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34 海戦

 メディア連合軍との決戦に完勝した事で、日本帝国軍の進軍速度はますます上昇した。

 地方の村や街だけではなく、メディア王国にとって軍事上にも政治上にも重要な都市を次々と占領していく。


 勿論、メディア王国側もただ黙って見ていた訳では無いが、都市の警備部隊や基地の駐留部隊では足止めにすらならない。再び決戦をしようにも、前回のように10万規模も集めるのは簡単ではない。

 何しろメディア連合軍の総数は40万であり、先の決戦で4分の1に当たる10万を失ったのだ。再び10万人以上を集めた所で日本帝国軍に勝てるという保証は無く、むしろ負ける確率の方が圧倒的に高い。

 そのため、下手に大軍を編成すれば一網打尽にされ、戦力が無くなりかねないので大攻勢に出られないでいた。


 被害を抑えるために各基地に戦力を分散させたが、逆に日本帝国軍の戦闘機やヘリによる航空攻撃で各個撃破されるという、負のスパイラルにメディア王国は陥っていた。









 悪化していくばかりで何も良いニュースが無い現状に、メディア王国軍司令部は葬式のように暗かった。


「…このままでは直に日本帝国軍は王都に接近するだろう…」

「だからと言って防ぐ手立ては無い。例え全軍を集結させた所で……再び壊滅させられるのがオチだ…」

「いや、流石に残りの全軍なら少しは勝てる可能性も……」

「あると思っているのか? 10万の軍勢ですら何の被害も与える事なく完敗したのだぞ?

 例え100万の大軍勢がいたとしても勝てるかどうか…」

「それに、リディア王国軍を牽制するための戦力まで引き上げる事は出来ん。そんな事をすれば奴らは嬉々として更に戦線を拡大するだろう」


 日本帝国軍のおこぼれにあずかるために、リディア王国軍は侵攻を再開していた。勿論、協定によって戦後には魔石鉱山地帯以外は全て日本帝国の物になるとリディア王国側も分かっているので、占領はせずにひたすら略奪に専念していた。

 賠償金が得られないので、少しでも元を取ろうと必死なのだ。


「ならばどうする? このままでは遠からず降伏する事になる…」

「……流石に1度も勝利していない現状での降伏などあり得ん。少なくとも1回は勝たねば、敗戦後に日本帝国がどんな要求をして来ても断れん…」


 メディア王国は表向きながら、魔石鉱山地帯を要求して来ているのである程度の予想は出来るが、日本帝国はリディア王国からの要請で宣戦布告して来たので、何を欲しているのかが分からない。

 他の列強国ならば付き合いや諜報活動などからある程度の予想は出来るが、日本帝国とは何の付き合いも無く、そもそも本国がどこにあるのかさえ定かではないのだから、何を欲しているのか分からない。

 そのため、日本帝国が何を要求してくるのか不安なのだ。


「しかし、未だに我が軍が日本帝国軍に勝利した経験は無い。リディア王国軍ならばあの新式銃の対策さえ取れれば勝機は幾らでもあるが……日本帝国軍にはどんな対策を立てれば良いのかすら分からない…」




 少しでも勝てる可能性のあるモノは無いかと考えていると、1人がある事を思い付いた。


「………海戦ならどうだろうか…」

「……確かに、海戦ならば日本帝国軍と本格的にぶつかった記録は無い」


 僅かにだが、希望が生まれた事で先程までのどんよりとした雰囲気が一気に薄れる。


「…いけるかも知れん」

「というよりも、最早それしか無いな」

「地上戦ならば最早どうしようもないが、海戦ならばまだ分からん」


 次々と賛同者が増えるが、まだ不安気な顔をする者達もいた。


「…しかし、日本帝国軍の艦隊によって哨戒艦が幾つも沈められたという記録もあるが…?」

「艦隊が相手では哨戒艦などひとたまりも無い。それは我が国でも同じだ」

「そうだ。しかし、艦隊決戦ならば勝機もあるかも知れん。

 日本帝国軍の艦隊を撃滅、出来なくともある程度の損害を与えられれば、後々の交渉も多少はマシになる筈だ!」


 僅かながら希望が生まれるも、最終的に勝利出来るなど誰も考えていない。奇跡的に海戦に勝利し、制海権を奪えたとしても、陸戦ではどう考えても日本帝国軍に勝てないからだ。

 海上の補給路を潰す事は出来るかも知れないが、そうなれば隣国であるリディア王国から陸路で運搬すれば良い。海路に比べれば補給はずっと困難になるだろうが、補給が出来ない訳では無い。

 仮に、海上戦力でメディア王国軍が日本帝国軍を圧倒出来たとしても、大陸国家では最終的にモノを言うのは陸軍なので、逆転勝利などあり得ないのだ。




 こうして、メディア王国軍司令部は最後の希望である海戦に賭けた。まだ海軍の根拠地である貿易港は占領されていなかったので、一等戦列艦などの主力艦艇がまるまる残っていたのも大きい。

 そして、「今更出し惜しみした所で意味が無い」と国王を説得し、何と、主力艦艇から哨戒艦まで、ほとんど全ての戦闘艦艇を動員した。


 陸軍でダメだったから海軍で行こうという、正に、メディア王国軍にとって最後の決戦だった。










 一方、例によって衛星からの監視や諜報員からの報告によって、日本帝国軍はメディア王国軍の動きを事細かに掴んでいた。

 そして、メディア王国軍が最後の希望である艦隊決戦を仕掛けるという事も事前に掴んだ日本帝国軍は、先の決戦同様に、リディア王国の観戦武官に力を見せ付けるチャンスだと確信した。


 ロードスの軍港に待機させていた特殊戦艦をあるだけ派遣し、パンゲア世界の常識では強そうに見える艦隊を編成したのだった。







 







 メディア王国軍の艦隊は45隻もの艦艇で構成され、艦隊の編成は1等~4等の戦列艦は勿論の事、本来なら哨戒任務などに就く5等~6等のフリゲート艦やコルベット艦まで動員されている大艦隊だった。

 「攻撃能力が低いフリゲート艦やコルベット艦が決戦の役に立つのか?」という疑問の声もあったが、この決戦に敗北すれば最早メディア王国に後は無いので、少しでも多くの艦を欲したのだ。

 そのため、中には「武装商船から漁船までとにかく船を徴発し、出来る限り数を揃えるべき」という極端な意見まで噴出したが、実際に艦隊を運用する海軍側から「数が多ければ良いという訳ではない」との猛反発を受けて却下された。







 日本帝国軍の支配海域に向け、メディア王国軍の大艦隊が航行する。天候に恵まれ、波は穏やかという、正に絶好の航行日和だった。


 メディア王国艦隊の旗艦、レムノスに座乗しているマクリーン提督は、自らの艦隊の雄大さを見て満足気に頷く。間違いなくアバロニア大陸1の大艦隊であり、パンゲア世界全体においても有数の規模であると確信していた。


 メディア王国が保有する1等戦列艦は全部で2隻。レムノスはその内の1隻で、もう1隻も艦隊に所属している。

 2隻と聞くと随分少なく感じるが、そもそも1等戦列艦の数自体が少なく、列強国でも1~2隻保有しているかないかぐらいなので、メディア王国の保有数はむしろ多い方なのだ。

 その虎の子とも言える程に大切にしている1等戦列艦を、全て投入しているという姿勢から、今決戦に賭けるメディア王国の意気込みが感じられる。




「艦長、航海は順調か?」


 提督は隣で同じように艦隊を見ていたレムノスの艦長に尋ねた。


「非常に順調です。順調過ぎて恐ろしい程に…」


 天気は快晴で、風や潮も穏やか。艦隊運動にも乱れはほとんど無く、訓練通りに上手くいっている。

 好条件なのだが、あまりにも好条件過ぎて艦長は逆に不安を覚えていた。長い経験から、こういった状況では後々にとんでもないしっぺ返しがあるかも知れないからだ。


 不安気な顔をする艦長とは対照的に、提督は上機嫌で返した。


「順調に越した事は無い。心配性だな艦長は」


 ニコニコと、正に満面の笑みである。

 メディア王国史上、最大規模の艦隊の提督に就任したというだけでも大変な名誉だというのに、天候や波にまで恵まれている事で、提督はこれ以上無い程に気分が良かった。


「見たまえ、この素晴らしき天候を! 神が我々に微笑んでくれているに違いない!」


 快晴の空を指差しながら、提督は大声で言う。端から見れば酔っているのかと心配になる程に上機嫌だった。


 しかし、無理も無かった。彼の艦隊はメディア王国史上どころか、パンゲア史上でも最大規模の大艦隊なのだ。そんな艦隊が戦列を組んで航行する様は正に圧巻で、海軍軍人ならば心が踊らない筈が無い。

 現に、先程まで不安そうにしていた艦長でさえ、大型艦から小型艦まで多種多様な軍艦が綺麗な陣形を組んで進む姿を見て、一気に不安な気持は吹き飛び、誇らしいような笑顔になる。


「この大艦隊ならばどこの国の艦隊にも負ける筈が無い。陸の上で勝って良い気になっている蛮人共に、現実を見せてやるのだ!」


 最早自分にさえ酔っている提督は、物語の主人公のごとく自信満々に演説する。普通に考えれば頭がイッテる痛い人なのだが、大艦隊を率いているという現状や決戦前という雰囲気からか、艦長は勿論、その場にいた者達も当てられて歓声を上げる。

 そして、その歓声が付近の艦にも伝染し、瞬く間に広まって遂には艦隊中で歓声か上がった。


 それはまるで、映画のワンシーンのような光景で、物語的には完全に主人公サイドが決戦に向かう様子だった。




 彼等がここまで自信満々なのは、何も大艦隊やその場の雰囲気だけでは無い。一番の要因は、彼等が日本帝国軍の強さを知らない事だ。

 基本的に日本帝国軍は上陸以来、地上戦において占領地を拡大していて、哨戒艦艇を沈めてからは海上戦を行っていない。

 陸軍の場合は日本帝国軍と戦った敗残兵がそれなりにいるので、日本帝国軍の強さをある程度は理解している。しかし、海軍はロクに日本帝国軍と戦闘らしい戦闘をした経験が無いため、イマイチ把握出来ていないのだ。


 それに、大艦隊を運用している将兵は戦場からはまだ遠い、海軍の根拠地がある軍港に詰めていたので余計に日本帝国軍の情報に疎かった。

 一応、陸軍経由で日本帝国軍についての噂などは流れて来るのだが、あまりにも非常識過ぎて現実味が無く、敗者の言い訳程度にしか受け取っていない。


 そのため、こんなにも余裕綽々な態度が取れるのだ。









 自信満々な宣言から少し経ち、相変わらず艦隊のテンションは高いままだが、日本帝国軍の支配海域に入った事で否応無しに緊張感が高まる。何時敵の艦隊に出くわしても不思議は無いので、提督は全艦に砲弾や火薬など戦闘準備を命じた。


「…さて、どこから現れるか…」


 先程までとは打って変わり、提督は緊張した面持ちで海を眺める。戦いが始まる前の何とも言えない、血が凍るような感覚を覚えていた。


「日本帝国軍の艦隊についての情報はあるか?」

「……いえ、偵察に出した哨戒艦や飛龍は…皆返って来ませんでした」


 提督の質問に艦長はポーカーフェイスを保っているが、声には不安が混じっていた。敵について何の情報も無いという事と、偵察隊が誰も帰ってこなかったという異常さにだ。

 偵察に出されたのはフリゲート艦やコルベット艦である5~6等艦で、攻撃力こそ低いがその足の早さに定評があるので偵察や哨戒に用いられる。

 今回の決戦の直前にも、偵察として数隻が派遣されたのだが、結局1隻も戻らなかった。


「そうか……リディア王国から入る噂では、日本帝国の船は鉄で出来ていて、帆が無くとも進めるらしいが……どう思う?」


 どう思うと聞いておきながら、提督の顔や口調は全く信じていないと語っている。


「私自身が日本帝国の船を見たことが無いので何とも言えませんが……恐らくリディア王国による流言かと…」


 パンゲア世界で唯一、日本帝国との貿易をしているリディア王国から、日本帝国についての噂はメディア王国にも流れて来るのだが、どれもこれも信憑性が無い。

 日本帝国軍と実際に戦った陸軍ならば、「兵器技術の高さからあり得る」と思う者達も少なくないが、本格的に戦った事が無い海軍は信じていなかった。


「だろうな。第一、鉄が水の上を浮く筈が無い。鉄で船を作れば沈むのが道理。大方、鉄の装甲を貼っている事を誇張したのだろう」


 パンゲア世界の常識で考えれば、提督の言っている事は正しい。船を鉄の装甲で覆うぐらいならあり得るが、船自体を鉄で作るなど狂気の沙汰だ。


「それに、帆も無く進むというのは恐らく、日本帝国の船はガレー船なのだろう。流石に友好国がガレー船を使っているとは言えないので、曖昧に表現して誤魔化しているに違いない」


 パンゲア世界において、帆も無しに進む船というのはガレー船以外にはあり得ない。メディア王国でも蒸気機関の研究はされているものの、リディア王国と同様に実用的な蒸気機関は未だに存在しないので、貴族ですら蒸気機関という単語を知る者は少ない。


「…まぁ、妥当ですね」


 勿論、提督や艦長も知らないのでその結論に行きつくのは明白だ。


 しかし、艦長は不安を拭いきれない。何故なら、本当に日本帝国の船が鉄の装甲を貼ったガレー船ならば、全ての哨戒艦が逃げ切れなかったとは考え難い。何しろガレー船は人が漕がなければいけないので、帆船に比べて速度や持久力が無い。

 一等戦列艦のように大砲などの重量のせいで遅い艦艇ならまだしも、速度の早さが売りの5等~6等艦が1隻もガレー船から逃げ切れなかったなど、信じられないのだ。


 ……しかし、それを言った所でどうにもならない。既に決戦の直前であり、今更泣き言を言った所で無駄に士気が下がるだけで良い事は無く、それどころか「艦長として不適格」として解任される恐れさえある。

 そのため、多少の不安を感じていても艦長はポーカーフェイスを貫く。例え自分の勘が「今すぐ引き返せ!」と叫んでいるとしても、無視して前を見るしかないのだ。










 敵艦隊を探すために、最も視界が広いマストの上から見張りが望遠鏡で水平線を覗いていると、何かが現れた。

 最初は島か何かかと思ったが、やがて、複数の船らしき物だと判断した。


「前方に敵艦隊らしきモノを発見っ!! まだ距離があるので定かではありませんが、日本帝国の艦隊かと思われますっ!!」


 見張りの報告に艦内がざわつき、艦長の指示で速やかに全艦に伝えられた。

 そして、その報告は旗艦レムノスに座乗する提督にも伝わった。


「…遂に見付けたか…」


 敵艦隊発見の報告に、提督は生唾を飲む。間もなく始まるだろう決戦を想像したのだ。


「艦長、総員戦闘配置だ」

「はっ、総員、戦闘配置!」


 各艦では慌ただしく、船員が戦闘のための配置に付く。大砲に砲弾をセットし、何時でも砲門を開けて発射出来る体制を取った。


 提督や艦長も敵を確認するために、折り畳み式の望遠鏡を取り出し、敵艦隊がいる方向を見る。


「…まだ大分遠いな」

「えぇ、ですが向こうもこちらに向かって来ているようですから、直ぐに目視出来るようになるでしょう」


 遠すぎて敵艦隊の形などはよく分からないが、かろうじて船首をこちらに向けている事は分かるので、相対速度で早く近付くのが分かる。




 敵艦隊発見から少し経ち、望遠鏡で見ていた提督や艦長、見張りなどがおかしい事に気付いた。


「……帆が、無いな…」

「…はい、ありません…」


 徐々に近付いた事で敵艦が見えてきたのだが、ある筈の帆が無い事に気付いた。初めは噂通りのガレー船かとも思ったのだが、船体の横から突き出ている筈のオールも無い。


「……オールも、無いな…」

「…はい、ありません…」


 先程とほとんど同じ会話だが、2人ともそれに気が付かない程に混乱していた。

 帆もオールも無しに進む船などあり得ないからだ。


「……どうやって進んでいるか分かるか?」

「……いいえ、検討も付きません…」


 提督と艦長が分からない事が見張りの水兵に分かる筈が無く、2人と同様にマストの上で望遠鏡を見ながら「…そんな、あり得ない…」「夢だ、これは夢なんだ…」などと呟いていた。


 尚、日本帝国軍にとってはとっくの昔にメディア王国軍の艦隊は射程範囲内なのだが、例によって観戦武官達に射程を誤魔化すためにわざと近付いているのだ。




 更に少し経つと、パンゲア世界の望遠鏡でも敵艦がハッキリと見える程の距離に近付いた。


「……何なんだ…あの大きさは…」

「…………」


 望遠鏡の中に映る敵艦は、1隻1隻がとんでもなく巨大で、艦隊で動いているとまるで島が動いていると錯覚する程だった。

 何しろ日本帝国軍が動員したのはどれも2万トン級の特殊戦艦で、日本帝国の規準で言えば1万8千トンのズムウォルト級駆逐艦と大差は無いので、大した事は無い。


 しかし、最大級である1等戦列艦でも3千トン程度であるパンゲア世界の規準で言えば、信じられない程の巨艦だ。


「……あれは現実なのか…? 私は夢を見ているのではないのか…?」


 夢であって欲しいと提督は切に願ったが、艦長が打ち砕いた。


「……残念ですが、私にも同じ光景が見えています」

「……………」


 最早艦長の言葉に応答する気力さえ無かった。




 遂には目視出来る距離にまで近付いた。一般的な視力の持ち主ならばボヤけて見えにくい距離でも、常に遠くを見る水兵の視力は高く、気付いた水兵は指差しながら騒ぎ始める。


「何だ、あのとんでもなくデカい船はっ!?」

「敵艦なのか!?」

「そんな……あんな巨艦が相手なんか聞いてねぇぞっ!!」


 1人が騒ぎ立てると瞬く間に広まり、全艦がパニック状態になった。

 士官や下士官が何とか鎮めようと努力するも、当の士官や下士官も半ばパニック状態なのでどうする事も出来ない。


 一方、そんな最中も提督と艦長は望遠鏡を見たまま固まっていた。あまりの衝撃に、パニックによる大騒音すら2人には聞こえていなかった。


「……もしかして、あの船は鉄で出来ているのか?」

「……恐らくは…」


 敵艦の船体を見て、初めは噂通りに鉄の装甲を張り付けているのだろうと思っていたが、近付くにつれ違う事が分かった。


「……帆が無く、鉄で出来ている船…………まさか噂が誠であったとは…」

「……全くです…」


 最早完全に放心状態だった。







 すると、日本帝国軍艦隊が突如進路を変え、メディア王国軍に対して船体を横に向けた。

 ……まるで砲撃体勢を取るかのように。


「……砲撃?……まさか…この距離であり得ん…」

「…………」


 日本帝国軍艦隊との距離は少なくとも500リーグ(1000m)以上は離れていて、普通ならあり得ない。

 パンゲア世界の海戦では、敵艦に横付けするぐらいに近付かなければ砲弾は当たらない。




 しかし、そんな事知るかとばかりに日本帝国軍艦隊は砲撃した。それもいきなりの一斉砲撃だ。


「…あ、当たる筈が無い…当たる筈が……無いんだ…」

「…………」


 提督は祈るように呟くが、艦長はただ黙って目を瞑る。


 そして、日本帝国軍艦隊に最も近かったメディア王国軍の戦列艦十隻以上が突然幾つも爆発を起こし、轟沈した。

 日本帝国軍の速射砲にとっては1000mなど無いも同然な距離なので、全部の砲弾が見事命中。メディア王国軍の艦艇が一気に減ったのだった。


「「「「「………………」」」」」


 提督や艦長は勿論、被害を免れたメディア王国艦艇の将兵は呆然とした。500リーグ(1000m)もの距離から命中させるだけでも規格外だというのに、一回の砲撃で十隻以上を沈めるなど、最早言葉すら出なかった。

 沈んだ船の水兵達が助けを叫んでいるにも関わらず、全く反応しない程に驚愕したのだ。


 しかし、日本帝国軍はいちいち回復するのを待つ程優しくなかった。

 新たな目標に照準を定め、砲撃を開始。今度は一斉砲撃ではなく、砲ごとに個別のターゲットを狙う。1発撃つごとに長い装填が必要なパンゲア世界の大砲と違い、速射砲の性能を生かして次々と砲撃する。




 マスケット銃の装填よりも遥かに早く装填される砲撃を受けて、ようやくメディア王国軍は正気を取り戻した。


「畜生っ!! あんな装填速度は反則だっ!!」

「何なんだあの威力はっ!? 砲弾が爆発してるっ!??」

「クソッタレがっ!! こっちの砲弾は届きもしねぇっ!!」


 一応メディア王国側も砲撃し返しているのだが、距離が遠すぎて届く事さえ無い。


「全艦撤退っ!!! こんなモノは最早戦いではない、虐殺だっ!!!」


 何とかまだ浮いている旗艦、レムノスの上で提督は必死に叫ぶ。しかし、既に統制が取れる状況ではなく、個々に判断してバラバラに逃走を開始する。

 普通ならばバラバラに逃げれば1隻ぐらいは逃げ切れるのだが、完全に日本帝国軍艦隊の射程内なので逃げても撃沈されるだけだった。


「そんな……バカな……」


 次々と沈んでいく戦列艦を目にして、提督は完全に現実逃避していた。

 少し前まではパンゲア世界でも最大規模の大艦隊だったというのに、僅か5分足らずで既に壊滅状態になっているなど、誰が信じようか。


「は、ハハハ……そうだ…これは夢だ……そうに違いない………私はまだ…眠っているに違いない…」


 艦長が必死に「降伏しましょう!」などと叫んでいるが、提督は完全に現実逃避していて聞こえていない。いや、聞こえているのかも知れないが、完全に無視していた。

 自らの心を護るために、不都合な事実を脳がシャットアウトしているのだ。


 そんな提督を無視し、何とか降伏をしようと動き出した矢先に、艦長や提督に76mm砲弾が直撃、即死した。










 僅か20分程度の海戦の結果、メディア王国軍艦隊は全滅。降伏や逃走をする間もなく速射砲の雨によって沈められ、幸運にも生き残った少数の将兵は日本帝国軍に救助され、捕虜となった。


 片や全艦艇が沈められ、片や1発の砲弾も受けてないという、完璧過ぎる程のワンサイドゲームだった。

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