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勇者パーティー、全員が残念キャラで成り立っています  作者: 妙原奇天


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12/12

第12話(最終話) 残念で、最高の日

 雪解けは、音から始まる。王都の石畳の目地に残っていた薄氷が、朝の蒸気と靴音に押されて、かすかな鈴のような音でほどけていく。水は目には見えにくい道筋を選び、路地の影をゆっくり濃くした。冬の間に硬くなっていた匂いはひとつずつ深呼吸を覚え直し、魚屋の氷槽から上がる潮の匂いと、屋台の油の甘いにおいと、どこかの家の煮込みの香りが、重ならないまま同じ風に混ざる。

 ユウトたちは、小さな依頼をひとつずつこなしていた。朝は「落とした手袋捜索」。昼前に「猫の木登り救助」。午後は「蒸気弁の開閉点検」。紙の端に“緊急”“高額”“討伐”の文字はない。報酬欄は控えめで、角の欠け方も余白の取り方も地味だ。でも、それでいいのだとユウトは思う。紙の手触りは冷たく、角で指を切りそうになっても、切らなければ済む。切れなくても、血はめぐる。生きていくには、それで十分だ。

 猫の救助は、結果だけ見れば簡単だった。蒸気管の熱で外壁の霜が早めに溶け、石のうろこはふやけて柔らかい。メイが肩車を申し出て、ユウトは遠慮して、結局トゥルが「俺のバランス感覚に賭けてよ」と笑って、すばしこい手つきで猫の首の後ろをそっとつまんだ。猫は抵抗せず、むしろ安堵の重みで力を抜く。抱えた彼の腕に細い喉の音が伝わり、ユウトは自分の喉の奥にもその振動を感じた。喉の奥のあたりで、冬の間ずっと硬かった何かが、小さく欠伸をした。

 「はい、どうぞ」

 猫の主の老婆は銀貨一枚と、包み紙にくるんだ焼き菓子を渡した。小麦と蜂蜜の匂い。熱はもう残っていないのに、紙の内側の空気だけが少しだけ甘い。「お代は、ちゃんと払うよ。笑いも、つける」

 「笑いは、値札つけにくいんだ」

 メイが肩をすくめ、銀貨をロッドの表紙に挟んだ。ロッドは最近、収支のページを詩で埋めてしまう癖がついた。AIモードだとかで、ページの隅に小さな韻を並べるのだ。「受領記録:銀貨一/笑顔多数——“笑いは勘定科目外、決算の余白に咲く花”」

 「余白に咲く花って、買い叩かれやすそう」

 トゥルが笑って、腰の革袋に手を伸ばしかけ、すぐに引っ込めた。「……今日は賭けない。もう三日続いてる」

 「四日目につながる三日目は、偉い」

 サクラが言った。彼女は今、昼は酒場で働いている。手に取ったジョッキの曇りを布で拭き、泡の跡を光で乾かす——もう奇跡というより、手際だ。客の笑いの拍に合わせて水差しを傾け、疲れた顔の客には氷を一つ多めに、喧嘩腰の客には静かな視線を一拍だけ長く。女神の肩書きはもう背中に乗っていない。乗っていないのに、彼女の手が差し出す水は、いつも少しだけいい温度だった。

 「賭けない記録、三日。あと一日で習慣」

 ロッドがLEDを点け、さらりと詩を綴る。「“賭けない指先、硬貨の重さでなく、自分の重さを測る”」

 「ロッド、詩はお金にならないよ」

 メイが釘を刺すと、ロッドはページを一枚めくって収支表に戻った。最近の彼は、数字と比喩を隣り合わせで書く。「収入:猫/銀貨一、蒸気弁調整/銅貨三、落とし手袋/焼き菓子。支出:油、釘、リボン(猫用)。貯金:メイのほうは——」

 「触るな」

 メイは耳まで赤くして、腰の小袋をぎゅっと押さえた。冬の間に彼女はようやく貯金という概念を身体のどこかに定着させ、財布の中に仕切りを作った。使う金と、使わない金。使わない金のほうが少し重いと言い張るのが、彼女らしかった。「今日は、リボン買ったのだって経費だから。猫に付けると、見つけやすい」

 「賭場でリボンを賭けようとするのはやめてね」

 サクラが笑い、トゥルは両手を上げて降参のジェスチャーをした。笑いは軽いが、足元に残る。

 午後、蒸気弁の点検に向かう途中、街角の掲示板の前で足が止まった。そこには新しい紙が貼ってあり、見慣れない書体で大きな文字が踊っている。「ギルドSNS・話題のパーティーまとめ」。紙の中の窓の向こうで、文字が縦に流れ、顔写真の横に星が並ぶ。星は派手な金色ではなく、鉛筆で塗ったような柔らかい灰色で、端のひとつだけ濃い。

 ——チーム★3残念。レビュー★4.9。“人間味満点の星”。

 ——人気の理由:土下座タックル/高級装備乱舞/賭けない記録/女神の酒場勤務/詩人の帳簿。

 ——代表動画:「泡スライム再訪」「冬の文字と春の手」「リボンつけた猫、逃げない」

 「……★4.9、って、ほぼ満点じゃん」

 トゥルが目を丸くした。目の丸さは純粋で、少し子どもに戻る。「いつの間に」

 「いつも間に、だよ」

 メイが紙の角を軽く叩いた。「満点じゃないのが、いい」

 「満点じゃないほうが、夜道で目印になる」

 ロッドがまた詩の癖を出し、ユウトは笑った。笑いながら、胸の奥のほうで薄い氷が小さく鳴った。冬の目——あの、見られている感覚。路地の釘穴みたいな目は、完全に消えたわけじゃない。ときどき、雲の影から顔を出す。けれど、前ほど温度を奪わない。目の位置が少し後ろに下がったのかもしれない。見られていても、手は温かい。温かい手で、やることを続けられる。

 蒸気弁の点検は、紙一枚よりは複雑で、討伐よりは正確さが要った。蒸気の圧がかかる音、金属の息の回数、弁の回る固さ、止めたときの“余韻”。ユウトは耳を近づけ、頬を金属に寄せ、音が指先に来るのを待つ。来た。ゆっくり、同じ間隔で、呼吸みたいに。音は冷たいが、規則は温かい。規則があるところに、人は暮らせる。

 「ここ、締めるよ」

 メイが合図し、ユウトが押さえ、トゥルが工具を渡す。サクラは手元の油を節約し、ロッドが数字を読み上げる。「圧三、温度七十、拍十五。——“人も機械も、拍が揃うと、気持ちが楽”」

 「詩を挟むなって」

 メイが笑い、レバーが正しい位置で止まる。蒸気の音が喉の奥でやさしく丸くなり、管の内側の冷たさが薄らぐ。点検が終わる頃、空の白が少しだけ明るくなっていた。雪はもう降らないのに、雲の端から細い光が漏れて、屋根の濡れ色に細い筋を描く。

 酒場に戻ると、サクラは慣れた手つきで大鍋のスープをかき混ぜていた。具は簡単。根菜と豆と、少しの塩とハーブ。湯気の匂いが鼻から喉へ、喉から胸へ、胸から指先へ、順番に通り抜ける。「味見する?」

 匙にのったスープは熱すぎず、薄すぎず、少しだけ甘い。甘いのは豆のせいで、気持ちのせいではない。でも、気持ちがそれを甘いと認める。ユウトは頷き、サクラの手に自分の指を軽く触れさせた。触れたところだけ、冬が一瞬、名残を見せて、すぐに融けた。

 「ねえ」

 サクラが言った。「今日、変な夢を見た。街の上にすごく大きな星があってね。紙でできてるの。風が吹くと、角がふるえるの。落ちるのかなって思って、手を伸ばしたら、星は落ちないで、代わりに小さい紙片がふわふわ降ってきて、みんなの肩に乗った。肩に乗ると、そこだけ温かくて、笑うの」

 「それ、レビューの星だよ」

 トゥルが真顔で言って、すぐ照れた。「いや、違うか」

 「レビューは雲。星は別」

 ロッドが詩の口調で切り返し、メイが肘で脇腹をつついた。笑いが湯気に混ざり、酒場の木の壁に薄く染み込む。染み込んだ笑いは、夜の底でゆっくり温度を持ち直し、明かりの芯を太くする。

 夜、ユウトはひとりで外に出た。空気は春のふりをして、それでも時々冬の顔に戻る。戻るたびに、胸の奥の骨が一枚きしんだ。きしむのは、痛い。痛いが、嫌いじゃない。骨がある証拠だ。骨があると、手を伸ばせる。伸ばす手に、重さがある。

 王都の上に、星は少なかった。灯りが多すぎるのかもしれない。けれど、ユウトにはひとつだけ、見えるものがあった。星と言うには小さく、灯と言うには高い。昼間、ギルド長が言っていた“帳簿に載らない星”。それが、確かにそこにある。そこにある、と信じるだけで、足の裏が軽くなる。

 彼は空を見上げて、言った。

 「俺たちは残念でいい。だって、残念って、生きてる証拠だから」

 言葉は空へすぐには行かなかった。いったん胸の中に戻って、骨の間をゆっくり通り、背中で軽く反響してから、やっと外に出た。外に出た言葉は白くない。春は白い息を似合わなくする。けれど、白くない言葉にも温度はある。温度のある言葉は、見えないが、触れる。

 遠くで、薄い光が走った。冬の終わりの空に、細い針で引いたような、淡い光。雷ではない。天界の奇跡でもない。魔王軍の報復でもない。サクラが酒場のドアのところで立ち、空を見上げて微笑んだ。その笑顔の輪郭から、光がほんのすこしだけ漏れた。漏れ方は、派手ではない。派手ではないのに、世界の端がわずかに明るくなる。

 「見た?」

 彼女が囁く。ユウトは頷いた。「見えた」

 サクラは肩をすくめた。「偶然かな。偶然でいいや」

 偶然と奇跡の境目は、春の泥の色に似ている。境界がはっきりしないぶん、足を取られやすいし、転びやすい。でも、転んだ跡が残る。残った跡は、笑いの種になる。笑いは、明日を少しだけ楽にする。

 酒場の中では、メイが勘定の練習をしていた。銅貨を十枚並べて一枚ずつ隠し、見ないで合計を言う、というわけのわからない訓練だ。トゥルは「賭けない記録」を新しい紙に書き写している。横に小さく“猫にリボン代”とメモがある。ロッドは詩を二行書いてから、それをぐちゃぐちゃに消して、代わりに蒸気弁の測定値を丁寧に記した。どれも大事で、どれも小さい。小さいものがたくさんあると、夜は長くない。

 ギルドSNSの窓には、相変わらず文字が流れている。「残念、最高」「人間味星」「★4.9でもう充分」「いや、★5まで行こう」「土下座タックルの真似して転んで足痛めた」——笑いの種類は多すぎて、評価は遅れがちだ。遅れた評価の上で、彼らは歩く。歩けるうちは、まだ大丈夫だ。

 帰り道、ユウトはいつもの角で小さな目を見つけた。冬のあいだ彼らを見ていた、釘穴のような冷たい目。目はまだそこにあったが、今日はまばたきをした。まばたきは、目の人間性だ。目に人間が戻るなら、配分は遅れる。遅れは、生き延びる時間をくれる。

 ユウトは目に向かって、手を上げた。目は返事をしない。しない代わりに、風が少しだけ優しくなった。優しさは疑っていい。疑いながら、彼は笑った。笑いは薄く、薄いのに温かい。温かさは、紙では測れない。

 宿の扉の前で、サクラが待っていた。ランプの光が彼女の頬に乗り、影が柔らかく揺れる。「明日、パン屋の配達、手伝うことになった。重い袋、持てる?」

 「持てるよ。残念な筋力だけど」

 「残念な筋力で、十分」

 サクラはそう言って、ユウトの手を取った。冬の間に何度も握った、その手の温度は、もう神の光では支えられていない。支えているのは、思い出と、拍と、今日食べた温かいスープだ。頼りないものの連結で、人はたいていの夜を越える。

 メイが「貯金、触ってないよ!」と胸を張り、トゥルが「四日目達成!」と紙を掲げ、ロッドが「今日の詩、なし。かわりに収支、完璧」とページを見せる。誰もが小さな自慢を持ち寄って、机の真ん中に置く。自慢の温度が重なって、湯気のように立ち上がる。それが、家の匂いになっていく。

 外では、雪解け水がまだどこかを流れていた。流れながら、石畳の古い傷をなぞり、やがて夜更けには冷え直して、朝にはまた音を立ててほどけるだろう。ほどけて、流れて、固まって、またほどける。その繰り返しのリズムの中で、ユウトたちは小さな依頼の紙を一枚ずつはがし、笑いと一緒に返していく。

 奇跡は派手じゃなくても、確かにここにある。湯気の中に、銅貨の重さに、詩の消し跡に、賭けない日付の列に、貯金の小袋の結び目に、猫の首のリボンに、冬の空に走る淡い光に——きっと、全部に少しずつ。

 その夜、ユウトは机の端に紙を一枚置き、震える文字で書いた。「残念で、最高の日」。タイトルの角は冷たく、字はへたくそで、それでもきれいに見えた。サクラが横から覗き込み、黙って頷いた。頷くたびに、ランプの炎が小さく揺れる。揺れる光は壁の上で星になり、星は帳簿に載らない。

 彼らは笑い、息を合わせ、ランプをふっと消した。暗闇は怖い。怖いけれど、隣にいるなら、半分になる。半分になった怖さは、朝に溶ける。溶けた朝は、また紙の角を冷たくし、笑いの余白を広くする。

 そして、冬の空に、淡い光がもう一度だけ走った。誰の名義でもない、小さな合図。——完。


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