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勇者パーティー、全員が残念キャラで成り立っています  作者: 妙原奇天


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第11話 春のはじまりと星5の勧誘

 春は、王都の表面から始まらなかった。まず、石畳の下で小さな音がした。凍っていた水の筋がほどけ、夜の間にひそかに息をした。朝、踏みしめると足裏が柔らかい。柔らかさは危険で、少し心地よかった。鐘楼の影は短くなり、蒸気管の白さは水気を増し、屋根の縁には冬の名残のつららが、最後の細い喉で滴を落とした。


 ギルド本部からの使いが来たのは、そんな朝だった。封蝋は春らしく若草色で、しかし指に触れるとひどく冷たい。紙は厚い。厚すぎる紙は、裏に何かを隠すのがうまい。


 ——チーム★2残念を、正式に★4昇格候補に推薦する。

 ——根拠:ギルド杯優勝歴、対天界チーム戦における“評価ループ攪乱”の実績、都市“拍手熱”を用いた群衆安定化への寄与。

 ——付帯:試験の合格をもって昇格確定。


 メイが紙を読み終え、わざとらしく咳払いした。「書き方が愛想ない。けど、まあ、いい知らせだ」


 「“候補”」


 ロッドが穴の目を細める。「確定ではない。試験の内容は未公開。未公開は、いつも冷たい」


 トゥルはフードの奥でにやりと笑い、封筒を逆さまにして匂いを嗅いだ。「紙幣の匂いがする。星が増えると応札額も跳ねる。賭けのオッズも」


 サクラは紙を手に取り、光の輪郭を確かめるように端を撫でた。冬のあいだに彼女の体から神の光はほとんど消えたが、指先の動きにだけ微かな残響がある。その残響は熱を持たず、けれど見ていると、喉の奥の温度が上がる。「春、なんだね」


 「春だよ」


 ユウトは頷いた。頷くと、首筋の寒気が一枚、抜けていく。「でも、たぶん春のふりをしてる」


 春のふりは、午後になって破れた。ギルドの大広間に、白い羽根を模した紋章をつけた使者が立ったからだ。白鷲の剣——王都でもっとも名の知られた勇者団。伝説の討伐記録、華やかな凱旋、磨き上げられた豪奢な装備、そして、舞台の上で絶対に転ばない歩き方。その名乗りは人を喜ばせるに足るが、彼らの歩き方は、何かを踏まないためにできている。


 「正式に勧誘に参った」


 使者は単刀直入だった。声はよく通り、しかし、どうしても耳の奥に薄い傷を残した。紙の傷に似ている。「チーム★2……いや、★3残念、君たちを白鷲の剣に迎え入れたい。報酬は今の十倍以上。名誉は比べ物にならない。枠は三名」


 メイが眉を持ち上げた。持ち上げ方が美しい。「三名。四人いるのに」


 使者は、少しも悪びれずに頷いた。「編成上の理由だ。君たちは“笑い”を武器に変える。だが白鷲は“勝ち”が武器だ。無駄に見えるものは削る。特に——」


 特に、のあとの言葉は、誰でも予想できた。使者は視線で刃を作り、サクラに触れずに突き刺した。「神界法務庁に削除申請された個体と、素行の不安定な盗賊。舞台には適さない」


 トゥルが乾いた笑い声を一つ、床に落とした。床は拾わなかった。「素行は、春の泥みたいなもんだ。すぐ乾く」


 サクラは笑わなかった。その代わり、ユウトを見た。見られると、胸の奥の糸が少しだけ振動する。振動は痛みにならず、むしろ拍の底になる。「ユウト。行っておいで」


 ユウトは、彼女の言葉が胸のどこに落ちたのか確かめるために、ゆっくり息をした。冷たい。春の冷たさは、冬の冷たさより慎重だ。気づかないように侵入してくる。「……どうして」


 「見てみたいから」


 サクラは淡く笑った。不器用な笑いで、しかし真っ直ぐだった。「あなたが、向こう側でどう転ぶか。転ばないのなら、それも見たい。わたしの“固定”が本物かどうか、確かめる意味もある」


 メイは無言で拳を握った。拳を握ると、彼女の思考は簡単になる。金。生存。勝利。そして——仲間。簡単な言葉は壁にならない。風を通す。「私はどっちでもいい。金は欲しい。けど、背中の温度のない勝ち方は嫌い」


 ロッドのLEDが一度だけ点いた。「戦略的に言えば、白鷲へ合流しても、拍手熱の総量は上がる。都市安定には資する。ただし、わたしたちの“残念”というブランドは希釈される。希釈は、温度を下げる」


 「ブランドって言うなよ」


 トゥルが笑い、わざと靴の踵で床を鳴らした。「俺たちは看板じゃない」


 使者は淡々と条件を述べた。入団試験は三日後。模擬討伐、隊列適応、詠唱の同期、指揮官の命令に対する反応速度。個人評価と集団評価の両輪で採点され、上位三名に白鷲のブローチが贈られる。——仲間の再編は必須。名前は書かないが、切るべき二人は誰でもわかる。


 人の目は、たいてい正しい場所で冷たくなる。使者が帰ったあと、空気は目に刺さるように澄み、音はどれも角を生やした。春の日差しは窓ガラスを明るくしたが、その透明さの向こうに、冬より濃い影が一枚、張りついている。


 「ユウト」


 サクラが小声で言った。「試験に行って。わたし、ここにいる。消えない」


 ユウトは頷けなかった。頷けない首に、外から春の風が触れる。触れたところだけ、冬に戻ったように冷えた。「いや、でも……」


 「行って」


 サクラはもう一度、ゆっくりと繰り返した。繰り返した言葉は、彼女自身の胸にも刺さるのだと、ユウトは今さら気づいた。刺さるのに、彼女は痛がらない。痛がらないのは、痛みが消えたからではない。痛む意味が、変わったからだ。


 その夜、王都は春の匂いを濃くした。花ではなく、土の匂いだ。溶けた雪と、古い灰と、油と、湯気。路地の角の暗がりに、冬から残っていた見えない目がひとつ、浮かんでいた。泡の中の黒い点。見ている。誰かの配分表に書かれた行が、ユウトの名前の横で光る。光るたび、胸の内側に薄いひびが入る。ひびは音にならず、呼吸を遅くする。


 試験の前日、白鷲の剣の練兵場へ足を運んだ。門は高く、門の影は冷たく、美しい。衛兵の口調は柔らかいが、相手の靴底の減りを正確に数えているような眼差しだった。練兵場の地面はよく耕され、石ひとつ落ちていない。転ぶべき場所が、用意されていない。


 見学を申し出ると、彼らは快く許した。快く、は意味が広い。見せたいものだけを見せるとき、人は笑う。その笑顔の温度は春に似て、春は冬の影を長くする。整列。号令。走る流れが乱れない。戦う身振りから、笑いは削られる。削られた場所は風通しがよく、風は冷たい。


 「……きれいだ」


 ユウトは呟いた。見惚れた。完璧は恐ろしく美しい。美しいものは怖い。怖さは憧れと似ている。


 宿に戻ると、サクラは窓のそばで膝を抱え、街の音を聞いていた。拍手はない。代わりに、水音がしていた。溶けた雪が屋根を伝って落ち、樋を流れ、どこかで合流していく。「見てきた?」


 「見てきた」


 「どうだった?」


 ユウトはしばらく言葉を探し、ようやく簡単なものを選んだ。「きれいだった」


 サクラは微笑み、目を伏せた。「うん。きれいは、怖い」


 メイは黙って磨いていた剣を置き、トゥルはコインを弾くのをやめ、ロッドはページを閉じた。静けさが一枚、部屋の空気に重なった。重なった静けさの上で、ユウトの心臓が拍を刻む。拍の密度が上がると、言葉は形を持ち始める。


 「明日、試験に行く」


 ようやくそう言った声の端に、まだ未練の棘が残っているのが自分でもわかった。


 「うん。行っておいで」


 サクラはそれしか言わなかった。言わないことが、どれほど多くの言葉の代わりになるか、ユウトは知っている。


 夜、夢を見た。白い練兵場。まっすぐな隊列。踏みしめられない土。まばたきしない目。ユウトが走ると、地面は退き、足は宙を掻く。手を伸ばすと、誰かの指先が光になってほどける。ほどけた光は星にならず、紙にならず、数字になって空に貼りつく。数字は、笑わない。


 試験当日の朝、春はやはり春のふりをやめていた。空気が冷たい。冷たさがやさしい。やさしい冷たさに触れると、人の迷いは輪郭を得る。輪郭ができると、切れる。切る相手は自分だ。


 白鷲の門前で、ユウトは立ち止まった。門は開いている。衛兵は笑っている。練兵場は呼吸している。視線は、背中のどこかに刺さったままだ。刺さった目は昨日の泡の目か、神界の書庫の目か、魔王軍の参謀の目か。どれでも同じだ。配分のための目——奪うことに名前をつける目。


 「辞退します」


 ユウトは門の前で声を出した。声は自分の骨に当たり、朝の冷たさでよく響いた。「俺は、残念な仲間たちと、残念なままで、最高の星を目指す」


 衛兵は少しだけ目を細め、そして肩をすくめた。彼にとっては、これも仕事の一部なのだ。門は何も言わず、ゆっくり閉じた。閉じる音は小さかった。小さい音は遠くまで届く。届いた先で、別の鐘が、遅れて鳴った。


 ギルド本部に戻ると、長の部屋の扉は半分開いていた。中は春の匂いで満ち、木の机の上には古い星図が広げられている。ギルド長は小柄で、笑うと目尻に皺が寄り、皺の中に冬の名残が隠れている。彼はユウトの顔を見るなり、なぜか先に笑った。


 「言いにくいことを言いに来た顔だ」


 「……白鷲の試験、辞退しました」


 「そうだろうと思った」


 ギルド長は星図の一か所を指でなぞり、紙の上の古い“冬の星座”を春の位置にずらした。「それでいい。昇格候補の件は、取り下げない。むしろ、あげる気だ」


 ユウトは思わず首を傾げた。「でも、俺たち、残念で」


 「残念で、最高だ」


 ギルド長は笑い、指を鳴らした。鳴らした音が部屋の四隅に跳ね、遅れて戻ってくる。「お前さんの言う“最高の星”ってやつは、こっちの帳簿に載らん。だが、載らない星のほうが、夜道でよく見える。ああいう隊列の星は、晴れた夜にしか役に立たん」


 「星って、結局、数字ですよね」


 ロッドが後ろから口を挟む。いつの間にかついてきていた。「評価、スコア、昇格」


 「数字はね、子どもの背の印みたいなもんだ」


 ギルド長はたたきつけるのではなく、撫でるように言った。「確かに伸びたことはわかるが、背そのものじゃない。お前さんたちの星は、★5より輝いてるよ」


 言い終えたあと、長は照れたように鼻をこすった。「まあ、言いすぎかもしれん。けど、星の話は言いすぎるくらいがいい。夜が長いからな」


 ユウトは、少し笑って、深く頭を下げた。土下座ではない。ただの礼。角度は浅いのに、地面が近くなる。「ありがとうございます」


 部屋を出ると、廊下の窓から春の光が斜めに差し込んでいた。光は薄く、埃を浮かび上がらせる。浮いた埃の一粒一粒に、冬の名残の白が微かに混じっている。混じりもののある光は、きれいで、少し怖い。


 宿に戻ると、サクラが窓を開け、外の風を入れていた。風は冷たい。けれど、その冷たさは、彼女の頬の薄い赤みを消さなかった。彼女の心は人間界に固定された。固定は、紙に押した印ではなく、手の温度と拍の一致で保たれている。春の風は拍を乱すが、乱れ方はやさしかった。


 「どうだった」


 「辞退した」


 サクラは、予想していた笑い方で笑った。笑いは不器用で、温度があった。「うん」


 メイは腰に手を当て、トゥルは大げさに倒れるまねをし、ロッドはLEDを一度だけ点した。誰もが、少しだけ安堵した顔をした。そして、その安堵には、わずかな怖さが混ざっていた。魔王軍の通告は取り消されていない。配分は、春にも行われる。見えない目は、春でもまばたきをしない。


 「星は足りないが、拍手はある」


 ロッドが言った。「友情スコアは、零れやすい器に入っている。だから、こぼさないように歩く」


 「こぼしたら、拾えばいい」


 メイが笑って肩をすくめた。「拾えるうちは、生きてる」


 「拾うものがあるうちは、賭けが成立する」


 トゥルがコインを弾いた。銀の面が春の光を跳ね返し、天井に小さな星を作る。星は一瞬で消えた。消えたあと、目の奥に残像が残る。残像は数字にならない。


 ユウトはサクラのそばに立ち、窓の外を見た。街路樹の硬い芽が、まだ緑にもなりきれない色で空を突いている。鳥は低く飛び、子どもたちは泥に足跡を残し、屋根の上では誰かが洗濯物を叩いている。叩く音は拍手に似て、拍手は叩く音ではないから、似ているだけで違う。違いは、いつかを救う。


 「俺たちは残念なままで行く」


 ユウトは言った。言葉は部屋の空気に溶け、すこし甘くなった。「残念のまま、最高の星を目指す」


 サクラは頷き、ユウトの指を握った。握る力は弱く、方向は確か。窓から入った春の冷たさが、そのまま二人の手に流れていき、温度の境界を曖昧にした。曖昧さは、怖い。怖いけれど、そこに生きる。


 そのとき、遠くで鐘が鳴った。春の鐘は、冬の鐘より少し高い。高い音はよく跳ね、街の屋根から屋根へ、風の背を借りて走っていく。どこかの角で、見えない目が一度だけ瞬いた気がした。瞬きは、目の人間性だ。目に人間が戻るなら、配分は遅れる。遅れは、生き延びる時間をくれる。


 ギルドの掲示板には、新しい紙が貼られていた。白い紙に、震える字でこう書いてある。「祝・★4候補」。その下に、誰かが鉛筆で小さく描いた星は、五角形でも六角形でもなかった。いびつで、笑っていた。


 ギルド長の言葉は、ユウトの胸の中で、別の形になって繰り返された。星は数字じゃない。夜道でよく見えるほうが、星だ。★5より輝く——それは比喩じゃない。実際、こうして見える。窓の外、薄い春の空に、数字の表に載らない星がひとつ、昼間なのに小さく灯っている。灯っている、と信じるのに、十分な季節が始まった。


 春のはじまりに、ユウトは仲間たちと並んで立った。足元は柔らかく、靴の裏はすぐ汚れる。汚れは落ちにくい。だから、よくわかる。自分がどこを歩いたか。歩き間違えたか。笑ったか。怖かったか。全部、靴が覚えてくれる。


 覚えてくれるものがあるうちは、まだ大丈夫だ。拍手の熱が完全に消える前に、彼らは次の依頼の紙を一枚、掲示板からはがした。紙の角は冷たく、端は少し湿っていた。湿り気は春の匂いで、春の匂いは、夜の長さをほんの少しだけ短くした。

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