よろこびの唄
広い、広い森の中、大きな、大きな一本の木がありました。その木は、まるで天にも届きそうで、森の中からはどこからでも見えたものでした。その木は枝が大きいからでしょうか、葉っぱがたくさんあるからでしょうか、不思議な、だけど心地よい音を奏でるのでした。
これは、その木がまだなかった頃のお話。ほんの昔のお話。あなたが居眠りしている間の夢かもしれません。でも、永遠に等しい時間かもしれません。
暗い、暗い森の中、年老いた魔女がいました。たった一人で森の中で暮らしていました。
ある時、魔女は、一人で暮らすことが寂しくなったので、木の人形で子どもを作ろうとします。いのちを作ることは魔法でもとっても難しいことです。魔女は長い年月をかけてやっと木の人形にいのちを吹き込むことが出来たのです。ただし、一つの大きな代償を払って。
大きさはちょうど、人の赤ん坊より少し大きいくらい。森の中で一番大きな古い木から木の人形を作ったのです。年老いた魔女は木のこどもに色々なことを話しかけました。森のことや、魔女自身のこと。そして、子守歌を歌って呼びかけたのでした。そうして、いつしか木の子どもには考える力も感じる力も備わったのです。
木の子どもは、色々と尋ねます。「お母さん、どうして風はふくの?」「お母さん、どうして日は昇るの?」「あの飛び跳ねる動物は何?」お母さん魔女は一つ、一つ、丁寧に教えてあげました。
でも、「お母さんと僕はどうして体がこんなに違うの?」という質問には上手く答えることができなかったのでした。
魔女お母さんと、木のこどもは、穏やかに暮らしていきました。木の子どもは、お母さん魔女が歌ってくれた子守り歌が大のお気に入りでした。だから、毎日、せがんでお母さん魔女に歌ってもらっていました。
「ねえ、お母さん、この歌を聞くと、とても気持ちいいよ。どうして?」
お母さん魔女は答えます。
「それは、代々魔女の間で伝わる子守りの歌でね、こどもがすくすく育ちますようにという祈りが込められているからだよ。たくさんの人の想いがこもっているんだよ」
「ふうん。よくわかんないや。でも、聞くととっても気持ちいいよ、お母さん」
このごろになると、木のこどもは一人で森の中を散歩するようになっていました。お母さん魔女は家で寝ていることが多くなったのです。「私のことは大丈夫だからお前は森の中を散歩しといで」とお母さん魔女はいいました。木の子どもはお母さんが寝たままが多いことを不思議だなとは思いましたが、森の中へ毎日出かけていきました。木のこどもは森の中へ行くことは楽しかったのです。
今日も元気に木のこどもは、森の中を散歩をしていました。木の間を歩いていると、前からがさがさと音がします。木のこどもはなんだろうと思い、音のする方へ近づいていきました。
「くそ。迷ってるよな。まいったな。どっちに行けばいいんだ、まったく」音は、道に迷った男だったのです。
木のこどもはびっくりしました。森の中の動物に会ったことはあっても、お母さん魔女んに会うことが会っても、人に会うことは初めてだったのです。そうするうちに、男が木のこどもを見つけました。
「お、なんだ。なんだ。木か。動いてるのか?」荒っぽい口調で男は怒鳴ります。男は森に迷い、いきなり木の子どもを見たのでびっくりしているようです。
なんと声をかけていいかわからず、木のこどもはおどおどしていました。そして、勇気を出して男に話かけてみました。
「道に迷ったの?どこからきたの?」男は木の人形が口を利いたので、ますますびっくりしました。びっくりするどころか、怖くなりました。長い間、道に迷った疲れのせいもあったのでしょう。
「うわっ。木がしゃべった。化けものだ。化け物だ。助けてくれっ。殺さないで、近づくな」と叫んで逃げていってしまいました。
木の子どもも男の様子にすっかりびっくりしてしまいました。だけど、男が木のこどもにびっくりしたことや、木の子どもを見て逃げ出したことはわかりました。そして、なんだかとっても怖くなりました。
「化けものってなんだろう。殺すってどういうことだろう。お母さんに聞いてみよう」
すぐに家に帰り、お母さん魔女にたずねます。
「お母さん、お母さん、僕は化け物なの?化け物って何?僕みたいにしゃべって、動く大きな動物にあったんだ。道に迷ってたみたい。動物と違って服を着てたよ。」
「それは人間だよ。」
「人間って何?僕は人間じゃないの?」「お母さんは人間なの?」
お母さん魔女はゆっくり考えて答えます。
「私の子だよ。」
「化け物って何?」
お母さん魔女はなんと答えていいかわかりませんでした。
「どうして何も教えてくれないの?その人間?人間は僕を見て怖がっていたよ。どうして。化け物って言ってた。」
「私の子だよ。お前は大切なこどもだよ。」とやっとのことでお母さん魔女は答えました。
「わかんない。わかんないよ」木の子どもは、頭がぐらぐらしてきました。
「お母さん、どうしたの?」お母さん魔女はぐったりとして目を閉じています。
年老いた魔女はもう、話すこともしんどくなっていたのです。
「もうそろそろだね。お前は私の命を分けて与えて作ったんだよ。私が死ねばお前はうごかなくなってしまうんだよ。」
「え、お母さん。死ぬって何?動かなくなること?」
「動けなくなって、何も感じなくなることだよ。」
「僕はうごかなくなるの?」
「そうだよ・・」
「僕は、僕はどうなるの?」
「・・・。お前の名前はね、魔女の言葉で命をつなぐものという意味があるんだよ。お前のおかげで楽しかったよ、ありがとね」
「お母さん、お母さん。命って何?教えてよ!」
お母さん、魔女はますますぐったりしています。もう目が開かなくなりました。
「お母さん?」木の子どもは、お母さんに向かって声をかけます。
「お母さん?」お母さん魔女はもう応えません。
「お母さん?」木の子どもはお母さん魔女を何度も何度も揺さぶりました。
お母さん、魔女はもうピクリとも動きません。「お母さん?」
木の子どもは、どうしたらわからず、家を飛び出しました。
飛び出して、森の中を走って走って走りました。そして、どんどん体を動かすことができなくなり、木の株の下で座り込みました。
木の子どもは胸の中に穴が空いたような気分でした。そのまま、ずっと座りつづけました。動こうにも体が動かせませんでした。
木の子どもは、ずっと胸の中に穴が空いたような気分でした。
それから、日が昇り、夜が来て何日も過ぎました。
木の子どもはすっかり動くことはできなくなってしまったのですが、考える力や感じる力はありました。木の子どもはお母さん魔女の言葉をずっと考えていました。
「命ってなんだろう。命をつなぐってなんだろう。」
「命をつなぐ・・・。僕の名前、僕の名前」
いくら考えてもわかりません。分からないので、木のこどもは考えることもやめてしまいました。それから、木の子どもはお母さん魔女のしてくれたことをゆっくりと思い出していました。話してくれたことやお母さん魔女の顔や声を。そして、一番楽しかった子守り歌を思い出していました。そして、ずっと子守り歌を歌いました。もう話すことは難しかったのですが、なんとか歌は歌えたのです。
それから、また、何日も経ちました。もう木のこどもはほとんど考えることも難しくなってきました。いろいろなことも思い出すことも難しくなりました。
「いのち・・・・・・・・・・・」
そして、とうとう、考える力も感じる力もなくなってしまいました。
「・・・・・・・・・・・・・・」
それから、何日も何日も何年も経ちました。風がふき、日にあたり木のこどもの体は少しずつ朽ちていきました。
そして、ある時、木の子どもの体から小さな、小さな新芽がでてきたのです。小さな小さな木のこどもが。
それから、また何年も過ぎました。
木の子どもから出た芽が大きくなり、立派に木になりました。そして、どんどん大きくなりました。立派な立派な木になりました。枝がたくさん増えて、葉をたくさん、つけ、幹も太く大きくなりました。
森のどこから見ても分かるくらい大きな、大きな樹になりました。太く大きな幹の上のほうにはまるで人の顔のような三つの穴が空いていて、風が吹くと不思議な音がでるのでした。たくさんの葉と枝がしなり、穴から出る音と重なってハーモニーを奏でまるで楽器のようでした。その音はとても暖かく心地よいものでした。その不思議な音楽は風に乗って遠くまで届きました。
その音を聞いた誰かは「まるで子守り唄のようだね。」と言ったものでした。
絵本を想定して、昔に書いた短編です。よろしければお読みください。




