24 開発
租借料や賠償金の支払いを終えた日本帝国は、遂にロードス地方への上陸を開始した。
日本帝国としては何百隻もの大艦隊を派遣して一気に開発を進めたかったが、残念ながらロードス地方には港すらない。
何しろイリオスのような貿易都市と違い、ロードス地方には小さな漁村しかないので小型ボートが停泊出来る小さな桟橋ぐらいしかなく、日本帝国の軍艦どころかリディア王国の戦列艦ですら座礁してしまう。そのため、上陸するには座礁しない海域に艦隊を停泊させ、乗組員などをボートに移らせなければいけないので大変な手間なのだ。
しかし、日本帝国軍の場合は特に問題では無い。
何故なら日本帝国が元々居た地球世界では、自国以外の文明レベルはパンゲア世界よりも遥かに低く、必然的にマトモな港など存在しなかった。そのため、大型艦艇が入港出来ない何て日常茶飯事であり、慣れていた。
大量の揚陸艦やエアクッション艇などで、続々と日本帝国軍兵士が上陸していく。輸送車両や作業車両なども大型ヘリで大量に運搬され、瞬く間に上陸地点は人員や物資、車両の山と化し、未だに輸送艦や輸送ヘリの運搬は続いている。
上陸地点の近くには小さいが漁村があり、かつてはちらほらと漁師や村民の姿が見えていたのだが、強制退去令によって住民は1人としていなかった。
「…良し、住民の退去は無事完了しているようだな。
さっさと邪魔な施設を撤去するぞ!」
指揮官の命令により、作業が開始された。
先ず行われたのは、住民がいなくなった村々の撤去だ。
ブルドーザーやショベルカーなど、様々な作業車両によって次々と木造住宅が解体されていく。その作業は非常に慣れたモノで、何の淀みもなく進む。
何しろ日本帝国軍は戦争と同時に、新たに占領した地域の開発も重要な任務であるので、建物の解体や建築、インフラの整備などの訓練も重要視している。
そのため、日本帝国軍将兵は戦争と同時に、都市開発のスペシャリストでもあるのだ。
パンゲア世界には存在しない建設機器という、文明の利器によってあっという間にロードス地方は更地になり、いよいよ本格的な都市開発がスタートした。
先ず行なった事は、国境線の明確化だ。
租借地とリディア王国との領土間に、鉄条網や金網、空堀、地雷の敷設といった簡易的(日本帝国基準)な国境の防衛施設を構築する。
日本帝国は占領法によって新たに占領した地域を3等国とし、その地に住む住民も3等国民に認定する。3等国民には日本人になるように洗脳教育を行うため、外部からの余計な情報が入らないように外国人の立ち入りは原則として禁止。
ちなみに占領後40年が経てば2等国に昇格し、短期間ならば外国人の立ち入りが許可される。そして占領後100年以上が経ち、様々な審査に合格すれば、晴れて1等国として本土と同じ扱いとなり、外国人の居住も可能となる。
租借地の場合は暫定的な領土でしかないので占領法は適応されず、更にロードス地方の場合は先住民もいないので1等国と同等の扱いとなる。
つまり外国人が入国しようが問題は無いのだが、一つ大きな問題が発生する。それは、正式に入国したのかどうかだ。
日本帝国の場合は空港なり港なり決められた施設内において、パスポートなどを提示して入国の手続きを行わなくてはならない。しかし、パンゲア世界にはパスポートは勿論入国手続きなど存在せず、基本的には勝手に入って勝手に出ていく。
流石に軍隊のような大規模な武装集団ならそれなりの手続きが必要だが、個人においては制限など存在しないも同然だ。
パンゲア世界にとってはそれが常識なのだが、日本帝国の法に示せば不法入国であり、原則として不法入国者は死刑となる。
それに、日本帝国としては自国内の外国人の人数や位置などを把握しておきたいので、国境線に防衛施設を築いて入国を制限したのだ。
現在はまだ開発中であるため、租借地への外国人の入国は禁じている。
軍事や経済、治安など様々な観点からパンゲア世界の住民を本国(アメリカ大陸)に入れるつもりは無いため、租借地が外交や経済、軍事などの窓口となる。
そのため、マルタ島のように文明レベルを制限する気は無く、むしろ、日本帝国の国力などを見せ付けるために最新技術を使いまくるつもりなのだ。
簡易的ながら国境線に防衛施設を構築し、国境警備隊や飛龍対策として高射機関砲などを配置するのと並行して、租借地の開発が行われていた。
真っ先に取りかかられたのは、人員や物資の積み降ろしを容易にするための港湾設備だ。
幾ら日本帝国が大量の輸送艦やエアクッション艇、輸送ヘリなどを保有しているとは言え、船を横付けしてクレーンで直接港に陸揚げするのに比べたら時間がかかり過ぎる。
コンクリートなどの大量の建築材を使い、百万トン級の超大型船でも余裕で停泊出来る程の大規模な港を大急ぎで建設する。流石の日本帝国でも大規模な港湾設備を一朝一夕に作る事は不可能だが、それでも無限の予算や物資、大量の熟練工兵によってパンゲア世界の基準からは信じられない早さで建設を進められていた。
港湾設備の他にも、舗装どころかロクに整備さえされていない道路をコンクリートやアスファルトで舗装したり、大量の物資運搬のために線路を敷設して鉄道を走らせるなど、かつてはロクに馬車すら走っていなかった地域は劇的に変わっていった。
他にも、電気、ガス、水道などのインフラ設備は勿論、役所や警察署、消防署、病院、空港などと言った公共施設から、デパートやショッピングモール、コンビニ、飲食店など民間施設の建設ラッシュも始まっていた。
毎月のように更新されていく予算は、普通の国なら一月もすれば国が破綻しかねない程の金額になっているが、無限の予算を誇る日本帝国はむしろ規模を拡大していく。
今はまだ港や鉄道、道路などのインフラが未発達なのである程度は制限をかけているが、インフラが整備されて流通網が構築された暁には、現在の予算など比較にならない程膨大な金額が計上される。
こうして、リディア王国人のほとんどが田舎の中の田舎だと思っているロードス地方は、僅かな期間で大都市へと変貌を遂げようとしていた。
ロードス地方で大開発が進んでいる中、イリオスでは日本帝国から招聘した教官による、銃器の取り扱いについての講習が開かれていた。
「いいか? 弾薬を装填する際には先ずボルトハンドル(槓桿)を引き、クリップ(挿弾子)に纏められた弾薬をチャンバー(薬室)の中に押し込み、ボルトハンドルを戻す!」
イリオスの練兵所では、近衛歩兵連隊の前で教官である日本帝国軍の士官が九九式小銃を持ちながら解説を行なっていた。
既に旧式化して400年以上が経ち、現代世界で言えば火縄銃の扱い方を教えているのと同じぐらいの違和感だが、教官役やイリオスへの派遣軍に選ばれた将兵は九九式小銃を1から訓練したため、何の淀みも無く解説を進める。
一方、その解説を聞く近衛歩兵連隊の顔は真剣そのもの。
何しろ日本帝国にとってはカビが生えた骨董品に過ぎないが、リディア王国(パンゲア世界)にとっては現行のマスケット銃の何世代も先の銃であり、以後この銃で戦う事になるのだから真剣になるのは当たり前。
「そして……撃つ!」
一発の銃声が練兵所に響き渡ると、150m先の的の中心に見事命中。
「「「おぉっ!!」」」
近衛歩兵連隊の面々は歓声を上げ、教官の射撃を称えるが、肝心の教官はその歓声に軽く頷くだけで特に喜んだりはしない。
何しろパンゲア世界の国々が使用するマスケット銃では100m先の的に当たるどころか、弾が届くのがやっと。100発撃って1発当たるかどうかの低確率であるため、150mもの距離ではまず当たらない。
しかし、日本帝国の基準で言えば150mはかなりの近距離であり、狙撃用ライフルより精度が低い突撃銃でも楽々狙える距離だ。
狙撃に向いているボルトアクション式の九九式小銃を使えば、当てて当たり前の距離なのだ。
「閣下! 質問をしてもよろしいでしょうか?!」
歩兵連隊の1人が尋ねた。
ちなみに、閣下と呼ぶのは教官の爵位が準男爵だからだ。パンゲア世界のみに適用される名誉職でしかないが、平民では侮られる可能性があるので教官は皆爵位を持っている。
「うむ、許す」
「ありがとうございます!
閣下の今までの最高記録はどのぐらいなのでしょうか?!」
質問した兵士の元々の職業は猟師であり、射撃の腕を買われて近衛入りしたという自負があるので、自分以上の腕前があるだろう教官の最高記録が知りたいのだ。
「ふむ……この九九式小銃ならば200リーグ(400m)先の的に命中させた事がある」
「「「おぉぉ!!」」」
教官の言葉に歩兵連隊は驚愕の声を上げ、質問した兵士はキラキラとした目で教官を見つめる。
実際にはスコープを付け、銃自体の精度が高い狙撃用での400mだったのだが、そんな事など知らない兵士達はとんでもない距離に驚愕し、質問した兵士は憧れのスポーツ選手を見る少年のような目で教官を見ていた。
先程の75リーグ(150m)も凄い記録(パンゲア世界基準)だと言うのに、その倍以上の200リーグ(400m)で当てるなど最早人間業ではなく、神に近いとある種の崇拝の域に達していた。
その後も講習は続き、教官は正しい銃の持ち方や撃ち方、メンテナンス、銃剣の取り付けなど基礎中の基礎な事は教えたが、銃の仕組みや構造などについては軍機に触れるとして言葉を濁した。
分解して何丁も潰せば技術力に劣るリディア王国でもある程度は理解出来るだろうが、日本帝国としては少しでもリディア王国の兵器開発を遅延させたいので、技術公開にはかなり慎重なのだ。
戦術についても同様で、浸透戦術や散兵戦術など近代的な戦術や兵士の運用法は一切教えず、ただ銃の撃ち方やメンテナンスを教える。
これまた先程同様、リディア王国の戦力強化を少しでも遅らせたいので、敢えて教えていない。もしも近代的な軍の運用方法を教えればリディア王国の戦力は短期間で大幅に上がり、瞬く間にアバロニア大陸を支配しかねない。
それは日本帝国としても好ましくないので、少しでも戦力化を遅らせるためにほとんど何も教えなかったのだ。
勿論日本帝国の目論見をシルヴィアは即座に察知し、憎々しげに睨み付けたが、どうしようも無かった。
何しろ日本帝国はリディア王国からの要請に応えて教官を派遣し、講習を行なっているのだ。例えその内容が全部説明書に書いてある事だろうとも、内容についての文句は言えない。
踏み込んだ内容を訊ねれば「日本帝国の機密を無理矢理聞き出そうとした」と取られて関係悪化は避けられない。普通の国が相手なら多少関係が悪化しようともさほどの問題は無いが、相手がリディア王国より遥かに格上な国ではちょっとした言葉が命取りになりかねない。
最新装備を手に入れた事でリディア王国軍は遥かに強化されたが、その最新装備は日本帝国が提供した物であり、日本帝国から仕入れるしかないのだから対抗出来る筈も無い。
つまり、リディア王国は少なくとも講習については日本帝国に文句を言う事すら出来ないのだ。
そんな事は百も承知なシルヴィアは、とっくに九九式小銃や三式拳銃の徹底的な調査を命じていた。
幸いにも日本帝国は必要量より大量に供与してくれたので、数十丁ぐらいは潰したとしても問題は無い。流石にまだ調査を始めたばかりなのでほとんど分からないが、確実にリディア王国は近代化への一歩を踏み出していた。




