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20 驚愕と準備

 リディア王国王都の中心に位置する王城。

 その王城の1室では、国家の命運を左右する会議が行われていた。




 その1室は玉座の間と言われている場所で、部屋の一角にはその名の通り玉座が鎮座している。

 重要な会議の際に使われる部屋で、普段ならば各領地から招集した貴族達が大勢いるのだが、今回は時間の都合上招集をかける暇は無く、その場にいるのは王都に住む王族や上級貴族のみだ。


「……では、やはり日本帝国という国はパンゲアには存在しないのだな?」


 玉座に座るリディア王国国王、ロベール3世は尋ねる。

 年齢はまだ40代前半なのだが、その痩身と疲れた顔つきから既に50代半ばにも見える。


「はい。城中の文献をさらいましたが、日本帝国という国は現在は勿論、過去にも存在した事はありませんでした。

 もしそんな国が実在するというのなら、シルヴィア様のお手紙の通り、パンゲアの外にある国なのかと…」

「…ふむ…」


 臣下からの報告を聞いた国王は、自分の手の中にある手紙を再び目を通す。


 その手紙とは、日本帝国からの献上品を飛龍で送った際、事情を説明するためにシルヴィアが書いた手紙で、来航した船の特徴や数、国力の差、日本帝国の要求内容など、今回の出来事が事細かに書かれている。

 そしてその手紙の中には、「日本帝国とは決して争ってはいけない」という事が何度も何度も強調されていた。


 手紙には他にも、帆が無くて鉄で出来た船や巨大な大砲、一等戦列艦が小舟に見える程の巨艦、鉄で出来ている飛龍などなど、まるでおとぎ話のような事ばかりが書かれていたので、一時は本当にシルヴィアからの手紙なのかと疑った者も沢山いたが、筆跡は本人の物で間違いなく、運んできた飛龍騎士もシルヴィア本人から託されたと証言したので偽物の疑いは消えた。

 ならば手紙に書いてある事は全て本当の事となるのだが、あまりにも現実味が無さすぎてどう対処したら良いのか分からず、とりあえず本当に日本帝国という国がパンゲア世界に無いのかを調べたのが現状だ。




「…シルヴィアは盛んにこの、日本帝国とやらと戦ってはいけないと書いているが……本当にそこまでの国なのか?」


 優秀な娘をそこまで言わしめるのだからとんでもない国なのは頭では理解出来るが、やはり懐疑的になるのは避けられない。

 イリオスで実際に艦隊などを見たシルヴィア達と違い、王都にいる国王や臣下達は現物を見ていないので疑ってしまう。更には、自国がパンゲア世界において有数の列強国であるという自負もあってか、自国より遥かに強い国というのが想像出来ないのだ。


 そんな懐疑的な空気の中、1人だけ意を唱える者がいた。


「……私はシルヴィア様の認識は間違っていないと思います」

「ほぉ、それは何故だ軍務卿?」


 問われた軍務卿は側に置いていた豪華な箱の中から、銃を取り出して国王に見せた。


「それは、日本帝国から余に献上された銃だな」


 見たことがある物なので国王は即座に答えた。

 その小銃は拳銃とセットで、パンゲア語に翻訳された使い方やメンテナンスの方法などの説明書も同封されていた。ちなみに、説明書には例え文字が読めなくても理解出来るよう、分かりやすいイラストでの解説もあったので彼等も直ぐに理解出来た。


「そうです。そしてこの銃、九九式小銃の性能を理解すれば……シルヴィア様のおっしゃる意味もおのずと分かります」


 九九式小銃を掲げながら、軍務卿は断言する。

 その両手に抱えられた銃には美しい彫刻や装飾が施されていて、実用性が無い観賞用の銃だが、性能に関しては問題無い。むしろ、熟練した職人の手によって作られた逸品なので狙撃用のライフル並みの精度を持つ。


「ほぅ、それ程までにその銃の性能は凄まじいのか?」


 献上された銃はとてもきらびやかな物で、初めて見た際は銃とは気付かなかった程だ。

 箱も含め、これほどの豪華な代物を用意出来るという事はかなりの財力を持つのだろうとは予想していたが、軍事力にも繋がるとは国王は思っていなかった。


「はい。先ずこの九九式小銃の特筆すべき点は……連続して5発の発砲が可能な事です」


 ちなみに献上品にはその銃の弾薬100発も含まれていて、九九式小銃には手早く装填出来るようにクリップ(挿弾子)も入っていた。


「ほぅ、5発も連発出来るとは凄いな」


 しかし、国王の反応は芳しくない。

 武人であるシルヴィアと違い、軍事に疎い国王にとってはそれがどう凄い事なのかピンと来ないのだ。


 最も、説明している軍務卿はそんな国王の内心を理解しているので、特に表情を変える事なく説明を続ける。


「更に申し上げますと、その装填速度も段違いです。

 我が国の銃では熟練した兵士でも1発撃つのに約20秒、5発撃つには1分40秒もかかります。一方、日本帝国の九九式小銃は5発撃つのに15秒とかかりません。

 …つまり、我が国の兵士が1発撃つ前に、日本帝国の兵士は5発も連続して撃てるという事です」

「…………」


 軍務卿が噛み砕いて説明したおかげで、ようやく国王もいかに不味い状況なのかを悟り始めた。


「更に重要なのは、その射程距離と威力です。

 我が国最高の銃であるマーカム銃の射程距離は約50リーグ(100m)ですが、それはあくまで弾が届く距離というだけで、有効射程を得るためには半分の25リーグ(50m)まで近付く必要があります。

 しかし、九九式小銃の場合は、強化魔法がかかった近衛連隊の胸甲でさえ…100リーグ(200m)もの距離から楽々と貫通させます」

「なっ!? 近衛連隊の鎧を100リーグもの遠距離からか…!?」


 流石にこれには国王も大きく反応する。

 何しろ近衛連隊の鎧には耐久力強化などの強化魔法がかけられていて、パンゲア世界のマスケット銃ならばかなりの近距離にまで近付かなければ、傷すら残せない。

 更に言えば、元々の鎧自体もかなり高品質に作られているので、例え強化魔法がかけられていなくても銃弾ぐらいなら防げる強度を誇る。

 そんなパンゲア世界において最強の防具である近衛連隊の鎧が、100リーグ(200m)もの遠距離射撃で貫通させられると聞けば、いかに軍事に疎くともその脅威は理解出来る。


「……弾丸に強化魔法でもかけられていたのか?」


 しかし、あくまで国王は自分の常識の範囲内で考えた。

 弾丸に貫通力などの強化魔法をかけるのは古くから行われていて、そういった特別な弾ならば強化魔法がかかった鎧でも貫通させる事が出来る。

 しかし、その答えを予想していた軍務卿は即座に否定する。


「いえ、弾丸には強化魔法はかかっておりませんでした。宮廷魔術師が全ての弾丸を確認しましたが、強化魔法どころか魔法は一切かかっていません」

「…………」


 強化魔法も何もかかっていない銃で、100リーグ(200m)もの遠距離から強化魔法がかかった近衛連隊の鎧を貫通させたという事実に、国王は絶句する。

 更に言えば、魔法がかかった鎧でさえ100リーグ(200m)で貫通させられたのだ、鎧など着ていない戦列歩兵ならそれ以上の距離でも射殺出来るという事実にも気付き、絶望すら感じた。


「…更に言えば、もう1つの銃、三式拳銃(S&W M1917)につきましてもその性能は脅威の一言です。

 三式拳銃は九九式小銃より1発多い、6発連続で撃てます。流石に九九式小銃程威力も射程もありませんが、我が国の拳銃とは比較する事さえ愚かしい程の差があります」


 三式拳銃(S&W M1917)については面倒だったのか説明はかなり省いたが、九九式小銃という前例があるので説明しなくても大まかには理解出来た。







「「「…………」」」


 あまりの内容に、国王は愚かその場にいた全員がしばし絶句していた。


「……我が国でそれらの銃を作る事は出来ないのか?」


 何とか希望を模索しようと国王は尋ねるも、軍務卿は首を振って否定する。


「…残念ながら、不可能です。

 技術将校に尋ねて見た所、作るどころか模造すら不可能だと断言されました…」

「「「…………」」」


 またもや絶望がその場を襲う。

 そんな新技術が満載な銃を模造(コピー)出来たなら、リディア王国の兵器レベルは格段に上がり、更なる強国となれるだろう。

 それに、もし日本帝国からとんでもない要求を突き付けられようとも、いずれ同じ武器を持てるようになるならそこまで譲歩する必要は無い。リディア王国でも九九式小銃のような銃を作れると分かれば、日本帝国もある程度は譲歩するだろうという、希望があったのだ。


 最も、日本帝国にとって九九式小銃やS&W M1917は博物館クラスの旧式銃に過ぎないので、例えコピーされたとしても問題は無い。むしろ、旧式とは言えコピー出来ると分かったなら、日本帝国は後顧の憂いを断つために全力でリディア王国を潰しにかかっただろう。

 そのため、ある意味リディア王国は技術力の差によって助かったと言えた。










 そんな事とは知らないリディア王国側は、相変わらず絶望感が漂っていた。

 未だに帆が無い鉄の船や大艦隊などについては現物を見ていないので懐疑的だが、献上品という現物がある小銃や拳銃については否定など出来る筈が無い。


「……まだ判断材料が少ないので断言はしにくいですが、日本帝国は我が国よりも遥かに優れた技術力を有しています。

 …恐らく、シルヴィア様の手紙にある帆が無い鉄の船とやらも、事実なのでしょう…」


 誰もが思いながらも口にする事を躊躇っていたが、このまま黙っていても仕方ないと思った軍務卿がハッキリと告げた。


「「「…………」」」


 予想通り、場の空気が更に重くなる。

 銃だけでも絶望する程の差があるというのに、そこに鉄の船が加われば最早絶望という言葉さえ生温い。


 現物を見ていないので鉄の船のイメージが湧きにくく、その場にいる者達は普段見慣れている木造帆船から帆を取り払い、船体を鉄にした船をイメージした。

 今までの常識から考えればそんな船はあり得ないと一笑に伏したいのだが、今の状況では誰も笑い飛ばす事が出来ない。




「……して、軍務卿は日本帝国の特使に対し、どう対応するべきと考えているのだ?」


 絶望感漂う雰囲気の中で、一番顔色がマシな軍務卿に国王は尋ねた。

 軍務卿は昨日の時点で技術格差についてを把握していたので、既にある程度の絶望はし終えていた。とは言え、改めて自分自身で説明する事で多少は青ざめているが。


「…出来る限りの持て成しをするべきです。

 本当なら何ヶ月もかけて準備して盛大な歓待をしたい所ですが……今回は時間がほとんど無いので仕方ありません」


 イリオスから王都までは馬車で2日程度の距離しかなく、日本帝国側は上陸直後から王都へと行きたがったが、シルヴィアが「歓迎や受け入れの準備が必要」として3日間イリオスで使節団を持て成して時間を稼いだ。

 使節団としても、いきなり王都へと行っても献上品の調査を終えておらず、王都側が格の違いを理解していない可能性があったので、ある程度時間を潰すためにシルヴィアの時間稼ぎに付き合った。

 そして、そろそろ献上品のテストは終了しただろうと見計らい、3日目に強硬な姿勢を取って無理矢理王都へと出発したのだ。


 つまり、あと2日、遅くとも3日後には日本帝国の使節団が王都へと到着するのだ。


「うむ、ならば出来る限り最大級の歓待を行おう。

 ……それと、通商条約の交渉の際にはどう対応するべきか?」


 事前に日本帝国側が今回の訪問には国交樹立と通商条約の交渉も含むと言っているので、対応を考えておかなくてはならない。


「…大変遺憾な事ですが、よほどの内容でない限りは我が国が譲歩するべきです。

 50隻以上もの大艦隊を引き連れているのです。恐らく、交渉が決裂すればそのまま攻め込むつもりなのでしょう」


 一番戦力差を理解している軍務卿が、苦々しげな顔をしながら答える。もしも日本帝国と戦争になれば高確率で自国が敗北すると理解しているからだ。


「……万に一つも我が国に勝ち目は無いのか?」


 一方的に相手の要求を飲まなければいけない事が気に入らない国王は尋ねるも、軍務卿は変わらず首を振る。


「…残念ですが、我が国が日本帝国に勝利する確率は限りなく低いです。

 先の献上品の2つだけでも、我が国と日本帝国との間の技術差を思い知らされました。恐らく他にも我が国では到底作れないだろう、未知の兵器を数多く保有している事でしょうから、まず勝ち目は無いかと…。

 それに…仮に勝てたとしてもこちら側もかなりの被害を受けるでしょうから、一時的にでも国力は低下し、その隙を突いて諸外国からの侵攻を許してしまう危険性も否定出来ません」

「…………」



 元々理解はしていたが、改めて懇切丁寧に説明された事によって自国がいかに選択肢が無いかを認識し、不機嫌そうに顔をしかめる。

 分かりやすい程の砲艦外交を仕掛けてくる国なのだから、どんな無理難題を要求をしてくるか分からない。それに、今まで付き合いや存在を知っている国ならばある程度の予想は出来るのだが、相手が未知の大陸からやって来た国では風習も何も分からない。


 最悪、臣従要求を突き付けて来る可能性すらあるのだから。










 こうして、日本帝国の使節団を迎え入れるための準備が本格化した。

 シルヴィアからの手紙が届いた日、つまり2日前から細々と準備はしていたものの、その段階では相手国の強さが分からなかったのでどの程度の歓待にすべきか迷っていた。


 しかし、調査によって相手国が自国より遥かに格上の国だという事が判明した事で、大々的に準備を開始した。

 残り時間が2日程度しかないので王都全体の清掃は間に合わないが、特使の馬車が通る大通りや王城など最低限度の部分の清掃は行い、歓迎の宴などの準備を大急ぎで始めたのだった。

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