第23話 料理と現実
「できましたよー♪」
待つこと数十分。テーブルの上にカレーが置かれる。
食欲をそそるスパイシーな香りが、ダンジョン帰りで疲れた俺の嗅覚を刺激した。
とても美味しそうだ。早く食べたい。
「いいわね〜♪ けど、カレーってこんなに早く作れたかしら?」
「下準備は既に終えていたんです。あとは全部入れて煮るだけだったので」
「はー、手際がいいわねぇ。ウチにも住み込みで来てくれないかしらぁ……」
カシュッと気持ちのいい音がしたかと思うと、紗理奈は缶ビールをグイッとあおっていた。
そういえば来る前、コンビニで色々買っていたけど……どれだけ酒が好きなんだ。
「いっぱい食べて、いっぱい飲んでくださいねー♪」
「わーい、だいちゅきー♪」
「い、いただきます……」
すでにテンションが上がっている紗理奈を横目に、俺はカレーライスをスプーンですくい、口に運ぶ。
「うっま……」
ガツンとくるカレーの旨み。
ピリッとした程よい辛さが食欲を刺激し、自然とスプーンを動かす手が早くなる。
たまに食べるカレー風味の何かとは違う、本格的な味だ。
もっとも、カレーの「本格」がどこからどこまでを指すのかは一旦置いておく。
カレーに夢中になっていたが、テーブルの上にはサラダもある。
こちらもありがたくいただこう。
「サラダも美味いのか……」
だがドレッシングがよくわからない。
甘みのある醤油に、ほのかな酸味。ガツンとくるのはニンニクか?
スーパーで買うサラダに付属してくるドレッシングとは、まったく別物だ。
「どこのドレッシング?」
「オリジナルですよ。正確には、いくつかのレシピをアレンジしただけですが」
「……マジか」
アレンジって、料理が上手い人がやるやつじゃないか。
静の料理スキルは相当高い。タダで食べるのが申し訳なくなるレベルだ。
「ウチに嫁にきてぇ……美味しすぎよぉ……」
「ふふっ、お二人に喜んでいただけて何よりですっ」
あぁ、紗理奈まですっかりカレーの虜に。
この味と静の優しさを知ってしまったら、もう逃げられない。
「うふふ……♡」
……だが、時折感じる静からの不思議な圧はなんだ?
脅されているわけじゃないが、言葉にしづらい何かを感じる。
「そういえば文也くーん」
「はい?」
空き缶をぷらぷら揺らしながら、呂律の怪しい口調で紗理奈が話しかけてくる。
ていうか、さらっと下の名前呼び……まぁいいか。
「バイトって、そんなに稼げるの?」
「え? 時給千四百円で四時間勤務だから……普通くらい?」
良いとは言わないが、悪くもない。
この辺の最低賃金は千三百円。勤めている大本が「給与改善」をモットーに動いた結果らしい。
もっとも、その分税金も上がって負担は増えたけど。社会って残酷だ。
「意外ですね。変異個体を倒せる実力で、専業じゃないとは」
「文也くんは“一応”新人よ? 何日か前に私の研修を受けたばかりなんだから」
「一応ってなんだ。俺はバリバリ新人だよ」
「「それはない」」
即座に否定された。
毎日知らないことを覚えているというのに。
それにランクだってまだシルバー。下から二番目だ。
「文也くんが思ってる以上に凄いのよ?」
「そうです。あっという間にゴールド、プラチナランクに到達すると思いますっ」
そんな簡単にランクを上げるつもりはないが、評価してくれるのは素直に嬉しい。
「で、話を戻すけど。バイトに拘ってる理由はあるの?」
「んー……」
スプーンを動かす手を止める。
そして、今日怪我をしたばかりの右腕が視界に入った。
「……不安だから?」
「「えっ」」
「探索も始めたばかりだし、安定して稼げなくなる日が来てもおかしくない。今がたまたま順調なだけだ」
今日の探索で改めて思った。
ダンジョンは、危険で規格外な場所だ。
うまくいけば、コンビニバイトなんて鼻で笑えるほど稼げる。
だが、その分背負うリスクも大きい。
今は五体満足で動けている。階層だって、まだ浅い。
だがこの先、難易度が上がり、モンスターを倒せなくなり、最悪大怪我をして潜れなくなったら。
ダンジョン一本に依存するのは良くない。
少なくとも一年は、バイトと並行して様子を見るべきだ。
コンビニバイトは午前のみで週四。両立もしやすい。
「偉いわねぇ……他のルーキーとは大違いよ」
「そうかな。単に臆病なだけだよ」
「文也様が未来のことを考えて行動している証拠です。とても立派ですよ」
ベタ褒めだ。
社会に適応できず、ダラダラとフリーター生活を送ってきた身には少しむず痒い。
これ以上甘えたら、本当にダメ人間になりそうだ。
「現実的なところもいいわねー」
「ダンジョンに夢を見すぎていないのが素晴らしいです」
……過大評価じゃないか?
二人の態度に困惑していると、ふと時計が目に入る。
「あっ、帰らないと」
「えー? バイトは大事だもんねぇ」
若干不満そうな紗理奈に心が揺らぐ。
だが、バイトをサボるわけにはいかない。本当はもっと楽しみたいが……仕方ない。
皿に残ったカレーを手早く平らげ、手を合わせてから立ち上がり、帰り支度を始めた。
「ごちそうさま。すごく美味しかったよ」
「また来てくださいね。いつでもお待ちしています♪」
「今度は休みの日に飲みましょー。えへへ」
美少女二人に見送られるという構図。
名残惜しさを抱えながら、俺は手を振って静の家を後にした。
(……二人は俺のことが好き? いや)
少し違う気がする。
恋愛感情というより、もう少し距離のある何か。
うまく言葉にできないが……うぬぼれている自覚はある。
人気の少ない路地を歩きながら、そんな夢を見てしまう成人済みフリーターであった。
「帰っちゃったわねー」
「そうですね。少し寂しいですが」
主役が帰っても、彼女たちの熱は冷めない。
「でもさ、やっぱり文也くんって」
「……えぇ」
胸の内に秘めた想い。
それは、一般的な愛情とは少し違う。
「可愛らしい弟よねー♪」
「崇拝するに相応しいお方だと思います♡」
その愛の正体に気づいていないのは、
藤崎文也、ただ一人だけだった。




