表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者パーティー、全員が残念キャラで成り立っています  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/12

第7話 失敗の祝祭

 冬の王都リブレリアは、失敗に寛容だ——建前では。実際のところ、雪の下でひび割れた石畳みたいに、人の心の下には細い線が何本も走っている。踏み間違えれば、たやすく崩れる。そんな街が、年に一度だけ線を笑い飛ばす日を決めている。名は「失敗祭」。最も盛大に転んだ冒険者を讃え、笑い、抱き起こすための、公式の祭り。


 朝、ギルドの掲示板に貼られた告知の紙は、いつもより厚かった。厚い紙は安心させる。けれど、角に触れると冷たい。黒い文字が目に痛いほどくっきりしていて、読みながらユウトは舌の奥に紙の味を感じた。


 ——失敗祭、本日。演目募集。寸劇、証言、再現歓迎。

 ——審査基準:①盛大さ②学び③会場の温度④“もう一度立ち上がる”顔。

 ——優勝賞品:勇者ランク★3への昇格(暫定)。


 「暫定、ってなんだよ」


 トゥルが鼻で笑った。笑いは軽いけれど、どこかで毛先が逆立っている。「昇格は昇格だろ。暫定の星なんて、冬の月みたいに薄い」


 「星は薄いほうが美しいこともある」


 ロッドが表紙のLEDをちろりと点し、穴の目で紙面を観察した。「それに、優勝賞品が“階級”なのは、祭りの本質をよく表す。人は、失敗から『立ち上がった感じ』に、階段を生やしたがる」


 メイは顎を上げて紙を読み、短く言った。「出るしかない。賞金じゃなくて星がもらえるなら、借金にだって利息以外の意味が出る」


 「利息以外の意味ってなに」


 「……笑う理由」


 サクラは微笑んだ。昨夜の奇跡の余韻はまだ彼女の指先に残っていて、触れた空気の縁が微かに光る。光は熱ではない。けれど、人の体温を思い出させる。「ねえ、ユウト」


 呼ばれたユウトは、掲示板から目を離せずにいた。紙の白が、雪よりも硬く見える。祭り。失敗。笑い。文字は軽く並んでいるのに、胸の内側で音が重くなった。


 「……参加、やめない?」


 言葉は低く、しかしはっきり落ちた。落ちた言葉は床で割れず、ただ冷えた。


 「笑われるのは、いい。僕は慣れてるし、面白がられるのも、まあ、救いだと思うときがある。でも、仲間が傷つくのは、嫌だ。泡スライムで転んだ時は笑えた。配信で炎上した時は笑えなかった。借金の紙を握りつぶした夜は、笑いの形がどこにも見えなかった」


 メイが腕を組んだ。鎧の継ぎ目が鳴る。「笑われるのと、笑わせるのは違う」


 サクラがその言葉を拾った。彼女の声は薄い雪の層を踏む音に似ていた。「笑われるのは、相手の都合。笑わせるのは、こちらの合図。どっちもときには痛い。でも、合図をこちらが持ってるなら、痛みは選べる。選べる痛みは、傷の形を少し変えてくれる」


 「合図、ね」


 ユウトはゆっくりと息を吐いた。吐く白さが紙に触れて滲む。滲みはすぐ乾いて、跡だけ残る。「合図が遅れたら?」


「遅れても、届く」



 サクラは迷いなく言った。「昨夜、そうだったでしょ。あなたが条文を“音で”呼んだとき、わたしの中の遅い光にも、ちゃんと届いた」


 ユウトは目を閉じ、頷いた。頷くと、肩の力が少し抜ける。抜けた力のぶん、指が動きやすくなる。「……わかった。やろう。笑わせる。笑って、泣いて、立ち上がる合図をこっちで打つ」


 準備は昼から始まった。ギルドの大広間は舞台へと様変わりし、天井からは氷と紙で作られた星がいくつも下がっている。星は軽く、吊り糸は細い。細い糸は、見上げると消える。消えるほどの頼りなさが、かえって人を近づける。客席はぎゅうぎゅうに詰まり、蒸気管の熱と人の息で白が揺れる。見えない窓の向こう、配信の文字が早口に流れ、たまに止まってはまた走る。


 司会役の少年が鐘を鳴らした。「さあ、失敗の祝祭へようこそ! 転べ、転べ、また転べ! そして——笑え!」


 歓声。笑い声。ひゅうという冷たい口笛。音の層が重なり、床が震える。震える床板の目地から、薄い影がのぞく。目の形。見ている。今日のそれは、いつもより、ほんの少しだけ温度が高い。


 最初の演目は、他のパーティーの「巨大オオコウモリ討伐失敗再現」。梁から吊られた布のコウモリに、冒険者が突っ込んで絡まり、もつれ、転がる。笑い。拍手。まばらなすすり泣き。誰かが「わかる」と言った。わかる、は万能の合図だ。温度の合図。


 出番は三番目。袖で待つあいだ、ユウトの手は汗で冷たかった。冷たさが骨に届くと、呼吸が速くなる。速さは怖さの隣に座り、時々場所を替える。サクラがそっと手を重ねる。彼女の指先は昨夜ほどではないが、やはり薄く光る。光は言葉ではない。けれど、言葉をゆっくり正しい場所まで押す。


 「行こう」


 ロッドが短く言った。表紙のLEDが一度、強く点いて消える。合図だ。合図のタイミングはひとつずれると、まるごと失敗になる。今日は、失敗を祀る日。ずれても、祀られる。だから、怖さは少し小さい。


 幕が上がる。白い照明が雪のように降り、舞台の床の古い傷を際立たせる。ユウトたちは並んだ。観客席が波打つ。波が引き、呼吸の拍が揃う。


 第一幕——泡スライム事件。


 トゥルが木枠の裏から、透明の膜を張ったフレームを押し出してくる。ロッドが光を投射し、膜の向こうに「蒸気管」「路地」「試験官」と書かれた紙片がふわふわ浮かぶ。サクラが小さくくしゃみをする仕草をし、小瓶の栓を抜くと、舞台袖から無数の泡が滑り出す。泡は軽い。軽さは、残酷さの仮面にもなる。泡に滑って転ぶ役のメイが、わざとらしい大袈裟ではなく、骨がきしむ種類の転び方を選ぶ。観客席から笑いと、短い「あ」という息が重なる。


 ユウトは慌てて謝る。「すみません、ほんとうにすみません!」——口癖の再現は笑いを取れる。だが今日は、そこから一歩踏み出す。ユウトは、そこで止めない。泡まみれの手で試験官役の人形を起こし、濡れた衣の裾を絞る仕草をする。黙って、短く会釈する。会釈の角度が、昨日と同じであること。それが、寸劇の核だ。観客席の笑いが少し柔らかくなり、拍手が小さく起きる。笑いの形が一つ、変わった。


 第二幕——配信炎上。


 透明板が舞台中央に立ち、目に見えない窓が現れる。文字が流れる。売名、駄女神、死ね——紙に刷れない言葉の中に、かわいい、がんばれ、ありがとう、が混ざる。トゥルが板の横で指を踊らせ、メイが板の前に立って一言だけ言う。「死ね、は軽い言葉じゃない」重たく言わない。静かに、確かに。笑いは止まる。止まった場所に、呼吸の音が落ちる。観客席のどこかで、小さな拍手が起き、すぐに散る。散るけれど、確かに残る。


 「見られている目は、冷たい。でも、ときどき温かい。温かいのは疑わしい。疑わしいものに救われる夜も、ある」


 ロッドのナレーションは乾いているのに、湿り気を呼ぶ。乾いた声に湿り気が混ざるのは、人がそこにいる証拠だ。


 第三幕——借金地獄。


 舞台の上に紙の扉が三つ並ぶ。どれを開けても回収屋。トゥルがコートの襟を立てて逃げ、メイが拳を握り、ユウトが扉の前で頭を下げる。扉の向こうの回収屋役の男が、紙の契約書を読み上げる。言葉は固く、冷たい。冷たい言葉が会場の隅に積もり、やがてサクラがその角に座る。


 「三十Gしか稼げなかった夜に、彼はわたしの手を握って、『みんなで残念なら、それでいい』って言った」


 サクラの語りは、歌に近い。歌わないのに、拍がある。拍があると、人は無意識に呼吸を合わせる。合わせることで、立ち上がり方の姿勢がそろう。客席のあちこちに、鼻をすする音。笑っていたはずの人が、口元を押さえる。押さえた指は、震えている。


 トゥルが袖から戻り、短く頭を下げた。「僕はチップを博打に使った。取り返せなかった。夢を見た、と言い訳した。謝った。……謝らない方法を、今、練習している」台詞は予定にない。けれど、予定外の言葉は良く響く。観客席の遠くで、誰かが「わかる」と小さく言った。その温度が、舞台まで届く。


 場内の照明が少し下がり、音がひとつ消えて、最後の幕が始まる。終幕——失敗の祝祭。


 司会の少年が舞台端に立ち、「総仕上げだ!」と叫ぶ。背後の布がはらりと落ち、壁一面に無数の目の絵が現れる。目は笑ってもいないし、怒ってもいない。ただ、見ている。舞台の床に貼った星形の紙が照明を返し、星の縁が薄く光る。ユウトたちは中央に集まり、互いの顔を見る。顔の中の弱い部分——笑いがうまく作れない口角、涙の跡、血の気のない唇——それらを隠さない。


 ユウトが一歩、前へ出る。足の裏に舞台の古傷が当たり、わずかに痛む。痛みは合図。合図の先に、言葉がある。


 「俺たちは、失敗した」


 静かに言う。静かさは、甘えない。「盛大に転び、派手に泡まみれになって、配信で燃えて、借金の紙で指を切った。——でも」


 雪のような照明の下で、ユウトは仲間を振り返る。メイの手は小刻みに震えている。彼女は強いが、完璧ではない。トゥルの笑いは薄いひびが走っている。ロッドのLEDは光ったり消えたり、調子は良くない。サクラの背中の羽はまだ黒ずんでいて、それでも音を持っている。


 「俺たちは、失敗しても、また立ち上がれる」


 その瞬間、舞台後方の目の絵に、ひとつずつ光点が灯った。誰かの手描きの星が、光を持ったかのように。照明の仕掛けだと頭は理解するのに、胸は理解しない。胸は、光をそのまま受け取る。受け取った場所から、熱が広がる。熱が広がると、涙は自然に落ちる。観客席のあちこちで、笑いと泣きが同時に生まれ、混じる。混じり合った音は、人のいる場所の音だ。


 サクラがユウトの隣に立ち、客席を見渡す。「笑われるのと、笑わせるのは違う。今日は——わたしたちが、笑わせた。あなたたちが、笑ってくれた。だから、痛みは選べた。選んだ痛みは、あたたかい」


 メイが剣を抜かずに掲げ、刃の代わりに掌で拍を切る。トゥルが両手を高く挙げ、ロッドが表紙を開いてページを一枚、空に放る。紙片は雪のように舞い、舞台の端で溶けたように消える。配信の文字が止まり、代わりに「拍手」のアイコンが画面いっぱいに弾ける。見えない窓の向こうで、誰もが手を叩いているように見える——それが錯覚でも、今はいい。


 拍手は本当だった。会場が、ぎゅっと熱を持って膨らむ。音の層が厚くなる。厚さの中で、ユウトはさっきまで張り詰めていた何かがほどけるのを感じた。ほどけた糸は床に落ちず、空に溶けた。


 鐘が鳴る。司会の少年が転びそうになりながら舞台の中央へ飛び出し、封筒を掲げる。「審査員長から、発表です! 今年の『失敗祭』——最も盛大に失敗し、最も美しく立ち上がった冒険者は……」


 間を取る。会場の息が止まる。止まった息の冷たさが頬を撫でる。止まった空気に、雪の匂いが混ざる。


 「チーム★2残念——!」


 歓声が爆ぜた。ユウトは耳の奥で音が割れるのを感じ、足首から膝へ、膝から胸へ、熱が一気に上がる。メイが「よっしゃ!」と叫び、トゥルが隣の知らない観客と抱き合い、ロッドのLEDが過去最高に眩しく光る。サクラが両手で口元を押さえ、目尻を濡らした。


 司会の少年が封筒を破り、さらに叫ぶ。「優勝賞品は——勇者ランク★3への昇格!」


 紙吹雪。星の紙。星の紙が照明を受けて本物みたいに瞬く。胸の奥に張っていた薄い膜が音もなく破れ、ユウトの喉から声が飛び出した。


 「俺たち、★3だあああ!」


 叫びは自分のものとは思えないほど明るく、遠くまで届いた。届いた先で跳ね返り、また戻ってくる。戻ってきた声は涙の味がした。涙はしょっぱい。しょっぱさは、体の水がまだ動いている証拠だ。


 壇上でメイが副賞の木札を受け取り、片手で高く掲げる。トゥルが星形の王冠をサクラの頭にそっと置き、ロッドが紙の証書を読み上げる。「友情スコア、暫定評価——三十から、四十へ。祭り補正あり。ただし、数値化できない“拍手熱”の指標が過去最高値」


 「拍手熱?」


 「人間の掌が出す温度の総和。わたしの仮説。単位は“ほかほか”」


 ロッドの乾いた冗談に笑いがまた起き、会場の熱が二度目の頂点に達する。司会は場を収めようとして収めきれず、音楽が鳴り、退場の合図がかき消される。雪のような紙片の向こうで、誰かが「ありがとう」と言っている。言葉は誰に向けたものでもなく、ただ正しい方向へ流れていく。


 舞台袖に下がった瞬間、ユウトは膝から崩れそうになった。サクラが支え、メイが背中を叩く。トゥルが笑いながら涙を袖で拭った。「やったな。暫定でも★3は★3だ」


 「暫定でも、光る」


 サクラが星形の王冠を外してユウトの頭にかぶせる。紙の王冠は軽く、冷たい。冷たさはすぐに体温で和らぐ。「ね、ユウト。『笑われる』と『笑わせる』、今日はどっちだった?」


 「どっちも、だった気がする」


 ユウトは笑った。笑いの膜はもう薄くない。「でも、最後に残ったのは、たぶん——拍手のほうだ」


 「拍手は、人が人を叩く音じゃないからね」メイが肩をすくめる。「叩く、じゃなくて、重ねる」


 「重なる手の音は、借金の計算に入らない」


 ロッドがLEDをひとつ点して、すぐに消す。消えたあとに残る熱が、彼にもあるのだと、ユウトは初めて思った。


 外に出ると、夜の王都は雪をやめていた。空は薄い灰色で、星は見えない。見えないのに、足元の雪がうっすらと光を返す。舞台の星紙の欠片が、何枚か風に乗って路地へ飛んできていた。拾い上げると、紙は冷たい。冷たさは悪くない。悪くない冷たさを、ポケットにしまう。


 「俺たち、★3だ」


 ユウトは小さく繰り返し、胸の中でその言葉を何度も撫でた。撫でるたびに、言葉の角が丸くなる。丸くなった言葉は、眠る前の呼吸に似ている。


 ふと、視線を感じて振り向く。路地の角、暗がりの中に、目がある。笑っていない、泣いていない、ただ見ている目。冷たくも、少しだけ温かい。温かさは疑っていい。疑いながら、ユウトは手を上げてみせた。目は瞬きをしない。しない代わりに、風が少しだけ優しくなる。


 「帰ろう」


 サクラが言う。足音が四つ、雪を踏む。ロッドのページが一枚、夜風に揺れる。メイが王冠を外して、今度は自分の胸に抱いた。トゥルがポケットの中の小銭を握りしめ、軽く笑った。


 笑いは薄い。薄いけれど、今日のそれはよく温かい。温かい薄さは、眠る前の毛布に似ている。毛布を肩まで掛けると、世界の音が一つ小さくなり、代わりに心臓の音が大きくなる。大きくなった心臓の音は、次の朝の合図だ。


 失敗の祝祭は終わった。終わった祭りは、明日の糧にはならない、という人がいる。ならないかもしれない。けれど、祭りの夜に拾った星紙は、ポケットの中でしばらく光る。光る間は、道を間違えにくい。間違えたとしても、笑って立ち上がる合図を、思い出せる。


 ユウトはポケットを握り、空を見上げた。星は見えない。見えないけれど、「★3」の形は、胸の中で確かだった。確かさは数字の外側で、拍手の余熱の中で、静かに呼吸している。呼吸の数をこっそり数えてから、彼は小さく、もう一度だけ言った。


 「俺たち、★3だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ