01.悪夢
こちらまで読んでいただき、ありがとうございます!
残念ながら橘雪成の出番はありません。
春人の出番も少ないです。ただし高校時代が出てきます。
一応ボーイズラブですが、女性との絡みがほとんどです。
以上をふまえて御覧くださいませ。
<(_ _)> ぺこり
俺は薄暗い中を、全速力で走っていた。
何かに追いかけられてる。俺は恐くて、焦って後ろを見るけど、ぜんぜんそれは見えない。俺は、見えないものに追いかけられていた。
「はぁ……はぁ……」
息が切れる。
切れたことなんかないのに。
汗が目に入る。
汗かいたことなんかないのに。
追いかけられて、立ち止まれない。
俺は全速力なのに、ちっとも前に進んでいない。
ここは墓場だ。
日本の墓石もあれば、外国のものもある。見渡す限りに広い墓地。
―――夢だ。
これは夢だ。
そんなのわかってる。
わかってるのに、目が覚めない。
「うぅっ……!」
恐くて涙が溢れた。
追いつかれる。その何かに。
足首を誰かに掴まれて、世界がひっくり返る。
コケて、立ち上がろうとして泥に手をつくと、そこがズブッと沈んだ。
俺は慌てて空を見た。
真っ暗な空。
何も見えない。
ああ、来る。
……やめてくれ!
俺がそう思った瞬間。
泥の中から、無数の手が……―――!
「ひっ……!」
叫び声を上げるヒマなんかない。
そのまま地面に引きずり込まれる。
しかも白骨の冷たい手で。
―――助けて!
……たす、けて……!神様……!!
―――来てくれる。
必ず助けに来てくれる。
俺の……神様っ……!
は、早く……!
俺は地面に引きずり込まれながら、手を空へ伸ばした。
かすんでいく目の前に、誰かが現れる。
「あ―――……っ!」
真っ暗な空から、ぼんやりとした光。
その中から、誰かが俺に手を差し伸べる。
ああ、神様!
俺の神様……!
やっぱり来てくれたんだね……!
俺は、その手を死に物狂いで掴もうとした。
その手に触れそうになった瞬間。
ピピピッ……ピピピッ……ピピピッ……
突然響いた電子音に、俺は愕然として目を見開いた。
目の前に飛び込んでくるのは、見慣れた天井。
「っ……」
俺の顎が、ガクガクと震えている。
顎だけじゃない。脚も……肩も。
あまりの恐怖で、涙が出ていた。
俺はベッドの中で、体を丸めた。
震える膝を抱えて、ぐっと歯を食いしばる。
―――夢。
やっぱり、夢だ。
久しぶりに見た。あの悪夢。
俺はまだ震えている体を、無理やりベッドから起こした。
バクバク鳴っている心臓を押さえて、身を縮めて固まった。
俺はハダカだった。
周りには誰もいない。
ケバい内装に、でっかいダブルベッド。
ああ、そうか……昨夜はナミちゃんと……
でも女の子の姿は、どこにもない。
やっぱり、帰っちゃったのか……
女の子には着替えが必要だ。昨日と同じ服で出社すると、うわさになるから。
念のため、もう一度試しておいて良かった。
ナミちゃんはもう……使えないな……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺は地下鉄の駅のホームで、ぼうっと電車を待っていた。
あぁ……最悪。
またあの悪夢を見ちゃうなんて。
最近、あんまり見なくなってたのに……
昔から見る、お馴染みの悪夢だ。
俺は追いかけられて、掴まって地面に引きずり込まれる。
そんでもって、いつも助けてくれそうになる。あの光と手。
俺はその手の事を、神様と呼んでいた。
その手の主は、まだ見た事がない。
でもきっと、ハルちゃんだ。
そうだ。そうに違いない。
だってハルちゃんは、俺の神様だから。
すると、ホームのアナウンスが聞こえた。快速電車が通るみたいだ。この駅には停まらない。俺は通勤カバンを持ち直して、深く息を吐いた。
集中の準備だ。
……よぉし。今朝もやるぞ。
電車がホームに入ってくる。
俺はすっと目を細めた。
大きな音と地響きを立てて、電車が駆け抜けていく。
俺は風と一緒に去った大きな乗り物を、ホームから見送った。
マリちゃん、さっちゃん、みえちゃん、山ちゃんが乗ってた。
……けーちゃんは遅刻かな。
満員電車の中で、俺は同僚の顔をはっきりと見ていた。
ただ、さっちゃんは、今日も痴漢に遭っているみたいだ。
俺は、ため息をついた。
でも……そういうプレイなんだね。真後ろにいる男の人と、腕組んで歩いてるの、見たことあるよ。誤解されちゃうから程々にしたほうがいいと思うけどなぁ。
まぁ。
どうでもいいけどね。
―――どうでもいいのは、それだけじゃない。
俺には、すべてがどうでもいい。
だって現実なんて、テレビの中で起こることと同じだし。
夢の中の方が、よっぽどリアルだ。
すぐに電車が来たので、俺は満員電車に乗り込んだ。
ぎゅうぎゅうに押される車内で、俺は足を踏まれたけど。
別にどうでもいい。
実はあんまり、痛みを感じないんだ。
だって現実じゃないから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
会社に着くと、もうほとんどの社員がビルの中に入っているみたいだった。歩いている人は少ない。俺はエントランスホールの受付嬢、みきちゃんとみゆきちゃんに笑顔で手を振った。制服姿の美女たちが、俺を見て同時に微笑んだ。
今朝はあんまり気分がよくないので、話しかけずにエレベーターに乗り込んだ。
いつもなら一回くらい笑わせてから行くけど。
エレベーターが着いた先の営業課のドアを開けると、いろんな人の声が聞こえた。
女の人たちの、ウワサ話。
―――ねえねえ、あのウワサ知ってる?
―――なに?今野さんでしょ?
―――そうそう。不倫してるらしいよ~
―――えっ!?相手は誰よ!?
―――それがわからないのよぅ……あんた何か知ってる?
―――あたし何も知らないの。ほんとよ?
―――怪し~い。
男の人のヒソヒソ声も。
―――明日の飲み会、どこにする?
―――は?予約取ってないのかよ!?もう明日だぞ?
―――もうすぐ忘年会シーズンに入るからな。急がないと。
―――急がないとって……明日なんだって。お前やる気あんのかよ?
―――やる気も何も、俺が幹事って、昨日聞いたんだぜ!?
―――は?マジで?
別の部屋の個室では、上司の人たちが何か喋っていた。かなり小さな声で、周りに聞かれないように気を使っているようだ。
―――まずいぞ。まずいことになった。
―――大丈夫ですよ。監査といっても簡易的なものです。バレやしませんよ。
―――本当かね?もしこの使い込みがバレたら……
―――安心してください。まだ数十万じゃないですか。その程度、何とかなりますよ。
―――アテはあるのかね?すぐになんとかしないと……
―――大丈夫。ちゃんとアテはあります。お任せ下さい。
そのすべてが、混ざり合って聞こえた。
俺はうるさくなって、耳を閉じた。
どうでもいいよ。
そんなコト。
笑顔で同僚に挨拶をして、自分の席に着くと、急に中年の課長から呼ばれた。でも聞く気がなかったので、なんて呼ばれたのかはわからなかった。ただ顔を上げてこっちを見て口を開いたので、呼ばれたと思っただけだ。でも勘違いじゃない。
俺は慌てて立ち上がって、カバンとコートを自分の机の傍に置いた。課長のデスクの前に行くと、課長はしかめっ面で言った。
「杉田、今日も二分遅刻だな。」
俺は笑顔で頷いた。
「あ、はい。電車がこの時間なんで。」
課長は、眉間にシワを寄せて言った。
「もう一本前の電車に乗れと言っただろう!」
「あはは……すみません。」
「あはは、じゃないっ!何度言ったらわかるんだ、杉田!入社して何年経つ!」
俺は笑顔を崩さずに、ちょっと考えた。
「えっと……よくわかりません。」
「……もう三年も経つんだぞ。そろそろコピーくらい取れるようになったらどうなんだ!営業成績だけでやっていけると思うなよ!事務の一つくらい覚えろ!まったく、そんな頭して、チャラチャラしてるから遅刻なんかするんだ!もう学生じゃないんだぞ!?」
俺は笑顔で自分の頭を指差した。
「あ、これはお洒落ですよぅ。似合ってますでしょ?」
課長は、ドンとデスクを叩いた。
「そういう問題じゃないっ!得意先も、お前を変な目で見てるのがわからんのか!」
俺は、ぱっと目を輝かせて言った。
「あ、確かに。俺の宴会芸見て爆笑してましたよね!おとといだったかなぁ……」
俺がとぼけて言うと、課長は、ぐ……と黙った。
そしてコホンと咳払いをする。荒げていた声を、急に落として言った。
「ま……確かにお前のおかげで取引はうまくいった。先方がお前を気に入ってくれてな。お前が担当なら、構わんと言ったんだ。」
「えっ、マジですか!?」
すると課長は、また怒り出した。ドンとデスクを叩く。
「なんだその言葉遣いは!本当ですかと言え!」
俺は後頭部をかいた。
「あはは……すみません。」
課長はため息をついた。
「まったく……そういうわけで、今日からお前の担当が増えるからな。」
「はーい。」
「短く!」
「はいっ!」
俺はおどけて、さっと敬礼した。
課長はしかめっ面で言う。
「……行ってよし。」
「はいっ!」
俺は軽い足取りで自分の席に戻った。
すると隣の席の山ちゃんが、俺にこっそり耳打ちしてくる。
「聞いたぜ、お前。あの得意先をまとめたんだってな。やるじゃねぇか。」
「ああ……うん。そうみたい。」
山ちゃんは、ため息と一緒に言う。
「伝票もまともに回せねぇくせに、接待に持ち込むと100%成功するなぁ。今度教えろよ。何を見せたんだ?」
俺は笑いながら言った。
「んふふ……企業秘密ってやつ?でも伝票は最近できるようになったんだよ?」
「おせぇよ。」
「あはは……」
俺が笑うと、山ちゃんは笑って自分のデスクに向き直った。
俺は笑顔の下で、疑問に思っていた。
どうして、みんな……
どうでもいいコトを言うのだろう。
二分遅刻とか。取引がうまくいったとか。
事務ができないとか。宴会芸とか。
俺には、そのすべてがどうでもいい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数時間後。
俺は書類を持って、社内をうろついていた。
この書類は、コピーしたいやつだ。でもここのコピー機はどれもこれもが複合機みたいで、スイッチがいっぱいついていてよくわからない。
いつもは、女友達のよしちゃんに頼んでいた。
でも、よしちゃんは自分のデスクにいなかった。だから俺は、その書類を持ったままウロウロしていた。
……みつからないなあ。
トイレかなぁ。ロッカー室とか?
自動販売機の前に来たけど、小休憩用の長椅子が廊下の死角においてあるだけで、誰もいない。俺はポケットの中から小銭を出すと、缶コーヒーのボタンを押した。
コーヒーなんてどれでもいいから、よくハルちゃんが飲んでいる物にした。
椅子に座って飲んでいると……俺の背後から、こっそり誰かが近付いてくる。
俺は振り返らなかった。
だって振り返らなくたって、よく見える。
この世界って、現実じゃない。
どこか色褪せてて変だ。
ただ立体で、薄い色がついてるだけ。
薄っぺらくて、空っぽの世界。
まるでテレビの中と同じ。
ドラマや映画を見ているみたいだ。
―――カメラが主人公を映すように。
俺は、俺を見ている。
だからよく見える。
周りの景色も。俺の真後ろも。
俺の背後から、そうっと……制服姿のよしちゃんが近付いてくる。
あ……ピンクの口紅。かわいいね。
よしちゃんは俺のすぐ背後まで来ると、ぱっと俺の目を塞いだ。
「だーれだ!」
「わっ!」
俺は驚いた振りをした。でも半分ホントに驚いた。まさかそんなことをするとは思わなかったから。まるで小学生みたいだ。
「えーっと、えと、よしちゃん!?」
「当たりぃ~!」
俺が振り返ると、よしちゃんは笑った。
「なんでわかったの?」
「えっと……声かな。」
「そっか!」
よしちゃんは俺の隣に座った。俺が持っている書類を見て、首をかしげた。
「あれ?杉田君。どうして書類持ってくつろいでるの?さては。サボりだな?」
「あっは、バレた?実はこれ、コピーしたくてさ。よしちゃんを探してたんだ。」
よしちゃんは、呆れた顔になった。
「コピーくらい、できるって。ちゃんとやり方教えたじゃない。できないって思い込んでるだけよ。」
「うんでも……この間、コピーしようとしたら、ファックスになっちゃってさ。どっかに送っちゃったんだよね……しかも何回も。」
よしちゃんは目を丸くした。
「はあ!?」
俺は首をかしげた。
「社内文書だったのに、どこへ送っちゃったんだろ。」
「こっちが聞きたいわよ……まったく。しょうがないわねぇ、貸して。」
「あ、ありがとー!頼りになります。」
俺はコーヒーを持っていない手で拝んだ。
「まったく……」
よしちゃんは少しだけ目を伏せた。
「あたしがいなくなったら、どうすんのよ。」
「……」
よしちゃんは、俺の同僚と付き合っている。
でも最近、別れたくなってきたらしい。
別れちゃうと、仕事がやりづらくなるから、別れて会社辞めるとか考えているみたいだ。
でも、それはウワサじゃなくて、ちゃんと本人から恋愛相談を受けているから、きっと本当のことだと思う。
俺はコーヒーを一口飲んで言った。
「まだ、悩んでるの?」
「う、うん……」
「そっか。」
相談を受けた時に、俺はもう考えを言った。
彼氏と別れて、会社にいなさい。
別れても仕事とは関係ないよ。
一度言った以上、二度と言わない。
それは押し付けになってしまうから。
本人が判断しないと、どっちに決めても意味がないから。
ま、どうでもいいんだけどね。
だってドラマの中だし。
他人事だし。
俺は気を取り直して言った。
「その口紅、かわいいね。秋の新色?」
よしちゃんは、にっこり笑った。
「あ、さすがジゴロの杉田君。わかった?」
俺は呆れた。
「ジゴロって……最近聞かないよ?」
「あはは、そうねぇ。じゃあプレイボーイ?彼女作らないけど遊んでるって有名よぉ?」
「そうなんだよねえ、困っちゃう。」
「ほんとは嬉しいくせにぃ。」
「バレたぁ!?」
俺とよしちゃんは笑った。よしちゃんは笑いながら言った。
「じゃあさ、この匂いにも気付いた?」
「え……」
俺は笑顔の下で、内心ぎくりとした。よしちゃんは得意気に言った。
「香水も変えたんだ~。」
「へ、へぇ~……なんか違うと思った。なんていう香り?」
「フローラル系よ。」
「ふぅん……けっこう好きだなー。」
「うふふ、そうだと思った。」
……ウソついて、ごめんね。
ほんとは匂いって、よくわからないんだ。
テレビの中のおいしそうな料理も、実際に匂いがするわけじゃない。
それと同じ。
実は味も、よくわからないんだ。カレーは好きだけど。
ハルちゃんと食べるときは、和食が好きな振りをする。
ハルちゃんは和食が好きだから。
よしちゃんは、笑いながら立ち上がった。
「じゃ、あたしコピー取ってくるね。」
俺は去ろうとする、よしちゃんの腕を掴んだ。
「あのさ……また遊んでくれる?二人っきりでさ……」
よしちゃんは笑っていたのに、急に顔を引き締めた。
「……それ、もう言わないでくれる?」
「後悔してるの?スリルあったでしょう?」
よしちゃんは、冷たい目で俺を見た。
「……大丈夫。くせになったりしないわ。」
俺は手を離して、笑った。
「そ。いつでも待ってるよ。」
「……」
よしちゃんは何も言わずに歩いて行った。
俺はよしちゃんの後ろ姿に、心の中で言ってあげた。
……心配しなくても、誰もいないよ。
よしちゃんとは、かなり前に一度だけ関係を持った。
でも、それ以来はない。
恋愛相談を受ける前だから、卑怯じゃないよね。
って、自分に言い聞かせた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お昼休みになって、俺は屋上へあがった。
今日はよく晴れていて気持ちがいい。空気が乾燥している。屋上にはボイラーや空調を管理する銀色の箱がいくつか置いてあった。
それを囲むようにベンチが置いてあって、社員たちがそこでお弁当を広げていた。
俺はそれを見て、うーんと背伸びをした……けど。
そのまま凍りついた。
銀色の巨大なボイラー。そこにチラチラと光が踊っている。
隣のビルは、ここよりも背が高い。いくつもの光が、そのビルの窓に反射していた。
俺は両手を下ろして、さり気なく隣のビルの死角に入った。
そこにあったベンチに座る。隣のビルからは見えない位置だ。
俺はそのまま振り返らなかった。
あの光。
ガラスの反射じゃない。間違いなく望遠レンズだ。
……なに?狙撃?
誰を狙っているんだろう……やっぱ俺かな……?
すると金属性のドアが開いて、ナナミちゃんが出てきた。
俺は軽く手を振ってナナミちゃんを呼んだ。
ナナミちゃんの手には赤色の包みがある。しかも二つ。一つは俺のお弁当だ。
ナナミちゃんはいつも俺のお弁当を作ってくれている。
ナナミちゃんは俺のすぐ近くに来ると、微妙な表情で赤い包みを渡してくれた。
「はい……お弁当。」
「ああ、ありがとう!いつもごめんねえ。」
「うん……いいの。私が勝手にやってることだから……」
あれ?
今日のナナミちゃんは変だな。
ちょっと元気がない。
いつもニコニコしているのに。
……もしかして。この狙撃手とつながってるとか?
……まさかね。
俺は右の耳を気にしながら言った。
「あのさ、鏡持ってる?ちょっとピアスが取れそうで……」
「ああ、あるわよ。」
ナナミちゃんは制服のポケットから、手の平くらいのコンパクトを貸してくれた。
俺はそれを開いて、ピアスをいじりながら、素早く隣のビルを見た。でもすぐにコンパクトを閉じて、ナナミちゃんに返す。
「ありがと、もう大丈夫みたいだ。」
「そ、そう……」
「お弁当食べよ。」
「うん……」
ナナミちゃんは曖昧に頷いた。
……なんだ。
狙撃かと思ったら、双眼鏡だった。
もちろん鏡でダイレクトに隣のビルを見たわけじゃない。そんなことしたら目が合っちゃう。ボイラーの機械に反射している光を見ただけ。
そこには、一人の男の姿が歪んで映っていた。
隣のビルの、はめ込みのガラス窓の奥に、スーツ姿の男が立っている。
しかも。
要刑事……じゃん。