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2 召集

 北郷は生活の大半をニートのように過ごしているが、週に1度だけ仕事をしている。




 とは言っても、国内の開発状況や軍の状況、外国の動きなどを聞き、その都度命令するだけ。

 命令さえすれば後は日本帝国最高研究機関である『戦略研究会』が煮詰め、皇帝に裁下を求め、各部門に指示する。

 戦略研究会は北郷に絶体の忠誠を捧げるエリート達で構成され、未来知識なども教え込んだため、この世界には無い発想が出来るのだ。


 そもそもこの機関を作った目的は、北郷が楽をしたかったためだ。


 様々な世界を経験し、それなりの人生を送ってきた北郷だが、本質はニートのまま。

 出来るならば働きたくなどないのだが、流石にそれでは神としての権威が失われてしまうので、最小限の労力で最大限の成果を得るために戦略研究会を設立。


 建国当初、人材不足から北郷自らが奔走するしかなかったが、時間が経つにつれ人材が揃っていき、50年も経つ頃には今のシステムを確立した。


 日本帝国はこの統治方法を600年以上変わらず行い、失策らしい失策をした事が無い。

 コピーによって予算や資源は無限であるため、有用であればどんなに高くとも予算が降りる。更に、日本帝国は絶対君主制国家であり、人権が存在しない国なので国民感情を無視した政策なども可能なのだ。


 とは言え、あまりにも押さえ付ければ反乱の温床になりかねないので、それなりに配慮し、開発などで立ち退きが必要になればきちんと代わりの土地や家、仕事などを用意し、賠償金や減税などを行なっているので不満は最小限に抑えられている。










 北郷の居住である山荘には、北郷と戦略研究会が毎週会議を行うための大きな会議室がある。

 大きな円形のテーブルと座り心地が良さそうな椅子があり、他には巨大なホワイトボードやプロジェクター、日本帝国の詳細な地図などが揃っている。

 内装はこの屋敷の中で一番落ち着いた物で、絵画やシャンデリアなど派手な装飾品は可能な限り省き、企業の会議室を大きく、若干豪華にしたかのように見える。


 そんな部屋の中には、召集された戦略研究会の全メンバーは勿論の事、今上北郷帝(第28代)も座っていた。


 本来なら皇帝である北郷帝は円形テーブルの上座に座るべきなのだが、この山荘においては皇帝でも下座、それも最下位の末席だ。

 他の場所においてはあり得ない事であり、とてつもない不敬なのだが、この山荘においては誰も不思議に思わず、皇帝自身も何ら不満は無い。


 むしろ、皇帝は非常に緊張していた。

 自分の即位の際に一度、神のご尊顔を拝すために訪れた事はあったが、それ以降訪れる機会など無かったので、非常に緊張していた。

 日本帝国では最高位に位置する皇帝だが、この部屋の中では最も立場は低い。何故なら北郷と戦略研究会さえいれば、最悪皇帝など誰でも良いからだ。


 勿論、血筋や愛国心、忠誠心、知力、性格、容姿などなど、様々な狭き門を通過して皇帝に即位出来たのだから、この皇帝もエリートには違い無い。もしも他国の王族に生まれていたとしたら、さぞ優れた名君として歴史に名を残せていただろう。

 しかしそんな人物でも、日本帝国においてはそれほどの価値は無い。皇帝とはあくまで初代北郷帝の代わりに過ぎず、十分替えが効く存在でしかない。

 むしろ、今部屋にいる戦略研究会のメンバーの1人が欠ける方が、日本帝国にとって遥かに重大な損失なのだ。







 全員が着席し、誰一人として喋る事なく待つ。決して談笑しながら迎えて良いお方ではないからだ。


 その時、会議室の扉が開き、先ず侍従長が入ってきた。

 その瞬間、部屋にいる戦略研究会全メンバーや今上皇帝など、全員が起立し、最敬礼をして迎える。


 全員が頭を下げている中、北郷が会議室に入ってきた。

 頭を下げている面々を見る事なく、テーブルの上座に行き、誰の了解を取ることなく座る。


「座れ」


 北郷の命令に、頭を下げていた全員は頭を上げ、各々の席に着席した。


「さて、今回緊急に召集をかけたのは他でも無い。この異常事態についてだ。

 先ずは大まかに説明せよ」


 北郷は侍従長に目線を向ける。

 北郷から指名を受けた侍従長は先ず部屋の明かりを消し、そしてプロジェクターを起動する。


「はっ、先ずはこちらをご覧下さい」


 プロジェクターには宇宙から見た地球を伸ばした世界地図が映る。

 その世界地図は何時も見ている地球の物で、ユーラシア大陸やアメリカ大陸、オーストラリア大陸などが映っている。


「こちらが1時間程前までの見慣れた世界地図です。

 ……しかし、現在はこうなっています」


 侍従長がリモコンでスライドを切り替えると、アメリカ大陸は変わらないが、ユーラシア大陸が無くなり、代わりに巨大なオーストラリア大陸を4分割したような4つの大陸がある。


「「「……………」」」


 しかし、そんな通常ではあり得ない映像を見ても、部屋の中の者達は誰1人として驚かない。

 何故なら、この程度の事はこの山荘に呼ばれる者なら既に知っていて当たり前だからだ。


「ご覧の通り、ユーラシア大陸が無くなり、代わりに巨大なオーストラリア大陸を4分割したかのような大陸があります。

 この大陸についての情報は現時点においてほとんどありません。唯一あるのは、衛星からの映像のみです」


 そしてまたスライドを切り替えた。

 今度は大陸をより細かく映した映像で、中世ヨーロッパのような城郭都市や、大砲や銃で向かい合っている戦場、戦列艦のような木造帆船が帆走している様子など、様々な映像が映っている。


「衛星で調査した結果、この大陸には人間が生息しており、このようにある程度の文明も築いています。

 文明レベルは恐らく2~3世紀(皇紀)程度で、初期的な銃火器は存在するようですが、衛星で見る限りは電気や蒸気機関などの存在は確認出来ませんでした」


 これを聞いて、皇帝は少し嘲笑を浮かべる。

 たかだか2~3世紀程度の技術力しか有してないなら、今は無き属国であるブルキナファソと大差はない。

 ならば帝国の敵にはなりえないと。


 しかしその一方、戦略研究会の面々は表情を一切変えない。

 確かに技術レベルが産業革命以前ならば軽く蹂躙する事も出来る。良い知らせなのだが、その割には北郷や侍従長の顔に安堵の色が無いからだ。




「……しかし、この大陸には非常に大きな問題があります」


 侍従長はまたリモコンでスライドを切り替えた。

 そしてプロジェクターに映ったのは、馬より大きな体、ゴツゴツとした鱗、大きな羽根、鋭い爪や牙などを取り揃えた伝説上の怪物、ドラゴンだ。


「なっ!!?」

「っ…!?」

「…………」


 振られるまでは口を開くまいと思っていた皇帝は、思わず声を上げてしまう。

 戦略研究会の面々は、声こそ上げなかったが、驚愕という表情を隠せていない。


 スライドは更に切り換わり、その度に伝説上の怪物達が次々出てくる。


 ドラゴン、ゴブリン、オーク、サイクロプス、ケンタウロス等々、現実にはあり得ない怪物達の映像が次々とプロジェクターに映る。


「…念のための確認ですが、この映像は合成などの類いではなく、衛星で撮ったこの大陸に実在する生き物達です」

「「「…………」」」


 誰も一言も喋ろうとしない。それ程驚いたからだ。


「これらの伝説上の生物……モンスターと仮称しますが、主に生息が確認出来たのは北部の未開拓地域です。開拓が進んでいる中部や南部地域ではほとんど確認出来ず、僅かに山間部にいる程度でした。恐らく、中部や南部のモンスターは開拓や人口の増加によって、北部に追いやられたのでしょう。

 しかし、ドラゴンに関しては例外のようで、ドラゴンに騎乗して飛んでいる者達や、トリケラトプスのような翼を持たないドラゴン? に騎乗している者達もいました」


 侍従長が何気に重要な説明を続けるが、ほとんどの者達は聞いていなかった。

 出席者達は「何故あんなモンスターが存在するのか?」や、「北郷様ならご存知なのだろうか?」と北郷に視線を向ける。

 しかし、北郷はまだ話す気は無いのか、黙ってプロジェクターを見ながら、説明を聞いている。










「現時点で調べる事が出来たのは以上です」


 侍従長はプロジェクターを消し、会議室の明かりをつけた。

 明かりがついた事で全員の顔がハッキリと見えるようになったが、全員の顔に表れているのは未知なるモノへの恐怖と不安、そして、北郷に対しての期待だった。


「ご苦労、この短時間によくここまで調べる事が出来た」

「はっ、ありがとうございます」


 僅か1時間という短い時間と、衛星のみという調査手段。決して恵まれているとは言えない条件下で、これほどの情報を得られたという事に、北郷が労を労いの言葉をかけた。







「……さて、では次は私が話そう」


 北郷の言葉に、全員が姿勢を正し、一言一句とも聞き漏らさないようにする。

 この山荘に来た目的がこれなのだから、当然だ。


「先ずは諸君等が気になっている、この状況についてだ。

 単刀直入に言おう……ここは異世界であり、我々はアメリカ大陸ごと、この世界に飛ばされたのだ」

「「「っ…!!!?」」」


 今までの映像から予想は出来ていたが、改めて断言されるとやはり衝撃を受けたのか、北郷以外の全員に衝撃が走る。


「何者がこの世界に我々を飛ばしたかは私も分からん。

 しかし、それよりももっと重要な問題が発生した」


 異世界にいきなり飛ばされる以上の問題が存在するのか? と北郷以外の全員が考えたが、そんな事を言う雰囲気でも無いので出席者達は黙ったまま聞く。


「皆も知っての通り、私は知識と豊穣の神であり、この日本帝国に様々な知識と実りをもたらして来た。

 しかし、私はあくまで前の世界の神であり、この世界の神ではない。

 …そのため、この世界では私の力は著しく制限を受ける」

「「「なっ!!!!!??」」」


 先程の異世界の事にも驚愕したが、今回は全員が目を見開き、驚愕と同時に絶望する。

 何故なら日本帝国は北郷あっての国であり、北郷の力が無ければこれほどまでの超大国を維持し続けるのは不可能だからだ。


「…具体的には、どのような制限があるのでしょうか?」


 戦略研究会の1人が北郷に尋ねた。

 振られていないのに意見するという好ましくない行動だが、誰一人として咎めなかった。

 誰もが聞きたい内容だからだ。


「具体的に言うと、知識の能力がほとんど効かない。

 前の世界ならばどんな分野でも知識を得られたが、この世界では知識がほとんど得られない。

 …つまり、今の私はお前達と同じように、この世界についての知識はほぼ無い」


 まるで、前の世界ではどんな知識も有していたかのように、北郷は嘘を吐く。

 今までの様々な経験上、一度他の世界に飛ばされれば前の世界に戻る事はまず無いため、検証が不可能な状況を利用し、自分の権威を上げるだけ上げておきたいのだ。


「しかし豊穣についての能力は問題無い。

 ……このように」


 北郷は手をかざし、魔法の杖をコピーして出した。

 普通の人間が見れば「手品か?」と疑うだろうが、この場にいる人間は全員、ある程度北郷の力を知っているので驚かず、むしろ安堵していた。

 彼等からして見れば、この世界の知識が得られないのは痛いが、それでも、無限の予算や資源は約束されているなら耐えられる痛みだ。


「豊穣の力は無事なので、この世界でも食料や資源などの不足は防げる」


 これのおかげで、場の空気が少し軽くなった。

 もしも北郷の力が全て失われていたなら、とんでもない事が起きる事になるからだ。


 アメリカ大陸でも自給自足は可能だが、以前に比べるとずっと不便になり、様々な物の値段が上がる事は間違いない。

 更には、今までのような潤沢な予算は無いので緊縮財政を強いられ、挙句には予算確保のために大増税が不可欠となる。


 ただでさえ異世界に飛ばされて臣民は不安になるというのに、そこに緊縮財政による公務員の大量リストラや社会保障費の削減、大増税、食料価格の上昇などが同時に多発すれば、政府の支持率は急落し、反政府活動も起きかねない。

 なまじ今までの生活が恵まれ過ぎていたため、普通の国ではたまにある事でも、日本人には耐えられない可能性が高いからだ。







 場が落ち着いたのを見計らい、北郷は魔法についてを語り始める。


「知識の能力に制限を受けているとは言え、完全に何も得られなかったという訳でも無い。

 ほとんど何も得られなかったが、1つだけこの世界の知識を得られた」


 和やかになりかけていた空気に、再び緊張感が走る。


「この世界には……魔法が存在する」

「「「…………」」」


 北郷の言葉に、場が凍りつく。


「魔法……ですか?」


 戦略研究会の1人が思わず呟く。

 普通の人間が「魔法」などど口走れば一笑に伏す事も出来るが、相手が神では簡単に否定は出来ない。何しろその神は魔法のような力を持っているからだ。


「そうだ。その証拠を見せてやろう」


 すると北郷は立ち上がり、広い会議室の隅に的をコピーした。

 的とは装甲歩兵が着用するパワードスーツの事で、誰も装着していないが鎧兜のように立て掛けられている。


「あれは知っての通り、装甲歩兵が着るパワードスーツだ。その装甲は非常に頑丈で、重機関銃の弾すら阻む。

 ……間違いないな?」

「はい」


 北郷が尋ねると、軍事部門の戦略研究会のメンバーは即答した。

 他の面々も、先の対ローマ戦線において実績を上げた兵器なので、勿論知っている。

 破壊するには対戦車ロケット弾の直撃並みの威力を必要とする事も。




 北郷はパワードスーツが置かれている隅まで歩き、10m程離れている場所に止まった。そして、杖を構える。


「よく見ていろ。

 …………『ファイアーボール(×5)!』」


 呪文詠唱を省略し、ただ魔法名のみを叫ぶ。

 雰囲気を出すためにあえて呪文詠唱するという事もありなのだが、30秒以上もの長い長い呪文を唱えていてはインパクトが薄まりかねないため、、速射性を重視して詠唱を破棄。

 更に、魔法の恐ろしさを見せつけるために、岩を砕いた時同様に5倍のファイアーボールを放った。


 杖の先から(演出)出てきた砲弾のような火の玉は、矢のようなスピードで見事パワードスーツに命中。

 庭の時同様に爆撃音のような音を鳴らし、爆発。流石にパワードスーツは粉々にはならなかったが、装甲の着弾点には大穴が開き、素人目に見ても搭乗員がいたなら死亡していたと分かる。


「なっ……!!」

「バカなっ……!」

「…マジかよ…」


 日本帝国の技術の粋を結集させて作ったパワードスーツが、魔法なんてお伽噺話に出てくるモノに完膚無きまでに負けた。

 北郷以外の全員が驚愕の声を上げる。

 ちなみに、壁はミサイルの直撃にも耐えられるように出来ていたため、多少表面は焦げたが貫通はしなかった。




 パワードスーツの大破を確認した北郷は、自分の席に戻った。

 未だに他の者達は呆然としている。


「…一応言っておくが、さっきの力は私の固有能力ではない。その証拠に、前の世界では出来なかった」


 北郷の言葉に、他の者達も魔法の存在を認めた。認めざるを得なかった。


「……では…その魔法は、我々にも使えるのでしょうか?」


 軍事担当の戦略研究会のメンバーが、恐る恐る尋ねる。


「才能があればだ。

 魔法を使うには才能が必要であり、私は偶々魔術師としての才能があったようだ。

 しかし、会議の前に何人かの侍従に魔法を使わせようとしたが、侍従達は出来なかった。恐らく、魔術師は希有な才能なのだろう」


 あの不発事件の後、他の侍従達にも試させたが、同様に何も起きなかった。

 まだまだ実験人数が少ない事から確証こそ得られていないが、「恐らく魔術師の才能は珍しいのだろう」と推測出来た。


 しかし、もし魔術師の才能がそれほど珍しくないモノだったなら、それは非常に面倒な事となる。

 市民が完全武装して街を歩いている事と同じで、必ずトラブルが発生し、最悪内戦が起きかねない。


「そうですか……分かりました」


 質問した者も残念そうな、しかしホッとしたような顔をした。

 彼も北郷と同様に、日本人に魔術師の才能を持つ者が大量にいたなら、どれだけ大変な事になるかと考えていたからだ。




「先程のように、魔法は強力な兵器にもなるが、治療系の魔法ならある程度の傷や病気ぐらいならば、たちどころに回復させる事が出来る

 そして、こんな事も…」


 次に、北郷はバーベルをプロジェクターの前にコピーで出した。


「このバーベルの重さは200kgだ。

 …坂井、持ち上げてみろ」


「わ、私がですか?

 …分かりました」


 立ち上がった彼の名前は坂井康太。

 戦略研究会のメンバーの1人で、主な分野は経済部門。


 学生時代には野球をやっていたのである程度体は鍛えていたが、それも遠い昔で、今は普通の中年男性でしかない。

 坂井は自分が持ち上げる事など不可能と思ってはいるが、北郷からの命令なので従わないという選択肢は存在していない。


(それに、これも実験の一種なのだろう)


 坂井はとりあえず納得し、上着を脱いで命令通りバーベルの近くに行き、棒を両手で握り、持ち上げようとする。


「ふんっっ!!……グゥッ!!…グッ!!………」


 歯を食いしばり、必死に持ち上げようとするが、バーベルは1mmも浮かばない。


「はぁっっ!!……はぁ…はぁ…。

 …ダメです…持ち上がりません」


 坂井のギブアップ宣言に、北郷は当たり前と言わんばかりの顔をして頷く。


「だろうな、ならばこれならどうだ?

……『筋力強化!』」


 これまた、本来なら長い呪文詠唱が必要だが、コピーしてあるので省く。


 強化魔法のせいで坂井の体が薄く白く光り、直ぐに収まった。


「え? な、何ですかこれ!?」


 訳の分からない光が自分を包んだので、坂井は当然驚く。

 しかし北郷はその質問には答えず、再び命令する。


「その状態でゆっくりと、バーベルを持ち上げるのだ」

「は、はいっ!」


 自身の状態はよく分からないが、坂井は北郷の命令通りに再度バーベルを掴み、ゆっくりと持ち上げようとする。

 先程までならピクリとも動かなかったバーベルが、今度は坂井の持ち上げる早さに合わせて浮いていく。


「え!? 軽い!?」


 重すぎて持ち上げるなんて不可能に思えたバーベルが、今ではそれほど重く感じず、楽に持ち上げる事が出来た。

 それを見ていた他の面々も驚愕の顔をする。


「どうだ? バーベルが軽く感じるだろう?」

「は、はい! さっきはまるで持ち上がらなかったのに、今は少し重い程度にしか感じません!」


 坂井は重いバーベルを軽々持てる事に感激したのか、少し興奮気味にバーベルを上下させながら喋る。


「これが強化魔法だ。

 一時的だがお前の筋力を強化した。今のお前はオリンピック選手と同等か、それ以上の筋力を有している」




 プロの重量挙げ選手でもなかなか持てないようなバーベルを、平均的な中年男性とさほど変わらない坂井が軽々と上下している事に見入っている出席者達の横で、北郷は改めて魔法についての評価をする。


(この世界で最も役に立つ魔法は、まず間違いなく強化魔法と治療魔法だな。

 まだ下位の魔法しか知らないから断言しにくいが、少なくとも日本帝国においてはこれ以上に素晴らしい魔法は無い筈だ。

 強化魔法をかければどんなにひ弱な奴でも屈強な兵士になれるし、治療系はまだ小さな切り傷ぐらいでしか試してないが、一瞬で傷跡すら消えるんだから素晴らしい。

 ……その分、恐ろしくもあるがな…)


 ちなみに、下位の強化魔法の持続時間は僅か数分程度。中位なら約20分、上位ならば1時間まで持続時間を伸ばす事も出来るが、効果は下位とさほど変わらない。

 そのため、どんなに強化魔法を施してもあくまで人間の範囲内が限界。







 一通り魔法についての説明が終わったので、会議を再開する。

 ちなみに、バーベルや大穴が開いたパワードスーツは親衛隊が持っていった。


「これが私が知る事が出来た知識の全てだ。

 後は直に大陸に行くしかあるまい」


北郷の言葉に、またしても全員が驚愕した。


「っ!? ほ、北郷様御自ら、がですか?」


 外れていて欲しい。自らではなく、誰かを派遣させるのだと言って欲しい、この場にいる北郷以外の全員が願った。

 しかし、現実は常に無情だ。


「そうだ。私自らが未知の大陸に赴き、調査をする」


 北郷のその言葉に、礼を失する事になるが思わず戦略研究会のメンバーは立ち上がり、大声で反対を唱える。


「危険ですっ!!

 あのような未開の地に、北郷様御自らが行かれる必要などありません!」

「その通りです! そのような雑事は我々にお任せ下さい!」


 普段なら大声で北郷を非難するなど考えられないが、今回ばかりは仕方がなかった。

 例え逮捕や処刑になるとしても、彼等は止まらない。それが彼等の北郷に対する忠誠心だからだ。


 勿論、北郷もそれを理解しているが、それでも翻す気は無かった。


「…お前達の私に対する忠誠心、非常に嬉しく思う……が、既に決めた事だ」

「し、しかしっ! あの大陸には未知の怪物がウヨウヨといます!!

 もしも北郷様の御身に万が一があったらと思うと…!!」


 尚も食い下がる戦略研究会員達に、北郷は少しばかりイラつく。

 忠誠心は非常に嬉しいが、北郷の中では既に決まった事であり、変更はあり得ない。







 北郷としても、本音では未知の大陸になど行きたくは無い。


 ドラゴンやゴブリンのような伝説や神話上の怪物が闊歩し、更には文明レベル的に盗賊などが出てくる可能性も高く、素人目に見ても危険と分かる。

 もしもマンガの主人公のように、冒険心溢れる人物だったなら未知なる世界にワクワクしたかも知れないが、残念ながら北郷は自他共に認める臆病者。

 自分の命が何より最優先であり、そのためには全てを犠牲に出来る北郷にとって、未知なる大陸は恐怖でしかない。


 では何故自ら赴くと決めたかと言うと、この世界には魔法という、未知なる脅威が存在するからだ。


 魔法はありとあらゆる物理法則を無視し、超常なる力をもたらす。

 先も述べたように、下位の攻撃魔法でも人1人を殺傷するには十分な威力を持ち、強化魔法を用いれば時間制限はあれど簡単に超人と言える程の運動能力を得られる。


 残念ながら北郷の魔術書には書いていなかったが、強化魔法には物質を強化する魔法もあり、刀剣類の切れ味を上げる『鋭さ強化』、防具の耐久力を上げる『耐久力強化』、更には応用として重量物を軽くする『軽量化』といった、とんでもない魔法すら存在するのだ。

 ちなみに、北郷はまだこの事実を知らないが、「身体を強化出来るなら物質を強化出来てもおかしくはない」と検討はついていた。




 しかし、これだけならさほどの脅威では無かった。


 幾ら身体能力を強化しようが、所詮は人間の範囲内なので車より早く走れる訳では無く、生身で銃弾を防げる訳でも無い。

 鎧を最大限強化すれば小口径弾を弾く事ぐらいは出来るかも知れないが、大口径弾やロケット弾を弾く事は出来ない。つまり、近代以前の戦いであるならかなり優位に立てただろうが、現代戦においてはそこまでのアドバンテージは無い。

 最終的には技術レベルや物量で押し潰せる程度の差でしかない。




 では北郷は何に恐れているのかと言うと、諜報魔法だ。


 支給された魔術書は主に下位の攻撃、強化、治療魔法の3ジャンルで構成されているが、中にはそのジャンルに含まない魔法の記述も存在する。


 そしてその中に、『盗聴防止』の魔法が存在したのだ。


 盗聴を防止する魔法が存在するという事は、盗聴をするための魔法があるという事になり、更には盗聴があるのなら監視や透視の魔法が存在していても不思議は無い。


 日本帝国の政府や軍など重要施設全てには厳重な防諜体制を敷いてあるので、従来の監視カメラや盗聴機などなら防ぐ事も容易い。しかしこれが、魔法による監視や盗聴が相手ではどうしようもない。

 何しろ日本帝国が元々いた地球世界には、魔法というモノの存在すら無かったのだから魔法対策など考える必要すら無かった。

 だからもしも魔法による監視が行われた場合、日本帝国の機密情報は全て筒抜けとなり、第二次大戦下の日本軍のような状況に陥ってしまう。


 幾ら圧倒的なまでの戦力差があろうとも、情報が全て筒抜けでは先手を打たれて敗北する可能性すらあり、外交においても甚だ不利となる。それでは手札をオープンな状態でポーカーをやるのも同然であり、勝てる筈が無い。


 そのため、そう言った最悪な事態を回避するべく、北郷は自ら未知なる大陸へと赴く必要があるのだ。




 そして何より、北郷はこの世界の常識や情報を欲していた。


 今までの世界ならばある程度の知識があり、更には地球世界でもあったので何となく常識や情報も推測する事も出来た。しかし、この世界は全くの未知の世界であり、更には魔法が存在する世界なので今まで積み重ねてきた知識が通用しない。


 幸いにも、衛星からの情報によれば街並みや兵器類から推測するに文明レベルは中世~近世程度はあるので、本は勿論、図書館などの施設がある可能性が高い。

 通常の諜報員では情報を持ち帰るのに本を書写するか持ち出すかなど、かなりの手間や時間がかかるが、見るだけでコピー出来る北郷ならば1日足らずで全ての蔵書をそっくりそのままコピー出来る。


 魔術書の類いにしても、魔術師じゃない諜報員が行くよりも、魔術師である北郷が行った方が見せて貰える確率が高い。それに例え厳重な保管や盗難防止の魔法がかけられていようとも、北郷ならば触れる事なくコピー出来るので無意味。


 本の他にも、この世界の武器や防具、食品、衣類、工芸品、装飾品、などから、植物や鉱物、建築物などなど、北郷が生物と認識しない限りありとあらゆる物をコピーし、日本帝国に持ち帰る事が出来る。


 正に、相手から見れば悪夢のような能力なのだ。




 そして最後の理由としては、まだ日本帝国が大陸の国家に見つかっていないうちに調査を進めなければいけないからだ。


 衛星からの映像によれば、この世界は戦列艦のような大型帆船を複数有している事が分かる。

 この世界の技術レベルについては未だ分かっていないのでアメリカ大陸にまで辿り着けるのかは不明なのだが、動力船と違い、帆船ならば食料と飲料水が続く限り航行が可能であるため、可能性が無い訳では無い。オマケに戦列艦のような大型帆船を建造出来る技術があるのなら、長距離航行が可能な帆船さえ建造可能だろう。


 更に、よくある魔法が存在するファンタジー世界モノならば、魔法技術の発展によって科学技術の発展は遅れ、未だに中世レベルというパターンが多いのだが、この世界では初期的とは言え銃や大砲などの火器を有している事から、科学技術の発展が伺える。

 衛星からでは鉄道や蒸気船などの存在を確認出来ていない事から、産業革命は未だ起こっていないと予想は出来るが、このまま何十年も経てば自力で産業革命を起こしかねない。

 そうなれば蒸気船が生まれ、ますますアメリカ大陸が発見されるリスクが高まってしまう。




 以上のように、様々な理由から時間を短縮するため、北郷自らが行くしかないのだ。







「既に決めた事だ。

 …それとも……私があのような怪物ごときに敗れるとでも言うのか?」


 北郷の睨み付けるような目線を受け、立ち上がっていた者達は全員ビクッ! と震えた後、急いで立ち上がって頭を下げる。


「「「も、申し訳ありませんでしたっ!」」」


 戦略研究会の全メンバーが深く頭を下げる。


 その光景を座って見ている者が、北郷以外にももう1人いた。

 今上皇帝だ。

 皇帝は北郷に意見する勇気など端から無かったので、立ち上がる事はなくただ傍観していた。


 そして戦略研究会の全メンバーが北郷に向かって頭を下げている光景を見て、改めて北郷の偉大さが分かった。

 皇帝である自分でさえ無碍に扱えない戦略研究会のメンバー達が、ただ許しを乞うために頭を下げている。

 このような事は考える事さえ不敬になるだろうが、


(あぁ、本物の神なのだなぁ…)


 と改めて思ってしまった。




「良い、私を思っての諫言に嬉しく思う。

 それに批判は必要だ。批判無きモノは容易く腐敗する。それは人間も神も同じだ」

「「「はっ!

 ありがとうございます!」」」


 再度頭を下げ、全員着席した。


 戦略研究会のメンバーは感動に震えていた。自分達の諫言に耳を傾けて頂き、気遣っても頂けた。

 大抵の権力を持った者は自分に反対する存在を許さず排除して、自分に賛成するイエスマンのみを集めるというのに、北郷様は批判を真っ向から受け止められ、それが正しいなら改善しようとする。


(((素晴らしきお方だ。このような偉大な神に仕える事が出来るとは)))


 会議の場なので一切動揺を見せないが、もしここが自宅などであれば彼等は感動のあまり落涙しながら歓喜していただろう。

 幼い頃から洗脳教育を受けてきた彼等にとって、北郷は絶対的な神なのだ。










「では続きまして、現在我が国が保有している戦力についての報告です」


 侍従長の宣言に、侍従達が各員の前にレポートを置く。


「ご存知の通り、この世界に移動したのはアメリカ大陸のみ。

 ですので必然的に、現有戦力はアメリカ大陸にいた部隊のみとなっています。時間の都合上、詳細な数については確認は取れていませんが、概略は次の通りです。


 総兵力は約300万人。

 艦艇としては戦艦2隻、空母6隻、巡洋艦27隻、駆逐艦(フリゲート艦を含む)78隻、潜水艦48隻。

 その他はまだ確認が取れていません」


 ちなみに日本帝国軍の戦艦、巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦は全てイージス機能を持つ。


「…以前の半分以下か……」


 北郷は肩を落としながら呟く。

 現代世界ならアメリカ軍にも匹敵する戦力だが、日本帝国からして見ればとてつもない戦力減だった。


「はい、ハワイや本土を失ったのは痛手でした。

 太平洋艦隊やインド洋艦隊、地中海艦隊、アフリカ艦隊、本土の艦隊を失い、更にはアメリカ大陸以外の全ての部隊を失ったたため、この数になりました」


 全体の空気が重くなる。

 太平洋艦隊は広い太平洋を護るためにかなりの数の艦艇が待機し、太平洋艦隊には負けるが本土にもかなりの数の艦艇がいた。更には、ユーラシア大陸やアフリカ大陸、オーストラリア大陸などに展開していた陸上部隊を全て失ってしまった。

 現在日本帝国に残っているのは、大西洋艦隊とたまたまアメリカ大陸に寄航していた艦隊、それに北米、南米方面軍ぐらい。


 一応アメリカ大陸には首都など重要施設が数多くあるのでかなり戦力は高いのだが、以前の戦力に比べればあまりにも少なすぎた。




「…ならば急ぎ戦力を増強をしなくては。

 各造船所や工場での生産数を上げ、新たに工場を建設するのだ」

「「「はっ!」」」


 北郷の命令に、戦略研究会の全メンバーが返事をする。


「しばらくは大陸と戦う気は無いが、何時でも動けるよう準備をしなくてはな。

 軍への志願者数を増やし、必要なら予備役を招集せよ」

「「「はっ!」」」


 徴兵でもすれば手っ取り早く頭数は揃えられるのだが、高い技能を必要とする日本帝国軍ではむしろ邪魔になりかねない。

 そもそも日本帝国には徴兵制は存在しなく、もしも徴兵する時が来たならそれは国家存亡の危機という事だ。









 その後の会議によって当面の目標や行動は決定した。

 出席者達はこれで会議は終了するのかと思っていたが、北郷にとってはまだ重大な事が残っていた。


 言葉だ。


 世界が違うのだから言葉が通じないのが当たり前なのだが、あの手紙によって北郷以外の日本人も読み書きは出来ないが、言葉は通じるようになっているのが分かっていた。

 まだ異世界人と会話をしてないので確実とは言えないが、今までの経験上、手紙に書いてある事は全て実行されて来た。

 ならば日本人でも異世界人と話が出来る筈であり、北郷がそれを利用しない訳は無かった。




 そろそろ終わりだという雰囲気の中で


「そうだ、1つ忘れていた」


 突然の北郷の発言に出席者は何だ? と思ったが、北郷の発言なので集中する。


 すると北郷は右手を上げ、パチンッと指を鳴らした。

 何かの合図か? と出席者達は周りを見渡すが、何も出て来てない。


「……あの…北郷様。今のは何だったのでしょうか?」

「ん?…あぁ、今ので私同様に、全ての日本人もこの世界の言語を話せるようになった」


 北郷は軽く、まるで大した事でもないように説明するが、出席者にとってはとんでもない発言だ。


「言語を…ですか?」

「そうだ。異世界なのだから勿論この世界に日本語は存在せず、当然日本語は通じない。

 しかしそれでは不便なので、私の力で全ての日本人にこの世界の言語を話せるようにしたのだ」

「「「…………」」」


 北郷の何でも無いかのような言葉に、出席者達は絶句していた。


 確かに少し考えれば分かる事で、世界が違うのならこっちの言語は通じず、 あちらの言語も分からない。

 通常ならば文献や現地民の協力など様々な手間が掛かるのだが、神の力によって一気に解決された事になる。


「素晴らしいお力ですねっ!」

「全くだっ! 正に神の御技っ!」


 出席者達は熱烈に賞賛する。

 まだこの世界の住人とコンタクトを取っていないので本当なのかは分からないのだが、北郷様がおっしゃる事なら事実に違いない。と出席者達は興奮していた。


「いや、そうでもない。本来なら読み書きも完璧に出来る筈なのだが、能力の制限を受けているせいで言葉しか出来なかった。

 私にはこの世界の文字も理解出来るが、お前達は1から学ばなくてはならない」


 北郷は残念そうに言うが、出席者達の賞賛は止まない。


 1から言葉を学ぶ手間を省けるだけで十分であり、文字が書けなくとも言葉さえ通じれば意志疎通は出来る。

 更に、自分達は無理だが北郷様ご自身ならこの世界の文字も読めるという事に、また感動していた。


(((やはりこの方は偉大なる神なのだ)))


 と理解した出席者達は、誰も合図などしてないのに一斉に立ち上がり、北郷に対して最敬礼を取る。

 まるで長い年月を掛けて訓練したかのような完璧に揃い、正に神に対する礼と言えるだろう。




 その完璧な最敬礼を見ながら、北郷は当たり前のように何ら動揺せず頷く。


 言葉については手紙の主がやった事であり、北郷は何一つしていないというのに、全てを自分の手柄とした。

 完璧に詐欺でしかないが、それを証明する者がいなければ真実となる。


 こうして、北郷の神としての威光は更に高まったのだった。

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