12 買い物と図書室
2階はワンフロア丸々が魔法関連の商品の店舗となっていて、所狭しと様々な商品が陳列されているが、ポーション類、魔法付与された武器、マジックアイテムの大きく4つのエリアに分けられている。
先ず北郷達が向かった先は、ポーション類が並んでいるエリアだ。
街の薬屋のように薬草や小さい壷、カラフルな液体が詰まっているガラスビンなどが展示されているが、『消臭』魔法のおかげでフロアには街の薬屋のような強烈な匂いは充満していなく、非常に快適である。
とりあえず北郷は、目につく全ての商品を見たり触ったりしてコピーしながら店内を回る。
流石に魔術師ギルドなだけあって品数は豊富だが、中でも最も目につくのはガラスビンの透明度の高さだ。街の薬屋のガラスビンはかろうじて中身の色が判別出来る程度の透明度でしかなかったが、魔術師ギルドのガラスビンは中身の色は勿論の事、多少の曇りはあるものの向こう側が透けて見える程に透明度が高かった。
ガラスビンだけではなく、陶器などの入れ物もまるで美術品かと見間違える程に凝った形をしていたり、美しい彫刻や絵が描かれているなど、そのまま贈答品として使えるぐらいにレベルが高い。
これは、ターゲットとしている販売層の違いによる差だ。
街の薬屋は比較的貧しい平民を販売層にしているので、効果に関係の無い器にかかるコストを出来るだけ下げ、平民の収入でも何とか買えそうな値段で販売している。
一方、魔術師ギルドの場合は貴族など富裕層を相手にしているのでコストを下げる必要など無く、むしろ付加価値を付けるためにわざと器を豪華にして、値段を上げる。
普通に考えれば無駄でしかない行為なのだが、富裕層や成り上がりの魔術師などは自らの箔付けや、虚栄心を満足させるために敢えて高い方を買い求める。端から見れば無駄でしかないが、本人達にして見れば無駄では無いのだ。
そんな富裕層の無益な習性は置いといて、エリアをコピーし回っていた北郷達はポーションのコーナーに来ていた。
薬屋のポーションと同様に試験管のような細長いガラスビンが並んでいたが、前記したようにガラスの透明度は桁違いで、向こう側が透けて見える。
一見すると透明度が高い以外は街の薬屋のガラスビンと同じように見えるが、形が不揃いで大きさも若干違いがあった街の薬屋のガラスビンと違い、魔術師ギルドのガラスビンは形も大きさは均一で、狂いが全く無い。大量生産の技術が確立している日本帝国と違い、全てを手作業で作っているパンゲア世界においては、全く同じ物を大量に作るという事はとてつもなく大変な事であり、それが出来るという事は大変な技術力の証なのだ。
とは言え、そんな器事情など北郷にとってはどうでも良い事。肝心なのは、陳列されているポーションの種類だった。
棚の上に並べられているポーションは、青と黄色の下位、中位ポーションのみ。
『保存』魔法がかけられていて街の薬屋のポーションに比べれば長持ちすると言えど、置かれている種類は同じ。他の陳列棚を見ても、上位ポーションは置いていなかった。
(…在庫切れ? それとも高価だから陳列はしてないとか?)
様々な可能性を考えたが、今見る限り陳列はされていないので、とりあえず北郷は店員に尋ねる事にした。
店内には北郷の他にも何人か客がいて、富裕層らしく良い服を纏って使用人らしき人物を控えさせている者もいれば、派手な装飾の付いたローブを来た魔術師もいる。そして魔術師ギルドの制服を着た店員も何人かいて、接客中の者や在庫整理をしている者などそれぞれ仕事をしている。
その店員の中で、近くにいた在庫整理中の店員に北郷は質問した。
「あの、上位ポーションは無いんですか?」
北郷の声に反応して、白髪が目立つ40代後半の店員が、北郷に近付いて答える。
「はい……先週までならありましたが、ある貴族様が購入されました」
店員は北郷の服装や護衛達の装備を見て目の前の魔術師を新人と判断したが、その新人が2等級の魔石を持っている事に驚愕したが、今は接客中という事もあるので僅かに目を見開いた程度に抑えた。
北郷は店員のリアクションを無視して、更に尋ねる。
「在庫は無いんですか?」
「残念ながらありません。上位ポーションは材料自体が希少なので滅多に入荷しませんし、例え入荷しても王族や貴族の方々が直ぐに購入されますので、棚に並ぶ事は奇跡に等しいです」
上位ポーションだけでも重症やある程度の病気を癒す事が出来るが、上位の治療魔法と併用すれば瀕死の重症や不治の病すら治せるので、富裕層は万が一の時のために備蓄したがる。
他のポーション同様に最大でも1年しか保たないが、それでも日本帝国の医療レベルでさえ敵わない万能薬なので常に品切れ状態だ。
「そうですか……魔法ポーションの上位も品切れですか?」
ポーションの棚の隣には、中身はポーションと同じ青と黄色の液体だが、丸底フラスコのようなガラスビンが並んでいる。
前記したように魔法ポーションはポーションよりも多くの量を飲まないと効果が薄いため、見分けるために丸底フラスコのようなガラスビンに入れられている。
「はい、上位魔法ポーションの在庫も現在ありません。上位ポーション同様に原材料が希少ですし、それに魔法ポーションは魔術師の方々以外には意味が無いため、ポーションに比べて生産数が低いんです」
魔法ポーションはあくまで魔力を回復させる効果しか無いので、魔術師以外にとっては苦い水でしかない。
「それに、上位のポーションや魔法ポーションなど、貴重なマジックアイテムは主に王都へと運ばれますから…王都の魔術師ギルドへ行かれる事をお勧めします」
王都には国王は勿論、王族や貴族が数多く住んでいるので、自然とマジックアイテムなど高価な品々が集まる。顧客が多い事もあるが、何より王都の魔術師ギルドの品揃えが劣るのは権威的にもよろしくないからだ。
「そうですか……分かりました。ありがとうございます。
…ちなみに、下位と中位のポーションの値段は幾らですか?」
「下位ポーションは1エクシード、中位ポーションなら10エクシードになります」
街の薬屋の実に10倍もの値段だった。
「……街の薬屋と比べてかなり高いですね」
効果自体は大した違いが無いというのに10倍もの値上がり。日本帝国ならば詐欺で訴えられないかねない程の暴利だ。
「それは仕方ありません。1つ1つに『保存』魔法がかけられていますし、器の原価もそれなりにかかるので、どうしてもこのぐらいの値段になります」
これでも安くしてるんですよ? と言わんばかりの店員の態度に、なら器のコストを下げれば良いだろうがと北郷は思うが、ターゲットである富裕層達は曇りだらけのガラスビンなど欲しがらないので、需要と供給の関係から器のレベルを下げる事は出来ない。
ガラスの大量生産技術が確立すれば多少は値下がりもするのだろうが、現在のリディア王国においてはこの価格が限界なのだ。
「…では魔法ポーションは幾らですか?」
「魔法ポーションでしたら下位は2エクシード、中位は20エクシードになります」
ポーションの倍の値段だ。
やはり魔術師にしか需要が無いという点が大きい。大量生産されれば値段は下がるが、小数生産なら値段が上がるのは必然だ。
「…………」
コピーが出来る北郷にとっては大した金額では無いが、予想以上の値段に呆れていると、あまりの値段に引いてしまったのかと勘違いした店員は、伺うような顔で北郷に尋ねた。
「…お客様は魔術師ギルドに加入されていますか?」
「えぇ、今日入りました。最も、まだギルド証は貰っていませんが」
その言葉を聞いて、店員は我が意を得たりと言わんばかりの笑顔をする。
「ならばご安心下さい。魔術師ギルドのギルド員ならば、ポーションなど消耗品は可能な限り値段を勉強させて頂きます」
在庫整理の面もあるのだが、魔術師にしか効果が無い魔法ポーションをより多く買って貰うために、場合によっては半額にまで値引きするケースさえあるのだ。
しかし、知っての通り魔術師は自尊心や誇り高い者が多いので、自ら値引き交渉に持っていく事は少ない。そのため、店員は客(魔術師)の顔色を伺い、懐が寂しそうと判断すれば自ら値引き交渉を持ちかける。
そうする事で魔術師側は「店員が値引き交渉を持ちかけて来たから仕方ない」という言い訳が出来るため、恥をかく事なく値引き交渉が出来る。
北郷からして見れば余計な手間でしかないが、魔術師達にとっては大事な作法なのだ。
結局、北郷達は何も買う事なく魔術師ギルドを出た。
フロアに陳列されていたマジックアイテムは全てコピーしたものの、イリオスの魔術師ギルドの品揃えは中途半端であり、どの店員に聞いても「希少な物は王都にある」と説明したため、本格的な買い物は王都の魔術師ギルドにて行うと決定した。
しかし、イリオスの魔術師ギルドに何も得るものが無かった訳では無い。
それは、杖だ。
現在北郷が所有している杖は支給された2等級の魔石の杖だけで、素晴らしい性能を有しているものの、新人魔術師が持つにしてはあまりにも分不相応過ぎる。
今までは目立つ事を避けるために杖を持たずに移動していたが、魔術師ギルドでは実技試験を受けなければいけないので仕方なく杖を出していた。その結果、描写こそしていなかったが北郷を見た者達は全員が北郷の格好と杖を見比べ、唖然とするか首を傾げた。
それはそうだろう。いかにも金など持っていなさそうな貧相な男が、高級車を乗り回しているぐらいに不自然なのだ。
本来ならば新人などロクに注目もされないのだが、貧相な格好に貧相な装備の護衛を連れ歩いている癖に、杖は上位魔術師が持っていそうな2等級の魔石では、注目されない訳が無い。
もしもこの旅がイリオスで終わるならば、別に問題は無い。幾ら目立とうが本国へと帰還してしまえば最早気にする必要は無くなるからだ。
しかし、残念ながら旅はまだ続く。
再び杖を破棄して移動すれば目立たずに済むだろうが、今度は王都の魔術師ギルドでも同じように杖を出さなければいけなくなる可能性があるので、このままでは再び目立ってしまうだろう。
しかし、そういった北郷の心配事を解消するアイテムがイリオスの魔術師ギルドにあった。
そのアイテムこそが、既製品の杖だ。
魔術師にとって杖(魔石)とは命の次に大事な物で、杖が無ければロクに魔法を使う事も出来ない。そのため、大抵の魔術師は自分に合ったオーダーメイドの杖を欲しがる。
しかし既製品の杖も存在し、大抵はオーダーメイドの杖を買う金が無い新人用の杖でしかないが、北郷にとってはむしろそちらの方がありがたい。
新人用の6等級の魔石の杖など魔法補助は最低限しか受けられず、魔法の成功率は著しく低下し、魔力も無駄に食ってしまうので普通の魔術師ならば敬遠するが、コピー能力を持つ北郷にとっては何ら問題無い。何せ一度見てしまえば杖を介す事なく魔法を使えるのだから、例え持っているのがそこらに落ちていた木の棒でも問題は無い。
最も大事な事は、6等級の杖は新人が持つ物という認識だ。
新人を装いたい(実際に新人だが)北郷としてはその認識は正に願ったり叶ったりで、その杖ならば持っていても何ら不自然は無く、むしろ、より新人であるという事が際立って目立たなくなるだろう。
それに、6等級の魔石は小指の爪程度の大きさでしかないので、杖自体も指揮棒ぐらいの大きさなので携行性も高い。
2等級魔石の大きな杖と違い、カバンに隠す事が出来るので正に理想型なのだ。
宿に一泊した翌日、再び北郷達は魔術師ギルドに来ていた。
昨日同様に朝のピークを過ぎた時間に行ったからか、ギルド内にあまり魔術師はいなかった。
「魔術師ギルドへようこそエリック様。ギルド証のお受け取りですか?」
昨日と同じ受付嬢のいるカウンターに向かったため、受付嬢は何も聞かずに尋ねた。
「はい、お願いします」
「畏まりました」
確認を取った受付嬢はカウンターの引き出しからファイルを取り出し、中から黒い革の手帳を取り出した。
「こちらがエリック様のギルド証になります」
受付嬢はギルド証を開いて見せる。
ギルド証は警察手帳のように上下式になっていて、上段にはエリック(北郷)の名前や出身地、属性などなど、申込書に書いた事が記載されている。
下段にはリディア王国の国旗と杖が交差した魔術師ギルドのエンブレムが、真鍮に金メッキを施した物では無く、金の削り出しで描かれている。
「ギルド証についての説明を致しましょうか?」
「お願いします」
「はい、先ずは特典についての説明ですが、リディア王国内ならば基本的に関所を無条件で通過出来ますし、通過税も免除されます。
2階にあります図書室のご利用も可能になりますし、王都にある図書館の2階にある魔術書のフロアへの入場も許可されます。
また、魔術師ギルド敷地内の店舗においてもギルド証を提示すれば、ポーションなど消耗品類は最大半額まで根引きしてくれます。その他の商品についてはご自身での交渉をお願いします」
既に昨日聞いた説明がほとんどだが、王都の図書館の2階に魔術書のフロアがある事は知らなかったので、有益な情報だった。
「もし、ギルド証を紛失した場合には再発行手数料として100エクシード、罰金として1000エクシードが課されますので、紛失にはご注意下さい」
合計1100エクシードという、平民はおろか、高給取りである魔術師でさえお目にかかれ無い大金だ。支払う事などまず不可能だろう。
しかしこれは仕方のない事で、ギルド証は貴重な魔術書が収蔵されている図書館へのフリーパスも同然なので、それが盗まれでもしたら魔術書が外国に流出してしまうかも知れない。そのため、重い罰を課して盗難防止しているのだ。
他にも依頼などについての説明があったが、前記したようにそもそも依頼を受けるつもりが無いので飛ばす。
「…以上でギルド証についての説明は終了しますが、何かご質問はありますか?」
「いえ、ありません」
「それではギルド証についての説明を終わります」
説明が終わったので受付嬢はギルド証を北郷に手渡した。
金メッキではなく、かなり純度の高い金の削り出しだからか、見た目よりかなり重たい。
「それで…本日は依頼を受けますか?」
「いえ、今日は図書室で魔術書を読もうと思います」
北郷は依頼を受けるつもりなど永遠に無いのだが、流石にそんな事は言えないので今日は、と区切る。
「そうですか、では頑張って下さい」
笑顔で言う受付嬢を尻目に護衛達と共に階段に向かうと、親切心からか受付嬢が忠告する。
「あ、図書室はギルド員以外の入室は禁じられていますよ?」
「……そうなんですか。ありがとうございます」
廊下に待たせておくのは通行の邪魔になるので、護衛達は1階に残り、北郷のみで3階へ向かった。
図書室は大体小学校の図書室ぐらいの広さで、壁に本棚がズラリと並び、中央には閲覧用の長テーブルや椅子が並んでいる。
図書室に入ると、入口近くの貸出しカウンターのような場所に座っている女性の司書が話しかける。
「…ギルド証はお持ちですか?」
始めて見る顔だからか、司書は眼鏡越しに北郷をじっと見る。
「はい、こちらに」
先程貰ったばかりのギルド証を司書に提示すると、「確認します」と言って司書は北郷からギルド証を取り、偽造でないかを念入りに確認する。
「……本物のようですね。
ギルド証の交付日が今日という事は、貸出しなどのルールはご存知ですか?」
「いえ、知りません」
「ではご説明します。
まず魔術書の貸出しについては、一切禁止です。もし無断で持ち去ろうとすれば本にかけられた魔法が作動し、大きな警報が鳴り響きます。
尚、警報が鳴っている状態で逮捕されればスパイと見なされますのでご注意下さい」
万引き防止用のアラームと同じで、魔術書を隠し持って図書室を出た瞬間、誘拐防止用のアラーム並みにうるさい音が鳴り響く。
魔術書に込められた魔力が続く限り鳴り続けるので、最低でも3日は続き、まず逃げ切るのは不可能。
「魔術書以外の書物なら貸出しは認められています。貸出し期限は1週間で、期限を過ぎますと窃盗罪に問われますのでご注意下さい
ちなみに、貸出し料は1冊10レイスです」
銅貨10枚と言えど貸出しに金を取るなど日本帝国では信じられない事だが、パンゲア世界において本は貴重品であり、汚れたりパクられたりする危険性があるので本音としては貸出しなどしたくないのだ。
「最後に、図書室では私語をお控え下さい。
…以上です。分かりましたか?」
「……はい、分かりました」
最後に落とされた感はあるものの、自分にとって何ら縛りにならないルールなので北郷は素直に頷いた。
一般的な書物のエリアには数人程度しかいないが、魔術書があるエリアには数多くの魔術師がいた。
様々な色や材質のローブを纏い、長杖や短杖、指揮棒のような杖など様々な杖を持った魔術師達が、真剣な顔をしながら魔術書を見ている。その光景はまるで、期末テスト直前に教科書を丸暗記しようとしている学生のようだ。
何故魔術師達が試験直前の受験生のごとく必死に呪文を暗記しようとしているのかと言うと、新たに魔法を習得するためだ。
ご存知の通り魔術書は貸し出しをしてないため、魔術書は図書室で読むしかない。
更に、説明には無かったがメモを持ち込んで書き写す事も禁じられている。これは、呪文を書いたメモを魔術師が勝手に販売するのを防ぐのと、他国に自国の魔法を漏洩するのを防ぐためだ。
魔術書と一言に言っても、全てが同じ内容な訳では無い。
統一された呪文の教科書なんて便利な物は存在せず、印刷技術も乏しい事から個人や国が書いた魔術書を人間が写本して増やしている。そのため、本によって誤差が生じる事が多々あり、各国はその誤差分の自国に無い魔法を1つでも多く得るために、間諜を潜り込ませたりして情報を得ようとしている。
とりあえず北郷は、魔術書を片っ端からコピーをしまくる。
魔術師達が必死に脳に焼き付けようと暗記している横で、北郷はただ背表紙を見たり触ったりするだけで内容が全てコピー出来るという反則。もし魔術師達がこの事実を知ったのなら、あまりの理不尽さに憤死するか、北郷を殺そうとしただろう。
念のために、北郷は目視と同時に背表紙を触りながら移動する。
普通に読んだなら1つの本棚の本全てを読み終えるだけでも一月はかかり、暗記するにはその倍以上は軽くかかるだろう。しかし、北郷は能力によって背表紙を見たり触ったりするだけでコピー出来るので、1つの本棚全てを覚えるのに3分とかからない。
更に、コピーした本は無制限に出す事が出来る。本来ならその長い呪文のせいで、訓練されたスパイでさえ魔術書1冊まるごとは記憶出来ないというのに、北郷は全く同じ物を無限に出す事が出来る。
これ程恐ろしいスパイは他に存在しないだろう。
本棚を端から順々にコピーして行くと、閲覧中なのか所々隙間が目立つ。
普通なら魔術書が本棚に戻るのを待つか、翌日に出直すしかないが、北郷は違う。長机に座って必死に暗記している魔術師達の後ろを通りながら、背後から本をチラ見していく。それだけでコピー出来るのだ。
更に、普通の図書館なら貸出し中の本もあるから全ての蔵書を一気にコピーする事は難しいが、魔術書は貸出しが禁止されているので北郷にとっては全てを一気にコピーする事は容易い。
結果、未だに多くの先輩魔術師達が必死に呪文を暗記しようとしている横で、新人である北郷は図書室にある全魔術書のコピーを終了した。
ちなみに、図書室にあった魔術書は下位か中位のみで、上位の魔術書は無い。
何故ならそもそも、上位魔法を使える魔術師の数自体が少ないため、あまり研究が進んでないのが現状だ。魔術書なんて便利な物は滅多に無く、ほとんどは師匠から弟子に口伝で伝えられるか、自分で研究しなくてはならない。
僅かに存在する魔術書も、大半が国が管理しているので宮廷魔術師ぐらいにしかお目にかかれ無い。
しかし、北郷にとっては十分だった。何故なら、最も欲しかった諜報魔法を手に入れる事が出来たからだ。
(とは言っても……防止用の魔法だけだがな…)
北郷が得られた魔法は、盗聴、盗撮、透視などの防止魔法で、逆に仕掛ける魔法は無かった。
何故なら仕掛ける魔法が書いてある魔術書は国が管理しているので、これまた宮廷魔術師にならないと閲覧は不可。名目上は諜報魔法が犯罪などに悪用されないためと謳っているが、実際には自分達に向けられるのが恐いから独占しているのだ。
(出来るなら仕掛ける方も欲しかったが…まぁ防諜魔法が手に入っただけでも良しとするか)
元々北郷は諜報という、国にとって重要な魔法は一般公開されていないだろうと予想していたので、防諜魔法が手に入っただけでも十分だった。
最も、北郷は知らなかったが少しでも魔法技術を持つ国なら重要施設に防諜魔法をかけるのは当然なため、実際にはあまり諜報魔法は役に立たない。どんなに上位の諜報魔法でも、防諜魔法の前では無力だからだ。
その後、一般蔵書も全てコピーして北郷達は魔術師ギルドを出た。
曲がりなりにも図書室だったので街の本屋に比べたら専門知識や細かい情報を得られたが、やはり魔術書がメインだったからか偏りがあり、一般蔵書の品揃えは微妙だった。
宿に帰った後、北郷は自室にて下位の物質の強化魔法を唱えて見ると、見事一発で成功。今までの魔法に比べて多少魔力の減りは大きいものの、普通に成功した。
「……まぁ、所詮は下位魔法だからな…」
未だに自分の才能を良く分かっていない北郷は、単に下位魔法だから成功したんだろうと思った。
幾ら魔術書を大量にコピーしたと言えど、魔術書は所詮呪文や魔法の効果などが書いてある本でしかないので、常識は学べない。普通の魔術師なら自分以外の魔術師の魔法を見たり、師匠に教えられる事によって自分の才能をある程度理解するのだが、残念ながら北郷は未だに自分以外の魔法を見た事が無ければ、誰からも師事された事も無いので知りようが無い。
普通の魔術師達がその魔法を使えるようになるまでどれだけの訓練が必要かなど、北郷には知るよしも無い。
「…じゃあ、次は中位の強化魔法行くか」
北郷としては攻撃魔法なども使って見たかったが、流石に宿の中で攻撃魔法を使う訳にもいかないので、1分以上かかる中位の物質の強化魔法の呪文を唱えた。
「むっ……流石にこれは……キツイな…」
魔法自体は成功したものの、魔力の大半を失ったせいで物凄い疲労感や脱力感に襲われる。
一歩も動きたくないと思いながらも、北郷はダルそうに腕を動かして中位魔法ポーションをコピーし、一気に飲み干した。
「…プファッ!……はぁ、はぁ……やっぱり中位魔法は厳しいか…」
魔法ポーションのおかげで魔力を回復し、疲労感や脱力感はかなり軽減したが、始めての苦戦に北郷は現実を思い知ったように項垂れる。
しかし、普通に考えれば異常だった。
幾ら強力な補助能力を持つ2等級の魔石を使おうとも、魔法を覚えて一月も経たない新人魔術師が一度だけと言えど、中位魔法を成功させるなどあり得ない。
字だけで言えば下位魔法と中位魔法は1つしかランクは違わないが、実際にはその間には大きな壁が存在し、その壁を乗り越えるには多大な才能と努力を必要とする。
北郷の実技試験の担当だったルークでさえ、将来を嘱望される程の才能とたゆまぬ努力をしているというのに、未だに中位魔法は成功していない。
それどころか、普通の魔術師ならば1回成功させるのに軽く10年はかかり、大半の魔術師は中位に到達する事なく人生を終える。1等級の魔石を使えば強力な補助によって何とか成功するかも知れないが、その場合は自分自身の魔力を使いきり、死亡する可能性すらある。
それ程までに、下位と中位の間には大きな壁が存在するのだ。
しかし、北郷はとんでもない才能と2等級の魔石の補助によって、その壁を越えた。
越えたと言っても一度使えば自身の魔力の大半を失い、下位魔法すら使えないまでに衰弱するので使い物にならないが、北郷にとっては何ら障害にならない。
コピー能力を持つ北郷にとっては一度でも成功すればコピー出来るので、後は魔力を減らす事なく無制限に使える。
何度も言ってるように、他の魔術師から見れば正に理不尽極まりない才能と能力なのだ。




