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勇者パーティー、全員が残念キャラで成り立っています  作者: 妙原奇天


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第3話 借金と遺跡の罠

 夜の王都は、雪の反射でほんの少し明るい。白はやさしく見えるけれど、冷たさの奥に静かに鈍い音を隠している。路地の角を曲がるたび、靴底の凍りが割れて、薄いガラスの破片みたいな音がする。

 トゥルの借金は、文字通り爆発した。比喩ではなく、闇ギルドの回収屋が投げた小型爆裂符が、私たちのテーブルの端でぱちりと火花を散らし、木目に焼け穴を開けたのだ。煙の臭いに混ざって、冷たい鉄の匂いがした。店の主人は怒鳴ったが、怒鳴り声より早く、トゥルは椅子を跳ねのけて立ち上がる。

 「延滞利息、三日で二倍。今日で四日目。計算できるか、トゥル」

 回収屋の声は笑っていなかったのに、何かが笑っている響きがあった。彼の肩の紐にぶらさがる鉄札には、闇ギルドの印。黒い目の形。その目は、覗き込むというより、穴を開ける種類の目だ。

 「できるけど、いやだ」

 トゥルは素直に言って、逃げた。逃げる姿は、彼の生き方の形そのものだ。素早く、無駄がないのに、どこかで無茶をする。私たちも遅れて続いた。サクラは外套の裾をぎゅっと握り、メイは鎧の肩を鳴らして前に出る。ロッドは勝手にページを薄くし、私の背中にぴたりと吸い付いた。

 「逃げるだけじゃ、終わらない」

 角を二つ曲がったところで、メイが小声で言った。息が白く、街灯の下で粉雪みたいに散る。

 「終わらせる方法、提示」

 ロッドが囁く。穴の目が一度だけ瞬いた。

 「緊急依頼。報酬二倍。受注時点で前金が出る。受けるか?」

 「何の依頼」

 「古代遺跡から“冷光石”の回収。納期、今夜」

 サクラが短く息を飲んだ。冷光石。名前だけで、喉の奥が冷たくなる。冬の真夜中にしか光らない石。触れた指から体温を奪う代わりに、暗闇の輪郭を浮き上がらせる。昔、天界から降った欠片だという説もある。落ちた欠片は、落ちた場所の言葉を覚える。覚えた言葉を、光るたびに誰かの耳にこすりつける。

 「前金は?」

 トゥルが振り返らずに言った。走りながら聞く声は、息で震える。

 「コイン百。残り納品後に百」

 「受ける。受けるしかない」

 ギルドの陰口と闇ギルドの足音に追い立てられて、私たちは雪の中に飛び出した。王都の外縁、工場地帯をさらに抜けた先に、黒々と口を開けた丘がある。古代遺跡。王都が王都になる前に、誰かがここで何かを祈り、埋め、封じた場所。雪は音を吸い、遺跡の入口は言葉を吸う。吐く息に混じる自分の声が、少し遅れて戻ってきて、別の誰かの声みたいに聞こえた。

 入口に、古い石柱が二本立っている。石の表面に刻まれた文字は雪で半分隠れていたが、サクラが指で払うと、薄い光が筋を走った。光は冷たく、触れた指先から理性を細く削って持っていく。サクラは眉をひそめた。削られすぎると、彼女はくしゃみをする。くしゃみで世界がわずかにずれる。ずれは危険だ。危険は、時々、扉になる。

 「戻るなら、今」

 メイが低く言う。誰も戻らなかった。戻れなかった。回収屋の足音は、もう遠くない。闇は目を開けて待っている。待っている目は、親切ではないが、正直だ。

 中に入ると、空気が変わった。雪の匂いが消え、石の冷たさが鼻の奥に張り付く。壁は地上よりも白く、白さが光を拒んでいる。床に薄く水が流れていて、足音に小さな波紋が重なった。波紋は音になり、音は細い糸になって、天井の暗がりに引き込まれていく。

 「冷光石は、下層。温度の谷に沈む」

 ロッドが淡々と告げる。「回収の際、言語刺激に注意。石は学習する。学習した言葉で、こちらを揺らす」

 「つまり、喋る石ってこと?」

 トゥルが笑う。笑いは強がりの形をしているけれど、ちゃんと暖かい。暖かさは油断の友達で、同時に帰り道の目印だ。私はその笑いを後ろポケットにしまって、前を見た。

 最初の広間は、空っぽに見えた。見えるものが少ない場所ほど、見えないものが多い。壁の四隅に、欠けた円が刻まれている。円はどれも、ほんの少しずつ欠け方が違う。欠けは口の形に似ていた。笑っている、怒っている、泣いている、黙っている。黙っている口は、一番怖い。

 「罠、ある」

 トゥルが早口で言った。彼は床を見ないで、壁を見て、天井を見て、また床に視線を落とす。視線は刃物みたいに薄く、触れた先の空気だけが切れる。「魔力の糸。踏むと“評価”されるタイプ」

 「評価?」

 メイが眉を寄せる。「罠に星つけられるの?」

 「罠が星をつける。お前の歩き方、呼吸、迷い。星が一定以下だと、閉じる」

 「……誰が、見てるのかな」

 私の問いに、ロッドは答えなかった。答えないという答えは、私たちを冷たくした。冷たさは、早歩きに効く。私たちは一列になって進んだ。トゥルが先頭、次にメイ、私、サクラ、最後尾にロッド。ロッドは本なのに歩く。ページの摩擦音が、雪の代わりに私たちの足跡になった。

 最初の糸は、薄かった。視界の端にかろうじて引っかかる程度の光。トゥルは靴の側面でそれを撫で、糸が震える方向を見極めてから、足を置いた。私たちは彼の靴跡に自分の靴を重ねた。重ねるたびに、糸は少しだけ色を変えた。色は星の色。薄い金、雪の青、煤の白。星は数字にならず、温度だけを残した。

 広間を抜け、狭い通路に入る。通路は曲がりくねっていて、曲がり角ごとに小さな石像が立っている。石像は目をつぶっているのに、見られている感じがした。見えない視線は、音と場所を奪う。奪われるたび、サクラの指先がぴたりと止まる。彼女の奇跡は、視線の量に影響される。視られすぎると、うまく光れない。

 「ここ、まずい」

 トゥルが言った瞬間、床がわずかに沈んだ。沈んだ感触は、雪ではなく泥に似ている。足首のすぐ上を冷たい輪が締め、通路の前後で石が滑った。出口が、音もなく閉じる。閉じる音は、耳ではなく骨で聞いた。私は喉の奥で対策を探し、サクラが小さな光を点け、メイが剣の柄を握り直す。

 「罠、作動。評価開始」

 ロッドの声が不自然に明るかった。明るさは、人工物の防腐剤みたいに、怖さを遅らせる。「解除、試行」

 ページが回転し、文字が通路の壁に薄く投影される。投影は凍った空気に細いひびを入れる。ひびの向こうに、別の空気がある。別の空気は、もう少し冷たい。

 「だめ。鍵が“感情鍵”に置換されている。論理では開かない」

 「感情で開く?」

 サクラが自嘲気味に笑う。「天界、そういう仕組み好き。人間の感情で扉を測る。こっちは、よく滑る」

 「ユウト」

 メイが名を呼ぶ。振り向くと、彼女の目がいつもより暗かった。暗いというのは、光がないのではなく、光が遠いことだ。遠い光は美しいけれど、助けにはならない。「どうする」

 「みんなで、生きて帰る」

 口は勝手にそう言った。声は通路の白に吸い込まれ、壁の欠けた円に反響する。反響は、薄い笑いに変わって戻ってきた。笑いは、私の言葉を試す。試される言葉は、震える。震える言葉は、罠に美味しい。

 「理性、少し貸す」

 サクラが私の手を握った。指先が冷たく、内側に薄い電気が走る。彼女の奇跡は、また少し削られた。削られるたび、彼女の影が濃くなる。影は羽に形を与える。彼女の背中に、見えない羽がある。左遷される前は、見える羽だった。今は、ときどき、音だけ立てる。

 「マナ、残量少」ロッドが告げる。「資源配分、再計算。メイ、トゥル、動ける時間、二分」

 「二分で足りる?」

 「足りない。足りないけど、動くしかない」

 メイはためらわずに腰の小瓶を一本、石床に叩きつけた。透明な液体が砕け、白い蒸気が低く広がる。最後のマナポーション。香りはほとんどなく、ただ空気の粘度が変わった。粘度が自分の動きと合えば、奇跡はまっすぐ出る。合わなければ、泡になる。

 「行くよ」

 トゥルが前に体を投げるように進んだ。彼の身体は罠の糸の間にぴったり収まるようできているのかと思うくらい、細い場所を通った。肩をひねり、膝を落とし、足の甲を石の角に乗せ、息を止める。止めた息の時間が、彼の持ち時間の半分を奪う。奪われるのを承知で、彼は進んだ。進むたび、壁の欠けた口が少しだけ形を変える。口は笑っている。笑いの意味は、こちらの側で決まる。

 「サクラ、支援」

 私は彼女の手を握り直した。指先から、薄い光が糸の輪郭を浮かび上がらせる。輪郭が見えると、怖さは形を得る。形を得た怖さは、少しだけ小さくなる。小さくなった隙間に、トゥルが身体を差し込む。差し込むたび、彼の影が壁に貼りつき、次の瞬間には剥がれる。剥がれた影は、私たちの足元に落ちた。影を踏むと、足首が冷えた。

 「あと少し」

 メイが低く言った。彼女は背中で私たちを守りながら、前にも目をやっている。前と後ろを同時に見ることはできないのに、彼女はそれをやってみせる。やってみせる人の背中は、少しだけ壊れやすい。

 そのとき、通路の奥から、光が漏れた。冷光石の光。青白く、息を吸うと肺の内側まで冷やす種類の光。光は、言葉を持っていた。耳ではなく、皮膚に触れる言葉。雪の結晶みたいに細い文が、私たちの頬に貼りつく。

 ——見ている。

 ——評価している。

——あなたは何点?

 「黙れ」

 メイが剣を振ると、光の文がいくつか破れた。破れた文の欠片が、粉雪みたいに舞って、すぐにまたくっつく。言葉は何度でも形成される。形成されるたび、こちらの側の形を崩してくる。

 「解除、不能。パラメータが“群体感情”」

 ロッドの声が少しだけ濁った。「外部観測者の総和が鍵になっている。今この遺跡を“見ている”目が、扉の重さを決めている」

 「配信、切ってるよね」

 トゥルが振り向きざまに言う。額に汗。汗はすぐに冷たくなり、白い塩の匂いを出す。

 「切っている。だが、見ている目は…別の層」

 サクラが息を詰めた。天界の網の目は、地上の配信と違う。違うのに、似ている。似ているから、混ざる。

 「開ける」

 サクラが言った。言葉は軽かったが、決心の重さは背中の見えない羽に乗っていた。「一瞬だけ、借りる。女神としての“正式権限”。罰は受ける。二度と戻らないかもしれない。戻らなくていい」

 「戻らなくていいは、ダメだ」

 私の声は自分でも驚くほど強く出た。「戻って。罰が降りても、戻って。帰り道で壊れる人が一番多い」

 サクラは目を細めた。彼女の瞳は、雪の反射で少し色が浅く見える。浅い色は傷が目立つ。見えてしまう傷は、守りたくなる。

 「ユウト」

 メイが短く呼んだ。トゥルが最後の糸を跨ぎ、先の広い空間に飛び込む。そこに、冷光石があった。祭壇のような台座の上に、拳ほどの石が五つ。五つはそれぞれ、違う声で囁く。あなたは何点。あなたは何点。あなたは——。

 「今」

 サクラが一歩、前に出た。指先が白くなり、爪の先から薄い音がした。彼女の背中の見えない羽が、音だけ立てる。音の数だけ、彼女の理性が削れる。削られた理性の穴から、正式権限の線が一本、伸びた。線は細く、まっすぐで、震えない。震えない光は、神光と呼ばれる。神光は、結界の表だけでなく、裏側の縫い目も焼く。焼かれた縫い目は、遅れて悲鳴を上げる。

 光が走り、結界が裂けた。裂ける音は紙の音に似ているのに、耳の奥で血が流れる音も混じっていた。冷光石の囁きが一瞬途切れ、広間の空気が素に戻る。素に戻った空気は、冷たくて、やさしかった。

 同時に、天井の暗がりから、紙片がひらりと落ちてきた。紙は見た目に反して重く、床に触れると小さな衝撃音を出した。文字が一行、黒く浮かぶ。

 ——左遷部通知:再降格。

 「早い」

 サクラが肩をすくめて笑おうとして、笑いきれなかった。背中の羽が、音だけでなく色も持った。白いものが、じわりと黒ずむ。黒は美しい。美しいけれど、冷たい。冷たさは痛みに近い。痛みは、生きている証拠だ。

 「回収」

 ロッドが促し、メイが冷光石を布で包んだ。素手で触れると、指の言葉を奪われる。言葉を奪われると、帰ることができない。帰るには、誰かの名前を呼ばなければいけないからだ。

 戻り道は、来たときよりも短く感じた。短いと感じるのは、恐怖が時間を飲んだからだ。飲まれた時間は、後から喉に詰まる。今は詰まらない。今は、ただ走る。罠の糸はまだそこにあり、壁の口はまだ笑っている。笑いは励ましにも聞こえる。聞こえ方を選ぶのは、こちらだ。

 外に出ると、雪はさっきより深くなっていた。夜風が頬を刺し、街の灯りが遠くで震える。呼吸を整える間もなく、丘のふもとに黒い影が待っていた。闇ギルドの回収屋が二人。足元の雪が踏み固められて、黒い床になっている。黒い床には、薄い目の形がいくつも擦り込まれていた。

 「納品、確認」

 彼らは事務的で、冷たいのに、冷たさの奥に小さな満足がある。紙袋に包んだ冷光石の重みは、手渡した瞬間にこちらから消えた。消えるのはいつも早い。消えたあと、残るのは息の白さと、手のひらの汗の匂いだけだ。

 「報酬は?」

 トゥルがひび割れた声で訊く。回収屋の一人が片眉を上げ、鉄札を指で弾いた。

「差し押さえ。契約時の担保条項、読めないのか、トゥル。お前の借金は、契約した瞬間にここへすべて流れ込む。今日のコインは、穴を塞いで消えた」


 穴、という言葉が喉を冷たくした。穴は目に似ている。目は、こちらを見るために存在する。借金の穴は、こちらを見ながら、こちらの中身を吸う。

 「ふざけるな」

 メイが一歩出かけて、足を止めた。彼女は、止まれる。止まれる人は、強い。サクラは微笑まなかった。微笑みは危ない。危ないけれど、今は必要ない。

 「次も、待っている」

 回収屋は言って、雪に黒い足跡を残して去った。足跡はすぐに雪で薄くなる。薄くなった足跡の上を、夜風がなぞった。なぞられるたび、私の胸の中で何かがきしむ。きしむ音は、家の冬の柱の音に似ている。似ているのに、ここには帰る家がない。

 丘の上の遺跡は、もう何も言わなかった。言葉を吐ききった場所は、静かだ。静かな場所は、怖い。怖いのに、少しだけ安心する。安心は、危ない。

 「ゼロか……」

 トゥルが空を見た。空には星が見えない。見えない星は、どこかで誰かの紙に増えているのかもしれない。彼の息は白く、白さが彼の言葉を包んで、すぐに消えた。

 「借金は残る」

 私は言った。声は雪に吸われ、足元で薄く広がった。「でも……みんなが残ってる」

 言ってから、自分で少し笑った。笑いは軽い。軽いものは、雪に浮かぶ。浮かぶものは、風に流れる。流れても、全部は消えない。靴跡の縁に、笑いの薄い跡が残る。跡があれば、帰ってこられる。

 ロッドの表紙の端、穴の目の横で、小さな光が点いた。LED、と彼は呼ぶ。古いのに新しい、無意味みたいで意味のある光。点いたり消えたりして、雪の反射と混ざる。

 「人間、非効率だな。だが悪くない」

 彼はそう言い、光を一度だけ強くした。強くなった光は、目印になった。目印があるから、足は前に出る。前に出る足が、また冷たさを踏む。踏むたびに、冬は深くなる。深くなるほど、星は遠くなる。遠い星は、まだ見えない。見えないけれど、そこにあると、誰かが言う。その誰かが、私たちだといい。

 サクラは背中の羽に手をやった。黒ずんだ色は夜に溶け、代わりに音だけが残った。音は、雪の上の細い糸みたいに長く伸び、風にちぎれて消える。消える音を、私は胸の内側に集めて、温めた。温めることは、私にできる数少ない奇跡だ。

 夜はまだ途中だった。王都の灯りは遠く、闇ギルドの目は近い。借金の穴は口を開け、遺跡は口を閉じた。閉じた口は、黙って私たちの帰り道を見ている。黙った目が一番怖い。でも、見られることに慣れたら、きっと何かを失う。失いすぎないように、笑いを一つだけ残して、私は雪の道に足を置いた。

 みんなが続いた。靴跡は重なり、重なるたびに深くなる。深くなった跡に、雪がまた降り積もって、白い蓋がされる。蓋の下に、私たちの夜が閉じ込められる。閉じこめられた夜は、いつか誰かの物語になる。誰かがそれを見て、笑うかもしれない。怖がるかもしれない。星を投げるかもしれない。投げないかもしれない。

 それでも、今は、みんなが残っている。残っている手を、私は確かめた。冷たさの中で、温度はゆっくりと形を持つ。形は、帰る場所の輪郭に似ている。輪郭がある限り、私たちは帰れる。帰るたびに、借金は減らないかもしれない。でも、笑いが増える。笑いは軽い。軽いものは、時々、世界を動かす。雪の上で、ほんの少しだけ。


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