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25 計画とガス抜き

 北郷の屋敷では、通常通り定例会議が行われていた。


「租借地の開発は順調に進み、港湾設備や鉄道の整備などはほぼ完了しました。これより本格的な開発に進みます」


 分かりやすく開発状況をグラフで示したり、開発が進んでいく様子を撮った写真などを見せながら担当官が説明する。


「ふむ、成る程。後どのくらいで公開出来るのだ?」


 公開とは街並みや防衛施設などが完成し、租借地へのリディア王国人の立ち入りを許可する事だ。


「予定では2年後となっていますが、要塞線の建設状況によっては延びる可能性もあります」


 要塞線とは租借地とリディア王国との国境線を分ける防衛施設の事で、現在は鉄条網や金網、空堀、地雷などの簡易的(日本帝国基準)な防衛設備だが、それだけでは万全な警備体制とは言えないので要塞線を建設中なのだ。




「…分かった。ではイリオスの大使館の方はどうなっている?」


 開発中で使用不可能な租借地の代わりに、現在は特務艇をイリオスの港に停泊させて大使館としている。

 喫水が浅い(日本帝国基準)イリオスに停泊出来る船なのでかなり小型だが、パンゲア世界の基準で言えば一等戦列艦と同程度なのでかなりの大型艦だ。


「特にこれと言った問題はありません。まだ表向き(・・・)にはリディア王国への本格進出はしていないので、日本人はほとんどいませんから」

 極秘裏にならリディア王国全土に相当数のスパイを潜入させているが、公式的には日本人はイリオスにしかいない事になっている。


「リディア王国側からもほとんど訪問は無いようですし……唯一あるとすれば、時折弾薬の注文があるぐらいです」


 現在、リディア王国は九九式小銃や三式拳銃の訓練や新戦術の開発に勤しんでいるため、弾薬の消費量が著しく増大している。

 以前までのマスケット銃に比べ、ボルトアクション式の九九式小銃やリボルバー式の三式拳銃は比較にならない程に弾薬を消費するので、日本帝国が供与した余剰分の弾薬は既に無くなり、新たに購入する必要に駆られたのだ。


 友好国価格としてかなり値引きしてくれているが、マスケット銃の弾丸と比べて倍以上の価格なので、少量ならまだしも大量に買う事で確実にリディア王国の財政を圧迫していた。

 マスケット銃の弾丸なら鉛で出来ているので原料の入手や加工は容易だったが、九九式小銃や三式拳銃の弾薬はリディア王国では作れないので日本帝国から買うしかなく、痛い出費を強いられていた。


「ほぉ……順調にリディア王国は近代戦の深みにハマっているな…」


 狙い通りに進んでいる事に北郷はほくそ笑む。


 一発一発を大切に使う近世の戦いと違い、とにかく撃ちまくる近代戦では弾薬消費量の桁が違う。オマケに訓練や新戦術を生み出すために余計弾薬を使うのだから、幾ら弾薬があっても足らない。

 だからと言ってマスケット銃に戻せば戦力低下は避けられなく、唯一のアドバンテージを失ってしまう。それに、一度便利なボルトアクション式を覚えれば今更不便なマスケット銃になど戻れる筈が無い。


 銃や弾薬の価格が正規の値段だったなら、あまりの出費の高騰にマスケット銃に戻さざるを得なかっただろうが、友好国価格として大幅に値引きされているので、ギリギリ予算内に保ってしまう。

 シルヴィアなど先を見通す者達は、軍事費の高騰や外国に銃を握られるという不利益さから、一時的にでもマスケット銃に戻して自国での新式銃の開発を訴えるも、大多数の者達はマスケット銃の2~3倍程度の低価格で遥かに優れた銃が買える事や、銃を買わなくなれば日本帝国の不興を買ってしまうのではと恐れ、反対する。

 肝心の国王も時間や資金がかかる自国開発よりも、手っ取り早く比較的金がかからない日本帝国からの購入を選んだ。

 最も、本音としては日本帝国と事を構えたくないという逃げだったが…。







「…しかし、シルヴィア王女は国王を何とか説得し、僅かながら新式銃開発の予算や人員をもぎ取ったようです」

「…やはりか。通商条約の時はその聡明さが使えると利用したが……今は邪魔でしかない」



 日本帝国としてはリディア王国の近代化は少しでも遅い方が良いので、近代化を促進させようと奔走するシルヴィアは有害な存在だった。


「…開発はどの程度まで進んでいるのだ?」

「現在はまだ九九式小銃や三式拳銃の解析を行なっているようです。

 何しろ資金や人員が不足しているからか、中々進んでいないのが現状です」

「そうか…」


 まだほとんど進んでいない事に北郷は安堵するが、この先どうなるかは分からない。


 流石にマスケット銃からボルトアクション小銃を作る事は難しいだろうが、マスケット銃からミニエー銃ならさほど難しくはない。

 銃身にライフリングを削り、弾丸をドングリ状にすれば即席だがミニエー銃になる。後装式のスナイドル銃は雷菅や閉鎖機構など技術レベル的に難しいが、ミニエー銃ならリディア王国の技術レベルでも可能だ。


「………消しますか?」


 シルヴィアを生かしておけば後々に厄介な事になりかねないのは目に見えているので、担当官は北郷に暗殺を提案する。


「……いや、今殺せば我が国が怪しまれる。今シルヴィアが死んで一番得をするのは我が国だからな」


 シルヴィアを煙たがっている存在は大勢いて、その優秀さから国内は勿論、国外においても戦争などで恨んでいる者達は大勢いる。

 しかし、今暗殺する必要は無い。何しろ国内では日本帝国という、よく分からない国から不平等条約を押し付けられ、一時的とは言え領土を奪われたのだ、内輪争いをしている場合ではない。国外も同様に、日本帝国という未知の国を調べている最中なので暗殺なんてしている暇は無い。


 一方、日本帝国としては自国の銃の購入を反対し、リディア王国での新式銃開発の急先鋒であるシルヴィアは邪魔な存在でしかない。その聡明さもさる事ながら、王女という立場から国王に対して直言出来、その意見を国王も無碍に出来ないという現状も厄介極まりない。

 現にシルヴィアが国王を説き伏せ、僅かながら新式銃の開発資金や人員の確保に成功した事は日本帝国にとっては脅威以外の何物でも無い。もし今シルヴィアが謎の死を迎えたなら、真っ先に疑われるのは日本帝国だ。


「…確かに…」

「それに、殺し方が問題だ」


 ただ暗殺するだけなら狙撃や爆殺など幾らでも手段はあるが、高確率で日本帝国の仕業と露見してしまう。

 何故なら長距離からの狙撃など出来るのは日本帝国だけであり、パンゲア世界のマスケット銃では100m先の目標すらロクに当たらない。爆殺も同様に、日本帝国ならタイマー式やリモコン式など幾らでも種類はあるが、パンゲア世界では導火線に火を点けるしか方法が無い。


「狙撃をすれば弾丸や射程距離からバレる可能性が高く、爆弾では高性能さや威力でバレる可能性が高い」

「ならばナイフやマスケット銃で殺れば…」

「可能性が低い。王女だから常に複数の警護が付いているし、何よりシルヴィアは剣や銃の名手だ。逆に返り討ちに遭う可能性すらある」


 担当官の意見を北郷は即座に否定する。


 前記したように、シルヴィアは幼少の頃から軍事教練に明け暮れていた事もあり、剣や銃の腕はリディア王国でも有数で、実戦においても数多くの敵兵を仕留めている。

 なので狙撃などなら暗殺出来る可能性は高いが、ナイフやマスケット銃を用いてでの近接戦では勝てるかどうか分からなく、仮に成功したとしても警護に殺されるか捕縛される危険性が高い。

 毒殺という方法もあるが、王女という立場から毒味役がいる可能性が高く、警護の中にスパイを紛れ込ませなければ難しい。


「…ならばパンゲア世界の殺し屋を雇っては?」

「王女を殺してくれ何て依頼を受けると思うか? 前金だけ取って逃げるのがオチだ」

「…………」


 幾ら殺しが商売と言えど、国家を敵に回したい殺し屋など存在しない。

 正に八方ふさがりだった。




「……では、暗殺はしないのですか?」


 自分の提案を断り続ける北郷に再度尋ねると、北郷は首を振って否定する。


「いや、暗殺はする。あの女が長生きしては必ず我が国に多大な不利益をもたらす。

 今は時期が悪いが…必ず機会は訪れる筈だ」


 千年以上という、途方も無い経験を持つ北郷は待つ事の大切さをよく理解していた。

 今シルヴィアを暗殺すれば高確率で日本帝国が怪しまれ、ようやく締結した通商条約も破棄されて最悪リディア王国との戦争になりかねない。そのため、今は待つ。シルヴィアが突然死んだとしてもおかしくはない時世が来るまで。


 平凡な一般市民ならまだしも、シルヴィアのような王女という立場、それも聡明で非常に活動的な人物なら、人生において幾度も命を狙われる機会があるという事を、北郷は理解していた。










 遥か遠くの日本帝国で暗殺の計画が話し合われている中、リディア王国ではある豪華な屋敷で策謀を巡らしている男達がいた。


「…やはりロードス地方には入れなかったか?」


 上座に座る男が尋ねた。

 実用性重視の北郷の屋敷の長テーブルと違い、男達が着席している長テーブルは猫足のような芸術性に高い造型や美しい彫刻が刻まれていた。


「…残念ながら。手練れを何人か送り込みましたが、金属の網に触れて感電死したり、突然地面が爆発して爆死するなど、ほとんどは帰ってすら来ませんでした」


 金属の網とは金網の事で、高圧電流が流されているので触れれば高確率で感電死する。地面が爆発とは地雷の事で、国境線沿いには大量に埋められている。

 ちなみに、極稀にだが金網や地雷のトラップを潜り抜けて侵入に成功した者達もいたが、監視カメラなどによって直ぐに侵入がバレ、国境警備隊に射殺された。


「…そうか…」

「申し訳ありません。公爵様」


 肩を落とす上座の男に、報告した男は頭を下げる。







 この場にいる者達は全員リディア王国の有力貴族達で、いきなり現れて不平等条約を押し付け、辺境と言えど領土を奪った未知の国である日本帝国についての会議を行なっていたのだ。


「そもそもっ、あんな屈辱的な条約を受け入れた事が間違いだっ!」


 出席者の1人が大声で不満を上げると、他の出席者達も頷くなどの賛意を送る。


「全くだ! オマケにそんな大事な交渉の席に我々を呼ばんとは!

 幾ら外交政策は王宮が決定するとは言え、今回のような不平等条約の締結には我々の意見も聞くべきだ!」

「そうだそうだ!」


 その他にも、様々な不満が噴出する。


 それはそうだろう。彼等からして見れば突然聞いた事も無い国と国交を結び、まるで属国に課すような不平等条約を締結したのだ。オマケに、それが自分達が知る前に王宮にいる者達のみで決定したのだから、なおのこと怒りが沸く。




「大体、戦争に負けた訳でもないのに外国に領土を明け渡すなどあり得ん!!」


 これが彼等の怒りの焦点だ。

 関税自主権の喪失や領事裁判権、片務的最恵国待遇も腹立たしいが、何より気に食わないのがロードス地方の100年間の租借だ。

 幾ら辺境で一時的とは言え、何の武力衝突も無しに領土を奪われるなど誇り高い彼等には我慢がならない。特に、王都から離れた領地を治める有力貴族達は強く反発する。


 何故なら、何時自分達の領土も取られるのかと不安だからだ。


 今回のロードス地方は王国領だったので、特に揉める事は無かった。あまりにも辺境過ぎて欲しがる貴族がいなかったため、仕方なく王国が管理していた事が幸いした。

 しかし、次は自分達の領土かも知れないのだ。交渉のみで領土を手に入れた事に日本帝国が味を占め、更に領土を要求して来ないとも限らない。

 王国領なら削られても自分達にはほとんど関係無いどころか、国王の力が弱まって相対的に貴族の力が強くなり、国を都合の良いように操れるかも知れない。しかし、逆に自分達の領土が削られれば貴族の力が弱まり、国王に逆らう事など不可能になってしまう。


 あくまで貴族達の恐怖から生まれた妄想に過ぎず、肝心の日本帝国はこれ以上租借地を増やすつもりは無いのだが、彼等にとっては可能性がゼロでは無いので無視は出来ない。




「そもそも、本当に我が国は日本帝国に勝てないのか?!

 陛下やシルヴィア殿下は盛んに日本帝国と戦うべきではないと喧伝しているが、そこまで圧倒的な差が存在するのか?!」


 大艦隊や豪華な馬車などを見てない貴族達は、日本帝国の力を疑問視する。なまじリディア王国が列強国であり、パンゲア世界でも有数の戦力を有しているという自負があるため、自国より遥かに強い国と言われてもピンと来ないのだ。


「……では、貴公はイリオスの沖に停泊する日本帝国の巨大な鉄船に勝てるのですかな?」


 そんな空気の中、賛意を上げずに黙っていた者が尋ねた。


「む…」


 聞かれた男は言い淀む。

 イリオスの港には大使館として特務艇が停泊しているが、沖合には特務艇の護衛として特殊戦艦が停泊している。特殊戦艦は前弩級戦艦のように舷側に大量の速射砲を並べているので、大砲の数が力の証であるパンゲア世界でも強そうに見える。

 オマケに2万トン級の戦艦なので、パンゲア世界では信じられない巨艦だ。


「聞く所によると、初めて日本帝国が来襲した際には50隻以上もの大艦隊で、その艦隊の中にはあの船よりも巨大な船が何隻もあったらしいのですが……果たしてそんな国を相手に勝てるのでしょうか?」


 疑問を投げかける男に、幾人かが賛同するとばかりに頷く。


「や、やって見なければ分からん! それとも何か、貴卿はあのふざけた条約に賛成なのかね!?」


 持論にケチを付けられた男は立ち上がりながら怒鳴る。内心では自分でも日本帝国に勝てるかどうは分かっていないのだが、その高いプライドからか認める事が出来ず、イチャモンを付ける。


「そうは言っていません。私だってあんな不平等条約は反対です。

 …しかし、だからと言って反発すれば日本帝国は勿論、王国軍をも敵に回す事になります。兵の数なら我々が上ですが、王国軍は新式銃である九九式小銃や三式拳銃を独占しています」

「「「…………」」」


 その意見に今まで血気盛んだった者達も沈黙する。

 リディア王国は30万丁の九九式小銃と10万丁の三式拳銃を日本帝国から供与されたが、そのほとんどは自分達で独占し、領地を持つ有力貴族達には少数しか支給しなかった。


 これは、新式銃を独占する事によって貴族軍の力を削ぐのと、日本帝国の力を分からせるためだ。


 前記したように、遠方の領地を治める貴族達は日本帝国の艦隊などを見ていないため、イマイチ日本帝国の力が理解出来ない。王国側は力の差をある程度理解しているので文句は無いが、力の差をよく理解出来ていない貴族側からして見れば、聞いた事も無い国から不平等条約を押し付けられたと憤慨するだろう。

 そういった感情を押さえつけるために、少数ながら新式銃を支給したのだ。実際に新式銃とマスケット銃を比較すれば、リディア王国と日本帝国との技術レベル差は勿論、こんな銃を何十万丁も簡単に生産出来る国力差を理解し、どんなバカでも勝てないと分かる。


 実際、新式銃が届くまでは息巻いていた貴族達も、新式銃が届いてからはすっかり鳴りを潜め、今ではこうやって時折集まってガス抜きをするだけ。









 その後も互いに意見や愚痴を言い合い、お開きとなった。議論は毎回ほとんど同じ展開で、何の生産性も無い。


 彼等もこの会合が何の意味も無い事は理解しているのだが、だからと言って何もせずに受け入れるのはあまりにも癪であり、そして何より、今更抜ければ裏切り者扱いされて面倒になる事は見えているので、惰性で仕方なく出席しているのだ。

 日本帝国がもっとリディア王国に進出したり、干渉していたのなら貴族達の動きも本格化していたが、日本帝国はロードス地方の開発をするだけでイリオスにすらロクに進出していないので、動きようが無かった。


 ちなみに、王国側もこの会合の存在をとっくに関知していたが、丁度良いガス抜きになるとして半ば放置している。

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