16 観察
パンゲア世界のとある大陸では、今まさに、戦争が始まろうとしていた。
広い平野に、2つの軍隊が睨み合っていた。
片方は青い軍服を身に纏い、もう片方は白い軍服を纏っている。近世の軍隊らしく全ての将兵の軍服には装飾が施されていて、日本帝国軍から見れば儀仗兵にしか見えない。
日本帝国軍の軍服は「発見されない」か、「発見されたとしても印象に残りにくい」事を重視しているのに対し、パンゲア世界の軍隊は「敵を威嚇する」事を目的にしているので、敢えて目立つ原色を取り入れているのだ。
両軍とも陣形は大体同じで、前方にはマスケット銃を持った戦列歩兵の横隊が3列になって並びし、後方には数十の砲兵が展開している。
前方と後方の中間には、戦列歩兵と同様にマスケット銃を装備した予備兵が、3列の横隊を複数形成している。
互いの陣形の展開が終わって少し経った所で、青い軍服の将軍が「砲撃開始」を命令した。
後方に待機していた砲兵隊が、敵の戦列歩兵に向かって砲撃を開始した。
砲弾は球形弾なので着弾しても爆発はしないが、歩兵の体に命中すれば体は吹っ飛んで絶命するし、地面に着弾したとしても砲弾が地面を跳ね、腕や足に当たってもぎ取る。榴弾に比べれば殺傷範囲は狭いが、十分な殺傷力を持っていた。
青い軍服の軍(以下青軍)が砲撃を開始してから数十秒後、白い軍服の軍(以下白軍)も砲撃を開始する。
両軍とも広い横隊を何列も展開しているので、ライフリングも削られていない球形弾の大砲でも命中率は高い。互いに砲弾を撃ち合い、死傷者を増やしていく。
そんな熾烈(パンゲア世界基準)な砲撃戦を、遠くから眺めている者達がいた。
その者達がいるのは戦場から少し離れた山の中で、一見すると人間の姿など見えないがよ~く見るとギリースーツの上に偽装網を被り、更にはフェイスペイントをして潜んでいる男達がいる。
双眼鏡やスコープなどで戦場を見る者もいれば、指向性マイクを使って戦場の音を聞いている者達など様々だ。
彼等はパンゲア世界での列強国同士の戦争の調査のために派遣された日本帝国のスパイ達で、戦争が始まる少し前からこの山に潜んでいた。
衛星や無人偵察機からの映像でもある程度の情報は得られるが、やはり人間が生で見た情報の方が信頼性が高く、それに戦場の雰囲気なども伝わりやすい。
出来るなら両軍に観戦武官を派遣した方が戦闘の詳細がより分かるのだが、残念ながら日本帝国はまだパンゲア世界の国々に認知どころか認識さえされていないので、観戦武官を派遣出来ない。そのため、気付かれないよう遠距離からの調査しかないのだ。
「……ようやく始まったか…」
双眼鏡を覗いていた男が呟いた。
フェイスペイントが塗られているので顔は暗い色に染まっていて、白眼がよく目立つ。子供が見れば悲鳴を上げそうな顔をしているが、ここにいる全員は同じ顔をしているので誰も気にしない。
「あぁ……まさか敵の陣形が組み終わるのをわざわざ待つとはな…」
隣にいる男が双眼鏡を覗き込みながら応える。
日本帝国軍の常識で言えば、自軍の展開が完了したにも関わらず、わざわざ敵の陣形が組み終わるのを待ってから攻撃などあり得ない。むしろ、絶好の機会として展開中の敵に先制攻撃を仕掛けるのが当たり前だ。
しかし、パンゲア世界では大きく違う。パンゲア世界では戦争は決闘の延長線という認識が強いため、細かいルールが存在する。
つまり、貴族の決闘のようなもので、誇りや自尊心を汚してはいけないのだ。
もしも汚い手を使えば他国からは野蛮な国として蔑まれ、国の品位が堕ちてしまうのでパンゲア世界の国々はなるべく汚い手は使わない。流石に国家存亡の危機ともなれば形振り構わないが、多くの戦闘ではルールを遵守する。
……と言っても、国際ルールなど無いので明確には定められてなどいなく、あくまで暗黙の了解としてだが。
「事前に聞かされていたとは言え……やはり信じられん…」
北郷がコピーして来た本によってこの世界の戦争についての知識は得られていたが、そのあまりの不合理さに呆れていた。
史実日本のように貴族や武士がいたのなら理解出来ただろうが、残念ながら日本帝国にはそういった高貴なる者は存在すらした事が無く、初めから近代式の軍隊だったので誇りもクソも無い。勝つことが全てで、むしろ卑怯な事は推奨されている。
勝つ事に全力を注ぐのは当たり前であり、それを怠っている目の前の軍隊は、彼等からして見れば真剣に戦っているようには見えないのだ。
そんな呆れと蔑みの視線を浴びせられている戦場では、刻々戦況は変化していた。
砲弾の撃ち合いの中、青軍の将軍が副長に命じる。
「飛龍隊を出撃、爆弾にて敵の砲台を破壊せよ」
「はっ! 飛龍隊を出撃、敵砲台を破壊します!」
将軍の命令を復唱し、伝令に伝えて出撃命令を下す。何とも手間のかかる事だが、通信機が存在しないパンゲア世界ではこれが当たり前なのだ。
出撃命令から少し経った後、青軍の飛龍隊が自軍の陣地を飛び越し、白軍の砲台陣地に向かっていた。
飛龍はその名の通り飛行が可能なドラゴンであり、腕部が羽となっている翼龍だ。
飛龍隊の主な攻撃手段とは、爆撃だ。
爆撃と聞くと格好良いのだが、実際には擲弾兵が持つ手榴弾より少し大きい爆弾を敵に投下するだけ。それも爆弾は導火線式の時限信管なので、下手な者が点火すれば地上に届く前に爆発したり、逆に地上に落ちても爆発まで時間がかかったりする。
……とは言え、飛行兵器など飛龍の他に存在しないパンゲア世界では脅威であり、最強の存在なのだ。
そんな厄介極まりない飛龍の接近を確認した白軍の砲台陣地では、対飛龍戦闘の準備を行う。
「対空戦闘用意!! あの忌々しいトカゲを撃ち落とせ!!」
上官の命令に、対空戦用の銃や砲台、対空ロケット弾などの準備が急ピッチで行われる。
かつてはほとんど迎撃手段が無かった事もあって飛龍は最強の名を欲しいままにしてきたが、兵器技術の発展によって徐々にだが対抗手段が確立されていき、飛龍は昔ほど無敵では無くなっていた。
飛龍隊が白軍の砲台陣地に近付いて来ると、迎撃を開始した。
「対空ロケット弾発射!」
命令に従い、敵飛龍隊に向けて一斉に対空ロケット弾が発射された。ロケット弾は物凄い勢いで上空へと上がり、やがて爆発した。
しかし、落ちた飛龍の数は0。
それもそうだろう、対空ロケット弾と言えば聞こえは良いが、早い話が大きなロケット花火でしかない。
上空へと上がる早さ的には申し分は無いが、弾道が安定しないので狙った箇所に飛ばすのは難しく、更にはこれまた導火線式の時限信管なので都合の良い時に爆発しない。
ベテランの兵士が導火線の長さを調節はしているのだが、動く的に当てるのはほとんど運任せだ。
そんな対空ロケットの弾幕(?)をかわした飛龍隊に対し、次なる攻撃が行われる。
「対空砲弾発射!!」
仰角一杯にまで上げられた砲台から、対空砲弾が放たれた。
しかし、これまた飛龍隊の損害は0。
対空砲弾とは対人用の散弾を上空に飛ばしただけで、当たれば飛龍を落とす事も可能だろうが、かなりの至近距離から撃たなければ散弾が散らばってしまう。
今回も距離が離れすぎていたため、見事に外してしまった。
地上からの涙ぐましい攻撃など無視するかのように、飛龍隊は降下しながら爆撃準備を整える。
飛龍の背中にくくりつけられたバックから爆弾を取り出し、高度100m程にまで降下したら導火線に火を点け、投下する。他の飛龍隊も次々に爆弾を投下した。
風に流されたり不発だった爆弾もあるが、半分以上が目的である敵砲台付近に落ち、次々爆発する。
塹壕どころか土嚢すら積んでいないので、火薬に引火した大砲は破壊され、爆弾の破片が突き刺さって多くの死傷者が発生した。
何とか兵士達も迎撃のためにマスケット銃で飛龍を狙って見るが、1分間に2発程度のマスケット銃で空を自在に飛ぶ飛龍に当たる筈が無い。
例え弾幕を形成する事が出来たとしても、精々が飛龍を驚かすのが限界だろう。
そんな飛龍無双を見ていたスパイ達は、関心はしていたがあくまで余裕がある。
爆弾によって体が引きちぎれたり、体に鉄片が突き刺さってのたうち回るなどの悲惨な光景が繰り広げられているが、彼等は気にしない。何故なら日本帝国軍では見慣れた光景であり、もっと悲惨な戦場を見たことがあるからだ。
「…成る程、確かに飛龍はパンゲア世界では最強だろうな」
双眼鏡で眺めていた男がパンゲア世界という言葉を強調する。
「あぁ、ロクな対空砲火が存在しないパンゲア世界なら脅威だが……我が国なら何ら問題無い」
自信満々に言う彼の言葉に、全員が無言だが賛同した。
確かにマスケット銃や大砲、対空ロケット弾では飛龍を撃ち落とす事はかなり難しい。不可能では無いが、あまりに運的要素が多すぎる。
しかし、日本帝国軍ならハッキリ言って楽勝だ。幾らパンゲア世界最強でも所詮は生物である。音速で飛ぶジェット機を撃ち落とす訓練を積んでいる日本帝国軍にとっては、止まっている的も同然だ。
飛龍の性能は固体差もあるが最大高度は900~1000m程度。最大速度は100~120km/h。航続距離は90~100km程度だ。
つまりレシプロ機どころか、ヘリ以下の性能でしかない。自然生物でと考えるなら驚異的な能力だが、兵器には適わない。
旋回性能ではヘリにも勝るかも知れないのでミサイルを避けられる可能性はあるが、高射機関砲に狙われれば終わりだ。
「…お、ようやく白軍の飛龍隊が到着か」
双眼鏡を覗いている男が呟く。
砲台陣地が急襲された事で出撃命令を下した白軍の飛龍隊が、ようやく戦場に現れたのだ。
自軍の砲台陣地を血祭りに上げる青軍の飛龍隊に対し、白軍の飛龍隊は突撃を敢行した。
飛龍隊の主な武器はマスケット銃を騎兵用に短くしたカービン銃や、ピストル、対飛龍用の投げ槍だ。
飛龍は空を飛ぶという性質上、重い鎧を着る事は出来ないのでカービン銃は勿論、場合によってはピストルですら射殺が可能だ。とは言え、飛龍は硬い鱗に覆われているのでピストルで射殺する事は非常に難しいので、カービン銃やピストルは飛龍に騎乗している龍騎士を射殺するのに使われる。
飛龍を殺すには、主に対飛龍用の投げ槍を用いる。
飛龍を仕留めるための投げ槍なので通常の投げ槍に比べて倍近い長さと重さを誇るため、普通の兵士が投げる事は難しい。そのため、龍騎士になれるのは貴族である事に加え、屈強な肉体の持ち主でなければならないため、エリート中のエリートにしかなれない。
飛龍同士の戦闘が始まり、とりあえず白軍砲台陣地への攻撃は止んだ。爆撃によって砲台の1割近くを失ってしまったが、未だ生き残っている砲台は敵兵に対して砲撃を続けている。
しかし、青軍の砲台は無傷なのでこのまま撃ち合っていても白軍はジリ貧だ。そう判断した白軍の将軍は、歩兵隊の進軍を命じた。
「歩兵隊、進軍」
「はっ! 歩兵隊、進軍します!」
進軍の命令により、今まで大砲に撃たれるだけだった戦列歩兵が進軍を始める。
槍を持った下士官達を戦闘に、綺麗な横隊のまま戦列歩兵がマスケット銃を腰に構えながら進軍する。
戦列歩兵と一緒に、連隊旗や国旗を持った旗手や、行進曲を演奏する軍楽隊も進軍する。戦場だというのに、さながらパレードのような様相を呈している。日本帝国軍では考えられない行進だ。
行進中にも互いの砲台陣地からは砲弾が飛び交い、時折命中して首や足が吹っ飛んで絶命する兵士が出る。
しかし行進は一切止まらず、戦闘不能になった兵士が出ればその兵士の後ろにいた兵士が前に出て、穴を埋める。
徐々に互いの距離が縮まっていく。今では200mにまで近付き、敵の顔すら見える距離だ。
しかし、まだ遠い。マスケット銃の有効射程距離は100m程だが、それはあくまで弾が届くというだけで、ほとんど目標に当たる事は無い。100発撃って1発当たるぐらいだ。
互いの距離が50mぐらいになった時に、両軍とも進軍を停止する。今や敵の表情すら見える距離であり、日本帝国軍の基準ではすぐ隣にいるぐらいの近さだ。
「構え!!」
白軍の士官が命令すると、歩兵隊は腰に構えていたマスケット銃を持ち上げ、肩に構える。
「狙え!!」
敵兵に照準をつける。とは言ってもマスケット銃にはかろうじてフロントサイト(照星)はあっても、リアサイト(照門)が無いので狙いをつけ難い。
そのため銃剣をサイト代わりにするのだ。
「撃てぇ!!」
発砲命令が出ると歩兵隊は引き金を引いてハンマーを下ろす。
そして少し経った後に、大量の煙を吐き出しながら弾が発射される。マスケット銃は飛び散った火花が火皿の中に入っている点火薬に着火し、細い管を通って発射薬に点火させるので、引き金を引いてからどうしてもタイムラグが発生するのだ。
50mもの至近距離という事もあって弾は大体が敵に命中し、体や腕、足に当たって戦闘不能者を出す。
それに呼応するかのように、青軍の士官も発砲命令を出す。
「構え!!
狙え!!
撃て!!」
青軍のマスケット銃も煙を吐き、白軍の兵士にも戦闘不能者が出る。
わざわざ敵が攻撃してから攻撃し返すなど愚かでしかないが、史実においても戦列歩兵での戦闘の際にはターン制であり、一方が攻撃をしたら攻撃し返すのだ。
あまりにも馬鹿らしいが、前記したように戦争は貴族の決闘の延長線という認識が強いため、こうなってしまうのだ。
そんな戦争モドキを見ているスパイ達はというと、やはり呆れていた。
「ターン制って……ゲームかよ…」
1人の言葉に全員が頷く。
まるで昔のゲームを見ているかのような光景なのだ。
かつて本土統一以前は日本帝国軍もマスケット銃を使っていたが、相手が銃どころか鉄製の武器すら持っていない縄文人だったので戦列など組む必要が無く、普通に撃つか少し離れた場所から狙撃していた。
勿論ターン制など存在しなかった。
そして本土統一を果たした頃にはミニエー銃やボルトアクション銃が開発されていたので、戦列歩兵など存在する筈も無い。
初めて戦列歩兵を見たスパイ達の感想は、よく出来た映画を見ているようで現実感が無い。
確かに見た目は格好良いのだが、自分達もやりたいかと聞かれればNOだ。
「…随分、のんびりとした戦争だな」
互いにマスケット銃を撃ち合い続ける。
本人達は真剣そのものだが、ミサイルやロケット弾、銃弾が飛び交うのが当たり前な日本帝国軍にとっては、欠伸が出るぐらいの牧歌的な光景だ。
そんなスパイ達にとっては退屈な銃撃戦が幾度が続いていると、やはり砲台を潰されたという事もあってか、白軍の砲弾に比べて青軍の砲弾の方が多く飛んでくる。そしてその砲弾によって白軍の歩兵の方が多く削られ、兵士の士気が落ちている。
日本帝国軍のように全兵士が志願制で常備軍だったなら何とかなるだろうが、パンゲア世界では士官や下士官などを除けばほとんどが農民などを徴兵しただけなので、少し士気が落ちただけでも逃げかねない。
勿論パンゲア世界でも敵前逃亡は即死刑となるので簡単には逃げ出さないが、負け戦が確定すれば躊躇無く逃げ出すだろう。
そんな最悪な事態を回避するため、白軍の将軍は切り札を切る。
「地龍隊を突撃させよ」
「はっ! 地龍隊を突撃させます!」
何時でも出撃出来るよう待機していた地龍隊が、出撃命令を受けて前線に姿を現した。
地龍とは腕部を翼に進化させなかったドラゴンなので、飛行は不可能。その代わりに屈強な体格と猛烈な突進力を持ち、最大25km/hでの走行が可能。見た目はトリケラトプスに近い。
命令通り、地龍隊はその巨体を揺らしながら敵軍へと突撃する。
地龍は突撃をさせるために鎧を着させる事が多いので全速力を出す事は難しい。しかし、その巨体が突っ込んでくる様は正に圧巻であり、もし跳ねられでもしたら無事では済まない事は誰もが分かる。
もしも突撃に成功すれば、青軍の戦列に多大な被害をもたらす事が出来ただろう。
しかし、そんな白軍の動きを読んでいたのか、青軍の地龍隊も登場した。
互いに対地龍用の投げ槍を投げ合う。これまた飛龍用の投げ槍同様に長く、重いので非常に筋力を必要とする。
そんな重い投げ槍が2、3本も刺されば、いかに頑丈な地龍と言えども絶命するか、行動が不能になる。
中には重槍を持った重地龍もいて、槍騎兵のように重槍を構えながら突撃し、敵の地龍を仕留める。
まるで恐竜時代にタイムスリップしたかのような光景の中に、騎兵隊も混ざっていた。
主なのはピストルを装備している軽騎兵で、地龍隊に近付いて騎手を狙撃し、直ぐに離れるというヒット&アウェー戦法を取っている。しかしフリントロック式のピストルでは5mぐらいの距離にまで近付かなくてはいけないので、そこまで近付くのに敵の騎兵に殺られるか、地龍の突進を食らって戦闘不能になる事もある。
切り札だった地龍隊の突撃が失敗した事で白軍の士気は更に下がり、恐怖に耐えきれくなって来た戦列歩兵達が徐々に下がり始めていた。
「う、うわぁぁ!」
「こんな所で死にたくねぇ!」
叫び声まで上がり、最早崩壊は間近だった。
「待て、敵前逃亡は銃殺刑だぞっ!!」
士官や下士官達は必死に叫び、何とか戦列を維持させようとするが、兵士達はなかなか聞き入れようとしない。
「嫌だ!! どう見たってこれは負け戦だ!! 中隊長だって分かってるだろ!?」
「……曹長、この臆病者を射殺せよ!」
「はっ!」
「そんなっ、止めてくれっ!! もう何も言わないか「ダァンッ!」」
必死の命乞いも虚しく、下士官のピストルによって顔を撃ち抜かれた。
「…いいか!? 逃げたり反抗的な態度を取れば即座に死刑とする!!」
処刑による恐怖によってとりあえず逃げ出そうとする者はいなくなったが、状況は何も変わっていない。
一方、あと1押しで敵の戦列は崩壊すると見極めた青軍の将軍は、自軍が優位な内に勝負を決める事にした。
「よし、全軍突撃だ」
「はっ、全軍突撃しますっ!!」
突撃の太鼓が鳴らされ、青軍の兵士達は大声を上げながら銃剣突撃を敢行する。
そんな青軍兵士達を見て、今まで繋ぎ止めていた恐怖を上回り、白軍兵士達は本格的に逃走を開始する。士官や下士官達も今度は無理だと悟ったのか、むしろ我先にと逃走する。
「…終わったな」
「あぁ、あの状況からじゃ逆転は無理だ」
砲台を捨てて逃走を開始する砲兵を見て、白軍の敗北を確信したからか双眼鏡から目を外す。
双眼鏡を外すと大まかにしか分からないのだが、一方が攻めて一方が逃げていく様は見えるので十分だろう。
「砲台どころか物資も何もかもを放棄して逃げるとは、よほど余裕が無いんだな」
建国以来、日本帝国軍は敗北はおろか、撤退すらした経験が無いのでスパイ達は興味深そうに見る。
「いや…白軍が放棄した物資に青軍が群がり、その隙に逃げる時間を稼げてるようだからあながち間違いでも無い」
白軍が放棄した砲台や武器、物資などに青軍兵士が群がる。
士官ならともかく、下士官や兵士の給料など雀の涙程しかなく、特に徴兵された兵士達の給料は悲惨の一言なので、略奪をして少しでも元を取るしかないのだ。
しかし、略奪をしているのは下士官や兵士だけではなく、貴族階級である士官達もやっている。それも積極的で、敵の士官の死体から高そうな装備品を剥ぎ取り、これまた士官用の豪華な物資を部下に命じて略奪させている。
パンゲア世界では略奪は勝者の特権であるため、躊躇という言葉が存在しない。
「略奪か…」
「「「…………」」」
日本帝国軍では略奪や強姦などは固く禁じられていて、もしも犯せば本人は勿論、同じ隊の者も「略奪を止めなかった」として軍法会議送りにされる。
そもそも、日本帝国のいた世界では日本帝国と他国との技術レベルなどがあまりにも離れすぎていたため、略奪する価値のある物はほとんど無かった。
そのため、日本帝国では「略奪は野蛮な国が行う行為」と何世代にも渡って刷り込まれ、今では固定観念にまで発展したため、彼等には白軍の行為は酷く野蛮で下品な行いにしか見えないのだ。
……最も、国による接収を行うケースはあるが。
「……とにかく、良いデータは取れた。この情報もこの世界への進出する際に役に立つだろう。
撤収だ!」
戦争が終わったので、彼等も撤収する。
彼等はこのためにパンゲア世界に派遣されたので、急ぎ本国に帰還して今回の戦争を分析しなくてはならないからだ。




