46 衝撃と畏怖
事変からしばらく経ち、戦争準備が完了したリディア王国は未だ合意に至らない賠償交渉を一方的に打ち切り、「自衛のため」と称して日本帝国に宣戦布告した。
国中から軍事系職人以外の成人男性をかき集めた事で、リディア王国軍は総勢150万人にも膨れ上がった。これは文句無しにパンゲア史上最大の兵数であり、伝説や神話すら凌駕する程の大戦力だ。
……しかし、膨大な数を集めるために農民や町人、商人や職人までもを徴兵した結果、リディア王国は危機的状況下にあった。働き手である成人男性を失った事で農家の生産量は急落し、経済を循環させる商人もいないので金が回らず、商品を作る職人もいなくなったので市場に商品が並ばなく、更には消費を生み出す町人もいない。
このままでは何もせずともリディア王国は自然と衰退していって、もしも戦争が長期化でもすれば日本帝国が手を下す事すら無く、リディア王国は自滅するだろう。
そのため、必然的にリディア王国は短期決戦に持ち込むしか無く、宣戦布告直後にロードスへと進軍した。ロードスは元々リディア王国から租借した土地だったため、日本帝国の支配地(旧メディア)からは遠く離れていて孤立している。
面積は小さく、周囲をリディア王国領土で囲んでいるので比較的攻略もしやすい。更には、唯一外国人向けに解放されている土地なため、ロードスには大量の武器弾薬が売っているという事も分かっている。
喉から手が出る程に日本製の武器を欲しているリディア王国にとっては、ロードスは格好の標的だった。
今までの日本帝国軍の戦歴から、リディア王国軍は小さなロードスを攻めるにも全軍を使いたかったが、流石にそれでは後方の守りが疎かになるどころか、無くなってしまうので最低限の防衛力として30万人を残し、120万人もの大軍勢でロードスに進軍した。
30万人でもパンゲア世界の常識で考えれば大軍勢であり、日本帝国がパンゲア世界に転移してくる前までは列強国の総兵力に等しかった。しかし、日本帝国が相手では30万ぽっちなど時間稼ぎにもならない事が実証されているため、実質的に防衛戦力として残された30万人は捨て駒だった。
120万もの大軍勢が進軍する様は正に壮観で、上空を警戒する飛龍騎士の目から見れば、まるで巨大な生物が動いているかのような様だった。
その光景を目にすれば誰もが自軍の勝利を疑わず、ロードスのような小さな地域など蹂躙出来ると確信すらしていた。
マスケット銃を持つ兵士達が意気揚々と進軍しているのとは対照的に、九九式小銃や三式拳銃を持つ下士官や士官達は陰鬱とした様子で進軍していた。
マスケット銃を持つ兵士達は徴兵された農民や町人などで、情報不足からか日本帝国軍の強さをよく分かっていなかった。しかし、九九式小銃や三式拳銃を持つ古参兵にとっては、日本帝国は恐怖の対象でしかない。
何しろ、自分達が持っている小銃や拳銃は全て日本製であり、自国の技術レベルでは到底作れない代物だ。更に言うならば、今までの訓練で日本製の小銃や拳銃の優秀さは骨身に染みており、先の対メディア戦争でのベラーシの戦いに圧勝したのも、全ては日本製の小銃があったからこそなのだ。
日本帝国以外の国が相手ならば、下士官や士官も兵士達のように悠々と自信満々に進軍出来ただろうが、小銃や拳銃の元締めである日本帝国軍が相手では勝ち目など無い。特に、対メディア戦やカラハソ戦争に観戦武官として派遣された士官達は皆、顔色が真っ青だった。
直に日本帝国軍の戦いを見てきた彼等には、120万人もの大軍勢でも勝てる光景が全く見えなかった。メディア戦でもカラハソ戦争でも、日本帝国軍の鉄の飛龍(航空機やヘリ)によって大軍勢が蹂躙され、呆気なく敗れる光景を幾度となく見せ付けられたのだ。
鉄の飛龍(航空機やヘリ)対策も何度となく考えて来たのだが、現有の飛龍では到底敵わず、かと言ってその飛龍すらロクに落とせない対空ロケット弾や対空砲で鉄の飛龍を落とせる筈が無い。
つまり、鉄の飛龍に対する対抗策が一切無いため、幾ら大軍勢を率いてもメディア連合軍やトラキア・イリリア連合軍のように、蹂躙されて呆気なく終わる可能性が極めて高いのだ。
そのため、リディア王国軍の司令部では「自軍の必敗」を予想していた。
しかし、だからと言って諦める訳にもいかなかった。
日本帝国の賠償要求はあからさまにリディア王国を挑発した内容で、史実のハルノートに負けず劣らず悪辣だった。
もしも受け入れていれば間違いなくリディア王国中で内戦が起こり、それを口実に日本帝国が介入して正式に属国、もしくはリディア王国自体が無くなっていたかも知れなかったのだ。
そのため、例え負けると分かっていてもリディア王国は日本帝国との戦争に踏み切るしかなかった。何もせずに滅びを迎えるよりは、せめて戦って奇跡を勝ち取るしか選択肢が無いのだ。
それに、リディア王国が日本帝国に併合されれば王族や貴族は全員処刑されてしまうので、平民以上に彼等は必死だった。
しかし、奇跡は滅多に起こらないから奇跡なのだ。
ロードスへとあと少しという所で、日本帝国軍の複数の輸送機によって大規模爆風爆弾が投下された。
大規模爆風爆弾は爆発の際に巨大なキノコ雲を出すので核兵器に見えるが、実際は超強力な通常兵器なので放射能汚染の心配は無い。威力も通常兵器としては最大級であり、流石に核兵器には敵わないが敵に凄まじい衝撃と畏怖を与える。
なるべく多くのリディア王国軍兵士が固まっている複数の箇所に大規模爆風爆弾を投下した結果、凄まじい爆発を起こして爆発圏内にいたリディア王国軍兵士を殺傷する。それだけでもかなりの被害なのだが、核兵器のごとく凄まじい爆風を発生させ、遠く離れた兵士達をも吹き飛ばした。
そして、複数の箇所で巨大なキノコ雲が上がる。核兵器ではないと分かっている日本帝国人でさえ、その禍々しい光景に恐怖を覚えるのだ。
核兵器の存在さえ知らないリディア王国人にとっては、隕石が落ちてきたと思える程の大爆発が起きた後に、見たことも無い巨大なキノコの形のような雲が複数上がったのだ。まるで神の怒りに触れたのでは思える程のとんでもない光景に、リディア王国軍将兵はパニック状態に陥った。
幾ら時代によって宗教の権威が薄れてきたとは言え、未だに科学技術も未発達なパンゲア世界では神の存在を信じる者がほとんどだ。そんな者達が自分達の常識では計り知れない大爆発や巨大なキノコ雲を見れば、神の怒りかと勘違いしても何ら不思議は無い。
学が無い平民である兵士や下士官は勿論、高度な教育を受けた貴族である士官達も恐慌状態になり、1人が逃げ出すと一気に広まり、全軍が逃走を開始した。
そこには秩序など欠片も無く、平民や貴族に関係無く我先に逃げ出そうと走る。途中に誰かが転ぼうとその体を踏みつけながら走り、前方に味方がいようと無視して馬で轢きながら走る。
それによって少なくない死傷者が出るも、誰も気にも止めない。彼等の頭の中は「1秒でも早くここから逃げなくては」という原始の恐怖に支配されていて、他人を思いやる余裕など欠片も無かった。
このまま何もせずともリディア王国軍は撤退するだろうが、それを黙って見ている程日本帝国軍はお人好しでは無い。
攻撃機やガンシップ、攻撃ヘリなどが列の最後尾から掃射を開始する。急がせるように最後尾から順々に機関砲や機銃、で掃射していき、バラバラ死体を量産する。
リディア王国軍側も後方から鉄の飛龍達(航空機やヘリ)が追撃をして来る事を悟り、逃走の速度を上げる。神の怒り(?)に恐怖したリディア王国軍に最早戦意は無く、ただ逃げるばかり。
馬や地龍、飛龍に騎乗している者達は比較的簡単に追撃を避けられるが、自らの足で走る歩兵達は次々に掃射されていく。重い武器や装備などとっくに捨てて身軽になっているとは言え、人間の走る速度には限界があり、スタミナにも限界があるので一旦掃射から逃れても疲れてペースが遅くなれば、機関砲や機銃の餌食になる。
火事場の馬鹿力やランナーズハイにでもなれば普段より早く、長く走る事も可能だが、それとて永遠では無い。必ず限界が来て、ペースが遅くなるか体に限界が来て転んだりすれば、同じように肉団子にされてしまう。
必死に逃げようとする大軍勢に向かって、わざと最後尾から順々に機銃掃射をしていくその様は、最早追撃の段階を越えて狩りだった。
獲物であるリディア王国軍が必死に逃げて、ハンターである日本帝国軍が面白半分に最後尾から殺していく。まるで神話や伝説の中に出てくるかのような悲惨な光景だった。
結局、撤退の際に出た死傷者や掃射された数は大規模爆風爆弾によって出た死者を遥かに上回り、120万人いた内の約6割が死亡した。
更には、あの爆発やキノコ雲を見たリディア王国軍将兵の心は深い傷を負い、部隊に戻らずに脱走する者が続出した。平民である兵士や下士官は勿論の事、貴族である士官ですら少なくない数が逃げ出したのだから、リディア王国人に与えた衝撃の強さを物語っている。
しかし、後方に下がったからと言って安全な訳ではない。リディア王国軍が開戦直後にロードスに進軍したように、日本帝国軍もまたリディア王国領土へと進軍を開始していた。
リディア王国領土に残っていたのは防衛目的(捨て駒)の30万人しかいなかったため、日本帝国軍の進軍を遅滞させる事すら出来なかった。
リディア王国軍の戦略としては、120万の大軍勢でロードスを短期に攻略する事で、大量の日本製の武器を手に入れて戦力を強化しつつ、日本帝国の不敗神話を打ち崩して味方の士気を大いに引き上げ、逆に日本帝国軍の士気を下げるという、一石三鳥を狙ったものだった。
しかし、その目論見は大規模爆風爆弾によって泡と消え、残ったのは僅かな防衛戦力と敗残兵のみ。これでは日本帝国軍の進軍を止めるどころか、遅らせる事すら不可能だ。
勿論、それでもリディア王国側は懸命に奮闘したが、戦力や国力の差があまりにも開きすぎていたため、戦前の予測の通り瞬く間に日本帝国軍はリディア王国領土を占領していった。
そして、開戦から一月と経たずに日本帝国軍は王都を包囲、リディア王国に無条件降伏を要求。リディア王国国王クロードはロードス攻略に失敗した時から既に勝利を諦めていたため、アッサリと無条件降伏を受け入れた。
こうして、リディア王国は滅亡した。
属国達は日本帝国に宣戦布告こそしなかったものの、リディア王国の属国だった事や、リディア王国貴族や敗残兵が逃げ込んだなどのイチャモンを付けられ、ついでとばかりに日本帝国に滅ぼされたのだった。
「…まぁ、こんなものだろう」
僅か一月足らずで対リディア戦争が終結したという報告を受けるも、北郷は特に嬉しがる事も無い。
日本帝国にとっては予想通りの結果でしかないからだ。
「……にしても、まさかあっちから戦争の理由を作ってくれるとは思わなかったな…」
対リディア戦争が勃発した原因であるあの事変は、日本帝国にとっても予想外だった。
元々の計画ではリディア王国に潜入させたスパイに撃たせる予定だったのが、まさかリディア王国の兵士達が自らの意思で撃ってくれた。それも、日本帝国側の国境警備隊を1名負傷もさせた。
あまりにも都合の良さに事変の勃発を聞いた北郷は事実なのかを疑ったが、何度確かめてもリディア王国側が無警告で発砲したという事実しか無かったため、特に工作をする必要も無く堂々とリディア王国を非難出来た。
「…確かに……幾ら反日感情を煽ったとは言え、自らやってくれるとは考えもしませんでしたからね…」
北郷の言葉に担当者も苦笑する。
そういった偶発的な事が起きても不思議は無い環境を作ったとは言え、流石に自ら滅びの道を突き進むとは思えなかったため、最後は自作自演をして宣戦布告する筈だったのだ。
しかし、実際には絶好のタイミングでリディア王国側が勝手に暴発してくれたおかげで、日本帝国は何ら批判される事の無い復讐の権利を有してしまったのだ。
「…本当に我が国は関与していないのだな?」
「はい、詳細に渡って調べ上げましたが、今回の事変に我が国は一切関与していません。
既に犯人達は死亡しているので確証はありませんが、我が国の製品によって失業して家族が離散するなど、失意のどん底にいた兵士達が我が国の国境警備隊を見て、突発的に発砲してしまったようです。
リディア王国側もそう断定していました」
「…そうか、ならば良い…」
あまりにも事が上手く進み過ぎて北郷は不安を感じていたが、何度調べても偶発的な事故という結果しか出ないので、とりあえず納得した。
当初の予定では国境に向かって発砲するだけで、負傷者を出す気は無かったのでそこだけは不満に感じるも、負傷者のおかげで完全なる復讐の権利を得られたので良しとしたのだった。
「さて、これでアバロニア大陸も完全に支配出来た。後はアトランティカ大陸とアークティカ大陸の2つだ。
どちらかは敵役として残しておく必要があるが……まぁ、どちらでも良いか。どうせ変わらんのだから…」




