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28 それぞれの思惑

 租借地(ロードス)が公開されとから少し経ち、北郷の屋敷では定例会議が行われていた。


「ロードスの公開状況は順調で、続々と外国人が訪れています。内訳としては9割以上がリディア王国人ですが、極希に他の大陸の国々からも観光客が訪れています」


 担当官からの報告に北郷は満足気に何度も頷く。


「良し良し、徐々にだがリディア王国以外の国々にも我が国の名前や国力が広まっているな」


 元々、租借地を求めたのは外国人に日本帝国の国力を見せ付けるためだ。本国を見せれば手っ取り早いのだが、パンゲア世界の船では外海を越えるのが難しく、更に言えば本国(アメリカ大陸)の位置を外国に知られたくないので、パンゲア世界に飛び地を求めるしかない。

 外国を滅ぼして領土化するという方法もあるが、その場合は洗脳教育など同化政策のために40年間は外国人が一切入れないので、国力を見せ付けるのが遅れてしまう。


 そのため、日リ通商条約において日本帝国は無人の土地を要求したのだ。住人がいないのなら同化政策を行う必要が無く、ただ都市や基地を建設すれば済むので短期間でお披露目も出来る。


「これなら予定通り、他国とも無事に条約を結べそうだな」


 現在、日本帝国が国交や条約を結んでいる国はリディア王国のみ。

 何故他国とも国交樹立や条約締結をしないのかと言うと、戦争になりかねないからだ。


 リディア王国の場合は、軍事的にも政治的にも優れたシルヴィア王女が日本帝国の艦隊を直に見た事で、自国ではどうやっても勝てない事を悟って父親である国王に忠言し、国王が聞き入れた事で戦争を避けられた。

 しかし、それが他国にも通用するのかは分からない。何しろ見た事も無い国旗を掲げた大艦隊が突如来襲し、半ば属国になれと言わんばかりの不平等条約を要求してくるのだ。普通の国なら到底受け入れる筈が無い。

 それどころか、交渉する前に現地の指揮官が突如来襲した日本帝国の艦隊に攻撃を仕掛け、そのまま戦争に発展する可能性すらある。


 そういった事態を避けるために、奇跡的に条約締結に成功したリディア王国以外には交渉を持ちかけず、先ずは租借地を公開して日本帝国の国力を見せ付けるのだ。

 全く知らない国からいきなり不平等条約を要求されれば反発したくもなるが、ある程度その国の情報や強さが分かれば無碍に断る事も無い。

 前の世界と違い、色々気遣わなければいけないのだ。







 租借地についての報告が終わった後、国外情勢に移った。


「リディア王国についてなのですが……戦争準備を行っています」

「…ほぉ? どことだ?」

「隣国のメディア王国とです」


 メディア王国とはリディア王国と同様にアバロニア大陸にある列強国で、今まで幾度となく戦争を繰り広げていた。

 最近は国境間の小競り合いを除けば戦端は開いておらず、一時とは言え平和な日々が続いていた。


「メディアとか…理由は何だ?」

「長らく問題になっている国境間の魔石鉱山の所有権について主張していますが……本当の理由は新式銃の実地試験と国内貴族の牽制かと」

「…だろうな」


 リディア王国とメディア王国との国境には良質な魔石が産出する鉱山があり、両国は長年に渡って互いに所有権を主張していて、何度か衝突し、取ったり取られたりを繰り返している。

 現在鉱山はメディア王国が所有している。


 しかし、リディア王国にとって鉱山など大義名分に過ぎず、本当の理由は新式銃(九九式小銃や三式拳銃)を実戦で使ってみたいのと、国内貴族を押さえ付けるためだ。


 訓練でも新式銃が従来のマスケット銃より遥かに優れている事は明白だが、実戦で使って見なければ本当に優れているのかは分からない。何か思いもよらない欠陥が見つかる可能性もある。

 それに何より、今までは新式銃をリディア王国のみで独占出来ていたので特に焦る必要は無かったが、日本帝国が租借地であるロードスにて他国に対しても新式銃の販売を開始したので、リディア王国は早く戦争をする必要になった。

 友好国価格が適用されるリディア王国に比べ、国交を結んでいない他国では正規価格である10~20倍もの値段で買わなくてはいけないので、そうそう数は揃えられない。

 しかし、利に聡いリディア王国商人が友好国価格で仕入れ、高値で他国に転売する可能性もあり、更にはシルヴィアと同様に九九式小銃を基に新たな銃を開発する可能性すらある。


 そのため、まだ他国が新式銃を揃えていない内に攻め込み、優位を確立したいのだ。




「…ならば、我が国にも参戦要求をしてくる可能性が高いな」

「はい、実際にリディア王国内では我が国に参戦要求をするか否かが話し合われています」


 もう1つの条件としては、邪魔な国内貴族を押さえ付けるためだ。


 ロードスの公開によって以前に比べれば遥かに静かになったとは言え、不平等条約の改正や撤廃のために日本帝国との戦争を訴える貴族は少なくない。

 国王軍が新式銃を独占している事や、内戦になれば日本帝国が介入してくる可能性が高いので実際に反乱を起こす可能性は低いが、だからと言ってこのままの状況も好ましくない。


 そのため、リディア王国側としてはあまり面白くないのだが、日本帝国の力を見せ付ける必要がある。

 砲艦外交時の大艦隊や租借地であるロードスなど、日本帝国の国力や技術力が凄まじい事は主戦派も理解している。しかし、実際に日本帝国が戦う様子を見た事がなく、更には日本帝国の兵器はあまりにも自分達の常識とかけ離れ過ぎているので、本当に強いのか懐疑的なのだ。


 主戦派の根拠の1つでもある「国力や技術力が凄まじくとも戦争に強いとは限らない」を打ち砕くためにも、日本帝国に参戦して貰う必要があった。


 新式銃で固めるリディア王国だけでもメディア王国に勝利する可能性は高いのだが、それでは日本帝国の強さの証明にはならず、更にはメディア王国に勝利した事で慢心したバカ貴族が主戦派に同調し、声高に不平等条約撤廃などを訴える可能性すらある。

 日本帝国に参戦要求をする事で何らかの見返りを求められるだろうが、日本帝国との友好関係を壊したくないリディア王国には選択肢は無かった。







 当事者でもないのに他国との戦争に巻き込まれてしまう事になったのだが、北郷達の表情はむしろ明るかった。


「…予想通りの展開になった。これでパンゲア世界へ進出する大義名分は出来た」


 笑顔で言う北郷に、出席者達も同様に笑顔で頷く。一見すると他国の思惑のために本国から遠く離れた地で出血を強いられるという、屈辱的な事なのだが、北郷達にとってはむしろ喜ばしい。

 何故なら「友好国から乞われたので派兵した」という、文句の付けようがない大義名分を得られるからだ。


 元々日本帝国はパンゲア世界への進出を狙っていたが、前の世界みたいにいきなり侵略すればパンゲア世界中の国々を敵に回す可能性が高い。

 前の世界は文明レベルが低く、外交というモノもほとんど存在しなかったのでいきなり侵略しても他国にそれほど影響は与えなかったが、パンゲア世界では近世レベルとは言え高度な文明を誇り、外交も活発なので1国に攻撃を仕掛ければ全ての国に知られる事になる。


 突如現れた国に他国とは言え侵略され、瞬く間に滅ぼされれば誰でも警戒する。

 幾らいがみ合っていようがそれ以上の脅威が現れれば敵と手を結ぶように、日本帝国という分かりやすい脅威にパンゲア世界の国々が連合を組み、対日包囲戦線を築きかねない。


 そのため、日本帝国は自らパンゲア世界に進出するのではなく、リディア王国から招かれるように仕向け、見事成功したのだ。




「派兵準備はどうなっている?」

「既にロードスに部隊を派遣し、艦艇などの準備もまもなく完了します」


 元々ロードスはパンゲア世界への足場として作られたので、既にある程度準備は整っていた。


「メディア王国の戦力はどの程度なのだ?」

「恐らくメディア王国は周辺の隣国や属国と同盟を結び、40万程の連合軍を結成するでしょう」

「ほぉ、ではリディア王国の戦力は?」

「リディア王国の場合は、我が国が供与した九九式小銃分の30万程度と予想しています」

「リディア王国は隣国などと連合を組まないのか?」

「リディア王国の隣国は後進国ばかりで、常備戦力が少ないので派兵はせず、資金の供出に留めるかと」


 メディア王国の場合は列強とまではいかないが、そこそこの規模を誇る中小国が味方なので援軍を期待出来るが、リディア王国の場合は北方の後進国しか味方がいないので、援軍は期待出来ない。


「ふむ…戦力はメディア王国側が有利だが、リディア王国は新式銃を採用しているから質の面では上か…」

「はい、それにメディア王国側は多数の国からなる連合軍ですから、指揮系統に問題があります」


 現代ならまだしも、近世の連合軍はそこまで指揮系統を明確にせず、それぞれの軍が独自に動く事がほとんどなので、互いに足を引っ張り合うケースが多い。


「成る程…確かに戦力こそ上だが指揮系統に問題があれば戦力が低下する可能性が高く、寡兵のリディア王国でも勝機はある。それに、新式銃を足せばむしろリディア王国の方が有利か…」


 何しろ九九式小銃はマスケット銃の3倍以上の射程を誇るのだ。マスケット銃だと50mぐらいまで近付かなくては有効射程は得られないが、九九式小銃なら200~300mの距離で有効射程を得られる。

 つまり、メディア王国側からは届かない距離から一方的に撃てるのだ。機関銃が無いので距離を詰められる可能性は高いが、それまでに多数の敵を射殺出来るのでさほど問題は無い。










 一方、リディア王国の王宮では、北郷達の予想通り対メディア王国戦線にて、日本帝国に参戦要求をするべきかが話し合われていた。


「……やはり、日本帝国に参戦して貰わなくてはならないのですか?」


 閣僚の1人が不満気にシルヴィアに尋ねた。


「そうだ。我が国だけでもメディア連合に勝利出来る可能性はあるが、日本帝国が参戦してくれれば勝利は確定になる。

 それに、日本帝国の力を見せ付ければうるさい主戦派も黙るだろう」


 まだシルヴィア自身も日本帝国の力を見た事は無いのだが、日本帝国が味方すれば勝てると断言する。あれだけの大艦隊や優れた技術力を持つ国が弱い筈がないという持論と、自身の勘からだった。


「…日本帝国が参戦してくれるのならこれ以上無い程に心強いが……肝心の日本帝国が我が国に味方してくれるのか?」


 国王の言う通り、この策は日本帝国が自国に参戦してくれれば意味を成すが、日本帝国が参戦してくれなければ無意味になる。

 同盟こそ結んでいないが、通商条約など友好関係は維持出来ているので敵に回る可能性は低いが、参戦してくれるという保証は無い。好意的中立を維持する程度で終わる可能性もあるのだ。


「それは問題無いでしょう。かの国はロードスを求めたように、パンゲアへの進出に積極的です。ある程度領地や利権を与えると言えば乗ってくるかと。

 …それに、もし我が国からの参戦要求を断れば日本帝国の威信に傷が付く事になります」


 参戦要求を断るという事は、戦力に自信が無いと取られて日本帝国の力が疑われる可能性がある。もしそんな事になれば主戦派は「それ見たことか」と欣喜雀躍するだろう。

 勿論、政治的や戦略的な理由で断る事は可能だが、間違いなく日本帝国の戦力が疑問視される事になる。


「かの国はとても体面を気にするようですから、まず断る事は無いかと」


 条約交渉時にとんでもない豪華な馬車や格好で来た事から、日本帝国はえらく面子にこだわっている事が分かる。

 そんな国が下に見ている国からの参戦要求を断り、侮蔑の目で見られる事を良しとする筈がない。


 シルヴィアは又もや自信満々に言い放つが、実際は日本帝国は他国からどう思われようとどうでも良いので、参戦する理由が無ければ普通に断ったのだが、今回はリディア王国側と利害が一致しているのでシルヴィアの思惑通りになる。


「それに、仮に日本帝国が参戦しなかったとしても問題はありません。我が国は九九式小銃や三式拳銃と言った新式銃で固めています。

 マスケット銃を使うメディアなどに遅れは取りません」


 飛龍や地龍、大砲などはメディア王国とさほど変わりはないが、銃器に関しては圧倒的にリディア王国が上回る。

 少なくとも飛龍抜きの戦いなら、リディア王国軍が圧勝するだろう。









 こうして、リディア王国は日本帝国に対メディア戦に参戦要求をする事に決定した。

 未だに日本帝国の力は定かではないが、日本帝国が参戦するなら楽勝だろうと浮かれ気分になり、戦争前から戦後について話し合う者達までいる始末だった。




 彼等はよく理解していなかった。日本帝国という国の強さを、そして何より……その強欲さを。

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