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38 条約改訂

 黄金郷の発見に沸く日本帝国政府とは対照的に、リディア王国の王城は暗雲とした空気が立ち込めていた。


「……それで、シルヴィアの死因は何だったのだ?」


 この城の主であるリディア王国国王、ロベール3世は臣下に尋ねた。

 戦時中はシルヴィアが死亡した事による混乱や葬儀の準備などに奔走され、ロクに調べる事も出来なかったのである程度落ち着いた戦後に本格的な調査を開始したのだ。


「シルヴィア王女殿下の死因は当初の見立て通り、遠距離からの頭部の狙撃です。使用された銃弾は我が国が採用している九九式小銃と同じ、7.7mm弾でした」

「…どの国の犯行かは分かったのか?」


 国王は名指しこそしなかったが、どの国がやったのかは大体の検討はついていた。


「いえ、残念ですが未だに確証はありません。何しろ九九式小銃は我が国や生産国である日本帝国は勿論、敵国であったメディア王国も我が国から少数ながら鹵獲していましたので、どの国か見極めるのは非常に困難です」

「そうか」


 判明すると期待していなかったため、国王は無表情なまま頷くだけ。


「常識的に考えれば、当時敵国だったメディア王国の可能性が最も高いですが、150リーグ(300m)以上もの遠距離から頭部を狙撃という、高等技術を考慮すれば日本帝国の可能性もあり得ます」

「…………」


 何しろ日本帝国がリディア王国など外国向けに販売している九九式小銃は、モンキーモデル(スペックダウン型)なため300m以上の距離では命中率はガクッと下がる。

 リディア王国としては150リーグ(300m)も狙えれば十分なので文句は無いのだが、今回の犯行では200リーグ(400m)以上先から狙撃した可能性があるため、リディア王国の九九式小銃は勿論、その九九式小銃を鹵獲したメディア王国にも難しい。

 そうなれば怪しいのは日本帝国だが……残念ながら確たる証拠は何一つ無い。


「……分かった。大儀であった」

「はっ」


 結果、何かが分かった訳でもないがとりあえず調査は終了したので、次の議題に移った。






「国内の状況はどうなっているのだ?」

「シルヴィア様が亡くなられた事により、当初は国中が混乱していましたが、現在は何とか持ち直して来ました」


 シルヴィアはリディア王国の象徴であり、ある意味では国王以上に崇拝されていた。そんな女神とも言うべき人物が戦死したというニュースが流れた当初、国中が大混乱となった。勝利の女神とも言われていたシルヴィアが死んだ事により、「この戦争は負けるのではないか」と噂が広まり、厭戦気運が高まった。

 実際は目的であった魔石鉱山地帯を占領し、友軍である日本帝国軍の猛撃によってメディア王国は最早陥落寸前だったのだが、そんな事とは知らない平民達は慌てふためき、略奪や暴動などが各地で発生した。


 程なくして日本帝国軍がメディア王国の王都を落とし、戦争に勝利した事で何とか落ち着き、現在に至る。


「そうか……とりあえず落ち着いたのなら、問題はあるまい。

 クロードは上手くやっているのか?」


 クロードとは第一王子の事で、シルヴィアの兄だ。シルヴィアの代わりにイリオスの総督に就任した。


「はい、シルヴィア様の部下達のサポートもあり、クロード殿下はイリオス総督としての責務を果たしています」


 クロードは父である国王と同様に、軍事に関しては疎いが政治には長けていた。次期国王としての資質は十分に有しているのだが、妹があまりにも優秀過ぎたために何時も比較され、そこがコンプレックスだった。


「そうか、まぁ総督としてならクロードは適任だろう」


 息子は自分と同じように軍事的資質は乏しいが、統治者としての才能は高いと国王は理解している。そのため、シルヴィアのように戦時において前線に立って指揮を取る事は難しいが、平時においてはシルヴィアに勝るとも劣らない力を発揮してくれると信じていた。







「…それで、貴族達の動きはどうなっている?」


 今までは平民や息子の話題だったのでそこまで気にかける必要は無かったのだが、貴族となれば話は別だ。

 絶対王制であるリディア王国にとって、平民など取るに足らない存在でしかないが、貴族は自分達王家を滅ぼしかねない存在なので気を抜けない。


「非戦派は盟主とも言えるシルヴィア様が亡くなられた事に嘆き、逆に主戦派は一時期勢い付きましたが……戦後に日本帝国軍についての詳しい情報が入ると、一変してほとんどの主戦派貴族は造反し、非戦派に付きました」

「…まぁ、仕方あるまい」


 国王が疲れたようにため息を吐く。国王自身はどの派閥にも入らない中立だったが、日本帝国軍の戦力についての情報を知る度に非戦派に傾いていく。

 何しろ陸戦では僅か5千で10万を超える大軍を無傷で屠り、海戦では4、5隻の軍艦で50隻もの大艦隊を全滅させたのだ。もしリディア王国が日本帝国と戦争になれば、メディア王国のように完膚なきまでに叩きのめされ、併合されて消滅するに違いない。


 主戦派貴族達も同様に、現実を思い知って大勢が鞍替えしたのだ。幾ら王家の支配が気に食わないにしても、国が無くなっては元も子も無い。自分達の主張を貫き、日本帝国と戦争にでもなれば、メディア王国のように亡国となる。

 オマケに、日本帝国の支配に最後まで反抗した属国の王侯貴族が皆殺しにされたという事を知り、反抗する気勢さえ失っていた。


「シルヴィアが亡き後、もしかしたら主戦派が巻き返しに来るかと心配していたが……杞憂だったな…」


 喜ばしいニュースなのだが、国王の顔色は冴えない。

 何しろ今までは日本帝国の戦力が未知数だったために、「何時か日本帝国を倒せるのでは?」と淡いながらも希望を持てていた。しかし、その強大過ぎる戦力を知った事で、淡い希望は粉々に砕け散った。


 これで日本帝国がいかに理不尽な要求をして来ようと、断る事は出来ない。かつては「戦争も辞さない」という覚悟を持って交渉に望めたが、実際に日本帝国と戦争をしたメディア王国が滅ぶのを見ると、最早強気には出れない。

 戦争に負けたとしても、今までの常識から精々が属国になる程度だと高をくくっていたリディア王国にとって、負ければ国自体が無くなるというのはあまりにも衝撃的だった。オマケに併合されれば王侯貴族など特権階級は皆殺しにされると分かると、最早どうしようもない。


 王侯貴族であるという前に、彼等は1人の人間であり、守るべき家族がいる。

 自分や家族の頭に銃を突き付けられ、「撃つぞ」と脅されれば、従う他無いのだ。







 







 数日後、突然日本帝国政府から「条約について会談したい」と打診があり、何やら猛烈な嫌な予感がする国王は、自ら会談に出席する事に決めた。

 本来ならば国王自らが出席する必要は無いのだが、相手が日本帝国では下手に臣下に任せては不興を買いかねないのと、万が一に備えて国王自らが交渉する事にしたのだ。




「まさか国王陛下自らがご出席とは、これは驚きました…」


 駐リ大使である黒崎は驚いたリアクションを取るが、シルヴィア亡き後では日本帝国との交渉を任せられる人材はいないため、国王自らが交渉に出向く事はある程度予想は出来ていた。


「うむ、たまたま時間が空いていたのでな」


 余裕綽々とした態度で国王は頷く。

 内心ではこれから何があるのかと戦々恐々なのだが、ビクビクと震えていては侮られるので、君主らしく堂々とする。


「成る程。では、会談を開始しましょう」


 大使の言葉に国王は軽く頷き、会談がスタートした。









「我が国としては、日リ通商条約の改訂を要求します」

「…ほぅ、通商条約の改訂…か」


 表面上は余裕の態度を崩さないが、内心では悪い予感が的中した事で絶叫していた。

 もしもリディア王国が先の戦争において華々しい戦果を上げていたのなら、リディア王国の力が認められて不平等条約を見直してくれたのか、と希望を持つ事も出来ただろう。


 しかし、現実では確かに初戦においてはメディア王国軍を圧倒し、目的だった魔石鉱山地帯を占領出来たが、その後は日本帝国との秘密協定によってその他のリディア王国領土を占領する事は無く、ひたすら略奪に勤しんでいただけ。

 それに、初戦においてメディア王国軍を圧倒したのも、日本帝国軍が新式銃を大量に供与してくれたからであり、リディア王国軍の力はほとんど関係無い。


 つまり、誇るべく戦功も無いこの現状で、リディア王国が有利になる不平等条約の改訂などあり得ない。


「はい、先ずは第5項の『リディア王国は日本帝国に対し、ロードス地方を100年間租借する事を認める』についてですが、既にロードスは我が国の領土となったため、この条項は削除します」

「…うむ…」


 これについてはリディア王国側も文句は無い。

 秘密協定により、メディア王国との戦争に勝利した時点でロードスは日本帝国の領土になったので、既に死文となっていた条項だ。これが無くなろうが何ら影響は無い。




「次に、第2項の『双方の関税は両国の協議によって定める』についてですが……『両国間の全ての関税を撤廃する』に改訂します」

「「「「なっ!?」」」」


 大使の言葉に、リディア王国側の出席者は思わず驚愕の声を上げてしまう。


 一見すれば両国ともに関税を撤廃する事によって、互いの貿易品の関税が無くなって貿易が活発化するように思えるが、実際には日本帝国側はリディア王国に自由に行き来出来るが、リディア王国側は日本帝国の本土(アメリカ大陸)に行く手段が無いどころか、場所すら知らないので貿易のしようがない。

 新たに日本帝国が併合した地域についても、日本帝国の統治法によって3等国には外国人の立ち入りは禁じられているため、リディア王国側は日本帝国に対して輸出する事が出来ない。


 つまり、日本帝国側は無関税でリディア王国に輸出出来るのに対し、リディア王国側は輸入しか出来ないのだ。

 これでは関税がかからない安価な日本製品が市場を独占し、自国の製品が駆逐されてしまう。


「そんなっ!」

「あまりにも我が国に不利過ぎる!」


 などなどリディア王国側が不満を爆発させるも、大使はまるで聞こえないとばかりに無視しながら続ける。




「続いて、第3項の『リディア王国内にてリディア王国人に対し犯罪を犯した日本人は、日本帝国の法によって裁かれる。日本帝国内にて日本人に対し犯罪を犯したリディア王国人は、リディア王国の法によって裁かれる』についてですが……後半を『日本帝国内にて犯罪を犯したリディア王国人は、日本帝国の法によって裁かれる』に改訂します」

「「「「っっ!?」」」」


 またもやリディア王国側は驚愕する。

 今までも死文同然ながらも、一応の公平感があった部分が削除され、完全に日本帝国有利な条項になってしまった。

 これで、例えリディア王国人が日本帝国本国にたどり着けたとしても、リディア王国の法ではなく日本帝国の法で裁かれてしまうのだ。







「つきまして、改訂後の日リ通商条約の内容は


1、日本帝国とリディア王国の双方は、互いを独立国として尊重し、友好関係を維持する事を努力する。


2、両国間の全ての関税を撤廃する。


3、リディア王国内にて犯罪を犯した日本人は、日本帝国の法によって裁かれる。日本帝国内にて犯罪を犯したリディア王国人は、日本帝国の法によって裁かれる。


4、もしリディア王国が他国との条約で有利な条件を他国に与えた場合、日本帝国にも同一の条件を認める。


 以上になります」

「「「「…………」」」」


 淡々と告げる大使に対し、リディア王国側はあまりの絶望に無言になる。今までの不平等条約が改善されるどころか、一層不平等さが増したのだ。


「…何か問題でも?」


 さっぱり分からないという顔をする大使に、リディア王国側は「憎しみで人が殺せたら」と言わんばかりに睨み付ける。

 普通に考えれば完全に属国に課す不平等条約であり、独立国が到底受け入れられる筈が無い。

 しかし、かと言って拒絶すれば日本帝国との関係は必然的に悪化し、戦争に発展する可能性が高い。


「…くっ……ぐぅぅぅっ!…」


 悔しげに国王は未だにふざけた顔をする大使を、親の仇とばかりに睨みつける。

 出来るのなら「こんなふざけた条約を飲む事など出来ない」と言ってやりたい。しかし、相手は自国より遥かに強大な大国であり、自国など簡単に滅ぼせる力を持つのだから。


「……これでは、我が国は貴国の…属国ではないか?」


 国王はせめてもの抵抗として嫌味を言うが、大使は見下したかのように告げる。


「かも知れません。しかし、我が国と貴国との国力差を考えれば……これが妥当かと」

「「「「…………」」」」


 大使の言葉に国王は勿論、リディア王国側の出席者全員が沈黙する。

 幕末期の日本と現代のアメリカ以上の国力差があるのだ、どう足掻いた所で勝ち目は無い。


 現実世界の尺度で考えればあまりにも理不尽過ぎる要求だが、パンゲア世界の尺度で考えれば別に珍しい事では無い。強者は弱者に対して何をしても許され、実際にリディア王国も中小国や後進国に対して様々な理不尽な要求をしている。

 たまたま今回はリディア王国が弱者に回っただけなのだ。


 そのため、リディア王国側も理不尽に感じながらも、「自国が弱いのだから仕方ない」と最初から諦めていた。










 結果、日本帝国の日リ通商条約改訂要求は受け入れられ、新たに『日リ通商友好条約』は締結された。


 不平等さが増したのに友好という、何とも皮肉な条約名だった。

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