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勇者パーティー、全員が残念キャラで成り立っています  作者: 妙原奇天


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第4話 ギルド杯予選と“友情スコア”導入

 朝いちばんのギルドは、湯気と紙の匂いが混ざって重たい。掲示板の前に人の輪ができ、誰もが小首をかしげて同じ紙をのぞきこんでいた。紙はまだ乾ききっていなくて、角に指を置くとわずかに冷やりとする。黒い太字が浮かび上がる。


 ——新制度導入:「友情スコア」

 ——パーティー内信頼度を可視化。基準値50。

 ——基準未満の場合、依頼報酬は最大半減。

 ——ギルド杯予選での奮闘により加点の機会あり。


 ユウトは、喉の奥に紙の味を感じた。味はしないはずなのに、味がある気がする。紙面の下には各パーティーの初期値が並び、目は自然と自分たちの行へ滑っていった。


 ——チーム★2残念:友情スコア 10


 「十」


 メイがゆっくり読み上げ、半笑いでこめかみを押さえた。鎧の継ぎ目が乾いた音を立てる。


 「十て。平均が五十で、十。報酬半分確定。地獄の割引」


 「割引という言い方、妙にうまい」トゥルが肩をすくめる。フードの影からいたずらっぽい目だけが覗く。「賭場なら“逆張りの香りがする”って言うやつ。つまり、ここから上げれば旨い」


 「賭ける気満々ね」サクラは紙の端をそっと撫で、薄く笑った。「わたしは、この“友情”という名の監視に、だいぶ心がざわざわしてるけど」


 「監視?」


 「名前がやさしいと、刃が隠れる。天界の総務でもそう。『善意報告フォーム』とかね。開くと、心が紙みたいに裂ける」


 ロッドが低く唸り、表紙の穴の目を掲示板に向けた。目は、穴なのに視線が出る。


 「計算式、推測。共同行動の一貫性、相互の援護回数、危機時の判断一致、笑顔の同期率……。可視化は便利。だが、目盛りに入らない部分が削れる」


 「削れるたびに軽くなって、軽くなるたびに危うくなる」ユウトは息を吐いた。白さが紙面にかかり、文字がいちど霞んで戻る。「……ギルド杯、出るんだよね。出れば加点のチャンス」


 「出る。賞金はでかい」メイは迷わず拳を握った。「賞金で借金を殴る。単純でいい」


 「俺は賭ける。大会は賭けの花」トゥルは楽しげに手を揉んだ。「友情スコアが上がるごとにオッズが動く。つまり、人の心で稼げる」


 「わたしは復職ポイント」サクラはきっぱり言う。「ギルド経由で天界とつながる窓口がある。“信頼”の証明、左遷部が好きな言葉」


 「動機、ばらばら」ロッドが簡潔にまとめた。「だから面白い。だから危険」


 ギルド杯予選の会場は、王都北の訓練場を拡張して作られた即席の闘技場だった。雪の白が土の上に薄く残り、踏み固められた面は氷の皮を被っている。観客席は蒸気管の熱でぬくもり、息を吐くたびに歓声の白が立ち上る。空には目に見えない窓が開き、魔導配信の文字が流れていく。わたしたちが歩き出すと、その文字はわずかに速度を上げた。


 「初戦の相手は——」


 ロッドがページをめくる。乾いた音が空へ吸い込まれる。


 「スライム百体、同時」


 「百」メイが剣の柄を握り直し、肩を回す。「昨日の遺跡より数が多い。でも、数は数。斬れば減る」


 「斬っても分裂するやつ、いるよ」トゥルが指先で空中に小さな円を二つ描いた。「円が円を産む。一円は借金にもなる」


 「借金の話は一回隅に置こう」


 ユウトは笑ってみせた。笑いは薄い膜で、寒さを一瞬だけ止める。止まっている間に呼吸を整えた。胸の奥で速さが揃うのを待つ。


 開始の鐘が鳴った。地面の影がざわりと動き、透明な体が次々と湧き上がった。薄い青、弱い黄、雪の白を吸って無色にも見えるもの。百のぷるり、百のしゅわり。空気の粘度が急に変わり、足首の動きが一瞬遅れる。


 「陣形、三角。メイ前、ユウト中、サクラ後衛、トゥルは右回りで撹乱。わたしは俯瞰——」


 ロッドの戦術指示が途中で止まり、ページがばさばさと勝手にめくれた。穴の目が一瞬真っ白になり、表紙の隅の小さなLEDがちかちかと点滅する。


 「エラー。入力過多。観測重複。評価ループ発生。戦術アルゴリズム、バグ」


 「このタイミングで!?」メイが叫び、最初のスライムをすれ違いざまに横薙ぎにした。刃が通り、身体が二つに割れ、二つがそれぞれぷるんと立った。観客席から一拍置いて笑い声。笑いは冷たく、でも熱い。


 「ユウト、こっち」


 サクラが杖を振り、小さな光を点々と起こす。光は目印だ。目印の周りにスライムが集まり、ぴちぴち跳ねる。跳ねるたびに足元が滑り、メイの斬撃が一つ、二つ、三つと空を切った。トゥルは身を低くして滑るように動き、腰の短剣でスライムを釘のように地面へ留める。留めた瞬間、別の個体が横から押してきて、釘は抜ける。


 「ロッド! 戻れ!」


 「戻らない。戻れない。入力を切るには、外部の窓を閉じる必要が——」


 ロッドが言い切る前に、ユウトの目の前で大きなスライムが跳ねた。跳ねたと思ったら、伸びた。ゴムみたいに伸びて、頭の上から被さってきた。息が一瞬奪われ、視界が曇る。曇りの向こうで、観客の笑いがはじけた。


 「人間味、ある!」

 「駄目かわいい!」

 「素手で行け!」


 流れてくる文字が、目に見えない窓から雪みたいに降りてくる。降ってきた言葉が皮膚に貼りつく。冷たくて、少し熱い。ユウトは息を吐き、吸い、吐いた。吸うたびにスライムの身体が胸に密着し、吐くたびに少しだけ浮く。浮いた瞬間に、指を差し込んだ。差し込んだ指は冷たさでしびれ、痺れが肩にまで上がる。けれど、そこに核がある。薄い固さ。小さな寒い石。心臓の収縮みたいなリズムで震える。


 「ここだ」


 ユウトは素手で掴み、引き抜いた。指先の皮が持っていかれそうな痛みと一緒に、透明だった塊の中心から白い気泡がはじけ、スライムは一瞬でへたり込んだ。核は指の間で硬い音を立て、雪の上に落ちる。


 「素手! 素手で抜いた!」

 「星あげる!」

「危ないやつだ、好き!」


 笑いと歓声が一度に押し寄せ、ユウトの耳の奥でざわざわと波になる。波が押し戻してくる前に、もう一匹が飛びかかってくる。ユウトは身をひねって肩で受け、両手でまた核を探った。指はもう痛みを超えて、薄い熱だけになっている。熱は、恐怖の隣で静かに座る。隣に座っているのを忘れなければ、手は動く。


 「真似する!」


 メイが叫び、剣ではなく素手でスライムに突っ込んだ。鎧の小手の隙間にぷるりとした感触が入り込み、彼女は顔をしかめながらも笑った。「うえっ、でも、こう?」


 核を掴み、ひねって抜く。彼女の動きは雑なのに正確で、抜けた瞬間の冷たい音が気持ちよかった。トゥルは短剣で核の位置を突いて浮かせ、サクラがその核に小さな光の輪をはめて固定する。ユウトは、固定された核を素早く弾いて雪に落とした。


 百体のうち、三十、五十、七十。数字は口に出す前に体の感覚で数えられていく。汗は冷たく、息は白い。白い息の向こうで、観客が笑っている。笑いすぎて涙が出ている人もいる。泣くほど笑う人を見るのは、不思議に救われる。救われるたびに、指の動きが速くなる。速さは恐怖を追い越す。


 最後の一匹がぴちりと跳ね、核を自分で外へ押し出して降参したみたいにへたった。雪の上に並んだ小さな硬い粒は、冷たい鈴の音を残して静かになった。静かさに遅れて、歓声が爆発する。観客席の蒸気が一斉に揺れ、見えない窓の文字が踊る。


 「人間味ありすぎ」

 「トレンド入り:素手パーティー」

 「友情スコアって、これで上がるの?」

 「上がれ! 上がってくれ!」


 ロッドのLEDがぴ、と一度明滅した。穴の目が戻る。ページの震えがおさまり、声がもとの乾いた調子に戻る。


 「戦闘終了。統計、出る。援護回数、相互同調、笑顔同期率、観客の“呵呵率”……友情スコア、加点判定」


 巨大な水晶板に、各パーティーの数字が映し出される。わたしたちの行に、緑の小さな矢印が二つ、三つと並び、最後にぽん、と数が跳ねた。


 ——友情スコア:10 → 30(+20)


 観客席がぐるりと一周するようにどよめいた。数字は冷たい。冷たいのに、このときばかりは指の先で小さくじん、と鳴った。鳴りが体の内側に鉱石みたいな響きを残す。


 「二十、上がった……」


 メイはヘルムを外し、額の汗を袖で雑に拭った。目元に残った泡が光って見える。


 「勝つことじゃなくて、笑い合うこと、なのかもね」


 サクラがぽつりと言った。照れた笑い方は、舞台の上の笑顔より少し不器用で、少しやさしい。不器用なやさしさは、数字の外側でしか生まれない。


 「笑い合って、助け合って、素手で殴って上がる友情」トゥルが肩を揺らした。「嫌いじゃない。賭けも勝った」


 「勝ったの?」ユウトが目を丸くすると、トゥルは親指と人差し指で小さな輪を作った。


 「ちょっと。友情は金になる。最低だな、俺。でも、最低のままより、笑ってるほうが、まだまし」


 ロッドは黙っていた。沈黙は否定ではなく、測り直しだ。表紙の端でLEDがまた一度だけ光り、消える。消える前に、ユウトはふと、観客席の奥の影の中に動かない目を見た。笑っていない目。数字にも笑いにも反応しない、氷の目。目は、こちらを見ている。その視線の温度だけが、今日の空気の中で異物だった。


 「ユウト?」


 サクラが袖を引いた。彼は首を振り、笑ってみせた。笑いは薄い膜。膜は破れる。破れたら貼り直す。貼り直すたびに、手の中に少しだけ温度が残る。


 帰り道、掲示板の前には新しい紙が貼られていた。トレンド欄に、チーム★2残念の名前。横に、小さな手描きの星が三つ。誰が描いたのか、わからない。けれど、線は丁寧で、震えがあった。


 「十から三十。まだ足りない。けど——」


 ユウトは小さく息を吐く。白さが紙の前で丸くなる。


 「報酬半減の寒さは、少しだけ薄くなった気がする」


 「薄くなる“気がする”ことを笑う人もいるけど、それでも薄いほうがいい」メイが肩を回し、鎧の鳴る音を聞いた。「次も勝つ。笑って、勝つ」


 「笑いが続けばいいけど」サクラは空を見上げる。蒸気が低く流れ、雲の向こうに星は見えない。「笑いを見てる目は、笑っていないとき、どこを見てるのかな」


 誰も答えなかった。答えなかったけれど、それぞれの胸の中で、同じ場所に目印が灯った。目印は小さく、消えやすい。だから、みんなで見ていく。見続けるあいだは、きっと—。


 ギルド杯の二回戦の組み合わせが、夜のうちに発表された。紙の角はまた冷たく、文字は相変わらず黒かった。黒の端に、誰かの指の跡。指の跡は、光ではなく温度で残る。温度の跡がある限り、友情という名前の目盛りの外側にも、たしかな何かがあるはずだと、ユウトは信じた。信じることは、きっと、数字にはならない。数字にならないことを、抱えて走る準備だけは、もうできていた。

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