1.神話という法螺噺と冷ややかな君
[僕の指先は、僕に現実を信号として無慈悲に送り付けていた。この、何もかも溶け去ってしまいそうな世界の中、僕「ら」だけは凍えていた。_嗚呼、でも君は、そんなものもう感じないか。少し、思い出話をしよう。もう語られることのない、冷たい話を。]
僕は遠山 陽、高校一年生。ここ「陽光神社」の跡取り息子だ。この神社は世界一有名といっても過言ではない神社で、日本といえばここを思い浮かべる人が殆ど……らしい。父がよく話している。そしてこの神社は別名「太陽神の住処」と言われている。何故かというと、神社がある山の山頂は、24時間365日太陽が沈まないのだ。大勢の研究者が調べても原因は不明。この話を聞いた人の8割はこう思っただろう。「は?そんなもんあるわけないだろう」と。僕も幼いころはそう思っていた。しかし、中2の時に友達と好奇心で真夜中に山頂に登ったとき、幼いころから鼻で笑っていた風景が目の前に現れた時は流石に夢かと思った。だが、横にいた友人が馬鹿なことに太陽を望遠鏡で直視し、大ダメージを喰らい、鼓膜が千々に引き裂かれるかと思うほどの大声を耳元で浴びた時、現実だと痛感した。友人曰く、「あの太陽が本物だと思わなかった」らしい。阿保か。はい、話が長くなりましたね、まあ、普通に太陽年中出てます。
そんな神社の跡取り息子の僕は、当然殆どの仕事に駆り出される。本日は神社の創建のお話会の雑用だ。しかも、お話まで聞かなければならないとかどんな苦行だ。こんなのを好き好んで聞きに来る人の気が知れない。こんな法螺噺なんて下らないのに。馬鹿馬鹿しい。まあこのお話会が成功すると、我が家の食卓に彩りがでるので、しょうがないが手伝ってやろう。
「おーい、陽、そろそろ時間になるから、会場準備手伝ってくれないか?」
おっと、父の声だ。考え事をしている間にもうそんな時間か。僕は重い腰を上げ、会場として使用される大きな応接間へと向かった。座布団を敷き、マイクを設置し、案内板を持って外でお客さんを誘導する。今回は集金所の担当じゃないので幾らかましだ。お話会が始まったら、中に入って何かあった時にすぐ動けるようにする。まあ、大体はご年配の方々にトイレの場所を聞かれたりするくらいなのだが。そんなこんなでお客さんの誘導をしていると、中から父の声が聞こえてきた。案内板を壁に立てかけ、なるべく静かに中に入る。
(お、今回はいつもより人が多いな。ざっと見て40人ってとこか。うん。素晴らしい。今日の夜ご飯は寿司かもしれない。)
などと頭の中でゲスい計算をしていると、フッ、と部屋の照明が消えた。どうやら創建の話が始まる時間になったようだ。やることもないので、その場に座って父の話に耳を傾けることにした。
「むかーし、むかし。徳川の家光が将軍だったころ。」
よくある噺、よくある始まり。探せばそこらに転がってそうな法螺噺。ああ、下らない。
「この陽光神社があるところはなんの変哲もない村であった。観光名所も何もない、平凡な村。
しかし、村へ来る人が絶えることはなかった。それは―」
静まり返る会場。音を発することも億劫な雰囲気の中で響く父の声。
「この世のものとは思えぬほどの美男がいたからである。信じられぬことに、独身で。」
ざわつく会場。そんな中でも話し続ける父。
「その美男の名はゲッカ。月に華で、月華。農作業をしても焼けぬ白い肌、艶やかな髪。
聞くものを男女問わず狂わす玲瓏とした声。整いすぎて直視出来ぬ顔立ちであったそうだ。
そんな彼だが、どんな女性に言い寄られても見向きもせず、手も出さない。そこでこんな噂が立つ。“彼は月の精。太陽に永遠の愛を誓ったのだ。”」
きゃ―素敵!と騒ぐ女子、ほぼ彼氏持ち。うるせえ、僕も彼女ほしい。世界は不平等だ。
「もちろんそんなことはない、彼はきっとただの人だっただろう。そしてそんな噂が村から村へと伝わり、月華目当てのおなごによって村が潤ってきたころ、村中に衝撃が走るような出来事があった。山へ山菜取りに行っていた月華が夜遅くまで帰ってこないのだ。次の日の朝、村中の青年全員で捜索に当たったところ、禁足地の前の祠で倒れている月華がいた。彼は眠り続けた。数か月も経った夏至の日の朝、がばっと目覚めた月華は言った。『彼女に、ニッカの元へ行かなくては。』周りの声など聞かずに風のように飛び出した月華は、何か月も寝たきりだったとは思えぬほどの速さで、山の奥へ、奥へ、禁足地などないかのように、祠を通り過ぎて行った。男たちはお札を体に貼り付け、祈禱をしてから禁足地の奥へと向かった。そこには人を連れ去る化け物がいると、平安の、平家の世のころからいわれていたからだ。今の世を生きる者は真実か法螺噺かわからない。不明とは一番の恐怖だ。そんな中月華は奥へ進んでいった。男たちは戦々恐々としたそうな。道などない、だが月華が通った跡がある。後を頼りに進み続けた。暗い森の中、ようやく光が差してきた。もう昼時であった。そこは開けており、家が10軒はたちそうだ。先は崖であった。下は霧ががって見えぬ。そんな場所に月華はいた。高く煌々と輝く太陽の光を浴びて、崖っぷちに立ち、男でも恋をしてしまう笑みを浮かべていた。淡い光を肌にまとう彼は月のようだった。『久しぶりだね、ニッカ。今日からずっと一緒だよ。』太陽に微笑みかける月華。まさか、身投げか。『やめろ!!月華!!』誰かが叫ぶ。月華は鬼の形相で言った。『邪魔しないでくれ。僕は初めて恋をした。それを叶えるだけじゃないか。』『其処には誰もいない!』『ニッカがいるじゃないか。』『ニッカなんて人は村に住んでなどいない!訪れてもいない!おまえ、化け物に魅入られたのか!?』『ニッカは化け物などではない!僕の心を射止めた、運命の人なんだ!』
話が通じない、月華は狂ってしまった。そう感じた男たちは、暴れる月華を何とか押さえつけ、引きずり村へと帰っていった。」
この話を聞くたびに思う。人の持ちうる感情でもっとも恐ろしい物は愛ではないかと。嫉妬、憎しみ、不安、絶望、衝動―。時には命でさえも、愛の前では天秤に乗せることすらできないほどに軽い。親愛、博愛、性愛、畏愛、他愛、友愛、敬愛、偏愛、すべて愛。なぜ僕たちは、実体のない本能単位の簡易麻薬に人生を狂わすのだろうか。愛があってもなくても人は歪むのだ。
ならば、最初から狂っていても問題ないだろう?そう思うと月華は人間としてあるべき姿ではないか。僕もそんな風に人を愛せるのだろうか?まだ15歳の僕には、分からない。
「村へと帰り、力なく泣くことしかできなくなった月華に、男たちは問いかけた。『お前が山菜取りに行った日。あの日何があった。化け物に魅入られたのならば、わしらはお前を人柱として化け物へと捧げなければならぬ。』月華はぽつぽつと語り始めた。『山菜取り、へ。』魔性の声はしゃがれ、不協和音を思わせる。だが、彼の口を閉ざそうとする者はいなかった。『山菜取りへ行った日、あの日はいつもより多くの山菜が取れて、夢中になって取っていたら、禁足地の前まで来ていたんだ。木々の隙間から夕日が差し込んで、辺りが朱に染まる中、女物の煌めく羽衣が禁足地の奥から飛んできて、祠にかかったんだ。禁足地の奥に人が、それもおなごがいるなんてとんでもないと思って、羽衣をもって急いで禁足地に入ったんだ。』眉間にしわを寄せて立ち上がる年寄を、周りが制止する。年寄りは何か言いたげに元の場所へと座った。『どこから飛んできたかもわからなかったが、煌めく羽衣が通ったであろう場所には鱗粉のようなものが残っていたから、それを頼りに奥へと進んでいった。するとあの崖に、天照大御神さまの生まれ変わりが。運命だと感じた。名はニッカ。燃えるような瞳に紅の唇が映える肌。しなやかで長い手足は、俺に新たな感情を教えてくれた。』月華は心底幸せそうな顔でそうつぶやいた。『ニッカも俺に気づいた。彼女の頬が薔薇色に染まった。お互いに何も言わずとも分かった。距離が一町、一丈、一間、一尺、一寸まで来た頃、俺は彼女と抱擁した。四半刻はそうしただろうか。ニッカが俺から離れて、俺が持っていた羽衣を手に取り、言った。“母なる星の権化、貴女のために踊りましょう、日が沈むまで。”―朱色の世界で羽衣を身にまとい、舞を舞う彼女。その風景は常世を思わせた。黄昏時が終わるころ、彼女は言った。“夏至の日、私が一番輝くとき。此処で逢いましょう。”ここから先の記憶は、先刻目を覚ましたところからだ。本当に、奇麗なおなごであった。』一通り話した後、月華は小声でニッカ、と呟き涙を流した。目頭できらめく金剛が、黄昏時の日光に照らされていた。誰も何も言えぬまま、日が沈んだ。先程の年寄りが言った。月華は、本当に、太陽に愛を誓ったんだ、と。周りは只頷くことしかできないのであった。重苦しい空気の中、その日は解散となった。…ここで前半のお話は終わりです。20分後に再開します。トイレ休憩等、ご自由にどうぞ。」父が休憩を告げる。各々好きなように動き始める。そんななか一人だけ、僕の方へと向かってくる少女がいた。白いワンピースを着たロングヘアの彼女は口を開いた。「…あの、中庭にはどうやって出ればいいですか。」中庭?物好きもいるもんだ。あそこには何もない。一応一般の方も入れるが、実際入る方はいないだろうと思っていた。だが、聞かれたからには答えるのが僕の仕事だ。「中庭ですか?ここを出て右に行くと、小さな橋が見えてきます。そこを渡るとつきますよ。」「ありがとうございます。では、急いでいるので。」間髪入れずに答える少女は、言い切る前に僕の横を通り過ぎて行った。すれ違いざまに吹いた風は、彼女の心のような、細かな棘のある冷気だった。
初めまして、オパルスです。オパールの語源である、ラテン語のオパルスが名前の由来です。
このお話は少し短めの物になると思います。ぜひ、最後まで読んでいただけると幸いです。
誤字等、何かありましたらコメントでお知らせください。
初心者で至らない部分ばかりですが、どうかよろしくお願いします。