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26 新式銃

 日リ通商条約締結から1年。


 リディア王国王女兼イリオス総督であるシルヴィアは、待ちに待った報告を受けていた。




「遂に新式銃が完成したか!?」


 イリオスの総督府の執務室にて、技術将校が持って来た美しい彫刻が施された細長い箱を見て、シルヴィアは歓喜の声を上げる。


「はい、ようやく自国開発の新式銃が完成しました」


 満面の笑みを浮かべている技術将校がシルヴィアの執務机に細長い箱を置き、フタを開けると、中には一見すると見慣れたマスケット銃が入っていた。

 普通ならこれのどこが新式の銃なのかと問い詰めるだろうが、シルヴィアは嬉々として受け取り、銃口を覗いた。


「おぉ、しっかりライフリングが刻まれているな!」

「ライフリングは九九式小銃と同じ4条右回りです」


 技術将校の声にシルヴィアはうんうんと満足気に頷いた。

 まだライフリングの研究については未熟なので、とりあえず見本である九九式小銃を真似たのだ。


「…そして、これが新式弾です」


 技術将校が懐の中から、これまた美しい彫刻が掘られた小箱を取り出し、同じように執務机に置いてフタを開けた。


「良し良し、弾も出来たのだな!」


 先程同様にシルヴィアは嬉々として新式弾を取り出す。

 その弾は見慣れた球形弾ではなく、ドングリ状の弾丸だった。


「弾内部をスカート状に中空にする事によって、発射時に裾が広がってライフリングに食い込むように出来ました。また、発射前は直径に若干の余裕があるので弾込めがスムーズに出来ます」


 技術将校の解説にまたもやうんうんと満足気にシルヴィアは頷く。


「それで、射撃実験はどうだったのだ?」


 わくわくっという感情が隠せない声でシルヴィアは尋ねる。その目は期待で一杯だ。


 普段の怜悧な姿とは正反対な態度に技術将校は少しだけ笑みを浮かべた後、彼女が聞きたがっている報告を告げた。


「実験結果は、50リーグ(100m)どころか100リーグ(200m)先の的にも命中させました」


 その言葉を聞いて、シルヴィアは最早歓喜を隠す事なく叫んだ。


「やったっ!! 遂に新式銃を開発したんだっ!!」


 両手を上げて嬉しさを全身で表現する。その様子は普段見せている王女や総督としての姿ではなく、年相応の女性の喜び方だった。

 そしてそんな姿を、まるで娘を見るかのような暖かい目で技術将校は微笑みながら見ていた。









 少しの間シルヴィアは喜びに浸っていたが、部下の前だという事を思い出し、直ぐに王女の仮面を被る。但し、やはり恥ずかしかったのか耳は真っ赤だが。


「ゴホンッ…………ご苦労、良くやった」

「いえいえ、殿下が最後まで諦めなかったからこその成果です」


 未だに真っ赤な耳の事は華麗にスルーしつつ、技術将校はシルヴィアを称える。


「ありがとう………ここまでの道のりは長く、険しいモノだったな…」


 技術将校の言葉に感謝を述べつつ、過去を思い出しているのかシルヴィアは目を瞑る。







 国王に必死に直訴したおかげで新式銃開発の予算は降りたが、日本製の銃や弾薬の購入費に押されてその額は正に雀の涙程の少額でしかなかったので、瞬く間に予算は底を尽き、仕方なくシルヴィアは自身の私財を投じて開発を続けた。

 初めは正に失敗の連続だった。何しろ見本である九九式小銃はマスケット銃の何世代も先の銃であり、本来なら徐々に蓄積していく技術をいきなりすっ飛ばしてボルトアクション小銃の最終系を手本にしなければならないのだ。あまりにも技術格差がありすぎてロクに真似すら出来ない。


 そのため、当初の九九式小銃をそのままコピーするという計画は即座に破棄され、九九式小銃の技術をマスケット銃に組み込むという現実的な計画となった。

 九九式小銃を徹底的に分解、解析したおかげでライフリングや弾丸の形状、後装式のメカニズムなどは理解出来たが、何分技術格差が違い過ぎるので新式銃開発は難航。


 ライフリングについてはかなり昔から理論どころか実用化もしていて、命中率は向上するが装填の際にライフリングの溝に弾丸が引っかかり、装填速度が非常に遅いとして軍用では採用されず、もっぱら貴族の狩猟用の猟銃として使われていた。そのため、ライフリングについては比較的簡単に解決した。


 問題なのは新式弾だった。ライフリングと違い、弾丸というのは読んで字の如く丸い物という固定観念に固まっていたため、弾丸の形状を変えるという研究は全く行われて来なかった。

 日本帝国の弾薬を真似ようにも、リディア王国では金属製の薬莢を大量に作る事や、無煙火薬を製造する事など不可能なため、従来通り弾丸と黒色火薬を別々にするしかない。

 弾丸の形状を九九式小銃を真似てドングリ状にするまでは上手くいっていたが、当初は従来通り銃と弾丸の口径を同じにしていたのでライフリングの溝に引っかかり、非常に装填しにくかった。油を染み込ませた綿や紙に包んで装填するなどの工夫もして見たが、やはり従来通り非常に装填しにくく、とてもではないが素早い装填が求められる軍用には使えない。


 幾度も試行錯誤を繰り返し、ならばと弾丸を口径より若干小さくする事によって溝に引っかかるという課題をクリアし、更には発射時の圧力によって弾丸が膨張してライフリングに食い込み、命中率が飛躍的に上がるという素晴らしい副産物も生み出した。

 しかし、口径を若干小さくした事でライフリングへの食い込みにバラつきが生じ、命中率が不安定であるという問題も発覚。そこで、弾丸にスカート状の中空を開ける事で発射時の圧力で開きやすくし、安定的にライフリングに食い込ませる事に成功。


 こうして、リディア王国製新式銃(後にシルヴィア銃)が完成したのだ。

 ちなみに、分類的にはミニエー銃に含まれるが、点火方式がパーカッション・ロック式ではなくフリントロック式のままであるため、引き金を引いても弾が発射されるまでタイムラグがある。




「……出来るなら後装式にもしたかったのだがな…」


 そこが唯一の不満点だった。

 後装式ならわざわざ装填の際に銃を立てる必要が無いので、隠れながらでも装填出来るので非常に有利になる。


「流石に後装式はまだ早いかと。我が国の技術力では閉鎖機構が未熟で、暴発などの危険性が高いですし」


 九九式小銃のように後装式を目指したが、やはり技術力の問題からか上手く銃身内を密閉出来ずに威力が激減したり、暴発して射手に深刻な負傷をさせるなどの問題が発生したため、あえなく後装式を断念した。


「…まぁ、前装式でもこの新式弾ならさほど問題は無いだろう。ライフリングに引っかかる事なく装填出来るからな」


 技術的に雷菅も難しいので紙薬莢を作る事も出来ず、従来通り火薬と弾丸を別々に装填しなければならないが、装填速度はさほど変わらないので問題では無かった。







 しかし、この新式銃には致命的な問題があった。


「威力、射程共にマスケット銃より遥かに上だが……その分値段も高い…」

「…………」


 そう、値段がネックだった。

 蒸気機関が実用化されていないパンゲア世界ではライフリングを削るのは職人の手作業であり、大量生産など到底不可能。

 オマケに弾丸も特別製なので手間がかかり、従来であれば球形だったので器具さえあれば素人でも手軽に作れたが、ドングリ状で内部にスカート状の中空まで作らなければならないのだ、とてもではないが素人には作れない。


 つまり、性能は非常に高いのだが、値段もべらぼうに高いのだ。


「…1丁当たりどれほどの価格になるのだ?」

「…そうですね………ライフリングの溝を削るのにそれなりの技量が必要ですし、十数本も削れば器具が摩耗して使えなくなる可能性が高い。そして、弾丸は複雑な形状をしているから従来のように簡単には作れない。

 ……恐らく銃本体だけでマスケット銃の2~3倍もの値段になり、弾丸は球形弾の倍になるでしょう…」


 日本帝国が友好国価格としてリディア王国に卸している九九式小銃の値段はマスケット銃の2~3倍であるため、値段自体は新式銃もさほど変わりは無い。

 しかし、それでは九九式小銃のシェアは奪えない。


「…九九式小銃とさほど変わらぬ額だが……九九式小銃の方が遥かに優れた性能を持つ」

「…………」

「これでは父上は納得して下さらないだろうな…」


 値段がさほど変わらないのなら、より良い銃を選ぶに決まっている。国産の新式銃を開発したという事実は素晴らしい偉業だが、制式採用される事は無い。

 もしも日本帝国と戦争になり、日本製の銃器が買えなくなったのなら採用されて大々的に使われるだろうが、友好関係を維持している現状では無用の長物に過ぎない。


「…何とか大量生産が出来れば価格も下がるのだが…!」


 心底悔しげにシルヴィアは言う。

 せっかく作った自信作が、日の目を見る事なく埋もれてしまうのが確定的だからだ。


「……残念ながら…我が国の技術力では新式銃の大量生産は不可能です。

 日本帝国から技術協力が受けられれば可能性もありますが……恐らく不可能かと…」


 日本帝国はリディア王国と国交を結んで1年が経つが、未だにこれといった進出をしてない。

 まだ租借地の開発が完了していないので大使館(特務艇)はイリオスに停泊しているが、唯一のやり取りが銃や弾薬の取引ぐらい。銃の指導についても既に完了してしまい、リディア王国から完全に引き上げていた。


 時折リディア王国側から技術協力や技術者の招聘、軍艦の購入依頼などは来るものの、その全てを日本帝国の大使は謝絶しており、取り付く島も無い。

 しかし、だからと言って日本帝国に文句を言う訳にもいかない。リディア王国と日本帝国の国力差は隔絶しており、リディア王国に日本帝国の不興を買う勇気は無い。もし関係が悪化すれば友好国価格として安値で買えていた九九式小銃や三式拳銃の値段が正規の価格に戻り、大量に購入する事は不可能になってしまう。

 最悪、日本帝国との戦争も考えなくてはいけないのであからさまな文句や苦情を言う事など出来ず、遠回しに苦言を呈するのが精一杯。


 つまり、半ばリディア王国は日本帝国の属国化してしまっているのだ。








 結局、シルヴィアの予想通り新式銃は大量生産が不可能な事や価格面から採用は見送られ、今まで通り九九式小銃や三式拳銃を使用するの事が決定した。

 それでもシルヴィアは自国開発の銃にこだわり、今度は後装式の銃の開発に着手。しかし、莫大な費用をかけたにも関わらず結局は採用されなかったという前科があるためか、今回は幾らシルヴィアが懇願しても国王は新式銃開発の予算を出さなかった。


 ならば前回のようにシルヴィアは私財を投じようとしたのだが、既に前回の開発でかなりの額を消費してしまったので最早余裕は無く、後装式銃の開発は頓挫した。




 もしも前装式の新式銃(シルヴィア銃)を他国や民間向けに販売していれば、従来のマスケット銃より遥かに射程や威力に優れる銃として大ヒットし、後装式銃の開発費どころか巨万の富をもたらしただろう。しかし、それでは他国の軍を強化する利敵行為になり、最悪、他国にシルヴィア銃をコピーされて他国の技術力を上げてしまう事になる。


 シルヴィアが商人だったなら迷わず販売に踏み切っただろうが、残念ながらシルヴィアはリディア王国の王女であり将軍でもあるので、儲かると分かっていても利敵行為は出来ない。

 時間が経てば何れ他国にも知られるだろうが、その間のアドバンテージは絶大なので自ら失う事などあり得ない。


 こうして、リディア王国の新式銃開発計画は無期延期となったのだった。

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