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 この作品はご都合主義です。


 おかしな事やあり得ない事が多々ありますが、気にしないで下さい。

 日本帝国……それは、ヨーロッパ以外の全てを支配した超大国。


 ヨーロッパに関しても、多民族を支配するのが面倒だったり、適度な緊張感を維持するためにわざと残しただけであり、何時でも支配出来た。

 何故なら、その技術レベルには天と地程の差があるからだ。









 時は西暦170年。


 ヨーロッパではローマ帝国の最盛期で、勿論、技術レベルなども史実と同様。


 しかし、日本帝国の技術レベルはまるで違った。

 史実の日本(倭国)では未だに文明らしい文明は無く、鉄製の武器さえロクに無かったというのに、日本帝国の技術レベルは既に21世紀に突入していた。

 他の地域では鎧を着て槍や弓矢を持ち、歩兵や騎馬で戦っているというのに、日本帝国では迷彩服を着て自動小銃を持ち、戦車や戦闘機で戦っているのだ。相手になるはずがない。

 また、戦力も桁違いで、ローマ帝国ではかき集めても精々2、30万いくかいかないかだが、日本帝国では常備軍だけで1千万人を越える程の大軍だった。




 総人口30億人以上、東京やニューヨーク並みの大都市が幾つも点在し、それでいて尚且つ格差が少ない。


 医療レベルは現代を軽く越え、自分の臓器を培養出来たり、現代では不治の病と言われている病気の特効薬も数多く存在する。そのため、平均寿命は現代日本を軽く上回っていた。


 税金がそれほど高いという訳でもなく、年金など社会福祉制度も充実。


 政治も700年以上安定し、失策らしい失策をした事が無いので国民の政府に対する支持率は90%を越えている。




 この夢物語に出てきそうな大帝国を築き上げたのは、初代日本帝国皇帝、北郷一寛。


 その名を知らない帝国臣民は存在せず、9割以上の臣民は北郷一寛を信仰する北郷教信者でもある。

 北郷教とは、初代北郷一寛を信仰する宗教で、自由意思を尊重する宗教なので戒律が少なく、時代によっては聖典の加筆修正を行うという、非常に柔軟な宗教でもある。


 しかし変わった面も持ち、北郷教では賄賂を殺人よりも大罪とし、もし渡したり受け取ったならば即座に破門。

 憲法も北郷教を基本としているので、賄賂を渡したり受け取ったりすれば最低でも関わった者達は死刑。更には家族や親戚なども纏めて死刑になる確率が非常に高い。

 そのため、日本帝国において賄賂を渡すという行為は、その相手を殺そうとする行為と取られるので、絶対にやらない。


 何故賄賂を最も大罪にするのかと言うと、初代北郷帝が在位中幾度も「賄賂は諸悪の根源であり、国家崩壊の始まりでもある」と発言し、聖典でも一番始めの戒律に書いてあるため、法律でも殺人よりも重い罪として位置付けられている。



 日本帝国臣民はこの初代北郷帝を、本当の神だと疑っていない。

 何故なら正式な記録によると彼は200年以上生き、年を取る事は無かった。また、不思議な力を持ち、何でも思い通りに出せた。


 ここまでなら別に珍しくは無い。こう言った神話は世界中に溢れかえる程あるので、時代が経てば疑う人々も出てくるだろう。

 しかし、次の記録によってその信仰は絶対になる。


「ありとあらゆる知識を有していた」


 何故この記録が絶体的な信仰に繋がるかと言うと、その成果を知れば子供でも理解出来る。




 紀元前600年、北郷が日本の福岡に降臨した。

 当時はまだ縄文時代晩期で、人々は半地下の竪穴式住居に住み、石器で獣を狩ったり木の実を取るなどの狩猟生活を送り、文明の欠片も無かった。

 しかし、北郷が降臨した途端、文明はとんでもないスピードで発展した。


 住居は竪穴式から木造建築に進み、更には鉄筋コンクリートにも発展した。


 生活様式も狩猟から農業に移り、食料を安定的に、そして大量に得られるようになった。


 製鉄技術によって鉄を大量に生産し、刀剣や銃器類など様々な武器や防具が生まれた。


 日本各地には鉄道が引かれ、(まだこの時代の日本には馬がほとんどいなかったため)馬車より早く蒸気機関車が普及した。


 都市には鉄筋コンクリートの高層ビルが建ち並び、少なくとも大正~昭和初期レベルの街並みが存在した。




 このように、本来なら2000年以上は掛かるだろう文明の発展が、北郷在位の僅か200年の間に成し遂げられたのだ。北郷の退位後も日本帝国は発展を続けてはいるが、そのスピードは北郷の在位中に比べると遥かに劣る。

 時代が進み、日本帝国以外の国の事を詳しく知れば知るほど、日本帝国の発展の異常さが分かる。


 北郷が降臨する以前は中国が長らく世界の最先端であり、日本(倭国)など足元にも及ばなかった。

 しかし、北郷が降臨してからは僅か100年程で追い抜き、その後も常に日本帝国がトップを走り、未だ抜かれた事が無い。


 その結果、宗教は時代が経つ事に信仰心が薄れていくのが世の通例なのだが、北郷教の場合は逆に時代が経つ事に信仰心は増していった。

 技術が発展していけばいく程、初代北郷帝の偉大さが身に染みて分かるからだ。









 超大国、日本帝国の基礎を築き、世界最大の宗教の教祖でもある北郷一寛の正体は神などではなく、人間だ。

 それも立派な人間とはとても言えなく、元々は中卒のニートという、完璧な負け犬だったのだ。


 では何故そんな負け犬がここまでの超大国を築き上げられたというと、ある特殊能力と、長きに渡って積み上げて来た経験のおかげなのだ。


 北郷にはある不思議な能力がある。その能力とはコピー、つまり、複製だ。

 見たり触ったりした物なら何でもコピー出来、更には大きさや数に制限は無く、何でも無限に出す事が出来るのだ。


 そのため、食料や資源、燃料などなど、現代日本と違って何ら制限を受ける事無く、膨大な資源を惜し気もなく使う事が出来た。



 しかし、そんな万能に思えるコピーだが、制限はある。

 その制限とは、「生物はコピー出来ない」である。


 なので家畜を大量にコピーして食料を得られたり、狂信的で1流の兵士をコピーして大軍を築き上げるなどは不可能。

 とは言っても、この制限にも抜け道があり、北郷自身が「これは生物ではない」と認識出来ればその限りではない。

 過去に北郷はイナゴを生物兵器と分類して見た所、見事にコピーして数千万という、とんでもなく巨大な群れを作る事に成功した。

 ちなみに、植物も北郷にとっては生物とカウントされないのでコピー可能だ。



 次に経験だが、北郷はこれまで様々な世界に転生なり漂流したことがあり、精神年齢は千歳を軽く越えている。

 その世界で死ぬ度にまた違う世界に飛ばされ、また死ねば違う世界へと飛ばされる。


 何故北郷がそんな凄まじい経験を強いられているのかと言うと、北郷自身も正体は分からないがその何者かにより、無理矢理様々な世界に飛ばされているからだ。

 その姿は北郷も未だに一度も見たことが無く、何時もふざけた文章の手紙がポケットに入っているだけ。その手紙の文面を見る限り、北郷を使って遊んでいるようだ。




 そしてまた……その何者かは分からない存在は、北郷を使って遊びを始めたのだった。










 日本帝国の首都シカゴに程近い山に、高い塀に囲まれた大きな山荘が存在する。


 一見するとただの大きな山荘にしか見えないが、山荘の周囲には偽装されて見えにくくしているが、高射機関砲や地対空ミサイルに囲まれている。

 更に、山荘の敷地内の地下には滑走路や格納庫が隠されていて、非常時には滑走路が飛び出して迎撃する。


 山荘自体も見た目には大きな木造の建物にしか見えないが、壁は分厚い鉄板や鉛などをサンドし、その上に鉄筋コンクリートでコーティングし、更に山荘らしくするために木材で覆っている。

 窓も分厚い防弾ガラスなので重機関銃の弾を阻み、非常時には分厚いシャッターが降りるので壁と同様、ミサイルさえ防げる。


 山荘地下には非常時のための核シェルターも備えられ、例え水爆の直撃を受けても耐えられる丈夫さと、約1万人は収容出来る広大さを併せ持つ。

 何故そんなにも広大にしたのかと言うと、最低でも山荘にいる人間全てを収容出来るようにするためだ。


 この山荘は北郷の居住であるため、北郷の世話をするための侍従や執事、メイド、専属シェフ、技術者、研究者など様々いて、更には北郷に絶体の忠誠を誓う親衛隊1個連隊も常駐している。

 そのため、全部合わせると約3000人はいるため、最低でも全員は楽々収容出来るよう設計されているのだ。




 その正しく要塞の山荘の一室に、北郷はいた。


 その一室は北郷が1日の大半を過ごす部屋で、床には毛足の長いいかにも高そうな絨毯が敷き詰められ、壁には芸術品らしい絵が何枚も飾られている。

 天井には宝石で出来たシャンデリアが下がり、家具は全て高級ブランドの北郷専用に作られた一品物ばかり。


 部屋の一角にはマホガニーの机が置かれており、その机の上には液晶ディスプレイとキーボード、机の横には小型のスパコンが鎮座している。これは、北郷がネットをする際「少しでも待ちたくないから」や「セキュリティのため」として、特別に開発されたスパコンだ。

 通常ではあり得ない程強力なファイアーウォールなどプログラムが構築され、下手にハッキングでもしようものならその相手のパソコンを壊してしまう程だ。

 勿論、EMP(電磁パルス)対策もしてある。




 そんな高性能極まりないスパコンを、たかだかネットサーフィンに使っている北郷はと言うと、これまた高級で座り心地が最高な特別製の椅子に座り、机に突っ伏して失神していた。


「……んっ………何だ?」


 目が覚めた北郷は、何かを理解したかのように頷いた後、特に慌てる事なく自分の状態を確認する。

 何故なら慣れているからだ。


「………?…何にも変化が無い?

 …てっきりまた別の世界に飛ばされたと思ったのに…」


 手や服、周囲の環境などを見ても、失神する前と何ら変化が無い。何時もなら目が覚めたら全く知らない環境や自分の体に変化があるというのに、今回は全くと言って良い程無かった。

 もしかしたら外は変わったのかと、強度を上げるために嵌め殺しにした窓から外を覗いて見るが、外の風景にも何ら変化は無い。

 何時も通りよく手入れされた庭と森が見えるだけ。


「…ただの失神だったのか? まだ死んでないし…」


 何時もなら死んでから別の世界に飛ばされるのだが、今回はまだ死んだ記憶は無いのでただ失神しただけと判断出来る。


「……だとしたら何か病気か? 今まで幸運にも重い病気にかかった事は無かったが、遂に何かヤバいのにかかったか?」


 不安を感じた北郷は、全身の精密検査を受けるために誰かを呼ぼうとしたその時、ガチャッ! と少し乱暴だがドアが開き、侍従長が急いで入ってきた。


「ご無事ですか、北郷様っ!?」


 本来、北郷の部屋に入るにはノックをし、入室の許可を得なければならないというのに、侍従長はノックすらせずいきなり開けて入った。

 普段の彼から考えればあり得ない行為に、北郷は何かとんでもない事が起きていると理解した。


「…何が起きたのだ?」

「…分かりません。

 つい先程、突然、この屋敷にいる全ての人間が失神しました。外傷や障害は一切無いですが、何らかの攻撃を受けた可能性があるため、急ぎ、北郷様の御無事を確認しに参りました」


 北郷の無事を確認出来たので侍従長は冷静になり、まだ呼吸は荒いが何時も通りに説明する。


「私も失神し、つい今しがた目覚めた所だ。

 毒ガス攻撃でも受けたのか?」

「ただいま人員を総動員して調査中ですが、今のところは攻撃を受けたという報告は入っていません」

「……そうか」


 情報を整理しながら、北郷は考える。

 自分だけが失神したなら病気の可能性もあるが、山荘の人間全員がほぼ一斉に失神したのではあまりにも不自然。

 何らかの攻撃を受けた可能性が非常に高いのだが、その割には戦闘が何も起きていなく、分かる限りでは被害らしい被害は無い。


(俺の住む屋敷に攻撃を仕掛けてイタズラで済む筈が無い、何らかの理由が必ずある筈だ。

 ……いや…待てよ。もう1つ可能性がある。それも、飛びっきり最悪の…)


 北郷はズボンのポケットを上から触ると、手紙が入っているような感触を感じた。


「…やっぱりか…」

「は? 如何されましたか?」


 思わず呟いた一言に侍従長は反応する。


「いや…何でも無い。

 それよりも、屋敷内の調査は即刻中止し、衛星で異常が無いかを確認するのだ」

「…衛星ですか?」

「そうだ、衛星で何か異常は無いか、海外県との連絡は正常に取れるのか、その他何でも良いから、昨日までと違う所を調べるのだ」

「分かりました。直ちに調査を行います」


 頭を下げた後、侍従長は部屋を出た。今度はゆっくりと、音をたてないように。

 そして、屋敷内の調査を打ち切る理由が分からないが、神からそう命じられたので侍従長は無線で屋敷内の調査打ち切りと、新たな命令を全員に伝えたのだった。







 侍従長が出ていったのを確認した北郷は、ポケットの中から手紙を出し、読んだ。




『でぃあー 北郷君。


 やぁ久しぶり。

実はさ、まだ早いんだけど君を別の世界に飛ばしたから。

 本当なら君が死ぬまで待つつもりだったけどさ、もう地球をある程度征服してやることも無いから前倒しして飛ばしちゃった。ゴメン、ゴメン。

 でもその代わりに、詫びと言っては何だけど、今回は特別に君が作った国の南北アメリカ大陸ごと飛ばしてあげたから。何時もよりはかなりやり易い筈だよ。


 それと、更にサービスで君以外の日本人全員もこの世界の言語を話せるようにしといたから。言葉が通じないと大変だからね。

 でも読み書きは君しか出来ないから、それは後で君が教えてあげてね。


 今回の世界は魔法が存在するファンタジー世界なんだ。モンスターとかいるから気を付けてね。


 それと更に、君に魔術師の才能をプレゼントしといたよ。

 まぁ才能と言ってもよくある「何千年に1人」とか「神に愛されている」というのじゃなくて、精々が「千人に1人ぐらいの才能」だから、あんまり期待しない方が良いよ?

 それとついでに、杖と魔術書もサービスで付けといたから。でもいきなり全部の魔法を教えるのは面白くないから、書いてあるのは初級の魔法だけだから。


 さてと、サービスし過ぎな感じもするけど、まぁ、途中で別の世界に飛ばしたから良いか。

 後は何時も通り、頑張ってね』




 手紙には何時も通り、差出人の名前は書いていない。


「………ていうか、やっぱりか…」


 北郷は諦めたかのように項垂れる。

 手紙があった時点で予想は出来ていたのだが、生きてる内に他の世界に行ったのは長い経験でも始めてだったため、ショックを隠せなかった。


「…ファンタジー世界ねぇ。

 …ていうか、杖と魔術書って何?」


 手紙には渡したかのように書かれてあったが、そんな物を受け取った覚えは無い北郷は手紙から視線を外して部屋の中を見回すと、いつの間にか目の前に魔法使いが持っていそうな杖と、黒いハードカバーの本が机の上に置いてあった。

 勿論、さっき見た時は間違いなくそんな物は無かった筈だが、まるで前からあったかのように自然に鎮座していた。


「…………」


 あまりの出来事に北郷は少し固まるが、自分の能力や今までの事を考えればそう不思議でもないと冷静になり、おもむろに杖と本を拾い上げた。


 杖は正しく魔法使いの杖と言う物で、北郷の胸程の長さがあり、先端には握りこぶしより一回り小さい、透明な宝石のような石が埋め込められていた。


 魔術書は黒いハードカバーで高級そうな本に見えるが、厚さがそんなに無く、ペラペラなので何か安っぽさを感じてしまう。

 開いて見ると、中には魔法名とランク、属性、魔法についての説明等が書いてあるが、手紙に書いてあった通り、どれも初級魔法なのかランクは『下位』だ。




 杖や魔術書の確認を終えると、北郷は杖と魔術書は高級木材を使用したクローゼットへと仕舞った。戻ってきた侍従長に聞かれたら面倒だからだ。

 丁度クローゼットの扉を閉めたその時、コンコンッとドアをノックする音が聞こえた。


「入れ」

「失礼します」


 侍従長は礼をしなから部屋に入る。北郷の前なので落ち着き払っているが、内心はかなり動揺していた。


「結果はどうだったのだ?」

「はい、こちらをご覧下さい」


 侍従長は北郷のパソコンにUSBを挿し込み、見せたかった映像を出す。

 その映像は衛星から送信された画像で、本来なら見慣れた地球を映し出すのだが、画面に出てきた映像には違和感があった。


 本来ならユーラシア大陸やアメリカ大陸、アフリカ大陸、オーストラリア大陸などが映る筈なのだが、何故かそれらが無い。

 ユーラシア大陸の代わりに巨大なオーストラリアを4分割したかのような大陸があり、その反対側に見慣れたアメリカ大陸があった。


「…衛星の故障か?」

「いえ、私どもも始めはそう思い、何度も確認しましたが故障はありませんでした」

「…………」


 改めて他の世界に来たんだと思い知らされた北郷は、黙りこくる。

 そんな北郷を侍従長は不安そうな目で見つめながら


(自分達が知らない事でも、神である北郷様ならご存知なのではないか?)


 と思っている。いや、願っていると言った方が正しいだろう。侍従長だけではなく、この事実を知っている全員が願っているのだ。


 そんな視線を受けている北郷も、勿論その意図に気付いているので、まるで何とも無いかのように冷静に聞く。


「本土や海外県との連絡は取れたか?」

「いえ、残念ながらアメリカ大陸以外の基地や施設との連絡は取れていません」

「…至急、戦略研究会全メンバーと皇帝を召集せよ。

 それと、今後についての重要会議を行うので今回の騒動についての資料を出来るだけ集めよ」

「はっ!」

「それと…未知の大陸についても衛星で調査せよ。

 どんな生物がいるのか、どんな国があるのか、どんな地形があるのかなど、何でも良いので会議までに纏めるのだ」

「畏まりました!」


 この山荘は首都から程近いため、ヘリ等で来れば遅くとも1時間程度で着く。

 たかだか1時間、更には衛星のみでの情報収集では得られるモノは限られるが、無いよりはマシなので北郷はとりあえず調査を命じる。



「衛星は全て正常に稼働しているのか?」

「稼働しているのはアメリカ大陸上空の静止衛生か、アメリカ大陸上空を飛んでいた周回衛星のみで、その他の衛星からの連絡は途絶えています」


(成る程、宇宙空間にいてもアメリカ大陸の範囲外にいた衛星は一緒に来れなかったか…)


 北郷は軽く頷き、これまた自信満々に告げる。


「分かった。では直ちに準備を始めるのだ」

「はっ!」


 侍従長はピシッと敬礼をした後に部屋から出て、招集をかけるために各方面への電話と資料収集のための連絡を始める。

 先程までは不安が心を支配していたが、今は全く不安が無かった。


(あのような現実的にあり得ない事を知っても、北郷様はまるで動揺していなかった!

 流石知識の神でもあらせられる北郷様だ。今の状況も理解していらっしゃるのだろう)


 北郷に対する忠誠心を改めて高めながら、北郷に命令された事を達成するべく、侍従長は急いで移動するのだった。







 その侍従長に期待されている北郷は、ディスプレイを見ながら頭を抱えていた。


「やっぱり異世界か…。

改めて見せつけられるとキツイな」


 まだ死んでいないというのに、違う世界に来たのは始めてなため、数多くの経験がある北郷でさえ大いに戸惑っていた。

 とは言え、だからと言って神である自分が慌てふためいた所で状況は何ら改善せず、更には今まで築き上げて来た権威が崩れかねないので、臣民の手前では冷静な態度を見せるしかない。

 いかに危機的な状況になろうとも、指導者たる者は余裕な態度を崩してはいけないのだから。




 少しの間頭を抱えていたが、このまま続けていても状況は好転しないので悩むのを止め、生産的な行動を開始しなければならない。

 何故なら招集に集まった者達は「神」である北郷に期待しているのだ。

 これまで築き上げた全てを保つためには、少しでも彼等が知らない事を知る必要がある。


「…とりあえず、この4つの大陸は侍従長達に任せよう。俺が分析するより本職がした方が早いし。

 …なら俺がやる事は…決まってるな」


 北郷はクローゼットに近付き、扉を開ける。

 中には高級な素材や職人によって作られた一品物の服が、これまた北郷のために作られた高級なハンガーに吊るされ、その服の下に木で出来た杖と本が入っている。


 改めてそれらを拾い上げ、杖と魔術書を持って部屋を出た。


「何かご用でしょうか? 北郷様」


 扉の横に待機していた侍従が北郷に話しかける。

 本来なら侍従長の役目なのだが、現在招集や資料準備のために奔走中なので、代わりに待機していた。


「庭へ出る。付いて来い」

「はっ!」


 本来なら1人で行きたいのだが、自分の立場的にこのような非常時に1人で外へ出るのは好ましくないため、面倒ながら侍従を付けて屋敷を出た。










 お供を付け、北郷は庭へと出た。

 勿論庭も北郷の屋敷に相応しいようによく手入れがされていて、芝生も綺麗に刈られている。また、庭には日本庭園のような大きな池がある一角もあり、池の中には大きく色彩が美しい錦鯉が泳いでいる。


 そんな庭園には、枯山水のように砂利や岩がある一角もある。

 その一角に北郷は入り、侍従も後ろから付いてくる。そして、北郷は自分の背よりも少し大きな岩の前に来た。


(的はこれで良いかな?)


 魔法の練習に丁度良さそうな的を見つけ、問題無い事を確認して侍従の方を向く。


「これから摩訶不思議な出来事が起きるが、決して騒ぐな」

「はっ!」


 侍従は何が起きるのかは分からないが、神からの命令なので疑う事なく従う。

 それを確認した北郷は、右手で杖を構え、左手で一応魔術書を持ち、呪文詠唱を始める。


「目覚めよ我が血に眠る力よ。我が求めるは火の力……」


 ちなみに今唱えている魔法は


『ファイヤーボール

ランク 下位(最下級)

効果 対象に火の玉を当てる』


 と魔術書に書いてある。 先ずは手始めとして、最下級の魔法を行使してみようとしたのだが、そのランクと反比例して呪文が長かった。


(たかだか最下級の魔法でこれかよ? 原稿用紙1枚分はあるぞ…)


 と不満に思いながらも、魔術書には『呪文を正確に詠唱しなければ魔法は成功しない』という記述があるので全て唱えた。


「来れ火の玉、我が敵を打ち倒せ、ファイヤーボール!」


 30秒ぐらいの長い長い呪文詠唱を終えると、杖の先の宝石、「魔石」が赤く光り、そして握りこぶし大の火の玉が出てきた。




 ちなみに、魔石とは魔法の媒介物の事で、魔法の発動や魔力の消費、効果の向上など、様々な補助をしてくれる。

 そのため、魔石無しでの魔法行使は非常に難しく、歴史に名を残すような大魔術師でも魔石無しでは下位魔法を成功させるのが精一杯。

 他にも魔石にはランクがあり、6等~1等まであるのだが、残念ながら魔術書には等級別の見分け方など細かい記載は載っていなかったため、北郷は自分の持つ魔石のランクは分からなかった。




 その赤く光った魔石から、握りこぶし大の火の玉が出てくる。

 スピードは矢のように早く、避けるのは難しいだろう。勿論、動かない岩には簡単に命中した。


 しかし…問題もあった。

 ファイアーボールは見事狙い通りに岩に命中したが、岩に対するダメージは精々表面が焦げた程度。


「「…………」」

 北郷と侍従は同じように固まる。しかし、固まる理由は全く別だった。


 侍従はただ純粋に、北郷が何か呪文のようなモノを唱え始め、それが終わると杖の先から突然火の玉が高速で飛び出した事に驚いたのだ。

 しかし、侍従は北郷が神であると疑っていないので


(あれも北郷様のお力の一つ何だろう)


 程度にしか考えなかった。


 一方、北郷は全く別の事を考えていた。


(……あれ?………もしかして……この世界の魔法って……弱い?)


 北郷がそう考えるのも無理は無い。

 30秒という、戦場では永遠にも等しい程に長い長い呪文を唱え、ようやく出した魔法が、岩の表面を焦がした程度の威力しか無かったのだから。

(…いや…さ……俺だって最下級の魔法なんだから、流石に大爆発を起こすみたいなのは期待してなかったけどさ…これは無いだろう?

 あんなにクソ長い呪文を唱えたんだから、せめて岩を多少砕くぐらいの威力はあると思ったけど、現実は表面を焦がす程度…)


 ガックリと肩を落としたくもなるが、侍従がいる手前そんな事は出来ないため、冷静を装って侍従に尋ねる。


「…今のをどう思った?

 率直に答えるのだ」

「はっ! 素晴らしいお力だとは思いますが、威力に反し、放つまでに時間がかかりすぎるので実戦では役に立たないでしょう」

 命令通り、侍従は率直に答えた。

 不敬とも取れるが、北郷としても率直に言えと命令し、自分でもそう思ったので頷いて返す。


 そう、あの程度の威力ならば銃を使った方が断然早い。

 確かにファイアーボールでも人を殺傷するのは可能だろうが、あまりにも時間がかかり過ぎであり、戦場なら間違いなく殺されている。

 これでは自殺志願者と同じだ。




 しかし、北郷にとってはこの問題は簡単に解決出来る。

 普通の魔術師ならば「呪文詠唱は長いモノ」と諦めて前衛を得るか、少しでも詠唱を早めるための修行なりを行うだろうが、北郷にとっては最下級の魔法でも最強に成りうる。


「ならばこれならどうだ?」


 北郷はもう一度岩に杖を構え、ただ魔法名だけを口にする。


「ファイアーボール」


 すると、杖の先からまたもや高速で火の玉が岩に向かって飛ぶ。

 しかし、今度の火の玉は先程に比べて5倍以上の大きさがあり、見るからに威力が段違いだ。

 事実、岩に命中した途端、爆撃音のような音を鳴らしながら岩は大爆発して粉々になり、それを見ていた侍従はまたもや唖然としていた。


 しかし、問題も発生した。

 先程の爆撃音のような音を聞き付けた親衛隊が、北郷の無事を確認するために走ってきた。


「ご無事ですか!? 北郷様!」


 ゾロゾロと走ってくる親衛隊員達に、北郷は軽く手を上げて問題無い事を告げる。


「安心するのだ。敵襲ではない。

 …そうだな?」

「は、はい! 敵襲ではありません!」


 北郷からの質問に、侍従は慌てながらも肯定する。

 敵襲ではなく、北郷の力によるモノなのだから間違っていない。


「何ら問題無い。それぞれの持ち場に戻るのだ」

「はっ!」


 粉々になった岩など、明らかに何らかの爆発が起きた事に間違いないのだが、北郷が問題無いと言っているので敬礼をし、隊員達は自分の持ち場へと戻っていった。


「……先程のと比べて、今のはどうだった? 率直に答えよ」


 侍従は未だ呆然としていたが、北郷からの質問に少し興奮したように答える。


「はっ! 素晴らしい御力でした!

 先程とは段違いの威力、まるでロケット弾のような苛烈な攻撃だというのに、僅か一言で発動するという速射性。

 十分実戦にも通用するでしょう!」


(あくまで判断基準は実戦に通用するか否か…。

 まぁ、間違ってないから問題は無い。戦闘用の魔法なんだから実戦に通用するか否かで十分だ)


 ちなみに、先程のファイアーボールはコピーで×5にした物で、一度に5発同時に放った計算となる。

 塵も積もれば山となると同じで、1発では岩の表面を多少焦がす程度でしかなかったが、数を増やせばとんでもない威力となる。

 この世界では最下級でしかない魔法でも、北郷にとっては核兵器並みの威力を持たせる事も可能なのだ。




 その後、北郷は魔術書に書いてある様々な魔法を使い、コピーのレパートリーを増やしていく。

 とは言え、魔術書に書いてあるのは下位の中でも簡単な「放水」や「突風」「石礫」など、基礎の基礎ばかり。


 ちなみに、侍従はあのファイアーボールで慣れたのか、北郷が新たな魔法を使っても特に驚いたりする事は無く、黙って立っていた。


(とりあえず、これで魔法はコピー出来ると分かったから良しとしよう)


 魔術書に書いてある全ての魔法のコピーに成功し、北郷は一安心した。 もしもコピー出来ない魔法があった場合、わざわざ長い呪文を詠唱しなければいけない。軽く千歳を越える北郷にとって、アニメや漫画のキャラのように高らかに呪文を唱えるというのは恥ずかし過ぎた。


 魔術書には攻撃魔法の他にも、強化や治癒魔法など様々あり、特に身体強化など強化系魔法は、普段、ほとんど鍛えていない北郷でも重い物を軽々と持てたり、世界記録並みに早く走れるようになるなど、素晴らしいモノばかりだった。


(さっきまで魔法はあまり使えないと思っていたが、前言撤回だ。魔法は戦闘、強化、治療など、何でもこなせる万能な力だ。

 もしかしたらこの世界では、魔術師の地位はかなり高いのかも知れない。これほどの能力を持っているなら、日本帝国でも重宝されるのは間違いない。

 ……日本人にも魔術師の才能はあるのか?

 今現在、日本人の魔術師は俺だけ。貰った才能だから俺以外の日本人には無い可能性もあるが、試して見て損は無い)


「良し、お前もやってみろ」


 そう言って北郷は、侍従に杖と魔術書を手渡した。

 侍従は渡されたので受け取るが、勿論驚愕する。


「え……自分がですか!?」


 侍従としては、あれは神である北郷の力の一つと考えているので、人間でしかない自分に出来る筈がないと考えている。

 北郷も雰囲気から侍従の考えを感じ取っているので、説明する。


「この力は神の力ではなく、人間にも可能だ。

 勿論才能が必要だが、とにかくやってみるのだ」

「は、はっ!」


 出来るかどうかは分からないが、命令されたので拒否はあり得ない。

 なので侍従は杖を持ち、北郷に指定されたファイアーボールの呪文を間違えないよう、丁寧に唱えた。


「……来れ火の玉、我が敵を打ち倒せ、ファイヤーボール!」


 しかし、無情にも杖からは何も出て来ない。


「「…………」」


 両者とも無言になるが、侍従は顔を赤くして恥ずかしそうにしている。

 無理も無い。20をとうに超えた良い大人が、アニメのキャラのように呪文を唱えたというのに、何も起きないのは拷問に等しい。


「…まぁ、お前には使えないらしいな。

 ……スマン」

「…いえ、良いんです」


 あまりにも哀れでいたたまれなくなり、北郷は神という立場なのだが詫びた。




 その後、侍従長が招集完了の報告を持ってくるまで、嫌な沈黙が続いたのだった。

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