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18 遭遇

 その日、飛龍騎士であるアルフレッドは普段と変わらない日常を送っていた。


 彼の任務はイリオス沖の哨戒飛行で、今日も愛龍に乗って何時も通り海上を飛んでいた。

 王国直轄地であり、リディア王国でも最大の貿易都市であるイリオスの防衛の最前線という、非常に重要な役割だ。


 ……しかし、戦時中ならいざ知らず、平時においては哨戒任務というのは非常に退屈な仕事だ。

 陸上の哨戒任務なら街道を歩いている人々や、季節によって変わる景色を楽しむなどの暇潰しも出来るが、海上にはこれと言った変化が無い。貿易都市だけあって船は度々やって来るが、どれも似たような貨物船でしかないので直ぐに飽きる。


 陸上ならば盗賊や、極希にだが餌を求めて人里に降りてくるモンスターなど、平時においても注意すべき対象がいるので身も引き締まるが、海上では特にこれと言った脅威が無い。

 勿論パンゲア世界にも海賊は存在しているので、海上において注意すべき対象が存在しない訳では無いが、リディア王国の艦隊が常駐しているイリオス近海でわざわざ船を襲う海賊は皆無だ。警察署の近くで盗みをする泥棒がいないように、イリオスの近くに訪れる海賊などいない。

 もしも近付けば彼のような哨戒任務に就いている龍騎士によって通報され、瞬く間に海軍の艦艇が出てきて沈められるのがオチ。幾ら日本帝国に比べて海賊の力が未だに強い世界とは言え、海軍が相手では勝ち目は無い。


 そのため、アルフレッドは暇なのだ。

 もしも戦争の噂や気配があるのなら彼だって真面目に仕事をこなすが、特に戦争の噂や気配は無く、非常に平和なのでだらけもする。

 平和なのはとても尊い事なのだが、毎日毎日特にこれと言った変化も無い海上を見続ける彼にとっては最早苦痛だ。


「……何かとんでもない事でも起きないかなぁ…」


 勿論、アルフレッドとしても何事も起きない事が一番良い事は理解はしているが、あまりにも暇過ぎてそう願っても仕方の無い事だろう。

 それに、彼としてもあくまで愚痴でしかなく、本当に何かトラブルが起きて欲しい訳では無い。


 これが昨日までならちょっとした愚痴でしかなく、何時も通りに哨戒任務を終えて帰宅するだけなのだが……残念ながらその願いが叶ってしまったのだ。










 アルフレッドは代わり映えのしない風景を見ながらボーッとしていると、東の方角に何かが見えた。


「…ん?……船、か?」


 遥か沖合の先なのでハッキリとは分からないのだが、海上を進んでいる物体は船しかあり得ないので常識に従い、アルフレッドは帆船だと理解した。

 パンゲア世界にはまだ明確な領海の線引きが存在しないので、別に他国の船が自国の近海を航行しようと特に問題は無い。戦時においてはかなり敏感になるので積極的に臨検などを行うが、平時においてはそこまで警戒する必要は無いので、通常ならアルフレッドも気にも止めなかっただろう。


 しかし、アルフレッドは龍首を船の方向に向けて飛行した。何故わざわざ船に近付くのかと言うと、あまりに不自然だからだ。


「…何であんな外海を航行してるんだ? それに、こっちに向かってるって事は航路を変える前はもっと遠くの外海を航行していた筈だ…」


 この世界は4つの大陸によって構成されていて、十字の巨大な内海によって分断されている。

 内海には中継地点となる島が沢山あるので横断する事は難しくないが、外海には中継地点となる島が乏しく、沖合に出れば出る程島が少なくなっていくので横断は難しい。

 そのため、パンゲア世界では内海を航行するのが普通で、外海を航行する際にも沿岸に沿って航行する。そうしなければ水や食料の補給が出来なくなり、餓死してしまうからだ。







 そんな常識を真っ向から否定している船を調べるため、アルフレッドは不審船に向かって飛行する。


「…もしかして海賊船か?」


 時折だが、海軍などの監視を避けるためにあえて外海を航行する海賊船は存在する。もしかしたら前方の不審船も海賊船で、イリオスを襲おうとしているのではないかとアルフレッドは考えたが、即座にその考えは捨てる。

 何しろイリオスはリディア王国の重要拠点であり、常に艦隊が常駐している。そんな所に襲撃をかければいかに精強な海賊と言えど瞬く間に壊滅し、海の藻屑か絞首刑になるだけ。馬鹿にも分かる事だ。


「…なら何なんだあの船は?」


 ますます不思議に思って目を凝らして見るも、未だに距離があるので肉眼では点にしか見えない。




 そこで、アルフレッドは飛龍にくくり付けているカバンの中から折り畳み式の望遠鏡を取り出した。

 パンゲア世界にも望遠鏡は存在してはいるが、技術レベル的に非常に高価なので王侯貴族か、軍しか持っていない。アルフレッドの場合は哨戒任務なので遠くを見る必要があり、支給されていた。


 三段式の望遠鏡を展開し、アルフレッドは不審船を覗き見た。


「…………え……?」


 望遠鏡のおかげで不審船の姿を確認する事は出来たが、アルフレッドは余計に混乱した。

 何しろ、常識では無くてはならない物が無いから。


「…帆が……無い…?」


 アルフレッドはレンズを覗き込みながら呆然とする。本来なら船体よりも遥かに目立つ帆が見える筈なのに、レンズに写る不審船には帆が見当たらないからだ。


「…ガレー船……な訳無いよな、オールも見えないし…」


 多数のオールを漕ぐガレー船ならば帆を持たなくても不思議は無いが、そのオールさえ見えない。

 そもそも、ガレー船は比較的風が弱く、波が穏やかな内海向けの船であり、波が高い外海では容易く転覆してしまう。なので外海の沖合いを航行するなど、自殺行為でしかないのだ。


「…なら…どうやってあの船は進んでるんだ…?」


 帆やオールも無しに船が進むなど、パンゲア世界の常識ではあり得ない。魔法という可能性もあるが、パンゲア世界の魔法は大型船を進める程の力は無い。航行の補助ぐらいにはなるだろうが、少なくとも魔法単独での航行など不可能だ。


 あまりの不可解さに、アルフレッドは望遠鏡を覗いたまま固まっていた。人間は理解出来ないモノを見ると脳が処理出来なくなり、一時的にフリーズしてしまうのだ。







 しばらく望遠鏡を覗いたまま固まっていると、アルフレッドはある事に気が付いた。


「…もしかして……あの船は鉄で出来ているのか…?」


 今日何度目であろう、疑問符を口に出す。

 よく目立つ配色が施されているパンゲア世界の軍艦と違い、レンズの中の不審船は船全体を目立たない灰色に塗っている。国の力を見せ付ける軍艦を何故あんな地味な色にしているんだと疑問に思い、よ~く見てみると、ある事に気が付いた。

 それは、木の上に灰色を塗っているのではなく、船全体が鉄で出来ているのだと。


「……何で鉄で出来た船が…水の上を浮いてるんだ?」


 パンゲア世界の常識では、鉄は重いから水に浮かぶ筈がない。しかし、レンズの中の不審船は現実に浮かんでいる。

 このあまりの不可解さに、再びアルフレッドはフリーズした。


 帆が無いというだけでも十分あり得ないというのに、船体が鉄で出来ているなど最早考える事さえ不可能だ。

 確かに船体を鉄にすれば戦闘の際に敵の砲弾を弾く事が出来、更には体当たりでもすれば敵船に大ダメージを与えられ、沈める事さえ可能かも知れない。

 しかし、船体を鉄にすれば必然的に船の重量は飛躍的に増し、とんでもない鈍足になってしまう。そんな鈍足では艦隊運動など勿論出来る筈がなく、敵船にも簡単に逃げられてしまうだろう。




 そんなパンゲア世界の常識など嘲笑うかのように、不審船は快調に進んでいた。むしろ、普通の軍艦よりも早い速度を出しているかも知れない。


「…本当に……どうやって進んでるんだ?」


 帆が無く、船体が鉄で出来ている癖に、軍艦と同等かそれ以上の速度を出している。

 アルフレッドには何もかもが理解出来なかった。


「…にしても、随分デカい大砲を装備してるな…」


 次にアルフレッドが気付いたのは、不審船の大砲の大きさだ。

 望遠鏡越しだと言うのにハッキリと見える。少なくとも、パンゲア世界にある一般的な艦載砲とは比べ物にならないだろう。


「大量の大砲を装備してるんだからかなり強い船何だろうけど……あのデカさで動くのか?」


 確かに大砲はデカければデカい程に威力は増すが、その分重くなるので実用性が薄い。

 1門か2門ならまだしも、全部の大砲がそんなバカデカいのでは本当に強いのかが分からない。


「それに……何で航行中に大砲を出してるんだ?」


 パンゲア世界では航行中は大砲を出さない。戦闘時には砲門を開けて出すが、少なくとも平時においては大砲を出さない。出す意味が無いからだ。

 航行中、常に砲門を開けていれば雨や海水が船内に流れ込んで来るし、海水によって大砲が錆びてしまう。晴天で波が穏やかなら換気のために砲門を開けるが、それでも大砲は出さない。


「……もしかして、大砲がデカ過ぎて砲門が閉じられないとか?」


 推進方法や船体の事は一旦頭から追い出し、自分の常識に照らし合わせて明らかに設計ミスと思われる大砲や砲門を、アルフレッドは笑う。


 人はそれを、現実逃避と言う。










 現実逃避とは言え、ある程度笑った事でアルフレッドの精神状態は少しばかり回復した。

 覗きっぱなしだった望遠鏡を下ろし、随分久しぶりに感じる大海原を見た。

 普段なら何の変化も無い光景にうんざりするが、あまりにも多くの変化を見た今では逆にありがたかった。




 互いに距離が近付いてきているためか、先程までは肉眼では点にしか見えなかった不審船も、朧気にだが姿形が見えてきた。


「…どこの国の船なのかは分からんが……とりあえず臨検しとくか?」


 まだ分からない事だらけだが、不審船の方角的にイリオスを目指しているのは確かなので、不審船がイリオスに到着する前に臨検して身元を調べようとアルフレッドは考えた。


 騎乗している愛龍に命令しようと不審船の方角を見た際、アルフレッドはある違和感を感じた。


「…ん……何だ?」


 その違和感の正体とは、不審船の後方に別の点らしきモノが見えた事だ。


「…もしかして……1隻じゃない?」


 そう考えたアルフレッドは急いで望遠鏡を展開し、新たに現れた点を覗き見る。

 すると、レンズの中には不審船と同じ鉄で出来た船が写った。形や大きさは同じぐらいで、これまた巨大な大砲を剥き出しで航行している。


「……チッ…1隻じゃねぇのかよ…」


 少しばかり呆然とした後に舌打ちし、望遠鏡を動かして周囲を確認した。

 2隻いたのなら他にもいる可能性があるからだ。




 望遠鏡を動かしたり倍率を調整していると、更に後方に鉄で出来た船を確認した。


「……やべぇな…ただでさえ厄介だって言うのに…艦隊で来やがった」


 鉄で出来た船が近付いてきただけでもとんでもないニュースだと言うのに、それが何隻も引き連れて来た艦隊では国は大混乱だ。

 1隻だけなら単なる商売目的もあり得るが、艦隊で来ているなら単なる商売はあり得ない。何かしらの重要な用があるのは明白だ。










「……おい…マジかよ…」


 何隻いるのかとアルフレッドは望遠鏡越しにカウントしていたが、鉄で出来た艦隊は次から次へと現れ、既に10隻を越えていた。

 そのあまりの多さに、アルフレッドは絶句する。


「……チッ、切りがねぇっ…!」


 望遠鏡越しに1隻ずつ数えても仕方ないと判断したアルフレッドは、より高い視野を得るために愛龍を上昇させた。




 飛龍の限界高度ギリギリまで上昇させた結果、先程よりも遠くの景色を見る事が出来た。


「あ…あぁ……あぁぁぁっ…!」


 しかし、その高い視野によってアルフレッドは衝撃的な光景を目にした。

 それは、50隻以上の鉄で出来た船による、大艦隊だった。


 それも同じ艦形の船だけではなく、先程までレンズ越しに見ていた船の何倍もの大きさの船体を誇るモノや、何倍もの大きさの大砲を誇る巨艦など、様々な艦形をした軍艦が集まり、巨大な陣形を組ながら一子乱れず航行していた。


「な……何なんだ…これは…」


 中には甲板が平らで全く武装が見えない軍艦もいるが、ほぼ全ての艦がパンゲア世界の最大の大きさである100門艦よりも遥かにデカい。


「…せ、戦争でも始める気か…!?」


 そのあまりにも巨大な艦隊は、どう好意的に見ても単なる表敬訪問や、交渉のためには見えない。ほぼ全ての艦艇が巨大な大砲を出しながら航行しているのだ、平和的な空気など微塵も感じない。


 その暴力的な雰囲気に、アルフレッドは恐怖のあまりに無意識的に歯をガチガチ鳴らす。先程までは不審船を臨検してやると息巻いていたのだが、今ではそんな考えは頭の片隅にも残っていない。

 今彼の頭を占めているのは、巨大な鉄の船の艦隊がイリオスに接近し、その巨大な大砲から次々と火を吹き、イリオスのを壊滅させるさせるのではないかと言う恐怖だ。

 今すぐ撤退してイリオスの司令部に知らせにいくべきだと頭では理解しているものの、あまりの恐怖に体が固まっていた。




 すると、そんなアルフレッドに威嚇するかのように突然、物凄い音が鳴り響いた。


 ボォォオォォォオォォ!!!!


「ゥ…ウァ、ウアァァァァアァァッッッ!!」


 聞いた事も無い咆哮のような大音量に、固まっていた体が動き出し、アルフレッドは大声を上げながら全速力でイリオスに向かって逃げ出した。

 偵察任務を遂行するためではなく、ただ単純に恐怖から逃走しただけだった。




 相手からして見れば挨拶代わりの汽笛でしかなかったが、そんな存在を知らないパンゲア世界の住民からして見れば、巨龍の咆哮のように聞こえたのだった。

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