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11 魔術師ギルド

 宿に泊まった翌日、朝食を食べた後に北郷達は予定通り魔術師ギルドへと向かった。




 魔術師ギルドの存在自体は知っているものの、場所は分からないので通行人に聞きながら探した結果、割りと簡単に見つかった。

 3階建て以上の建物がそれほど珍しく無いイリオスにおいてさえ、5階建ての魔術師ギルドは圧巻だった。高層ビルが珍しく無い日本帝国においては大した高さでは無いが、4階建ての建物すらあまり無いイリオスにおいてはかなりの高層建築なのだ。


 ただ高いだけではなく、教会のように芸術性が高い彫刻や装飾がそこかしこに施されており、一目で莫大な金額をかけて建築された事が分かる。それに建物だけではなく、周りに比べると何倍も広い敷地は綺麗に整備された庭園が広がっている。


(見るからに金持ってますと言わんばかりだな…)


 北郷がそう思うのも無理は無い。

 魔術師は安定して仕事がある極めて稼ぎの良い職業であり、尚且つ自尊心が高く選民思想が強いので、自然とこのように権威を見せつけるような建物になったのだ。

 かつてパンゲア世界中にモンスターが広がっていた最盛期の頃の冒険者ギルドも、権威付けのためにバカデカイ建物を幾つも保有していたのだが、モンスターが激減した現在では掘っ建て小屋か、大きくても普通の家程度の大きさの建物ぐらいしかないという、正に栄枯盛衰を体言していた。










 魔術師ギルドに入る前に、北郷は自分の杖をコピーして出した。

 今までは新人魔術師にとって分不相応で目立っていたので出さなかったが、ここから先は杖を持っていないと侮られる可能性が高く、更には実技試験があるので杖を出さない訳にはいかない。コピー能力を持つ北郷にとっては必要無くても、普通の魔術師は杖(魔石)が無いとほとんど何も出来ないのだから。




 大きな両開きの、これまた豪華な彫刻が施されている木製の扉を開いて魔術師ギルド内に入ると、大きなエントランスホールが広がっていた。

 床には毛足が長く、複雑な図形に織られたいかにも高級な絨毯が敷かれ、壁にはこれまた高級そうな絵画や彫刻などの美術品が展示され、天井には宝石をあしらった巨大で豪華なシャンデリアが幾つもぶら下がっている。


 普通、初めて訪れた新人魔術師はあまりの豪華さに目を奪われて立ち尽くしたり、魔術師の地位の高さに興奮したりするのだが、北郷達は一瞥しただけで素通りする。

 何故なら普段北郷が居る山荘はこの数倍豪華であるため、この程度では驚くに値しない。もし彼等がリディア王国で最も贅を尽くした王城に来たとしても、同じリアクションを取るだろう。

 それほどまでに北郷の山荘は日本帝国の技術の粋と、コピー能力によって得られる無限の資材によって完成した「究極」の宮殿なのだ。


 北郷は別に豪華な宮殿など必要無く、要塞並みの頑丈さと利便性があれば十分だったのだが、一応神を名乗っている関係で権威を見せつける必要があったため、だったら徹底的に豪華にしてやろうと金や資材を正に湯水のように使いまくり、究極の宮殿が完成した。

 魔術師ギルドも十分豪華なのだが、いかんせん日本帝国に比べて技術レベルが低く、更に予算の都合からか徹底的な贅沢さは難しい。所々見えない箇所は手を抜いているのだ。

 しかし北郷の舘は見えない所もこだわり、屋根裏や床下にまで細かい彫刻が施された高級木材や、金や銀、宝石細工などが仕込まれている。


 そのため、例え使用人の部屋でもこの世界では「国王の部屋」と言っても通用する程に豪華なのだ。







 そんな豪華(嘲笑)、なエントランスを抜けて奥に進むと、魔術師ギルドのメインホールに到着した。

 メインホールは高級ホテルのロビーのような雰囲気だが、長いカウンターと依頼のための大きな掲示板がある事から、ここがギルドなんだと理解させられる。


 メインホールには魔術師ギルドらしく魔術師が複数名いて、北郷は始めて自分以外の魔術師を見た。

 色は様々だがどの魔術師も北郷のようにローブを着て杖を持ち、いかにも魔術師な格好をしている。しかし大抵のローブや杖には様々な装飾が施されており、金糸や銀糸で刺繍された者や、宝石らしき物をぶら下げている者達など、その格好は正にTHE成金だ。


 パンゲア世界の住民からして見ればいかにも魔術師という格好なのだが、そんな事は知らない北郷はいつの間に自分は成金の集会に出席してしまったのかと呆然とした。


 まさかの成金のファッションショーに北郷は少しばかり呆然と立ち尽くしたが、護衛達の手前があるので直ぐに気を取り直し、登録手続きを行うためにカウンターに向かう。

 長いカウンターの奥に受付嬢が座っていて、書類仕事をしている。受付嬢が着ている制服は黒っぽい落ち着いた色をしているが、金を持っている魔術師ギルドらしく生地や縫製の質は高く、ボタンは銀製だ。







 混雑が予想される早朝は避け、昼前に来たからかカウンターはほとんど空いているので、北郷達は一番近いカウンターの前に来た。

 すると今まで書類仕事をしていた黒髪ロングの受付嬢は北郷達に気付き、書類仕事を中断して営業スマイルを浮かべながら口を開く。


「魔術師ギルドへようこそ。本日はどういったご用件でしょうか?」


 落ち着いた雰囲気で魔術師ギルドの受付嬢は話す。


「ギルドに登録したいのですが」

「畏まりました。では登録料として1エクシードになります」


 登録するだけで1エクシードという、平民にとってはかなりの大金。オマケに金が払えない場合の救済システムは無い。

 ちなみに1エクシードは登録手数料+試験料でもあるので、払えなければ試験を受けられず、他で稼いで来るしかないのだ。




 金の心配の無い北郷は指示通りに懐から1エクシードを取り出し、カウンターに置く。

 受付嬢はその1エクシードを受け取り、代わりに引き出しの中から1枚の用紙を取り出す。


「はい、ありがとうございます。

 では登録申込書に必要事項をご記入下さい」


 北郷は申込書を受け取る際、ただサインするだけの用紙かと思っていたが、中身を読んで見ると

『どの位階までの魔法が使えますか?

 実戦経験はありますか?

 何属性の魔法が得意ですか?

 強化系魔法は使えますか?』

 などと言った質問とマークシート形式の解答欄が並び、最後の方に署名欄がある。


 いきなりの質問用紙に北郷は少し驚き、受付嬢を見るが、受付嬢は営業スマイルを浮かべたままで何も言ってこない。


 それもその筈、冒険者ギルドなどの場合は相手が教育を受けていない事が多いので代筆が必要か聞いてくるが、魔術師ギルドの場合は代筆のサービスは言わない限りはしない。

 何故なら魔術師は新たに魔法を覚えるために魔術書を読む必要があるため、基本的に読み書きが出来る。逆に「代筆は必要ですか?」と聞くのは相手によっては侮辱されたと取られる事があるため、トラブル回避のために受付嬢は聞かない決まりになっている。


 受付嬢を見ても何もしてくれないらしく、しょうがないので北郷は質問用紙の記入を始める。

 とりあえず解答としては、使えるのは下位のみ、実戦経験無し、得意属性は火、身体強化は出来るが物質の強化は不可など、当たり障りが無い解答を記入し、署名して提出した。










 申込が終了した後、いよいよ実技試験をするために受付嬢に試験場所まで案内されることとなった。


 しかしその際、「受験者やギルド員以外は同行出来ません」と護衛達は試験への参加はおろか見学すら拒否された。

 それに護衛達は反対意見を出そうとしたが、「はい、分かりました」と北郷が即座に賛同したので、仕方なく護衛達はメインホールでの待機となった。




 受付嬢の案内で階段を降り、地下に入る。地下通路の壁は白い石で固められており、更に何か神話の場面のような細かい彫刻が掘られていて非常に美しい。

 地下は窓1つ無く、この世界の文明レベルから考えて照明器具はロウソクかランプぐらいなので薄暗いかと思いきや、壁には等間隔に電球のような魔法の照明が並んでいて、流石に現代並みとはいかないが非常に明るい。

 初めて見た魔法道具に北郷は少しばかり驚いたが、下位の魔法の中にも『照明』という魔法があるので直ぐにそれ系統の魔法なんだと納得したが、疑問もある。『照明』魔法は下位なのでこんなにも明るく無く、オマケに常に魔力を注いでいないといけないので術者から離れれば直ぐに消えてしまう筈なのだ。


 気になった北郷は自分の前を歩いている受付嬢に尋ねた。


「あのズラリと並んでいる照明器具は何なんですか?」

「あれは中位魔法の『灯火』がかかったマジックアイテムです。

 魔力が切れない限り常に照らし続けてくれるという、大変便利なマジックアイテムです」


 受付嬢はまるで自分の事のように誉め称える。何故ならこの『灯火』は魔術師ギルドか、後は大貴族の邸宅か王城ぐらいにしかないからだ。


 以前、外灯として設置するか議論された事もあるが、道路を照らすには大量に必要になり、あまりにも高過ぎて予算オーバーとなる。更に、このマジックアイテムはオンのみで、オフに出来ないので一年中照らし続けるという欠点もあるため、見送られた。

 上位魔法の『自在光』ならばオンオフも可能だが、それではあまりにも高価過ぎて魔術師ギルドでも導入出来なかった。オンオフが可能ということで『灯火』より長持ちする事は多いのだが、そもそも上位魔術師など数えるぐらいにしかいないので大量生産など到底不可能。

 なので『自在光』があるのは魔術師ギルドのギルド長の部屋か、王城や上位貴族の屋敷ぐらいにしか無いのだ。










 照明によって照らされた地下通路を少し歩いた後、両開きの大きな扉が現れた。

 その扉は木製の扉を鉄で補強した物で、屈強な男でも簡単に開きそうに無い程に重厚に見えるが、何と受付嬢は軽々と押して開けた。

 何故ならその扉は訓練室の扉なので頑強にするために強化系の魔法と、非力な魔術師でも簡単に開けやすくするために軽量化の魔法もかかっているので、非力な女性でも簡単に開けられるのだ。




 扉を開けるとその中は体育館のように広く、天井も高い。地下室なので天井や壁、床は全て石で出来ていて、更には全ての壁や床には強化魔法がかかっているので通常の魔術師なら傷付ける事さえ難しい。


 そんな広い訓練室の中には、1人の魔術師がいた。

 茶色い髪と瞳をして、優しげな雰囲気の文句無しのイケメンだ。いや、今まで描写して来なかったがこの大陸ではイケメンや美女の確率が高いのでさほど珍しくはないのだが、北郷から見れば文句無しのイケメンだった。

 そして上の魔術師達のような成金丸出しの格好と違い、嫌らしさの無い程度の装飾品が付いた赤いローブを羽織り、魔石が埋め込めまれている杖を持っている。その魔石は北郷のより少し小さな3等級の魔石だが、杖は何かの骨で作られているのか多少ギミックな印象を与える。


「受験者をお連れしました」


 受付嬢は軽く礼をした後、その魔術師に北郷が書いた申込書などを渡した。


「ご苦労様です。後は私が引き継ぎます」

「はい、お願いします」


 短い会話を済ませた後に、受付嬢はまた一礼して帰っていった。


 だだっ広い訓練室の中に、北郷と茶髪の魔術師だけが取り残された。魔術師は受付嬢から受け取った資料を軽く読んだ後に、北郷の方を向いて


「初めましてエリックさん。僕は貴方の試験を担当するルークです。よろしく」


 親しみやすいような笑みを浮かべながら挨拶した。しかし頭は下げない所を見るに、プライドは高そうだ。


「こちらこそよろしくお願いします。

 それで……試験とは何をするんですか?」


 とりあえず北郷は不安そうな顔をして聞いた。


「ははは…、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。試験とは言っても特別な事をする訳じゃない。本当に魔術師なのかの確認がメインだし」

「確認?」

「そう、魔術師ギルドに入れればほとんど生活は保証されたようなものだからか、中には魔法が使えない癖に魔術師だと名乗る不届き者もいるんだ。

 だからそういった連中を弾くために試験をしてるんだ」


 話し方は穏やかだが、「不届き者」という言葉の時には隠しきれない侮蔑や嫌悪の表情が現れた事から、ルークは魔術師である事に誇りを抱いているようだ。


「そうなんですか……その“自称”魔術師って結構いるんですか?」

「あぁ、登録申込の10人中3人ぐらいはそんな奴等らしいよ」


 成る程と北郷は頷く。3割もそんな輩がいるなら、試験をして間引かなければギルドは自称魔術師だらけになり、むしろ本物の魔術師の人数を上回りかねい。

 魔法が使えなければ稼ぐ事など不可能に思えるが、魔術師ギルドのギルドカードを手に入れるだけでも十分価値があるのだ。




「さて、話はそれぐらいにして早速試験に移ろう」


 一通り挨拶は終わり、ルークは手を叩いて気を取り直した後、再び資料を読む。


「え~と……エリックさんは火属性の魔法が得意なんだよね?」

「はい」

「じゃあ先ずはそれを見せてくれ。種類は何でも良いから」

「はい……どこを狙えば良いんですか?」


 北郷達の周りには的らしき物は無く、唯一近くにあるのは天井を支えている柱ぐらいだ。


「どこでも良いよ。この部屋の壁は勿論、天井や床にも強化系魔法がかけられているから上位魔法でも傷1つつかない筈だよ」


 腕を組ながら自信満々にルークは言う。その顔にはエリック(北郷)が壁に傷を付けられる筈が無い、という確信に満ちていた。

 普通の主人公ならばその分かりやすい挑発にカチンと来るかも知れないが、北郷は心の中で(あっそ)とため息をついただけで、適当な方向に杖を向けて久々の呪文詠唱を始める。


「目覚めよ我が血に眠る力よ。我が求めるは火の力……」


 勿論コピーは使わず、自分の魔力を込める。万が一にも怪しまれないために。


「来れ火の玉、我が敵を打ち倒せ、ファイヤーボール!」


 30秒程の長い長い呪文を唱え終わると、杖の先の魔石が赤く光り、魔石から握りこぶし大程の火の玉が高速で飛び出し、訓練室の白い壁に激突する。

 ドカンッ、という少し大きな音を鳴らしながらファイアーボールは飛散し、当たった部分には焦げ跡すら残ってなかった。


「うん、間違いなく魔術師だね」


 ルークは頷きながら書類はメモする。その書類は試験官が書く書類で、魔術師であるかどうかの記入をしたのだ。


「それにしても魔力に淀みはなく、詠唱のスピードもそこそこ早かった。中々の腕だね」


 ルークは北郷を褒めるが、北郷は未だ自分以外の魔法を見たことが無いので何とも言えない。


「そうなんですか……普通の受験者ってどのぐらい何ですか?」

「そうだね……大体の受験者は魔力の制御が下手なのが多いから中々成功しなかったり、呪文詠唱にかなりの時間をかけるのが多いね。

 エリックさんはその中ではかなり良い部類に入るよ。まだ若いのに」

「…そうですか、それは良かった」


 北郷の精神年齢は既に軽く千歳を越えており、見た目も30代前半なのだが、20代半ばのルークには北郷が20代に見えたらしい。

 アジア系が欧米では実年齢より若く見えるのと同じで、この大陸も彫りが深い人が多いので北郷は若く見える。


「じゃあ次だけど……強化系や治療系も使えるんだよね?」

「はい」

「じゃあ、僕に強化系をかけて。さっきと同じで種類は何でも良いから」

「分かりました」


 何でも良いと言われたので北郷は適当に筋力強化をかけ、その後ルークがナイフで軽く切った指も治癒魔法で治した。


「うん、これも問題無いね。合格」


 と軽く合格判定を貰った。

 それもその筈、試験と言ってもあくまで魔術師かどうかを確認するだけ。試験官によっては何でも良いから魔法を使えれば即座に合格にする者もいる程だ。










 試験が終了したのでルークと北郷は訓練室を出て、合格の報告のために受付に向かう。


「それにしても、エリックさんはその若さにしてそんなに魔法が使えるなんて……才能があるんだね」

「そうなんですか? 他の魔術師をよく知らないので分からないのですが…」

「そうさ、さっき見た感じだと物質の強化魔法を習得するのも時間の問題だ。普通の魔術師でも必死に努力すれば下位魔法を使いこなすようになれるけど、才能が無いと長い修行が必要になるから途中で挫折する魔術師が多い。

 でも君なら……1年も修行すれば間違いなく下位魔法を使いこなせるようになるさ」


 1年、と聞いて北郷は(そんなにかかるのかよ)と内心肩を落とすが、この世界の常識から考えれば正に異常。


 普通の魔術師でさえ下位魔法を使いこなすのに10年以上かかる事も珍しく無く、更にはその中でも才能に恵まれ、努力を惜しまなかったルークでさえ3年を必要としたのだ。

 目の前の物質の強化魔法さえロクに使えない新人が、そんな理不尽な才能を持つことを知れば普通の魔術師ならば嫉妬のあまりその才能を摘もうとするか、逆恨みさえするだろう。


 しかし、ルークは違った。

 嫉妬の感情を露にした所で何ら意味が無く、むしろ愚かであるという事を理解出来る頭脳と感情をコントロール出来る術を持っていたため、嫉妬の念を心の奥底に押し隠し、笑顔でエリックを称えた。


 そんな涙ぐましいルークの必死な演技も、千年以上も人間を観察し続けた北郷にはバレバレだったが、嫉妬の念をひた隠しにするルークを北郷は高く評価した。誰だって自分より才能がある者を妬み、迫害したがるモノだ。

 しかし、ルークはそんな人間にとって当たり前な感情を見事コントロールし、逆に将来が有望であろう北郷と良い関係を築こうとするという、大変生産的な行動を実行している。

 この事から、北郷は「この男は将来必ず大成するだろう」と確信した。


 北郷の予想通り、ルークは数年後には中位魔法を使いこなせるようになった事で大金と名声を得て、その後もたゆまぬ努力と優れた才能によって上位魔法も使えるようになり、宮廷魔術師として指名され、リディア王国でも有数の魔術師として名が残る事になるのだった。










 軽く雑談をしながらメインホールにまで上がり、ルークと北郷は再び受付の所に来た。

 護衛達は北郷の無事を確認して、ホッとした。もし北郷に万一の事があったならこのリディア王国には核の雨が降り注ぎ、人間どころかモンスターすら住めない土地になっていただろう。


「エリックさんは問題無く合格です。それどころか、即戦力になる事間違いない無しです」


 資料や記入した書類を提出しながら、エリックは笑顔で太鼓判を押す。


「ほぉ、それはそれは…。

 次期宮廷魔術師入り間違いなし、と評されるルーク様のお墨付きとは…頼もしいですね」


 受付嬢は面白い人材を見付けたと、言わんばかりの顔をしながら北郷の顔を見る。

 その視線を北郷は笑いながら、軽く受け流す。


「いえいえ、私なんてまだまだです」

「またまた謙遜を。

 ……それじゃ、試験官は無事終了したので僕はもう帰ります」

「はい、お疲れ様でした」

「では、また会おうねエリックさん」


 北郷に軽く挨拶して、ルークは帰った。


 ちなみに試験官もギルドからの依頼で、ただ受験者が本当に魔術師かどうかを確かめるという非常に簡単なモノなので、新人にも出来る。

 しかし試験官という大事な仕事でもあるので、ある程度の信用が必要になるので誰でも受けられる訳ではない。なので試験官をこなすというのは、魔術師ギルドに認められたという一種のステータスでもあるなのだ。







「無事試験に合格したという事で、晴れて正式にエリック様は魔術師ギルドの一員となれました。

 おめでとうございます」


 受付嬢は座礼しながらお祝いの言葉を言う。


「ギルド証の発行は翌日になりますが、先に魔術師ギルドについての説明を聞きますか?」

「はい」

「では……魔術師ギルドは国立なので冒険者ギルドと違い、依頼は国からがほとんどです。

 主な依頼内容は武器などの強化やマジックアイテムの維持、ポーションなど治療薬の作成、軍の陣地構築などなど様々ですが、冒険者ギルドと違って安定した数が年間を通してあるので依頼に困るという事は無いでしょう」


 既に冒険者ギルドは完全に凋落していて比べる必要も無いように思えるが、一応昔からの対立関係でもあるので今の時代においても魔術師ギルドは冒険者ギルドと比較したがる。


「次に、魔術師ギルドに登録した特典として、リディア王国内ならばギルド証を提示すれば関所を無条件で通行出来ますし、通行税も免除されます。

 これは護衛についても同様で、5名までは適用されます」


 イリオスのように貿易都市ならば関所は無いが、王都や戦略上重要な街などには警戒のための関所があるため、そういった場所にも魔術師が行き来しやすくするために、検査や税が免除されている。




 その他にも、依頼についてなどの説明があったが、北郷は依頼を受ける気は無いので省略する。

 ちなみに、この世界の魔術師ギルド、冒険者ギルド共にランク制は存在しない。


「これで説明は終わりですか、何かご質問はありますか?」

「では、魔術書はどこで読めますか?」


 そもそも、北郷が魔術師ギルドに入ったのは魔術書を読むためだ。


「魔術書は3階の図書室にありますが……入るにはギルド証が必要になるので、ギルド証がまだ発行されてないエリック様では入れません」


 図書室には魔術書以外の本もあるのだが、セキュリティの観点からギルド員以外が入る事は不可。魔術書には劣るが、製紙技術が未熟なパンゲア世界においては普通の本も十分貴重品だからだ。


「そうですか……ではポーションやマジックアイテムなどを売っているのはどこですか?」

「魔法関連の商品を扱っているのは2階です」

「そこに入るにはギルド証はいりますか?」

「いえ、ギルド員以外の方もよく利用していますから、必要ありません」


 マジックアイテムやポーションなどは非常に高価なので平民が来る事は少ないが、貴族など富裕層は病気になった時などによく使いを出している。


「そうですか、分かりました」

「はい、他に何かご質問はありますか?」

「……いえ、ありません。色々とありがとうございました」


 北郷は軽く頭を下げて礼を言い、受付から離れて護衛達と合流した。


(さて、魔術書が読めるのは明日か。まぁ…とりあえずはマジックアイテムでも見に行くか)


 2階へと上がるべく、北郷達は美しい彫刻が施された白い石材の階段を上がっていったのだった。










 北郷達が階段を昇っていって姿が見えなくなった直後、北郷を担当した受付嬢の周りに他の受付嬢が集まった。


「ねぇねぇ、何か凄い新人が入ったって聞いたんだけど、本当?」


 例えどんなに権威がある魔術師ギルドの受付嬢と言えど、噂好きなのは冒険者ギルドと変わらなかった。


「えぇ、あのルークさんが「即戦力間違い無し」って言ってたから、間違いないわ」

「あの若さで下位魔法を使いこなせるルークさんがねぇ……それで、その新人の名前は?」

「エリックっていうらしいわ。でも…多分偽名だと思う」

「どうして?」

「だって立ち振舞いや口調は洗練されてたし、装備は貧弱だったけど屈強な従者も連れてたから、間違いなく貴族様のご子息でしょうね。

 成り上がりの魔術師とは明らかに格が違うって感じがしたわ」


 成り上がりの魔術師という言葉に、受付嬢達は思わず軽蔑の表情を浮かべる。

 彼女達からして見ても、金に物を言わせる成り上がりは見るに絶えない事が多々あるからだ。


「貴族様ねぇ……確かに貴族様なら家名を名乗る筈だから偽名に間違いないわね。

 …訳ありなのかしら?」

「さぁ? でも…2等級の魔石の杖を持ってたから、それなりの地位のお方の筈」

「2等級って事は……100エクシードの魔石!?」

「えぇ、杖に装飾とかは何にも無かったけど、あの大きさは間違い無いわ」


 他のギルドに比べて高額な金額を見慣れているとは言え、100エクシードは魔術師ギルドにとっても文句無しの大金だ。


「…それだけのお金を出せるって事は……伯爵か侯爵家? でも、2等級の魔石なんてそう簡単に手に入る物じゃ無いし……もしかして公爵家だったりして?」

「でも……それにしては護衛が4人だけってのは少なくない?

 強そうだったけど、そんな高い地位の子息にあの数は少なすぎるし、それに何より装備が貧弱過ぎる」


 もしも公爵クラスの子息だったなら、最高級の装備で固めた護衛が最低でも10人以上はいる筈なのだ。

 高い地位の貴族は己は勿論の事、護衛や従者もそれなりの格好をしていなければ侮られるからだ。


「確かに……勘当されたとか?」

「…なら護衛は付かないだろうし。それに見た目は質素だったけど、それなりに良い作りのローブを着ていたわ。

 …あんまり期待されてない三男や四男とか?」




 その後もしばらく続いたが、エリックの正体は分からないまま解散した。

 とりあえずの結論としては、外国の伯爵以上の家柄で、あまり期待されてない三男。身なりや護衛が付いている事から勘当はされてないが、後継者争いに負けたので魔法の修行に出た。

 という、複雑な人物に北郷は勝手に認識されてしまったのだった。

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