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21 歓迎と対策

 その日、王都ミレトスに住む少年、ルイはワクワクしながら待っていた。


 2日前、突如王城から「外国からの特使が来る」という発表があったため、住民達は急いで大通りなど目立つ箇所を清掃した。

 パンゲア世界は上下水道があまり整備されていないため、基本的に排泄物などゴミはそのまま道路に放り捨てられる。なので王都と言えど、路上には糞尿や生ゴミなどが散乱していて、景観的にも衛生的にも好ましくない。

 2日後には来ると言われたので本格的な清掃は無理だったが、ゴミを拾ったり汚物を片付けるなど、出来る限りの事をしたおかげで大通りは綺麗になった。

 一歩路地に踏み入れれば家庭から出たゴミや汚物などが散乱して悲惨な光景が広がっているが、特使が路地裏など見る必要が無いので問題は無い。


 そして、特使が来る当日には普段なら大通りの両脇を占めている露店の類いは一切無く、代わりに両脇を住民達で固めて出迎えの体制を取っていた。




 大通りの両脇に固まっている人々の中、ルイは同年代の友達と話しをしながら特使の到着を待っていた。


「どこの国の特使が来るのかな?」

「さぁ、貴族様は言わなかったし…」

 国の役職に就けるのは貴族だけなので、平民達は総じて貴族様と呼んでいる。


「噂だと違う大陸の国らしいけど……カラハソやアトランティカの国なのかな?」

「さぁ…でも、それだったら国の発表ぐらいあるだろうし……王国が知らない国なんじゃない?」


 ルイ達のように、回りにいる住民達もどこの国の特使が来るのかと話し合っていた。

 特使が王都に来る事は事前に伝えられていたものの、どこの国の特使が来るのかは一切伝えられなかった。勿論何人かが尋ねて見たものの、「準備を急げ」などとはぐらかされて結局は答えてはくれなかった。

 だからと言ってあまりに追求すれば貴族の特権である無礼討ちに遭う危険性もあるため、ロクな追求も出来ず、結局は分からず仕舞いだった。


 その結果、「違う大陸の国」や「絶滅を免れた亜人の国」、中には「パンゲアの外にある未知の大陸の国」などと言った、様々な噂が飛び交う事となった。

 勿論噂のほとんどがただの出任せであり、何の確証も無いのだが、それでも噂話は絶えない。彼等にとって見ればどこの国の特使だろうがどうでも良く、ただ娯楽として噂話を楽しんでいるだけなのだ。










 そんな風に時間を潰しながら待っていると、特使の到着の知らせが届いた。


「お、やっと来たらしいな」

「どんな馬車に乗ってるのかな?」

「特使になるぐらいなんだから、かなり高位の貴族様な筈だ」


 どこの国の特使なのかという疑問もあるが、住民達の楽しみはその特使がどんな馬車に乗って来るのかだ。

 前記したが、王族や貴族にとって馬車は自分を表すステータスであるため、位が高ければ高い程豪華な馬車に乗る。平民が乗る荷馬車や駅馬車と違い、王侯貴族の馬車は基本的に乗り手に合わせたオーダーメイドなので、全く同じ馬車は無い。


 そのため、戦国時代に町人達が武士達の甲冑姿を見て楽しんだように、パンゲア世界の平民達は王侯貴族の馬車を見て楽しむ。

 これもまた、娯楽の少ない平民達にとっては格好の娯楽となるのだ。







 友達とそんな他愛もないを話をしていると、徐々に特使の一団が近付いて来ている事を悟り、彼等のテンションは最高潮に達するが、ルイはある疑問を抱いた。


(静かに…なっている…?)


 特使が到着した時にはルイ達同様に住民達は歓声を上げていたというのに、今ではその歓声が止みつつある。

 正確に言えば、既に特使が通過しただろう後ろの箇所からの歓声が止んでいるのだ。


(何だ?…何が起きてるんだ?)


 そう不審に思っていると、馬の蹄の音が徐々に大きくなり、直ぐ近くに特使の一団が来ている事を悟った。

 少しだけ列から乗り出して後ろを覗いて見て、ルイは思わず絶句してしまった。




 先ず先に見えたのは、護衛らしき騎兵隊だ。

 美しい白馬に騎乗し、まるで王族が着るかのような豪華な刺繍や装飾品で飾られた軍服を見に纏い、鞍や手綱、鐙などは勿論、蹄鉄にすら彫刻や装飾が施されている。

 王都で生まれ育ち、十数年とは言え王族や貴族の服装を見慣れたルイからして見ても、素晴らしいの一言だった。今まで一番だと思っていたシルヴィア王女など自国の王族の格好でさえ、目の前の護衛達の格好に比べれば失笑物でしかない。




 そんな素晴らしい騎兵隊の格好も、続いて現れた特使を乗せた馬車に注目を奪われた。

 見たことの無いモンスター(不死鳥や東洋龍)の彫刻が車体に施され、屋根や車輪に至る全てに金や銀は勿論、ダイヤモンドやエメラルドなど様々な宝石や美しい彫刻で装飾されている。光の反射角度など様々な計算を基に設計されているため、馬車全体が芸術品のような美しさを放っている。


 王族であるシルヴィアでさえ一瞬とは言え見惚れてしまう程なので、平民であるルイや住人達にとっては、神が乗っているのではないかと勘違いしてしまう程の豪華さだ。

 そのあまりにも美しさと豪華さに誰もが言葉を失い、馬車が通った後でも呆然としたまま、馬車が走り抜けた方向をただ眺めた。



 ちなみに、特使を乗せた馬車の後ろに、王族が乗っていても不思議は無いぐらい豪華な荷馬車が走っていたにも関わらず、誰もがその存在を覚えていない。

 特使を乗せた馬車のインパクトがあまりに強すぎたために、常識の範囲内の豪華さでは霞んでしまったのだ。










 大使を乗せた馬車は無事王城に到着し、玉座の間にて国王からの歓迎を受けていた。


「パンゲアの外という、遥か遠くからよくぞ参った。余がリディア王国国王、ロベール3世だ。

 貴卿らを歓迎しよう」


 あの後も飛龍騎士を派遣して艦隊の情報を取り寄せたり、献上された小銃や拳銃の追加調査によって増々技術力や国力差を思い知って絶望したが、今の国王にはそんな素振りは欠片も見えない。

 幾ら絶望する程の格差があろうとも、卑屈な態度を取っていては侮られる。なので堂々と、まるで「貴様など眼中に無い」と言わんばかりの視線を、憎き日本帝国の大使に向ける。


「盛大な歓迎、ありがとうございます。私は日本帝国特命全権大使、黒崎誠也と申します。

 今後とも良き関係を結べたら幸いです」


 そんな冷ややかな視線などモノともせず、大使は軽く微笑みながら礼をする。国としての力関係は歴然としているが、立場的に相手は君主なので礼を尽くす。







 その後は挨拶のやり取りなどをした後、本題に入った。


「これが我が日本帝国皇帝、北郷様から陛下宛の親書です」


 大使は待機していた侍従長に親書を渡し、侍従長を中継して国王の元へと着いた。


 親書の中身は軽い挨拶や今後良き関係を結びたい事、通商条約の締結などについて書かれていた。


「……成る程、我が国と国交を結び、通商条約を締結したいという事か…」

「はい。我が国と通商条約を結ぶ事は、貴国にとっても大変利益になる事でしょう」

「……ほぅ…我が国にとっても、か…」


 国王は探るような視線を大使に向ける。

 砲艦外交を仕掛けて来た国が相手国の都合など考慮する筈がないので、どんな苛烈な要求をして来るのか国王は内心不安だった。


「…あぁ、そう言えば。

 我が国からの献上品は無事、陛下の元へと届きましたでしょうか?」


 たった今思い出したかのように、大使は言った。

 何も事情を知らない人物が聞けば、単に献上品が届いたのか聞いただけにしか聞こえないが、国王や献上品の内容を知っている者達には、全く別の意味に聞こえていた。


「……うむ、確かに受け取った……素晴らしい品々に感謝する…」


 自国より遥かに優れた小銃と拳銃という、あからさまな献上品を思い出し、国王は苦々しげな顔を浮かべる。

 大使がこの話題を出したのは、リディア王国側がきちんと国力差を理解しているかの確認と、もし理解しているのなら思い出させる事で立場を明確にさせるためだ。


 結果は大使の思惑通り、国王の表情から国力を理解している事を悟り、立場を明確化させる事が出来た。


 これには大使も内心ホッとした。

 もしも力関係を理解していなかったのなら、交渉は上手く進まず、最悪の場合は破綻して戦争。自分は処刑される恐れさえあったのだから。

 しかし、力関係を理解しているのなら話は早い。幸いにも、自分を王都へと案内(監視と情報収集)するために付いて来たシルヴィア王女もいるので、より格差を理解させられる。

 何しろシルヴィアは王都にいた国王達と違い、実際に艦隊やヘリなどを見ている。更に、王都への道すがら大使はシルヴィアに日本帝国の人口など、教えても問題無い情報を与えていた。


 たかだか1週間程度の付き合いとは言え、シルヴィアが軍事的にも政治的にも優れていると判断した大使は、きっと賢明な判断を下してくれるだろうと期待していた。










 その後は歓迎の宴が開かれ、通商条約の交渉については翌日行われる事となった。


 準備期間が3日程度とほとんど無いに等しかったので、あまり凝った演出などは出来なかったが、リディア王国の国力を見せ付けるために出来うる限りの贅を尽くし、パンゲア世界での基準で言えば盛大な宴を開く事に成功した。




 リディア王国にとって精一杯の歓迎の宴に、大使や護衛達は表向きでは笑顔で感謝の意を伝えたが、内心見下していた。


 日本帝国には貴族制が存在せず、欧米諸国のように頻繁にパーティーを開く習慣も無い。何しろ日本帝国は社会福祉や予算が充実しているので、チャリティーや資金集めのためのパーティーを開く必要性が無いのだ。

 しかしパーティーが存在しないという訳ではなく、むしろ開く事が少ない分、1回1回を盛大に祝う傾向にある。

 特に顕著なのは初代北郷帝の誕生日である聖誕祭(クリスマス)で、無限の予算や物資に物を言わせ、一夜にしてリディア王国の国家予算を軽く凌駕する程の金額が費やされる。


 そのため、そんなパーティーを見慣れている大使や護衛達にとって、リディア王国の歓迎の宴はホームパーティーに毛が生えた程度にしか映らないのだ。


 しかし、そんな素振りは一切見せず、大使達は宴を褒め称える。

 元々国力や技術レベル差から言って大した期待などしておらず、「まぁこんなモノだろう」と超上から目線で評価をしつつ、積極的にリディア王国の要人達と会話をする。

 交渉が成功すれば大使は対リディア王国の外交責任者に任命される予定なので、今の内にパイプを形成しようという魂胆なのだ。










 歓迎の宴が終わった深夜、国王の部屋では明日の通商条約交渉への対策会議が行われていた。

 部屋の中にいるのは、部屋の主である国王は勿論、使節団の接待兼情報収集をしていたシルヴィア王女、そして主要な閣僚のみだ。他の貴族達を呼ばなかったのは会議をスムーズに進めるためと、国政を司るのは王家の仕事だからだ。


「……さて、明日には交渉が始まるが……お前はどうすべきと判断する?」


 パーティー用のドレスから動きやすい服に着替えたシルヴィアに、国王は尋ねた。


「……誠に屈辱的ですが、日本帝国側の要求を全面的に飲む他ありません」


 美しい顔をしかめながら、シルヴィアは答える。その答えには一切の迷いは無く、真っ直ぐ自分の父の目を見ながら断言した。


「…やはり、お前でも何とかならぬか?」


 政治はともかく、軍事的になら自分を遥かに凌ぐ娘ならば何か手はあるのではと微かな希望を抱いていたが、当の娘によってその希望は否定された。


「…はい、日本帝国の国力や技術力は凄まじく、戦えばリディア王国は滅びを迎えるでしょう…」


 シルヴィアの言葉に、部屋の空気は更に暗くなる。

 元々敵う筈が無いとある程度予想は出来ていたものの、リディア王国1の将と名高いシルヴィアが勝てないと断言したのだ。オマケにシルヴィアは日本帝国の艦隊や飛龍(ヘリ)を直に見ているため、否が応にも説得力は更に高まる。




「…お前の手紙に日本帝国の船には帆が無く、鉄で出来ていると書いてあったが、誠の事か?」


 献上品の事で日本帝国と自国にの間は埋めようが無い程の差があると理解はしているものの、やはり直に見ていない軍艦や飛龍(ヘリ)に関しては疑いを消せない。


「間違いありません。乗船する事は敵わなかったので内部については不明ですが、船体が鉄で出来ていた事は確かです。

 そして…甲板にもマストらしきものは存在しませんでした」

「ふむ…」


 他ならぬ娘の証言なので信頼性は極めて高いが、あまりにも常識外れ過ぎてイメージが出来ない。


「…帆も無しに、どうやって巨大な船を進めるのだ?」

「…燃える水を使ってタービンを回している…らしいのですが……残念ながらこれ以上は機密に触れるらしく、教えてはくれませんでした」

「…燃える水…?……タービン…?」


 実用的な蒸気機関さえ存在しないパンゲア世界では、分かる筈も無い。

 蒸気機関の研究者ならタービンぐらいは理解出来たかも知れないが、国王がそんな単語を知る筈が無かった。


「……何だかよく分からんが、そんな物で進むという事は日本帝国の船は小さいのか?」

「いえ、どれも我が国の船より遥かに巨大です。

 日本帝国の船は小さい物でも軽く70リーグ(140m)以上はあり、大きい物なら150リーグ(300m)以上もの巨艦でした」

「なっ!?……150リーグだと!!?」


 あまりの巨大さに国王は勿論、閣僚達も驚愕する。

 パンゲア世界で最も巨大な軍艦は一等戦列艦で、その船にもよるが大きくとも大体は30リーグ(60m)程度だ。5倍もの巨大な船が存在するなど想像すら出来ない。


「そんな巨大な船が進むのか!?」

「はい、艦隊を発見した哨戒部隊の報告では、我が国の船よりも早い速度で進んでいたそうです」

「…………」


 あまりにも驚き過ぎて、国王や閣僚達は口をあんぐりとさせながら呆然とする。

 パンゲア世界の常識では、あまりにも船が巨大過ぎると重量が増し、必然的に船足は遅くなる。帆を用いて風力で進む帆船には逃れられない宿命である。

 しかし、日本帝国の船はパンゲア世界の5倍以上もの巨艦でありながら、パンゲア世界の船よりも早く進めると言うのだ。


「……そ、それは…誠なのか…?」

「生憎、私自身が直に見た訳ではないので確信はありませんが、日本帝国の技術力や国力、それに…財力などを鑑みれば信憑性は高いかと」


 シルヴィアの財力という言葉に、国王はあの馬車の事を思い出した。

 今まで類を見ない程の豪華さと荘厳さを兼ね備えたあの馬車を初めて見た時には、思わず見惚れてしまった程だった。国王という立場から、リディア王国で最も豪華な馬車を所有し、パンゲア世界でもトップクラスに入ると自負していたのだ。

 しかし、その自負は日本帝国の馬車を見た瞬間に崩れ落ちた。今まで自分が自慢していた馬車は日本帝国にとって荷馬車と同程度であり、大使が乗る馬車とは比べるのもおこがましい程の差があった。


「……確かに、あのような馬車を持つという事は、かの国は相当な財力なのだろうな…」


 国王にとって献上品や艦隊よりも、豪華な馬車の方が分かりやすい財力の証だ。他の閣僚達は勿論、貴族や平民、パンゲア世界では当たり前の感覚だ。










 その後も会議は続いたが、リディア王国側にとって絶望的なニュースばかりが届く。

 シルヴィアが王都への道すがら大使に教えて貰った、日本帝国の人口などを説明すると、自国の30倍以上もの人口差があるなど信じられないと一時会議は紛糾したが、それを確かめる術も無いので自然と沈静化。


 この後も会議は続き、結局は明け方近くまで話し合われ、とりあえずの方針を決定。

 後は日本帝国側との交渉を待つだけとなった。

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