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41 無能

 絶望が漂うリディア王国とは対照的に、日本帝国は至極順調だった。


「占領地(旧メディア王国や属国)の統治状況は順調で、同化政策も進んでいます」


 搾取しかして来なかった旧支配体制とは対照的に、家や仕事、公共サービスなど様々なモノを与えてくれる日本帝国の支配を、住民達は熱烈に支持していた。

 義務教育によってほぼ全ての国民が日本語の読み書きを会得し、徐々に日本文化にも馴染んでいく。日本帝国支配後に生まれた2世達にとってはむしろそれが当たり前で、より日本人らしくなる。

 後2、3世代もすればメディア王国支配を知っている1世達はいなくなり、同化政策は完了するだろう。


「そうか」


 しかし、そんな良い報せにも関わらず北郷はただ頷くだけで、眉ひとつ動かさない。

 普通の国にとっては広大な領土を併合し、膨大な数の異民族を自国民とするのはとてつもない苦労なのだが、日本帝国にとっては何ら苦労ではない。


 何しろ日本帝国は多民族国家であり、建国以来、様々な国や地域を侵略しては現地民ごと支配地を併合し、同化政策を行なって来た。そんな事を800年近くもやってくれば完璧な同化政策のマニュアルも出来るし、豊富なノウハウも有しているので何かしらの問題などが発生しても、直ぐに対処出来る。

 それに、普通の国なら自国民を食わせるのが精一杯で、大量の異民族を食わせながらも自国民とするべく教育なども施す余裕など無い。しかし、予算や物資の制限が無い日本帝国にとっては、異民族の心を掴むなど容易く、むしろ優秀な労働力を増やしつつ、巨大な市場も形成出来るので積極的に異民族を取り込む。

 そのため、日本帝国にとっては統治や同化政策などは流れ作業でしかないのだ。









「未開拓地域のモンスターはどうなった?」


 同化政策などの報告は直ぐに終わり、黄金郷である未開拓地域の開発に移った。


「未開拓地域全域に大量の爆撃機による絨毯爆撃やナパーム弾などの投下を行なった結果、約9割のモンスターの殲滅に成功しました。

 現在は山間部など、爆撃が届きにくいエリアの掃討を行なっています」


 パンゲア世界では何百年かけても出来なかったモンスターの絶滅を、日本帝国は僅か10年で達成しようとしていた。

 とんでもない偉業なのだが、北郷は不満気な顔をする。


「…まだ絶滅出来ていないのか?」

「残念ですが、まだ完全な絶滅には至っていません。ドラゴンなど見つけやすい大型モンスターは完了しましたが、ゴブリンなどの小型で高い知能を持つモンスターは、洞窟などに潜んで攻撃を逃れています。

 現在は歩兵部隊が山岳部などをしらみ潰しに探しています」


 幾ら日本帝国と言えど、流石に絶滅は容易くない。かつて中国人を絶滅させようとした時も、最終的には長い年月を要したのだ。




「そうか…まぁ、絶滅となれば時間がかかるのは仕方ないだろう。

 資源の採掘の方は順調なのか?」

「はい、モンスターを粗方処分出来たので、今まではいけなかった奥地の採掘も始まっています」


 未開拓地域を領有したばかりの頃は、比較的安全な国境周辺でしか採掘は不可能だったが、大規模爆撃などによって大体のモンスターは死滅したため、今では危険性が高い山間部以外は採掘可能になっていた。

 とは言え、もしものためにある程度の警備は必要だが。


「採掘状況は?」

「順調です。やはり全くの手付かずだったからか、露天掘りでも成果を上げています」


 普通なら真っ先に掘り尽くされる砂金なども、普通に見つかる。もしもこれが地球世界だったなら、ゴールドラッシュでさぞ人が集まっただろうが、日本帝国では地下資源は全て政府が管理しているため、勝手に採掘する事は出来ない。

 その代わり、発見者には莫大な報償金と、鉱山の購入費が支払われる。


「良し、別に資源で困っている訳ではないが、あって困る物でもない。

 モンスターを完全に絶滅させ、全地域で採掘をするのだ」

「畏まりました」










 占領地や未開拓地域についてが終わり、話は国外に移った。


「カラハソ大陸のトラキア王国にて、蒸気機関の研究が本格化しています」

「…なに?」


 突然の報告に北郷は眉をしかめる。

 パンゲア世界でも蒸気機関の研究は行われていたが、未だに基礎研究の段階で実用化の目処はまるで立っていなかった。なまじ魔法なんて便利な代物があるので史実程期待はされておらず、一部の新し物好きや変人と言われる貴族がパトロンになっているぐらい。


「…それは、国家を上げての大事業として…か?」

「いえ、トラキア北部を治めるドーマク伯爵が莫大な資金を投入していますが、国王は蒸気機関には全くの無関心です」

「…伯爵単独で開発を?」

「はい、ドーマク伯爵の派閥の貴族達も幾らかは出資をしているようですが、ドーマク伯爵自身の出資額は断トツです。

 恐らく、本気で蒸気機関を開発するつもりなのでしょう」

「ふむ…」


 北郷は顎に手を当てながら考える。


(確かに技術レベル的に考えれば蒸気機関の研究を本格化しても不思議は無いが……何故今頃?)


 蒸気機関の研究自体は日本帝国が転移する前から始まっていたが、前記したように全く期待されていなかったので、出資する者はほとんどいなかった。例え出資したとしても、まだ海のものとも山のものとも分からない代物なので、出資額などたかが知れている。

 史実と違い、電球のように寿命があるが魔法を使った灯りや、冷蔵庫、暖房などがあるので、王族や貴族などは現代とあまり遜色無い生活が送れるため、そこまで必要としていないのだ。


 それなのに、突然ドーマク伯爵は蒸気機関の研究を本格化させた。


「……ドーマク伯爵は元々蒸気機関の研究に熱心だったのか?」

「いえ、確かに我が国が転移してくる以前からドーマク伯爵は蒸気機関の研究をしていましたが、あくまで常識の範囲内の資金提供しかしていませんでした」

「…………」


 日本帝国の転移前はそこまでやる気では無かった蒸気機関の開発を、日本帝国が転移した後は本格化した。

 ……となれば考えられる要因は1つしか無かった。


「…我が国の影響か…」


 北郷の言葉に、報告をした担当者が頷く。


「…未だにトラキア王国とは国交どころか、艦隊すら派遣した事など無いというのに……気付いたか…」


 日本帝国が国交を樹立している国家はリディア王国のみ。未だに他の国と国交を結んでいないのは、その価値が無いからだ。

 日本帝国は別に食料や資源に困っていなく、市場もそこまで欲していない。技術レベルも圧倒しているので意味が無く、唯一魔法技術は日本帝国が遅れているが、そこまで必要では無い。メディア王国や属国達を併合した事で、ある程度は魔法技術も吸収出来ていた。

 そのため、国交を結んだ所で得られるモノは無く、逆に技術などが流出する恐れがあったので、リディア王国以外とは国交を結んでいない。


 ちなみに、リディア王国では蒸気機関の研究はほとんど行われていない。一時期シルヴィアが着目したが、本格化する前に暗殺されたため、計画は頓挫。

 現在はシルヴィアの信奉者達が細々とやっているぐらいだ。


「恐らく、リディア王国経由で知ったのでしょう」

「……だろうな。確かシルヴィアにはタービンという単語を教えていた筈から…そこから予想したのだろう」


 国交樹立のために王都へ馬車で向かう際、シルヴィアに船の推進方法を聞かれ、同乗していた日本帝国の全権大使は簡単に「燃える水でタービンを動かしている」と答えた。

 普通の人間が聞いても何の事か分からないだろうが、シルヴィアは忘れずに後々調べ、タービンの一言で蒸気機関に辿り着いたのだ。


 シルヴィアは本格化する前に死んだが、それを聞き付けたドーマク伯爵は本格的な開発を始めたのだ。




「…あの女……死んでも尚邪魔をするとは…」


 忌々しげに北郷は言う。そして同時に、暗殺しておいて本当に良かったと安堵していた。

 もしも生かしておけば間違いなく日本帝国の障害となり、今のようにリディア王国を経済的植民地化出来なかったばかりか、実用的な蒸気機関さえ開発しかねなかった。


 少しでもアドバンテージを確保しておきたい日本帝国にとっては、シルヴィアは正に悪魔のごとき存在だった。


「研究はどの程度進んでいるのだ?」

「現時点では井戸水を汲み上げる程度ですが、このままいけば蒸気機関車を思い付く可能性もあり得ます」

「…見本があるからな…」


 言うまでもなく、ロードスを走っている電車だ。蒸気と電気の違いはあれど、レールの上を走っているには違いない。







「…マズイ展開だな…」


 今すぐ蒸気機関車が走る訳では無いが、このままいけば遠くない内に独力で開発する可能性が濃厚だった。

 実用的な蒸気機関が開発出来た所で、日本帝国との技術レベル差は未だに格別としているが、大量生産が可能になってしまうので兵器レベルは一気に上昇してしまう。

 出来る限りパンゲア世界の技術発展を抑えたい日本帝国としては、到底受け入れ難い予想だった。


 何とか阻止出来ないかと北郷は考える。


「………国王は蒸気機関に無関心…と言ったな?」

「はい、トラキア国王であるグラーフェは蒸気機関どころか、政務にすら興味を抱いていません。

 そもそも、グラーフェは優秀な国王とはとても言えなく、先代や先々代が築き上げた富を食い潰すクズでしかありません。…軍事には積極的ですが」

「…成る程、典型的な暗君か」


 かつてトラキア王国は2代に渡って優秀な国王を輩出し、国力を増強させて来た。当然ながら3代目であるグラーフェにも期待が寄せられたのだが……残念ながら現実は軍事に傾倒するアホで、軍拡のために何度も増税している。

 当然ながら平民や貴族からの評判はすこぶる悪いのだが、軍部を味方に付けているので反乱をした所で直ぐに鎮圧されてしまう。


 そのせいか、トラキア王国は戦前の日本のような雰囲気だった。




 しかし、日本帝国にとっては無能な国王は大歓迎だった。


「成る程、ならば利用出来そうだな…」


 先程までとは打って変わって、上機嫌そうに北郷は笑顔になる。

 隣国のリディア王国の場合は、現国王は軍事はともかく政治に秀でていて国王としては優秀であり、息子である王子も父親に負けず劣らずの資質を有している。

 そのためリディア王国を属国化する事は出来たが、併合するには到っていない。もしも国王や王子がグラーフェのように無能だったなら、今頃リディア王国は無くなっていただろう。


「確か…トラキア王国とイリリア王国は同盟を結んでいたな?」


 イリリア王国とは、トラキア王国と同じカラハソ大陸の列強国である。


「はい、かつて両国は激しく争っていましたが、トラキアの先代国王が戦争で勝利し、トラキア優位な形で同盟を結びました」


 この2国が同盟を結んだ事でカラハソ大陸は安定し、以降は戦争は起きていない。


「その同盟は、現在も有効なのか?」

「はい、無能によって国力は若干落ちてきていますが、その分、軍事力は増強しているのでイリリアも同盟を守っています」


 何せトラキア国王はバカなので、下手に同盟を破棄すれば攻めてくる可能性もある。

 バカが強大な軍事力を持っているので始末に負えなく、隣国はその対応に神経をすり減らしていた。


「…良し良し、ならば丁度良い。相手が戦争バカなら簡単に操れる。

 上手くいけば、短期間でカラハソ大陸全域を支配する事も可能だ」


 アバロニア大陸の場合は、色々な事情があってリディア王国を残す必要があったので、全域を支配する事は出来なかった。

 しかし、カラハソ大陸の場合はわざわざ国を残す必要など無く、全てを支配しても問題は無い。


 流石に何の理由も無しにいきなり侵略をすれば、他国も強く反発するだろうが、こじつけでも良いから何らかの開戦理由さえ作ってしまえば、他国も強くは出れない。

 何故なら、他国も同様にこじつけの開戦理由を作り、利権を独占するために攻め込むのだから。




 こうして、日本帝国の次なる目標(獲物)が決まった。

 無能な国王が原因で滅ぼされるならまだしも、有能な貴族のせいで滅びを迎えようとしているのだから、とんだ皮肉だった。


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