23 退去
条約締結後、大使は艦隊と共に一度帰国し、無事条約締結に成功したと皇帝に報告した。
そして条約通り、初年度の租借料千エクシードと、強制退去させる住民達への賠償金5千エクシード、それにプレゼントである九九式小銃30万丁と三式拳銃10万丁を積み込み、再び一路イリオスを目指した。
50隻以上もの大艦隊で訪れた前回と違い、無事条約を結びそこまで威圧する必要は無いため、小規模な艦隊でしかない。
しかし、だからと言って非武装の輸送船だけでは海賊の襲撃を受ける可能性や、イリオスの住民に侮られる可能性があるので、強襲揚陸艦や特殊戦艦(見た目前弩級艦)による艦隊だ。
僅か数隻という、日本帝国の常識ではかなり小規模な艦隊だが、木造帆船しかないリディア王国にとっては絶望的な戦力差だった。
前回同様に汽笛を鳴らして入港の合図を送ると、付近の海域にいた漁船は艦隊を恐れて岸へと逃げ出し、イリオスの住民達は「またあの艦隊が来た!」とパニックになった。
日本帝国と国交を結び、友好国となった事はイリオスは勿論、リディア王国中にも伝えられたのだが、やはり巨大な鉄の船が大きな音を鳴らしながら近付いてくる光景は、パンゲア世界の住民達には刺激が強すぎた。
港からかなり離れた海域に艦隊は停止し、荷物はヘリに詰め替えられ、ヘリにて港を目指した。
前回のような10万トンを超える巨艦はいないが、それでも日本帝国の軍艦はパンゲア世界の木造帆船より遥かに巨大なので、喫水が深すぎて港にはちょっと近付くだけで座礁してしまう。
そのため、日本艦隊は人員や荷物の運搬にはヘリか揚陸艇を使わなければいけなく、大変な手間がかかるのだ。
輸送ヘリであるC-47チヌークにて、大使達は港に降り立った。
普段なら港には漁師や地元民、観光客などで溢れかえっているのだが、港に近付く艦隊に恐れをなしてかほとんどの人間が港から逃げ出してしまったため、大型ヘリであるチヌークも悠々と着陸出来た。
大使や乗組員達がヘリから降りて荷物を降ろしていると、騒ぎを聞き付けたシルヴィアが近衛兵を引き連れて来た。
「お久しぶりです。シルヴィア殿下」
何事も無かったかのように大使は笑顔で挨拶する。
一方、挨拶されたシルヴィアは何かを堪えるように顔をヒクヒクさせながら、一度大きくため息を吐いた後に口を開いた。
「……あの大きな音は何とかならぬのか…?」
まだイライラが収まらないのか、睨み付けるように大使を見る。
「いやぁ騒がしくして申し訳ない。あの音、汽笛は付近の船に接近を知らせる警告でして、決して悪意があってのモノではありません。
それに、汽笛を鳴らして入港を知らせる事が我が国のマナーでして」
そんな刺すような視線など見えてないと言わんばかりに、笑顔のまま大使は言う。
そんな態度がいたく気に入らないのか、シルヴィアはこめかみに血管を浮かばせながらも、何とか口調だけは冷静さを保つ。
「……不勉強ながら貴国のマナーについては存ぜぬが、我が国では入港の際に大きな音を鳴らす必要は無い。
…以後、慎むよう願う…」
シルヴィアとしてはもっと大声で尚且つ、厳しい口調で命令したいのだが、お願いしか出来ない。
これが同格の国が相手ならもっと厳しい口調で言えるのだが、残念ながら日本帝国はリディア王国より遥かに格上であり、下手に機嫌を損ねるとどんな報復が待っているか分からない。
そのため、相手を怒らせないよう言葉を選びつつ、慈悲を乞うしかないのだ。
そんなシルヴィアの願いが通じたのか、大使は軽く了承した。
「分かりました。確かに……あまり良い効果とは言えないようですからね…」
辺りを見渡しながら、大使は言う。
別にどうしても汽笛を鳴らさなければいけないという訳ではなく、ただ単に威圧目的で鳴らしていたのだ。
前回のように交渉の際には有効かも知れないが、既に条約を締結して友好国になった今では、むしろ両国との間に摩擦を生んで不利益を被る可能性すらある。
「おぉ、分かってくれたのなら幸いだ!
以後、よろしく頼むぞ」
色好い返事を引き出せたからか、シルヴィアは勢いのまま話を終わらせる。万一前言を翻されては堪ったものではないからだ。
「それにしても……随分沖に停泊させたのだな?」
沖合に佇む日本帝国の艦隊を見ながらシルヴィアは呟く。
イリオスはリディア王国でも有数の貿易都市であり、王国海軍の拠点でもあるので、一等戦列艦でも悠々と停泊出来る設備が整えられている。
「残念ながら、イリオスの港は我が国の艦艇には喫水が浅すぎまして、あれ以上近付くと座礁してしまう危険性があるのです」
しかし、日本帝国の基準ではあまりにも狭すぎた。
10万トンを超える空母や戦艦は勿論、数十万トンにもなる超大型タンカーが停泊する事を念頭に置く日本帝国の港に比べたら、個人用のマリーナ並みに狭かった。
「そ、そうか……それは苦労をかけるな…」
どういう反応をして良いのか分からないのか、シルヴィアは勿論、近衛兵達も苦笑する。
自慢の港を馬鹿にされたのだから怒ってしかるべきなのだが、あまりにも規模が違いすぎて怒りを通り越して呆れてしまったのだ。
「そ、そんな事よりも、随分と早かったな。
貴卿らの艦隊が去ってから一月と経っていないのに…」
内心では永遠に来ないで欲しいと願っていたが、それにしても早すぎた。
「そうですか? 特に急いで来たという訳でもないのですが」
大使は何でも無いように言うが、木造帆船しかないパンゲア世界では一度出航すれば3、4ヶ月は戻らないのはザラで、半年~1年以上も珍しくない。
何しろ帆船なのでその日の天候によって速度はバラバラで、基本的に夜間は航行する事も出来ない。しかし、日本帝国の艦艇はエンジンを積んでいるので常に一定の速度(巡航速度)で航行し、夜間もレーダーがあるので問題無く進める。
何もかもが違い過ぎるのだ。
「そ、そうか……。
…それで、その積んである木箱は例の銃か?」
何となくの雰囲気で察したシルヴィアは言葉を濁した後、山と積まれている木箱を見て話を反らした。
「はい、約束通り九九式小銃30万丁と三式拳銃10万丁、それに弾薬4000万発です」
大使が指示を出して兵士に1つの木箱を開けさせると、中には九九式小銃がびっしりと詰まっていた。
「……そうか……感謝する」
びっしりと詰め込まれた九九式小銃を見て、シルヴィアは顔をしかめた。目の前の銃が今後リディア王国の戦力を大幅に上げるも、外国に銃の弁を握られたという屈辱の証なので、内心ではこのまま海に沈めてやりたいと願う。
しかし、そんな事をすれば日本帝国の好意(悪意)を踏みにじる事になり、関係悪化は避けられないのでその願いは心の中だけに仕舞い込み、笑顔で礼を言う。
次に、日本帝国の兵士が大きな袋を持って来た。
袋は2種類で、どちらも丈夫そうな作りながら、美しい刺繍が施されている。
「こちらの袋が今年の租借料の千エクシードで、こっちがロードス地方の住民への賠償金、5千エクシードです」
兵士が地面に置いて袋を開けて見ると、その中身はエクシード金貨で一杯だった。
「ちゃんと数えてありますが、お確かめ下さい」
「いや、貴国を信用しよう」
大使の言葉にシルヴィアは即座に断る。
本当は後でしっかり数えるが、目の前で数えるなど相手を侮辱する行為になってしまうので、断るのが通例だ。
「大量の銃を貰っておきながら申し訳ないが、出来れば教官の派遣もして貰えないだろうか?
貴国の説明書とやらは分かりやすくて良いのだが、やはり実際に人間に指導して貰い、色々な質問もしたいので是非教官を派遣して欲しいのだ」
申し訳なさそうだが、キッパリとシルヴィアは言う。
出来るなら外国の銃など採用したくないのだが、実際に採用するとあらばしっかりと撃ち方や仕組みを知りたい。
そしてあわよくば、銃以外にも様々な技術者を招聘し、日本帝国の技術を少しでも吸収する気なのだ。
「構いません。というよりも、そう仰るだろうと思って既に教官の選別も完了しています。
今回の派遣部隊にも何人か連れて来ました」
沖合にて停泊する艦隊を指差しながら大使は言う。
「…そうか、気遣いに感謝する」
ある程度は予想出来ていたので、特にシルヴィアに驚いた様子は無い。
「それで、ロードス地方の準備の方は進んでいますか?」
準備とは住民の強制退去の事で、自国でやった方が早いと分かっているのだが、土地はともかく住民はリディア王国の国民なので日本帝国の好きには出来ない。
「既に退去の布告は出したのだが、やはり突然の退去命令に反対意見が強い。
賠償金として1人5エクシード払うと言うと大分大人しくなったようだが、依然として猛反発する住民も少なくない」
それはそうだろう。
いきなり「お前達の土地は他国に貸し出すから出ていけ」何て言われて素直に従う人間はいない。
家や土地、仕事、財産などほぼ全てを失う事になるのだから。
しかし、その代償として5エクシードもの大金を得られるので、賛成派の住民も少なくない。
何しろ、ド田舎であるロードス地方の平均年収は1エクシード程度なので、実に5年分の稼ぎが手に入るのだ。
大抵の住民が先祖代々からの仕事をしながら半ば自給自足し、その日を生きるのに精一杯だ。なので必然的に、次男や三男など家を継げない者達は職を求めるために村を出る。
家業を継いだ長男や残り少ない老人達ならまだしも、ほとんどの住民は寂れた故郷に愛着など無いのだ。
5エクシードもの大金を得られれば、故郷よりも広い農地を買えるし、流石に都会は無理だが田舎なら家を建てる事も出来る。少なくとも、このままロードス地方に住み続けるよりは希望が持てるので、若者達は退却命令にも好意的だ。
「……それに、中には賠償金の値上げを訴える者達もいる始末だ…」
ロードス地方に住む一般的な住民にとっては、5エクシードなど人生においてお目にかかれる事も無い程の大金なのだが、一部の者達にとってはそうではない。
幾らド田舎の地方でも歴然としたヒエラルキーは存在し、そのピラミッドの上位を占める村長や地主など支配階級にとっては、5エクシードなど端金でしかない。広大な土地や先祖代々からの地位などを、たったの5エクシードで売り払うなど彼等にとっては到底納得出来る筈がない。
「ほぅ、値上げ要求…ですか?」
大使の顔は笑顔だが、目は一切笑っていなく、温度を感じさせない程に冷たい。
確かに日本帝国の予算は北郷がいる限りほぼ無限なので、例え何億エクシード払おうが問題は無い。しかし、この値上げ要求は明らかに日本帝国を舐めている証だった。
なまじ賠償金など支払う事から、日本帝国という国はあまり強くない国なのだろうと支配階級達は侮り、搾れるだけ搾ろうと値上げを要求したのだ。
「も、勿論、我が国は賠償金の値上げなど求めていない!」
大使の凍えるような目を見て、ヤバいと感じたシルヴィアは必死に弁明する。
田舎の村長や地主ごときの意見で国が滅ぶなど笑い話にもならない。
「…そうですか、それは良かった。我が国からの善意を履き違えているのではと心配しましたが、杞憂のようですね」
「ハ、ハハハ…」
大使の言葉に心の中で安堵しながら、シルヴィアは乾いた笑い声を上げる。日本帝国とリディア王国では国力差が違い過ぎるので、大使のちょっとした言動にも右往左往してしまうのだ。
(おのれ! 何処のどいつか知らんがふざけた要求をしおって! 国家反逆罪で一族皆処刑してくれる!!)
ロードス地方の村長や地主など支配階級に特大の死亡フラグが立ったのだった。
「…しかし、ロードス地方への準備は出来るだけ急いで下さい。今までは租借料や賠償金を支払っていなかったので手を付けませんでしたが……支払った今では最早ロードス地方は我が国の領土です。
次にリディア王国に来る時にはロードス地方へと上陸します。その際、未だに住民が残っていれば不法入国者として、我が国の法律で裁きますので…」
再び熱の籠っていない目で大使は告げた。
「……日本帝国の法では、不法入国者はいかなる刑を受けるのだ?」
どうなるかなど分かりきっているのだが、一応シルヴィアは尋ねた。
「無論、死刑です。老若男女関わらず、例え赤子であろうと変わりはありません」
「……分かった。早急に住民達を退去させる…」
無表情の大使に、シルヴィアも無表情で返す。
この場においては交渉の余地など無く、ただ日本帝国が確認事項として告げ、リディア王国が頷く。例え明日にでも日本帝国がロードス地方に上陸し、住民達を虐殺しようとも、リディア王国側は何も言えない。
何故なら一時的とは言え、日本帝国が自国の領内の不法入国者を始末するだけなのだ。文句の付けようが無い。
こうして、ロードス地方の全住民に対しての強制退去令が執行された。
若者など退去賛成派は特に抵抗も無く、大事な荷物だけを持って生まれ故郷を出て、日本帝国からの賠償金5エクシードを受け取って新天地へと旅立った。
逆に、反対派はそれでも退去を拒んだが、最早リディア王国は交渉をする気など無く、見せしめとして数人を即座に処刑し、他の反対派は5エクシードを無理矢理持たせて強制的に退去させた。
しかし、当初から賠償金の増額を要求していた支配階級については、シルヴィアによって国家反逆罪や転覆罪など様々な重罪にかけられ、例外無く一族朗党が処刑された。赤子は勿論、妊婦の腹を裂いて胎児の首まで跳ねる程の徹底ぶりだった。
ちなみに、支配階級達分の浮いた賠償金については処刑した者達の懐に流れたが、リディア王国は黙認し、日本帝国も特に何も言うことは無かった。
こうして、東京23区程もの広さを誇るロードス地方は、短期間で無人の土地となったのだった。




