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27 ロードス

 日リ通商条約締結から2年。


 予定通り、租借地(ロードス)の開発がある程度完了した。

 まだ全ての国境線を要塞線で分断した訳ではないが、主要な部分はある程度完成し、それ以外の街並みや公共交通機関、港湾設備や基地などの建設は完了したので、北郷は租借地の公開許可を出した。


 公開とは前記したように租借地へのパンゲア世界の住人の進入を許可する事だが、公開されるのは港付近の商業区だけで、軍港や内陸部への進入は禁止。原則として入国は海路からのみで、陸路は要塞線で塞がれて入国は不可能。

 基本的に租借地はパンゲア世界進出への足場なので、商業区がある沿岸部はともかく、内陸部は基地などの軍事施設がほとんどなので日本人ですら民間人の立ち入りは禁止されている。










 日本帝国がリディア王国から租借して以来、ずっと立ち入りが禁じられていたロードス地方への立ち入り許可がやっと出た事で、リディア王国中の人々がこぞってロードス地方を目指した。


 船でのみ入国可という条件もあって、訪れる者達のほとんどが自分の船を持つ貴族や大商人と言った富裕層だが、中には知り合いの船に乗せて貰った中小規模の商人も数多くいた。

 彼等は多くの謎に包まれる日本帝国に希望を見出だし、もしかしたらとんでもない商機があるかも知れないという、取らぬ狸の皮算用な夢を追い掛けて来たのだ。





「おぉ……ここがロードスか…」


 自分の船でロードスへとやって来たリディア王国貴族の男性は、港を見ながら感嘆の声を上げる。目の前に広がる光景は普段見慣れている港とは全く違い、桟橋など港湾設備のほとんどが鉄筋コンクリート製であり、巨大なクレーンが立ち並ぶなど何もかもが桁違いに大きかった。


「2年前までここが何も無かった辺境の地とはとても信じられん…。日本帝国はいかなる魔法を用いたのだ…?」


 パンゲア世界の常識で考えれば、僅か2年程でここまで巨大な港を作るなど到底不可能。最低でも10年単位の時間が必要だ。

 しかし、日本帝国は僅か2年でここまで発展させた。それも外海を越える程の遥か遠くにある祖国から物資を運んで、だ。


「…やはり日本帝国との戦争を避けて正解だったな。これほどの港湾設備を短期間に建てる程の大国だ……仮に戦争になっていれば王国は滅んでいただろう…」


 彼は非戦派の1人なので、自分達の選択は間違っていなかったと安堵した。大抵の貴族達も日本帝国と戦争をした所で勝ち目が薄い事は理解しているのだが、一部の頑迷な貴族達は不平等条約の改正や撤廃のために日本帝国と戦争も止む無しと訴えている。

 とは言っても、有力貴族を含む大半が非戦論者なので会合で毎回騒ぎ立てるも、毎回押し切られて終わるのが現状だ。







 船を停泊させた後、彼は護衛達と共に港に建てられている入国管理局の建物にいた。

 パスポートなど存在しないパンゲア世界では船の係留費や入国料など、税金さえ支払えば後はほとんどフリーパスだが、勝手に外国人にうろつかれては困る日本帝国ではそうはいかない。


「日本帝国へようこそ。入国をご希望ですか?」


 豪華な刺繍や装飾が施された制服を着た職員が尋ねた。

 職員がこんな豪華な制服を着ているのは、パンゲア世界の住人に舐められないようにするためだ。パンゲア世界では役人は皆貴族階級なので、基本的に制服なども豪華な傾向にある。


「うむ」

「では入国料として、1人につき1エクシードになります」

「なっ!?」


 貴族である彼がここまで驚くのも無理は無い。1エクシードとは貧しい平民の年収にも匹敵する大金だ。

 普通の入国料は精々が50レイスぐらいで、高い国でも1ソルだ。その10倍もの入国料など聞いた事も無い。


「…高くはないか?」

「船の停泊費や入国手続き費、その他諸々の税も含んでの1エクシードです」


 お得ですよ? と言わんばかりの笑顔で職員は言う。

 普通ならここまで高い入国料をかけては外国人が入らなくなり、経済にも多大な悪影響を受ける事になるのであり得ないのだが、外国人をあまり入れたくない日本帝国にとってはむしろ都合が良い。

 自国の国力を見せ付けるためには外国人を入れる必要があるが、あまりにも大量に流入しては管理が難しくなるので、入国料を高くして調整している。それに、日本帝国のターゲットは貴族や大商人と言った富裕層であり、以前の世界同様に日本ブランドを確立するためには都合が良い。


「むぅ…………分かった…」


 それでも高すぎると思ったが、だからと言って文句言った所で何かが変わる訳でもないし、何より貴族がこんな額も支払えないのかと風評が立つのも厄介なので、仕方なく彼は自分や護衛達の分の入国料を支払った。




 その後、入国手続きとしてそれぞれの名前や職業、年齢、国籍などを職員は打ち込む。


「それではこちらの黒い板の上に手を乗せて下さい」


 職員は指紋の読み取り機を差し出す。


「?…これは?」


 勿論そんな物は知らないので彼は尋ねた。


「こちらは指紋認証センサーです。指紋とは指の先に付いている細かい凹凸の事で、人によって指紋は異なるのでその人の身分証明になるのです」

「…………」


 近世の人間に指紋の説明などされても理解出来る筈もなく、彼や護衛達は呆然と聞き流す。


「とにかく、この黒い板の上に手を置いて下さい」


 勿論職員だって相手が理解してくれるとは期待していないので、とりあえず先に進めるために指示する。


「う…うむ…」


 言われた通り読み取り機の上に手を置くと、指紋を読み取るためにリーダーが動く。

 自分の手の下に光の帯のような物が現れた事に驚くも、職員に「動かないで下さい」と言われて何が何だか分からないがとりあえず従い、指紋の登録は無事終了した。護衛達も同じように若干ビクつきながらも、無事登録を終えた。




「それでは最後に、このレンズを見て下さい」

「む?……これか?」


 PCに取り付けてあるウェブカメラのような物を見ろと言われ、最早これが何なのかと聞くのさえ億劫になったので素直にレンズを覗くと、小さなシャッター音が流れた。


「?…何だ、今の音は?」


 聞いた事の無い音に疑問を持つが、職員は何も答えずにPCを操作し、最後にエンターキーを押して顔を上げた。


「お疲れ様でした。これで入国手続きは完了致しました」

「……やっと終わったのか?」


 相も変わらず何が何だか分からないが、とりあえずこの長い入国手続きがようやく終わったのかと安堵のため息を漏らした。


「はい……こちらが貴方様の入国許可証になります。くれぐれも無くさないようお気をつけ下さい」


 職員はプリンターから出てきた免許証のようなカードを彼に渡した。

 そのカードには顔写真や氏名、国籍、職業、発行日などが書かれている。


「っ!?…これは!?」


 自分の顔が描かれている固い厚紙のようなカードを見て、彼等は驚愕する。

 幾ら写実画法が一般的でリアルな自分の顔を見慣れているとは言え、絵とは全然違う写真を見れば誰だって驚愕する。それもほんの一瞬で絵画とは比べ物にならない程の精巧な絵が出来たのだ。

 凄まじい程のカルチャーショックだ。


「これは入国許可証です。ロードス内での買い物や宿泊の際にはこの許可証を提示しなければ、買い物や宿泊などは出来ないのでお気をつけ下さい。

 尚、再発行には罰金も兼ねて100エクシードになるのでご注意下さい」


 許可証ではなく写真について尋ねている事は職員も分かってはいるが、わざわざ写真とは何かを説明するのが面倒なので聞こえない振りをした。

 以前はキチンと写真の説明をしていたのだが、撮影対象を写し取るなどと言った説明が悪かったのか、肉体や魂が吸い取られるのではないかという誤解を受け、面倒な騒ぎになったので写真についての説明はハッキリ聞かれない限り、省略する事にしたのだ。


 一方、写真についての説明をはぐらかされた事は彼も理解していたが、再発行に100エクシードもの大金がかかるというとんでもない発言に疑問が吹っ飛んでいた。




 色々気になる事はあったが、ようやくロードス内に入れると動き出そうとした矢先、職員から呼び止められる。


「お待ち下さい。ロードス内において、外国人には日本人ガイドを付ける決まりになっています」

「ガイド?」

「はい、こちらが貴方方のガイドである小山です」


 職員が指差す先には、何時の間にか1人の男がいた。


「小山です。ロードスへの御滞在の間、私が案内などを担当します」


 小山と呼ばれた男は、ネクタイこそ締めていないが高級そうなジャケットを羽織り、これまた高級そうなスラックスを履いている。しかし、靴は動きやすい黒いスニーカーだ。

 見た目は少し着崩したビジネスマンに見えなくもないが、どことなく違和感がある。


「……何故ガイドが必要なのだ?」

「ロードスは日本帝国の基準や常識に沿って建てられた都市ですので、リディア王国やパンゲア世界とは何もかもが違います。ガイドの案内無しでは目的地に辿り着く事さえ難しく、様々な不便を強いられるでしょう」


 ロードスは前の世界のマルタ島とは違い、文明レベルを制限していないので本国(アメリカ大陸)と同じように作られた。なので車や電車が普通に走っていて、勿論馬車など無いのでパンゲア世界の住人にはかなり不便だ。


「それに、外国人の立ち入りが許されているのはこの港と商業区のみです。それ以外の場所は原則として立ち入り禁止ですので、見つかれば無警告で射殺されます」


 前記したがロードスはパンゲア世界への足場なので、商業区以外は基本的に軍事施設だ。分かりやすく言えば巨大な基地の中に街並みを作ったようなモノなので、街から出れば即座に射殺される。

 そのため、外国人には案内兼監視役のガイドが付く。ちなみに入国許可証にはGPSが仕込まれているので、外国人の位置は常に把握している。


「それと、我が国は民間人の武器の所持を固く禁じています。外国人も例外ではなく、武器となる物を所持していれば逮捕されます。

 従って、武器となる物は全てこちらでお預かりし、お帰りの際に返却致します。銃や剣などは勿論の事、護身用の短剣など全てです」

「なっ!? それではいざという時に身を守れぬではないか!?」

「ご案内下さい。我が国の犯罪発生率はリディア王国の1万分の1以下であり、犯罪に巻き込まれる事はまずありません。それに、ガイドは訓練を受けたプロですのでいざという時には皆様をお守りします」


 パンゲア世界では自分の身は自分で守るものであり、一歩街を歩けば至るところにスリや強盗、殺人犯がうろついているので武器を手放せなかった。

 その武器を全て預けて丸腰になれと言われれば抵抗するのは当たり前だが、職員の「武器を持っての入国は出来ません」という脅しや、これまでの手続きや支払った金は返却されないなどと言われ、渋々武器を預ける事を了承。

 護衛達はナイフを隠して入国しようとしたが、金属探知機に引っかかって結局は没収された。








 入国手続きを終え、ガイドを付ける事を理解したリディア王国貴族一行は、ロードスの街並みを歩いていた。


「な……何なんだここは…?」


 巨大な鉄筋コンクリートの建物が建ち並ぶ街並みを見て、貴族は勿論、護衛達も呆然としていた。

 オフィスビルなど高層ビルが少ないので、日本人からして見れば小さな地方都市でしかないのだが、パンゲア世界の住人からして見ればとてつもない大都会だ。


 角ばっていて無骨に見えるが、今まで見た事が無い程高くガラス張りの巨大な建築物が並び、道路は石畳やレンガではないが頑丈な建材によって綺麗に舗装され、ゴミや汚物が落ちていない。街行く人々の格好は裕福で洗練されていて、貧民や奴隷、乞食がいない。

 他にもまだまだ沢山あるのだが、これだけでもパンゲア世界の常識では考えられない事ばかりだ。


「…一体この国の国力はどうなっているのだ…?」


 直ぐ近くに日本人ガイドがいるのにも関わらず、彼は呟く。今までパンゲア世界でも有数だと自負していた自国の王都も、ロードスを見た後では田舎の街程度にしか思えなくなる。

 人口で言えば王都の方が勝っているのだが、王都の場合は道行く人々のほとんどが貧しい平民なのでみすぼらしい格好が多く、オマケに下水道が未発達なのでゴミや汚物が散乱し、異臭を放っている。

 一方、ロードスの場合は軍事拠点なので人口こそ多くないが、生活水準が高く比較的裕福な暮らしをしているので栄養状態は非常に良く、格好も洗練されている。上下水道が完備されているので汚物が道に散乱する筈もなく、毎日清掃業者が掃除しているのでゴミもほとんど落ちていない。


 例えるなら王都は発展途上国の街で、ロードスは先進国の都市なのだ。







 その後、彼等はガイドの案内でデパートやショッピングモール、スーパーなどに訪れた。


 品揃えの豊富さは勿論の事、その品質の高さに目の肥えている貴族でさえ驚愕した。何しろリディア王国で最高の素材と職人によって作られた最高級の服よりも、デパートのワゴンで売られているセールス品の方が品質や縫製が良いのだ。

 高級なブティックだと思い込んでいた店が、実は大衆用の服屋なのだとガイドに説明された時の彼の反応は想像に難くない。本当の高級ブティックに案内された際にはあまりの価格に目が眩み、本当は宝石店なのではないかと何度も確かめた程だった。




 ちなみに、武器屋にも訪れたが売っているのはほとんどが九九式小銃や三式拳銃で、中には日本刀やマスケット銃も展示されている。

 武器屋とは言っても基本的には九九式小銃や三式拳銃の装飾や改造を請け負っている店で、日本帝国がリディア王国に供与した九九式小銃や三式拳銃は何の装飾も無い既製品だったので、貴族階級である士官達からの評判はあまり良くない。

 中には馴染みの細工師に装飾を頼んだ士官もいたが、構造もロクに知らない細工師が無茶な装飾を行い、銃をダメにしてしまった例が絶えない。


 そのため、ロードスの武器屋では正規に施した装飾銃を販売している。

 勿論オーダーメイドでの受注も受け付けていて、早速貴族達からの銃の装飾注文が殺到していた。日本人からして見れば銃に装飾を施すなど無駄でしかないのだが、見栄を大事にする貴族達にとっては死活問題なのだ。










 彼等の他にも、実際に日本帝国の大艦隊を見た事が無いリディア王国の貴族達が、日本帝国の国力や技術力がどの程度なのかと確かめるべくロードスへと訪れたが、港や街並みの巨大さや商品の高品質さ、そして道行く日本人達の洗練された服装などに圧倒された。

 そして、誰もが「この国はとてつもなく豊かな国なのだ」と改めて認識し、かつては戦争も辞さないと声高に訴えていた主戦派はなりを潜め、非戦派が主導権を握る事となった。




 ちなみに、ロードスの開発がほぼ完了した事で今までイリオスに停泊させていた特務艇から、ロードスに建てられた大使館へと機能を移されたのだった。


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