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番外編② 帰る場所

「どうかな?」


 私はリリアに、レイスさんの洋服のほつれを直したところを見てもらう。

 普段着なら適当に縫ってしまうけれど、レイスさんの騎士服はさすがにそうはいかない。偉い人の目にも触れるし、激しい動作をするから、しっかり、しかもきれいに縫わないと、すぐにまたほつれてしまうんだよね。


 こっちの世界では、向こうの世界ほど縫い物をする環境じゃなかった。だから、ちょうどいい機会だと思って、リリアに縫い物と料理を習いに来た。

 ちなみにレイスさんは、一週間前からロイド様と一緒に女王様の警護で隣国へ赴いている。それもあって、六日前から私は、リリアの家――つまりロイド様の屋敷に泊まっていた。


 裁縫もだけど、料理、特にこちらの世界の料理は、まだ全然うまく作れるわけじゃない。だから、レイスさんと結婚することが決まったときから、リリアに時々料理を教えてもらっている。


「うん、これなら大丈夫ですよ。ちゃんときれいに縫えてます」


「本当? よかった……とはいえ、リリアにはまだまだ程遠いかも」


 縫い目を見て、思わずため息が出る。


「そんなことないですよ。前より、ずっとうまくなってます」


 リリアはそう言って、にこっと笑った。

 ロイド様が惚れてしまうのも、すごく分かる。本当にきれいで可愛い。……あぁ、私にもこのきれいさが少しでもあればなぁ、なんて、内心でさらにため息をついた。


「ありがとう」


 そう言うと、リリアは少し残念そうに言う。


「でも……せっかくですし、今日も泊まっていかれてはどうですか?」


「ありがとう。でも……明日、レイスさんが家に帰ってくるから。できるだけ、家にいたくて」


 自分で言っていて、どんどん顔が熱くなる。


「あら、まあ……ごちそうさまです」


 くすっと笑うリリアを見て、これ以上言い返しても勝てないのは分かっているから、私はそれ以上何も言わなかった。


 レイスさんは、私がまたどこかへ行ってしまうかもしれない、という不安をずっと抱えている。だから、彼が家に帰っているときは、前もって出かける用事を伝えていない限り、私はなるべく家にいるようにしていた。


――――――――――――――――――――


「ぎゃっ……!」


 真っ暗な家の中で、突然立ち上がった人影に、色気も何もない悲鳴を上げてしまう。

 でも、その驚きもすぐになくなった。その人影がレイスさんだと分かったから。


「び、びっくりしました……レイスさん……」


 そう言い終わる前に、気づいたら腕の中に引き寄せられていた。


「あ、え……えっと……レイスさん?」


 少し強いくらいに抱きしめられて、頭が追いつかない。

 それに、なんだか様子がおかしい。……震えてる?


 私はドキドキしながらも、そっと抱きしめ返す。


「……どこか、出かけてた?」


「あ、えと……泊まり込みで、リリアに裁縫と料理を習ってて。その、急に決まったことで……でも、レイスさん、明日帰るって言ってたから……」


 慌てて説明すると、レイスさんは、はぁ……と大きく息を吐いた。


「……美桜が一瞬いなくなったと思った。情けないな……」


「もう……私の居場所は、レイスさんのそばですよ。勝手に消えたりしません」


 照れくさくなって、最後は少し冗談めかして言う。


 しばらく抱きしめられたままでいると、腕の力が、少しずつ緩んでいくのが分かった。


 ……と思った、次の瞬間。


「え……?」


 体がふわっと浮いた。


 抱き上げられたまま、そのままソファへ運ばれる。

 レイスさんが腰を下ろし、私はその膝の上に座る形になっていた。


「……え、えっと……」


 頭が追いつかない。

 心臓だけが、やたらとうるさい。


 顔が熱い。

 たぶん、真っ赤だと思う。


 レイスさんの腕が、そっと背中に回される。


「……すこしだけ」


 低い声でそう言われて、ぎゅっと抱きしめられた。


 声を出す余裕もなくて、私はそのまま、腕の中で小さくコクっと、うなづく。


 いくら経っても、こういうのには慣れない。

 ドキドキも、全然おさまらない。


 それなのに。


 抱きしめられているうちに、少しずつ呼吸が落ち着いてくる。

 レイスさんの胸の上下に合わせて、自然と息をする。


 ……あったかい。


 ドキドキは残ったままだけど、

 さっきまでの強ばりが、ゆっくりほどけていく。


 私は、そっと体重を預けた。


――――――――――――――――――――

■レイス視点


 腕の中の美桜は、まだ分かりやすいくらい落ち着かない。


 触れるたびに、ほんの少し体が強張って、すぐに顔が赤くなる。

 それがもう、どうしようもなく可愛い。


 結婚してからも、ここは変わらない。

 慣れないまま、でも拒まない。


 腕の中で、少しずつ力を抜いていくのが分かる。

 ここを、自分の居場所だと、ちゃんと受け止めてくれている。


 その事実が胸の奥に静かに落ちて、

 張りつめていたものが、ゆっくりとほどけていく。


 まだ、離す気にはなれない。


「……ご飯にしませんか?」


 美桜が、遠慮がちにそう言う。


 視線を落とすと、まだ少し赤い顔で、こちらを見上げていた。


「……もう少し」


 そう答えて、また軽く抱き寄せる。


 美桜は一瞬だけ迷ったあと、何も言わずに身を預けてきた。


 その重みと温もりを感じながら、

 レイスは、ようやく本当に落ち着いた呼吸を取り戻していた。


 腕の中で、美桜の体温が静かに伝わってくる。

 さっきまでの不安が、嘘みたいに遠くなっていた。


 ここにいる。

 戻ってくる。

 そう思ってくれている。


 それだけで、十分だった。


 レイスは腕の力を少しだけ緩めて、

 それでも、離さないまま、もう一度息を整える。


 ――ここが、帰る場所だ。



※こちらは本編の後日談(2話目)となります。

本作は、これにて完結です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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