戦う他無かった。
例え徴兵を行って万全な体制を取ったとしてもアークティカ大陸側の勝ち目は低いというのに、常備戦力である数千~1万程度では日本帝国軍の足止めにすらならなかった。
3ヵ国で連合軍を組むなり、場当たり的にでも徴兵を行えていれば少しはマシになったかも知れないが、日本帝国軍が3ヵ国同時の3正面作戦を行った事で連合を組む時間すら無く、それによって徴兵を行う暇すら無かった。
一方、日本帝国軍は機械化された部隊を次々と上陸させ、瞬く間に占領地を拡大させていった。
敵軍との遭遇はあるにはあったが、数、質ともに日本帝国軍が圧倒しており、大抵は戦う前に敵軍は降伏して戦闘すら起きなかった。稀に、諦めずに日本帝国軍に挑む部隊もあったが、文字通り鎧袖一触されて終わった。
そのため、ほぼ何ら抵抗を受ける事なく日本帝国軍は進軍した。
そして、僅か半月程でアークティカ大陸の列強国であるレムノス王国、イカリア王国、カルマニア王国は勿論、3ヵ国の属国達をも併合し、アークティカ大陸全土を支配したのだった。
この事は直ぐにアトランティカ大陸にも伝わり、パニック状態になった。
何しろ、今までの戦争は他国を攻める際には、何かしらの大義名分を掲げ、表向きでしかなくてもそれなりの宣戦布告理由を告げる。それが文明国としてのルールであり、日本帝国も今までは表向きとは言え、それなりの宣戦布告理由を述べてから進軍した。
しかし、今回は何の前触れも無く、いきなり進軍したのだ。それも、何かしらの利権を争っている訳でもない、内海を隔てた別の大陸に大艦隊を派遣した。
それも、相手側が徴兵など何の戦争準備もしていない内に、大軍勢で攻めて一気に滅ぼした。オマケに、それが列強国3ヵ国や属国達を同時に行なったなど、何もかもがパンゲア世界の常識から外れすぎていて、パニック状態に陥ってしまったのだ。
世界中(アトランティカ大陸)が大混乱に陥っている中、日本帝国は何時も通りの報告会が開かれていた。
「アークティカ大陸の併合を完了しました。まだ反乱勢力が残っていますが、間もなく掃討が完了するでしょう」
今までの大陸と違い、アークティカ大陸は敵軍の反抗体制が整う前に屈伏させる奇襲による速攻を重視したため、敵対勢力の取りこぼしや住民達の取り込みが不完全だった。
「うむ、まぁ…じっくりとやるのだ。どうせこれからは進軍を停止させるのだから…」
一段落ついたかのように、北郷はため息を漏らす。
地球世界の時に意図的にヨーロッパを残したように、日本帝国はアトランティカ大陸を攻めるつもりは無かった。日本帝国としても敵国が存在した方が国内が纏まりやすく、程々の緊張感が保てる。
それに、比較対象がいた方が日本帝国支配の素晴らしさが理解出来るからだ。
日本帝国が世界を征服しては有り難みが薄れるが、自分達とは比較にならない程に貧しく、平民達が強いたげられる国が存在すれば、自分が日本帝国に生まれた事を感謝する。
アフリカ諸国の貧困を見て優越感と安堵を覚えるように、下がいるから自分達がいかに恵まれているのかを理解出来る。逆に、下がいなければ自分達の優位を確認出来ないので、不安や不満を覚える。
そういった捌け口のためにも、外国が必要なのだ。
「…アトランティカ大陸から苦情などは来たか?」
「いえ、公式には我が国を批判する国はありません。メロス教国、ヘラス王国、ノルマン王国と言った列強国内では我が国に対する不満が高まっているようですが、それを我が国に告げる勇気は無いようです」
宣戦布告無しに加え、「相手が何の準備も整えていない状態での奇襲など卑劣極まりない」とアトランティカ大陸の王族や貴族、教皇など上流階級は皆憤慨しているが、だからと言って日本帝国を批判する事は出来ない。
何故なら、その苦情を理由に日本帝国がアトランティカ大陸に攻め込んでくれば、他の国々と同様に日本帝国に滅ぼされる危険性があるからだ。
「ふむ、別に批判されようがアトランティカ大陸に攻め込むつもりは無いのだが……こちらとしても好都合だ」
わざわざ「これ以降は進軍するつもりは無い」などと他国に告げれば侮られるだけなので、敢えて告げる事は無く、「何時攻めてくるか分からない」という恐怖を与えるために黙っているのだ。
「アトランティカ大陸の国々はよほど我が国が恐いのか、列強3国はいづれも徴兵こそかけてはいませんが、何時でもかけられるように準戦時体制を取っています。
また、3ヵ国で軍事同盟を結ぼうという動きもあります」
同盟を結んだ所で日本帝国には敵わない事は3国とも理解しているのだが、だからと言って何もせずにいるのはあまりにも不安であり、国内の混乱を少しでも沈静化させるためには必要なのだ。
「ほぅ…その軍事同盟は結ばれそうなのか?」
「現時点では結ばれる可能性が高いですが、我が国がこのまま動かなければ決裂する可能性が高いです。何しろ、3国とも利権や国境で争っていますから…」
メロス教国やヘラス王国、ノルマン王国は互いに鉱山などの利権や国境の線引きなどで、紛争が絶えない。
日本帝国という共通の敵がいるならば協力し合う事も可能だが、その日本帝国が進軍を停止して侵略の危険性が薄まれば、遠くの敵より目の前の利権や国境を巡って、再び争い合うのは目に見えている。
「成る程……まぁ、どちらにしろ問題はあるまい。例え同盟を結ぼうがわざわざ我が国に攻めてくる事は無いだろうし、我が国が進軍を停止していれば自然と崩壊する。
向こうから攻めて来ない限りは問題無い」
流石に向こうから攻めて来た場合は、何もしない訳にはいかない。
内海を越えて来るだろう、大艦隊を殲滅させるだけでも敵国にはかなりの損害だろうが、それだけで手打ちにしてはやはり侮られる。しかし、だからと言ってそのまま進軍してアトランティカ大陸を支配しては、わざわざ残した意味が無いので本格的な進軍も出来ない。
そのため、日本帝国としてはアトランティカ大陸の国々から攻め込んで来られても、対応に困るのだ。
……最も、パンゲア世界を構成する4大陸の内、3大陸を支配し、更には外海の先にあるという巨大な大陸を支配する日本帝国に、わざわざ戦争を仕掛ける度胸は無いだろうが。
こうして、地球世界と同様に日本帝国は膨張政策を中止し、内政に専念した。
外国人の立ち入りが許されるロードスはアバロニア大陸の東部にあり、アトランティカ大陸とは正反対の位置にあるので、新たにアトランティカ大陸とアークティカ大陸の間にある島を貿易特区に指定。その島以外の外国人の立ち入りを一切禁じた。
地球世界でのマルタ島のように、出島にして国内を鎖国状態にしたのだ。
何故このような事をするのかと言うと、外国人流入による治安悪化の防止などもあるが、何より一番大きな理由は技術などの流出を防ぐためだ。
下手に国内の旅行などを許せば日本帝国の知識をアトランティカ大陸に持ち帰り、蒸気機関などの研究が加速する危険性があるので、そういった技術などを統制しやすい島にのみ外国人の立ち入りを許可したのだった。
一方、日本帝国の進軍が停止した事でアトランティカ大陸の緊張感は緩み、締結間近までいっていた軍事同盟は意見の相違や利権の争いなどでご破算になり、逆に関係が悪化するという逆効果を生んでしまった。
その結果、ちょっとした国境間のいさかいから戦争が勃発し、日本帝国の目論見通り、アトランティカ大陸は混迷の時代を迎えてしまうのだった。
最後まで御愛読ありがとうございました。
途中から完全に惰性になってしまいましたが……まぁ、これが北郷シリーズですのであしからず。
次回作はまだ未定です。
とりあえずの案としては、今回は魔法がほぼ存在しないも同然だったので、次は魔法を全面に押し出したファンタジー物にしようかとも考えています。
北郷個人で飛ばすか、それとも今流行りのVRMMOでチートギルドごと飛ばすか…………まぁ、北郷がギルド(互助会)を作る、もしくは加入するのかは不明ですが…。




