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3 大混乱

 その日、日本帝国のアメリカ大陸では大混乱が起きていた。




 何故か日本人全員が一斉に失神し、数分後には目を覚まし始める。特に何ら外傷は無く、体調にも問題無い。


 自宅で1人だった者や、周囲に誰もいない状態の者ならば失神から目覚めても「疲れてるのかな?」程度で終わるのだが、街並みやオフィスなど、人が多い所にいた者達は大パニックだ。

 何しろ自分だけならまだしも、周りの人達も全員が一斉に失神し、目覚めていくのを見ればただ事ではない事は誰にでも分かる。




 誰もが家族や恋人など大切な者達の安否が気になり、電話をかけたりする。

 その大切な人がアメリカ大陸内にいる者達は直ぐに相手の無事を確認出来て安堵するが、大切な人が海外県にいる者達は何故か電話が繋がらない。

 携帯やメールは勿論、衛星電話を用いても一向に繋がる事は無かった。


 居ても立ってもいられなくなり、直接無事を確かめるために空港に行っても、何故か案内板には全線運転見直しの表示が出ている。天候が悪い訳でもないのに。


「何故飛行機が飛ばないっ?!」


 空港職員を問い詰めても


「現在海外県との連絡がつかないため、しばらくお待ち下さい」


 など、具体的な事は答えてくれない。

 そのあやふやな対応に客達は増々憤慨するが、だからと言って空港職員を責めるのは酷だろう。

 何しろつい先程までは海外県の空港と何ら問題無く通信出来ていたというのに、今ではアメリカ大陸以外の空港には一切繋がらないのだから。


「何かしらのテロ攻撃か?」


 と判断した空港は即座に離陸する筈だった飛行機の離陸を中止させ、現在は海外県に行く筈だった飛行機をアメリカ大陸の空港に着陸誘導をしている。本来行く筈だった空港には連絡が取れず、燃料の都合上、何時までも飛ばしておく訳にはいかないので緊急着陸をさせるしかない。

 しかし中には、運悪く燃料切れになったり、パイロットが失神中に墜落した機体もあった。



 この混乱は空港だけではなく、運転手が失神した事により電車が脱線したり、前方に走る車両に追突する事件が多発。更には道路でも自動車同士の追突や玉突き事故が多発し、多数の死傷者が出ていた。

 警察や消防、救急などは懸命に救助や復旧活動に勤めていたが、市民達に事態の説明を求められて作業は中々進まなかった。彼等自身も何が起きたのかが分からないので、答えようが無いのだ。




 市民は何が起きているのかと情報を得るためテレビやラジオをつけるが、どの番組も休止中。

 衛星放送に至っては映る事すらないチャンネルもあった。










 大混乱が起きて約2時間。


 突然、今まで何も映らなかったテレビが映像を映し出した。

 テレビだけではなく、ラジオ、ネット、スピーカーなどなど通信関係が一斉につき、同じ女性アナウンサーの声が流れる。


『これより、皇帝陛下より重要な発表があります。

 臣民の皆様はテレビの前に待機していて下さい』


 日章旗をバックにこの内容がひたすら流れる。


 日章旗の映像にただ同じ内容が流れるだけという不気味な映像だが、日本人達は一斉に近くのテレビに駆け寄った。

 家に居る者は自宅のテレビを、街中にいた者ならモニターを、近くにテレビが無い者は他人の家に入ってまでテレビの前に来た。

 誰もが今何が起きているのかを知りたいからだ。






 10分程アナウンサーの声が続いた後、画面が切り替わり、国歌が流れた。

 切り替わった画面には日章旗が映った巨大ディスプレイをバックに、今上皇帝が演説台に立ちながら目を閉じていた。国歌が終わるまでは話さないようだが、臣民は何も言わずにテレビに映る皇帝に釘付けになっていた。




 国歌が終わると皇帝はゆっくりと目を開き、演説を始める。


『親愛なる帝国臣民諸君。

 現在、我が帝国に未曾有の大異変が起きている事は既に承知の事だろう。

 単刀直入に言おう。つい2時間程前、我が帝国、正確にはアメリカ大陸全土が……異世界へと飛ばされたのだ』


 皇帝の異世界発言に全臣民が驚愕した。

 普通にこんな事を言えばただのジョークとしか受け取らないだろうが、今の異常事態に誰もが否定は出来ない。中には否定の言葉を口にする者もいるが、それは事実を受け入れたくない者達だ。


『その証拠として、この映像を見よ』


 皇帝が宣言すると、今まで日章旗を映していたディスプレイの画面が切り替わり、宇宙から見た世界地図に変わった。


『これが2時間前までの世界地図だ。見ての通り、我々がよく見知っている世界だ。

 しかし……現在はこうなっている』


 再び映像が切り替わると、世界地図が一変した。

 アメリカ大陸は何一つ変わっていないが、隣のユーラシア大陸やオーストラリア大陸、アフリカ等が無くなり、代わりに巨大なオーストラリアを4分割したかのような4つの大陸が映っていた。


 これにはテレビを見ていた臣民はあまりの驚きに言葉を失った。

 理解出来ない事が起きたために、脳が機能をストップしたかのように体の動きが止まる。動いていても口を無意味にパクパクさせるぐらいだ。


『このように、本土やユーラシア大陸、アフリカ大陸、オーストラリア大陸などが全て無くなり、代わりにこの未知なる大陸が存在する。

 衛星で確認した所、この大陸には人間が存在する』


 再び映像が切り替わり、4つの内の北東に位置する大陸にズームアップしていく。すると、城郭都市のような大きな街が見えた。


『文明レベルはおおよそ2~3世紀程。ブルキナファソとさほど変わらない程度だ』


 これを聞いて臣民は安堵する。

 帝国の属国であるブルキナファソ程度の文明レベルしか持たないなら、いざ戦っても簡単に勝利する事が出来る。ならばあの巨大な大陸を帝国領とする事も容易い、と。




 しかし、そんな期待は簡単に打ち砕かれた。


『……しかし、この大陸には帝国にとって脅威となる存在が数多く存在している』


 皇帝の言葉に臣民は首を傾げる。

 建国してから700年もの歴史から、臣民は「この世界最強の国に敵など存在する筈か無い」と今まで疑っていなかったのだが、またしてもその自信は打ち砕かれる。


 またもや映像が切り替わると、そこには信じられないモノが映っていた。


 それは本や映画、アニメなどでよく見る空想上の怪物、ドラゴンだ。

 ゴツゴツとしたウロコに大きな羽根、鋭い牙や爪、巨岩のように大きな体。まさしく西洋龍、ドラゴン。


『無論、この映像は合成などの類いではなく、正真正銘の本物だ』


 ドラゴンの他にも、ゴブリン、コボルト、オーク、サイクロプスなどなど、伝説上や空想上の怪物達が次々出てくる。

 先程の未知の大陸だけでも脳の処理許容範囲を超えたというのに、今では次々出てくるあり得ない生き物達にオーバーヒート寸前だ。


 日本帝国は初代北郷帝が降臨した紀元前600年から急激に近代化を進めたため、他の国に比べて神話や伝説の類いが驚くほど少ない。日本帝国にある神話や伝説のほとんどが他国から伝わったか、北郷が娯楽として作ったアニメやマンガなどだ。

 そのため、臣民のほとんどがそういった空想上の生き物は実在しないモノだと今まで信じて来た。が、今その常識が脆くも崩れた。




 再び皇帝の映像に切り替わる。


『このように、未知の大陸には非常に危険な生物が数多く生息しているため、帝国が進出したとしても多大な損害が出るだろう。

 それに何より、我々はこの大陸について情報不足であり、今はもっとこの大陸や、大陸にある国ついての情報を得なくてはいけない。

 そのため、これよりしばらくは国外への出入国を一切禁ずる。無許可で国外に出ようとする者は、全て死刑とする』


 国外への出入国禁止。事実上の鎖国に臣民は不安になる。

 前の世界でもヨーロッパへの一般市民の出入国は全面禁止にされていたので、一見するとあまり変わらないように思えるが、今まで自由に出入り出来たアメリカ大陸から出られなくなった事で、心理的に不安を感じるのだ。


 そんな臣民の心を感じたのかのように、厳しい顔をしていた皇帝の顔は緩み、優しく慈愛に満ちた顔になる。


『しかし案ずる事は無い。異世界に来ようとも、このアメリカ大陸で今まで通りの生活が送れる事を約束しよう。

 資源や食料の備蓄は豊富であり、この大陸だけでも十分自給自足が行えるので生活が逼迫する事は無い。

 例えかの大陸から怪物どもがこの帝国に侵入しようとも、瞬く間に我が帝国軍が撃退し、平和を維持する事を約束しよう』


 皇帝のこの言葉に臣民は少し安心する。

 建国以来、歴代の皇帝達は約束した事は全て守って来た。そのため今回の約束も守られるのでは? と希望を持てたのだ。


『更に、この未曾有の大混乱に色々と入り用になる事だろうから、これから1年を減税とする。

 詳しい税率は後日発表する』


 この発表に暗かった雰囲気が一気に明るくなる。

 普通の国なら支配地域の大半を失ったのだから、予算を確保するために増税や緊縮財政を必要とするだろうが、北郷がいる日本帝国では予算の心配をする必要がないので逆に減税出来る。


『更に、たまたま旅行や仕事でアメリカ大陸に来ていて家が無い者達には家を用意する。

 先ずは仮設住宅に一時的に避難し、家が出来次第、順次引っ越すのだ。無論、仮設住宅や家の建設費用は国が負担する。

 仕事についても国が紹介するので心配はいらん』


 仕事や家を失い、途方に暮れていた者達は歓喜の声を上げる。自分達が住んでいた大陸が消えた時は全てを失った事で絶望したが、家や仕事を用意してくれると言うのなら生活には困らない。

 残念ながら前の世界に残してきた家族や恋人とは会えないだろうが、それでもとりあえず生きてはいけるという事に大半は安堵していた。






 慈愛に満ちた顔をしていた皇帝は再び顔を引き締め、厳しい顔をする。


『……忠告しておくが、決して買い占めは行うな。

 商品は昨日と同じように並び、また明日も同じように並ぶ。買い占めなど行っても無駄に終わるだけだ。

 中には価格を吊り上げるためや、混乱を誘発するために行う者もいるだろうが、決してそのような事は許さん。

 もしそのような者がいれば見つけ次第逮捕し、国家に騒動を引き起こそうとしたとして死刑とする。また、臣民諸君もそのような輩を見つけ次第、直ちに最寄りの警察機関に通報するように』


 幾ら無限に生み出せても買い占めをされれば一時的にでも在庫が無くなり、市場が高騰する可能性が高いので決してやらないよう皇帝は釘を刺す。


 買い占めを行なっただけで死刑という現代社会ではあり得ない宣言だが、人権が存在しない日本帝国では死刑判決は珍しくなく、逆に死刑判決の方が多い。

 これは常習犯ならば刑務所に入れても更正の可能性は低く、むしろ受刑者のために掛かる諸経費が予算の無駄となるとして、常習犯は基本的に死刑になる。初犯の場合でも犯罪の内容や凶悪性、犯罪者の人格によって死刑になる事も多々あるため、死刑場は常にフル回転だ。

 日本帝国では例え優秀な弁護士をつけてもほとんどが減刑が精一杯で、無罪判決になる事はかなり少ない。警察や検察のよほどの不備が無い限り、ほぼ有罪となる。オマケに犯した罪によっては弁護士を付ける事さえ許されない事も多々ある。

 中には冤罪の被告もいるだろうが、北郷としては治安維持が最優先なので少数の犠牲については気にしない。

 ちなみに、疑わしい事例や死刑判決を受ける場合は容疑者に自白剤を用いて確かめるため、容疑者自らが自白剤の投与を希望して冤罪を証明したという事例も存在する。


 人権が存在しないせいか現代社会では信じられない警察国家だが、日本帝国の犯罪率は現代日本に比べて遥かに低い。

 何しろ例え暴走族が相手でもパトカーでバイクに当てて無理矢理停止させ、アメリカのように銃を突き付けながら逮捕する。その際、容疑者が抵抗するなら射殺しても許されるのだから、そんな国で不良をやっていても割に合わない。

 犯罪者にとっては地獄も同然だが、善良な一般市民にとっては夜でも安心して歩ける素晴らしい国なのだ。







 買い占めへの警告が終えた後、先程までの厳しい表情は止め、真剣な顔で新たに告げる。


『……そしてもう1つ、重大な発表がある。

 ……約2時間前、偉大なる初代北郷帝が……再びこの日本帝国に降臨された』

「「「っっっっっ!!!!!?」」」


 この日一番、異世界への転移以上に日本帝国臣民は驚愕した。

 突然知らない世界に飛ばされた事も勿論重大な出来事だが、日本人にとっては偉大なる初代北郷帝、神の降臨の方が余程重大な出来事なのだ。


 前記したように初代北郷帝は日本帝国の全ての基礎を築き上げ、今日の繁栄の全ては初代北郷帝の功績だと言っても過言では無い。

 そもそも初代北郷帝が降臨しなければ日本帝国は存在せず、日本人は未だに原始人(日本人視点)のような生活を送り、後々に日本列島は大陸に支配されていた可能性すらあったのだ。


 その絶対なる神、初代北郷帝が550年振りに降臨したのだから、日本人達が驚愕しても不思議は無い。

 余りの驚きように家族全員の動きが停止し、時計の秒針の音が鳴り響く家が数多くあった。

 そんな沈黙が続く部屋の中に、皇帝の演説が響く。


『…失神から目覚め、何が起きたのか分からず混乱する私の目の前が突如! 目も眩むように光輝き、そして光が止むと……目の前に偉大なる初代北郷帝が降臨されていたのだ!』


 皇帝が感情を込め、北郷様が御光臨された様子(捏造)を力説する。

 本当は北郷の居住である山荘に呼びつけられただけなのだが、それをそのまま言っては演出に欠けるし、なにより実は北郷は地上にいた事がバレてしまうため、つい先程降臨したと嘘を吐く。

 時間の都合上練習時間は僅かしか取れなかったが、皇帝は持ち前の才能をいかんなく発揮し、まるで本当に見て来たかのように語る。


 この演説力こそが今上皇帝が皇帝に選出された大きな要因であり、歴代の皇帝達も皆演説力に秀でていたために皇帝に成れた。

 何しろ北郷や戦略研究会が皇帝に求めているのはあくまで北郷の代わりであり、単なるスポークスマンでしかない。なので皇帝としての資質よりも、いかに上手く演説出来るかを最優先としている。

 極論すれば、演説力さえあればバカでも構わないのだ。




 台本通り初代北郷帝が降臨された場面を熱弁した後、皇帝は続きを話す。


『…混乱する私に、初代北郷帝はここは異世界である事や、モンスターなど危険な生物が生息している事をお教え下さった。

 …異世界に飛ばされたと知り、不安になった私は初代北郷帝に対して懇願した。「どうかかつてのように、再び我らを導いて下さい!」と』


 皇帝の迫真の演説に、臣民達は吸い込まれるように画面を注視する。もしかしたら550年前のように神自らが国を治める事になるのでは、と期待に興奮していた。


『……しかし、初代北郷帝は首を横に振り、「それは出来ない。本来ならば姿を見せる気は無かったのだが、異世界に転移したという緊急事態につき、特例として下界に降りたのだ」とお断りになった」


 残念そうな顔をする皇帝と同様に、臣民達も先程までの興奮と期待が嘘のように一気に暗くなる。

 この緊急時にも素早い対応をし、今まで通り手厚い保障をしてくれる今上皇帝や政府を信用していない訳では無いが、やはり神には勝てない。例え北郷自らが直接統治を再開したとしても、結局やる事は今までと何ら変わりは無いのだが、それでも神が統治しているという事で精神的には大きく違う。

 どんなに今上皇帝や政府が頑張ろうと、神という存在には敵わないのだ。




 暗い表情を見せた後、台本通り皇帝はキリッとした表情を見せ、真剣な顔をする。


『…肩を落とす私に、初代北郷帝は、「心配するな、何もしないという訳ではない」と穏やかな顔で仰られた後、パチンッ、と指を鳴らされた。

 私がどういう意味なのかと尋ねると、初代北郷帝は「これで日本人全員がこの世界の言語を話せるようになった」と、事も無げに仰せになられた』


 皇帝の言葉に、臣民達は再び驚愕する。

 あまりにも驚く事が多すぎて今まで考えもしなかったが、世界が違うのだから言語体系が違っていても何ら不思議は無い。そうなれば全く違う言語を1から習得しなければならなく、そのためには非常に時間や手間がかかる事は子供にでも分かる。


 しかし、その苦労が北郷様によって一瞬で解決された……それも指を一回鳴らしただけで。


 残念ながら異世界人と会話した日本人がまだいないので本当に通じるのかは分からないが、わざわざ神がそんな直ぐに解りそうな嘘を吐く必要が無いし、何より神である北郷様を疑うという事も不敬である。


 もしもここが現代世界で、その国の最高権力者がいきなり「突如神が降臨し、世界中の国々の言語を話せるようになった」と言っても大半の人間は信じないどころか、その最高権力者の正気を疑うだろう。

 しかし、日本帝国は前記した通り人口の9割以上が北郷教信者であり、その大半が敬虔な信者だ。神が地上を去ってから550年と比較的日が浅い事もあるが、何より国民全体が神の恩恵にありつけているので信仰心は非常に高い。


 なので日本人の大半は素直に皇帝の言葉を信じ、神を称える。勿論中には疑う者もいるが、圧倒的多数が信じているので表向きは周囲と同じように神を称える。

 後に、未知なる大陸に渡って神の言葉が本当だったと知り、信仰心は更に高まるのだった。







 ある程度賞賛が出尽くした事を予想し、皇帝は演説を続ける。


『……お力を振るわれた後、初代北郷帝は穏やかな表情のままこう言われた。

「…異世界に飛ばされるというとんでもないイレギュラーだが、この程度の事、お前達日本人だけで十分乗り越えられると私は信じている。

 これからも私はこの日本帝国と、日本人を見守り続ける。お前達の活躍を期待しているぞ……我が子孫達よ…」

 …そう仰られた後に、また再び初代北郷帝は光輝き、天界へと、お還りに…なられた…』


 皇帝はまるで感動を禁じ得ないかのように、後半は若干涙ぐみながら言う。

 無論、それは全て演技であり、北郷は天界どころか未だにシカゴ近くの山荘に居る事は分かっているのだが、今はまるで映画のラストシーンのように涙を抑えながら演説を続ける。


『諸君っ! 初代北郷帝は……神は、今も我々を見守り、期待して下さっているっ!

 初代北郷帝の期待を裏切らないためにも、一致団結し、この世界を生き抜こうではないかっ!!』


 北郷の名を使い、国を1つに纏めるべく皇帝は「一致団結」を強調する。北郷や戦略研究会の狙いとしては、この演説によって臣民の不満を払拭し、統制をより完璧なモノにするためだ。

 皇帝の演説だけでもそこそこの安定は得られるのだが、異世界に飛ばされるという未曾有の大混乱を沈めるためには、神の名を使うのが一番手っ取り早い。何より、神の名を出せば臣民も多少の不満は我慢するようになり、政府の命令にも従いやすくなる。

 突然の失神による複数の大事故や、たまたまアメリカ大陸に来ていた大量の帰宅不可能者など、対処しなければならない問題が文字通り山ほどあるため、その不満を反らすために神を利用したのだ。


 事実、神の名を出したお陰で臣民は感動に震え、先程までは政府に批判的だった者達も「ある程度は我慢しよう」と考えさせる程だった。

 日本人にとって北郷の名とは、それほどまでに大きな意味を持つのだ。




『…建国史上、かつてない国難の時だが…我々日本人ならば必ず乗り越えられる!

 私は断言しよう! 例えどんなに脅威や危機が訪れようとも、日本帝国は必ず諸君等を守り、これまで通り安心して暮らせると!

 これは約束ではない、断言であるっ!

 日本帝国万歳っ!!

 日本人万歳っ!!

 初代北郷帝万歳っ!!』










 こうして、皇帝の演説は終了した。

 この発表によって混乱はある程度収まり、臣民達は皇帝の言葉に従い、北郷様を失望させないために動き出す。




 政府は約束を守り、発表直後から帰宅不可能者のための一時的な住宅として仮設住宅の建設を開始した。軍人も動員して急ピッチでプレハブ小屋を組み立て、完成次第、帰宅不可能者へと振り分けられた。


 ちなみに仮設住宅はプレハブの組み立て式とは言え、それなりの機能は備えている。壁には断熱材が敷き詰められているので室外と室内の温度差で結露するのを防ぎ、窓も全て二重になっているので寒気を防ぐ。無論、ライフラインも通っていて、テレビ、エアコン、洗濯機、電子レンジ、冷蔵庫など、必要な家電は全て備え付けてある。

 仮設住宅は独身用の小型から大家族用の大型と種類が豊富で、それぞれ家族構成によって振り分けられる。




 仮設住宅と同時に、正式な住宅の建設も開始された。帰宅不可能者専門の街を新たに開拓し、家やマンション、アパートなど住宅を建設して都市を形成する。

 ちなみに完成した家やマンション、アパートなどに帰宅不可能者が引っ越した場合、2年間は家賃や公共料金を免除されるが、それ以降は家のランクによって違うが家賃を請求される。


 そして新たに作った都市には役所や警察署、消防署、病院、学校などなどを建てて都市としての機能を充実させ、更には北郷グループなど民間企業を進出させてスーパーやショッピングモール、コンビニなどを建てて大量の雇用を創出した。




 ちなみに、政府の傀儡企業である北郷グループはさして問題にはならなかったが、その他の民間企業は異世界への転移によって本土や他の大陸から切り離され、倒産寸前に追い込まれる企業が続出。

 このままでは大量の失業者が発生して支持率の低下や治安の悪化に繋がってしまうため、当初は北郷グループに吸収合併させて安定化を図ろうとも考えたが、それでは北郷グループが市場の9割以上を独占する事になり、競争力が働かなくなる。

 それでは市場の発展が鈍化してしまうため、競争相手として新たに帝国グループという傀儡企業を起こし、膨大な資金に物を言わせて北郷グループ以外の企業を根こそぎ買収した。


 その結果、倒産寸前の企業の救済、北郷グループの競争相手の出現、傀儡企業である北郷グループと帝国グループによる市場の独占という、一石三鳥の素晴らしい結果を生み出した。

 両企業とも政府の傀儡企業だが優劣は存在し、成績によっては政府からの優遇措置を受けられ難くなるため、互いを激しくライバル視して切磋琢磨していくのだった。







 仮設住宅の他にも、皇帝の発表通りスーパーやデパートの商品は前のように並び、値段も変わらなかった。

 大半の臣民は皇帝の命令通り、普段とさほど変わらない量の買い物で済ませたが、中には不安からか皇帝の命令を無視して買い占めを行おうとした者もいたが、市民からの通報によって即座に逮捕、国家反逆罪で死刑判決を受けた。


 この事件は速やかに新聞やテレビ、ネットなどで大々的に報道され、アメリカ大陸中に広まったため、以降、買い占めに走る者はいなくなった。

 他にも異世界への転移という現実が受け入れられなくて理性を失い、レイプや強盗、殺人などの凶行に走る者達も少数ながらいたが、市民の通報と警察の速やかな対応によって逮捕、買い占め者と同様に死刑判決を受けた。


 更には初犯のスリや万引きなど、軽犯罪でも死刑判決を下されるようになった。

 幾ら犯罪に対して厳しい日本帝国でも、以前までなら軽犯罪の初犯なら執行猶予や罰金などで済んだのだが、現在は「国難の時に犯罪を犯すなど反逆者である」として死刑判決を出すのがほとんどだ。

 そのせいか、一旦悪化しかけた治安は急速に上昇し、以前と同等かそれ以上となった。




 このように、皇帝が宣言した帰宅不可能者に対する扱いや商品流通、治安維持、上には出なかったが減税など、全てを宣言通りに行なったため一時期不安により下がった臣民の支持率は回復し、以前よりも上昇した。

 これにより、臣民も改めて「政府に任せておけば問題無い」と理解したのか混乱はほとんど無くなり、以前と同じような生活に戻っていったのだった。

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