06. ※
俺は闇の中を走りながら、今度は最近の事を思い出していた。
あの時……ハルちゃんが夜中に電話をくれた時。
あんな真夜中に、ハルちゃんから電話かかってきたのは初めてだったのに。
何かあったに違いないのに。
俺はどうしても電話に出られなかった。
暗いビルの中。
横たわる死体。
足元まで飛び散った黒い血。
俺の左手には、小さな拳銃。
俺の目は、冷たい殺人者の瞳。
別に、その人に恨みがあったわけじゃない。
初対面だ。
どうしても、新鮮な死体が二つ、必要だった。
Rのために。
……でもそれはすべて、夢の中だ。
現実じゃない。
だって全部、白黒に見えた。
血の色も。
その人も。
周り中、すべてに色がない。
でも。
ハルちゃんの声を聞いたら、現実に見えちゃうかもしれない。
そう思ったら……恐くて。
電話に出られなかった。
―――殺しは、食事と同じ。
俺は誰かの命を食べて生きてる。
生まれた時からそうだった。
でもそれって。
みんなもきっと、一緒だよね。
牛や豚を殺して、その肉を食べてる。
それと同じだよね。
……ハルちゃん。
あの屋敷で、何があったの?
監視カメラが多すぎて、さすがの俺でも入れなかった。
Rはハルちゃんに何か言った?
とても心配だよ。
Cに近付くなんて。
だからずっと見てたよ。
山の中で雪さんに抱きついたのも。
その後のキスも。
平手打ちも。
あの時、雪さんは殴られたのは二回目だって言ってたけど。
一回目はいつなの?
ハルちゃん……
その時見て、わかったよ。
本当は、雪さんが好きなんだ。
だからあんなに雪さんを頼ったんだ。
―――だから俺も、雪さんは許すよ。
でも。
山の中でハルちゃんを撃った男は許さなかった。
ハルちゃんの前で人を殺したのは、二度目だよ。
本物のハチ針に、100倍濃縮のハチ毒を塗っただけ。
後で抜く必要ないしね。
ハルちゃんが撃たれたと思ったら、心臓が止まった。
無事だとわかったら、気が抜けて木から落ちちゃった。
珍しいんだよ?
俺が物音を立てるなんてさ。
警視庁の帰りに、地下鉄の駅のホームでなんて言ったの?
いつもならバッチリ聞こえるのに、手を繋いでいたから本当に聞こえなかった。
雑音が多すぎて。
あの時の俺は、現実にいたから。
本当は聞き返したかったけど。
ハルちゃんは諦めたような顔してたから、何も言えなかった。
誰がやったの?
手を繋いだ時に見たよ。
手首にくっきりアザが残ってたね。
誰がやったの?
まさか雪さんじゃないよね?
だったら、あんな心配そうな顔しないよね。
……大事なハルちゃんを傷付ける奴は、誰であろうと許さない。
だから、あの外人さんも殺そうと思ったけど。
ハルちゃんを守ってくれたから、許してあげる。
でも本当に許せないのは。
Cだよ。
必ず殺すよ。
大事なハルちゃんを巻き込んだ。
でも今は組織の目があるからね。慎重にやるつもり。
必ず殺すよ。
いつか……必ずね。