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無天流師範の娘

ある晴れた日。この日は無天流師範代であるカイトと妻のフィリス、そして免許皆伝を言い渡されたソラの三人が無天流の道場へ入るための門の前にて立って待っていた。


誰を待っているかといえば、今日ここに帰ってくるといわれているカイトとフィリスの娘を出迎えるためである。


ソラは久しぶりに言い渡された休みを謳歌しようとしていたが、なぜかカイトに首根っこを掴まれて連れてこられたのである。一緒に待っているソラの顔には不満そうな色が見て取れた。


「くそ。折角ほかの門下生どもは休息を味わってるのに俺は何でここにいるんだ」


「協力してくれるんだろ?ならばいるべきだろう」


「ごめんねソラくん?うちの人がほんと馬鹿でどうしようもなくて・・・」


「待てフィリス。それは俺のことか?俺のことなのか??」


「あなた以外に私の夫は誰がいるというの?」


「おいなんだよ。俺以外しかいねぇなんてさ・・・照れるじゃねぇか」


そういって照れた表情を浮かべるカイトを見ると、ソラはうんざりした表情を浮かべ、そのまま拳を振りぬく。顔面目掛けて放たれたその拳は当たる寸前で見事に回避される。


「いやお前本気で殴るな!?」


「うるせぇ。朝から気分悪くさせんな。一発殴らせろ!」


「おいまだ殴ってくるな!?ふざ、ふざけんな!!てかお前本気じゃん!!」


ソラは何度も拳を打ち込むが、その悉くを回避される。それを少しばかり続けると、ソラの動きが止まって、その場にまた座り込む。


「ちっ。まぁあんたの娘は見てみたいと思ってたから、それくらいで勘弁してやるよ」


「殴られ損じゃねぇか!!ふざけるな!!」


「あらいいじゃない?あなたには一撃も当たっていないんだし」


そう言ってフィリスがその場を宥める。そんなことをしていると、道の向こう側より人影が見えてくる。


手荷物だけを持ち、こちらに歩いてくる人物は、そのまま三人の前までゆっくりやってくる。


その人物──少女は、白銀のセミロングの髪を風に靡かせる。艶のある髪は太陽光を反射し、潤いを見せる。


その蒼い瞳は透き通っており、あらゆるものを見通そうとしていた。身長はそれほど高くはないが、ヒールを履くことでその身長をごまかしているようだ。


その整った容姿をみて、ソラはカイトのほうを見る。そのあとにフィリスのほうを見て、またカイトのほうを見る。


「あんたの娘にしては美人すぎないか?」


「おいやめろ照れるじゃないか」


「あんたのことは別に褒めてねぇよ・・・」


ソラは言い捨てた後、改めてカイトたちの娘のほうに目を向ける。娘のほうもこちらを見ており、透き通った蒼い瞳がソラを覗き込む。


ソラはその瞳を見返すと急に背筋に悪寒を感じるが、ソラはそれを面には出さず娘を見つめ続ける。


娘のほうは少しはにかみ、そのあとにカイトとフィリスのほうに視線を向ける。


「パパ、ママ。ただいま!今帰ったよ!」


「おう。おかえり」


「元気そうでよかったわぁ。積もる話もあるでしょ?中に入りましょう」


「うん!あ、それでこの人は?門下生の人なの?」


そう言って改めてソラを見るカイトたちの娘。カイトは頷くと、ソラの紹介をする。


「こいつはソラ。なんと無天流免許皆伝だ!どうだ!すごいだろう!」


そう紹介された娘は驚いたように目を見開き、ソラを凝視すると笑みを浮かべる。


「免許皆伝なんだ!すごいね?私はアイリス。今は王都で働いてるの!よろしくね」


そう言って手を指し伸ばしてきたため、握手をするのだと思いソラも手を伸ばす。その瞬間、伸ばされていた手が掻き消え、ソラも顔を傾ける。


すると先ほどまで顔があった場所にアイリスの拳が突き刺さる形で止まっていた。


「うわすご。手加減ちょっとしたけどこれよけれるのすごいね?さすがは免許皆伝」


「いやまじでカイトさんの娘さんだな。好戦的すぎるだろ」


「ねぇちょっとだけ試させてくれない?」


そう言ってアイリスはソラの奥に見えている道場を指さす。ソラはカイトを見るとカイトは頷き、謎のサムズアップをしてきていた。意味が分からなかったが、フィリスのほうも訳が分からなかったのか、カイトの尻に蹴りを入れて悶絶させていた。


その間にアイリスは門をくぐり、道場のほうへと歩みを進めていく。ソラも一緒についていき、道場につくや否や持ってきていた荷物をその場において、道場の中を見渡す。


昔と何ら変わらないその場所に少し懐かしさを覚えながら、道場の上座に備えられている護身龍像に祈りを捧げる。


その奇麗な所作に少し見惚れるソラであったが、そのあとの姿を見てすぐにそんなことはなくなる。


アイリスは満足したのか笑みを浮かべて振り返り、ゆっくりと構えをとる。そして構えができた途端にソラの体に悪寒が走る。その悪寒は目の前に凶暴な獣が現れた時に感じる危機感。


本能的な恐怖を感じた人間は普通であれば体が硬直してしまい、普段通りな動きをできない。しかしソラはむしろ獰猛な笑みを浮かべ、一気に魔力を開放して構える。


それを見ていたアイリスに悪寒が走り抜ける。アイリスも笑みを深め、二人はお互いに構えあう。


二人がにらみ合っていた時、ちょうど道場の入り口にやってきたフィリスが道場の床を踏み、音が鳴る。その瞬間二人の姿が掻き消え、真ん中で拳と拳がぶつかり合う。


ぶつかり合った衝撃で一瞬間合いが開き、ソラは蹴りを顔目掛けて放つ。放たれた蹴りを右腕で受け止め、逆につかみ取りその場で回転して、道場の壁目掛けて投げる。投げられたソラはその力強さに驚くものの、受け身をとって()()着地する。


そして一瞬で魔力を脚に巡らせ、それを爆発させることですさまじい速度でアイリスに迫る。弾丸のような速度で迫ったソラは右拳をアイリスに叩きつける。


「くっ!?」


「追加でもってけええええ!!」


爆発的な速度による重い拳撃。そこに追加して無天流【撃天(げきてん)】が発動し、さらなる衝撃がアイリスに襲い掛かる。しかしそれが炸裂するより早く無天流【流天(るてん)】を放ち、技を受け流す。


流天(るてん)】とは魔力の流れを読み解き、その流れを別の方向へと流す技である。すでに拳が接触していた状態での技だったため、その場でアイリスが半身となり横へ流れることでソラの体勢が前に流れ、技は不発に終わってしまう。


そしてこれによって大きな隙が生まれたソラは、アイリスの放つ蹴りをもろに受ける。反動で吹き飛び、蹴りを入れられた五か所が痛みを訴える。


(速いな。今のは【烈天(れってん)】か?さすがにあの師範の娘だな。技の出が早い)


ソラは立ち上がり、体を少しばかりほぐすと、問題がないことを確認して構えなおす。そして腰を落とし、地面を蹴って一気にアイリスに接近する。


その接近方法はあまりにも速く、そして無駄のない動きだったためアイリスは一瞬だけだが反応が遅れる。


それは達人同士の戦いでは大きな隙となる。ソラは【撃天(げきてん)】を放ち、アイリスの鳩尾に拳をめり込ませる。しかし間になんとか手を挟ませたアイリスは、なんとか威力を軽減させる。


しかし完璧には受けきれずに、苦悶の声を漏らしながら後ろへ飛ぶ。それを逃がさずソラの怒涛の【烈天(れってん)】が襲い掛かる。


拳の雨がアイリスを襲うが、すぐさまアイリスは【流天(るてん)】によってそのすべてを受け流していく。そして反撃の隙を見つけようと集中するアイリス。そこへソラの蹴りがアイリスの左足に炸裂し、その体勢を崩す。


「【撃天(げきてん)】」


放たれたのはシンプルでかつ、強力な拳。両腕をクロスすることでなんとか防御したアイリスではあったが、そのまま壁に吹き飛ばされ激突する。


「くっ!?いったぁ!やるね!!」


「そっちこそ。正直嘗めてたよ」


「ならこっからはもっとギア上げちゃおうかな!!」


立ち上がったアイリスはそう言って、体の中から魔力が一気に噴き出る。凄まじいまでの魔力の奔流が道場の中を駆け回る。ソラもそれに対抗するかの如く、普段抑え込んでいる魔力を解き放つ。


アイリスの膨大な魔力にも負けないほどの魔力が放たれ、二人の巨大な魔力同士がぶつかり合って、道場がきしむ音を立てる。


「壊すなよ二人とも・・・」


情けない声が聞こえてきたが、そんなことは無視し、二人は解放した魔力を自身の体に纏わせていく。そして身体強化魔法へとその魔力を変換し終えると、二人の姿が掻き消える。


しかし音だけはそこかしこから聞こえてくる。それは二人が高速で動き回りながら拳と蹴りの応酬をした際に発生した衝撃音であり、姿が見えないのは純粋に速すぎるからである。


しかしカイトとフィリスには普通に見えており、せわしなく二人の瞳が動いており、拳を交し合う二人の姿を捉えていた。


ソラの拳がアイリスの拳とぶつかり合う寸前で開かれ、アイリスの拳をつかみ取る。アイリスは反対の拳で横殴りにソラを殴りつけるが、それも難なく掴み取るソラ。


そのまま空中に力任せに投げ、アイリスの体が空中に浮かび上がる。


「【撃天(げきてん)】!!」


「やっば!?」


放たれた技に対してアイリスの行ったことは、ソラを驚かせるものだった。なんとその場で高速で回転し、回転しながら魔力の軌跡を編み出すことで生み出した高密度の魔力帯でソラの一撃を防いで見せたのだ。


「【廻天(かいてん)】か!まさか体全身で使うなんてな!!」


「見たことなかったでしょ!!これは私が派生させた技だよ!!」


廻天(かいてん)】という技は本来であれば腕の外側で魔力の帯を作り、それを高速回転させて相手に叩きこむ技である。同系統の技である【撃天(げきてん)】ほどの威力はないものの、回転を加えることにより貫通力を増し、相手の防御を突破することに目的を置いた技なのだ。


それをアイリスは全身を回転させるときに、腕に魔力帯を纏うのと同じ原理で、腕を全身に見立てて使い、それによって無天流の新しい防御技へと進化させたのだ。


「うちの流派は見切りがあっても受けることができなかったからさ!編み出しちゃった!」


その技にはソラどころか親であり、無天流師範であるカイトですら驚かせ、そして興奮させるものであった。


「ならどこまで受けきれるか試してやるよ!!」


そう言ってソラの両腕に魔力が集中的に集まり、それを炸裂させる。目にもとまらぬ速度で放たれる拳撃の連続技である【烈天(れってん)】。ソラの繰り出したそれは本当に腕が複数あるかのように見えるほど、拳の残像が生み出されていた。


その技に対してアイリスは【廻天(かいてん)】を体全身で行うことで魔力帯を生み出し、それを自分の周囲で高速回転させることでそのすべてを弾き切る。


ソラは技のすべてがはじき切られてしまうことに驚くこともなく、続けざまに【撃天(げきてん)】を放ち、アイリスの【廻天(かいてん)】にぶつけるも、同じように弾かれる。


(なるほどね。遠心力の力で攻撃を弾いてるのか。防ぐというよりは弾く感じだな。てことは・・・)


「同じ【廻天(かいてん)】をぶつけたらどうなるんだろう、な!!」


そう言って今度は腕の周りで魔力帯を回転させ、それによって貫通力を増した拳が放たれる。放たれたその一撃は弾かれることなく鬩ぎあいはじめる。


「あはは!正解だよ!!でも残念だけどこの技はこういうこともできるんだよ!!」


アイリスの言葉の意味が分かったのはすぐ後のことだった。なんと魔力帯がうねり、ソラの腕に絡みつく。そしてそのまま凄まじい速度でアイリスへと引き寄せられると、そこには【撃天(げきてん)】を構えるアイリスが待っていた。


「もらいっ!!」


「あめぇ!!」


それに対してソラは自身の出せる最速の技を繰り出す。それは今まで誰も扱うことのできなかった技であり、師範代であるカイトですら使うことのできない技である。


その名は【瞬天(しゅんてん)】。


瞬きのうちに相手を打ち抜く拳撃であり、目に捉えることの許されない一撃なのだ。その術理に関してはソラしか知らず、カイトに至ってはその技を食い入るように見つめていた。


しかし放たれた刹那の一撃はカイトの目にすら正確には捕えることは出来ず、残像を追うだけとなる。


遠目で見ているのにも関わらずその有様である。至近距離でその技を受けたアイリスは突如として襲いかかった腹付近への衝撃と、そして背中に感じる痛みによってようやく自分が殴られ、そして吹き飛ばされたのだと気がついたのだった。



「ぐっ!?いったぁ!?!?何今の!?」


「お?知らないのか?この技はカイトも習得してない技なんだ」


「パパも知らない技って・・・もしかして【瞬天(しゅんてん)】!?」


痛みの個所を抑えながら立ち上がるアイリスは、驚きの声をあげながらソラを見つめる。


この術理は代々受け継がれている書物にしか記されておらず、その術理を読み解いてもカイトは扱うことができなかった。


しかしソラはその術理を読み解き、そしてカイトになぜ扱えなかったのかを分析し、そして扱うために必要なものを解析していった結果、習得に至ったのだ。


「どうやったの!?その技って音すら置き去りにする技だよね!?何が必要なの!?」


「俺も聞いちゃいるんだが・・・教えてくれないんだよそいつ」


「技は見て盗め、だろ?初めに来た時に俺はそう教わったぜ」


悔しそうな顔をして黙り込むカイトを尻目にアイリスは地面を蹴って一気に肉薄する。放たれた拳を受け止めたソラは、蹴りを放つがそれを宙に飛び上がって回避し、そのままソラの背後へ着地したアイリスが技を放つ。かに思われたがそれは寸止めで終わってしまう。


なぜならソラとアイリスの間にカイトが割って入ったからである。


「終わりだ。腕試しにはなっただろ?」


「んーまぁ確かに。パパも使えない技も見れちゃったしね」


痛いところを突かれて後ろによろけたカイトだったが、何とか踏みとどまる。


「い、いやあれだ。ソラがすごいだけだ」


「苦しい言い訳だな。にしても強いなあんた」


「アイリスでいいよソラ君」


「そうか。なら俺もソラでいいさ」


「うん!でも私のほうこそ驚きだよ。これでも王都だと結構強いほうなんだけどね私」


そういうアイリスにフィリスがハンカチで汗をぬぐう。ソラもカイトに投げつけられたタオルを受け取り、汗を拭く。


二人は汗を拭い終えると、道場から出ていくのだった。







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