無天流を修める者たち
空気を裂く音が山の中に響き渡る。一定の間隔でそれは響いており、音が響くとともに空気が震えるのが感じ取れる。
木々の隙間を抜ければ、その音の正体が見えてくる。
それはたった一人の男が生み出しているものだった。まだ朝日すら出ている時間ではない森の中で、その男はただひたすらに虚空に向けて拳を振るっていた。
ただ真っすぐに、その虚空をただ穿たんと拳の一つ一つを振るう。一度振るえば空気が裂け、ちょっとした衝撃波が生まれる。
一つ一つの拳が衝撃を生み、木々を揺らす。
その男は一度その動きを止めると、身体の奥底から力を湧きだたせその力を身に纏わせていく。その力は拳へと収束していき、そしてそれが収束しきった瞬間、その拳が放たれる。
それは天へと向けられ、放たれた力は解放と同時に一気に空めがけて飛んでいき、天を穿とうとするが、その途中で力尽きて霧散してしまった。
しかしその余波により周辺の木々はひしゃげ、木の葉が山中を舞う。
男はゆっくりと拳を下ろし、一息吐く。
鍛錬していた男は近くの川まで降り、まずは顔をその水で洗い汗を流し落とす。顔を上げると朝日が目に飛び込んでき、顔を顰める結果となる。どうやら木々の隙間からちょうど日差しが照らしてきたのだと気が付いた。
そのまま川の中に身体をつけていき、汗を洗い流していく。そんなところへ一人の少年が駆け寄ってくる。
「ソラ先輩!あ、水浴び中だったんですね!すいません!」
「どうした?何かあって呼びに来たんだろ?」
ソラと呼ばれた男は、一度川から上がり、脇に置いてあったタオルで身体を拭きながら少年に向き直る。
少年はソラの鍛え上げられた肉体を凝視しながらも、ここに来た目的を話す。
「ちょっとソラ先輩に見て欲しいんです!ようやく無天流の技のひとつを使えるようになりました!」
「へぇ、見せてみろ」
ソラはタオルで体を拭きながらそう言い、少年は大きく頷いて傍らの大木の前に行き、構えをとる。
息を大きく吸い、そして吐き出すことを繰り返しながら構えを取っていき、左手を地面と水平になるように構え、まるで狙いを定めるように真っ直ぐと大木に向ける。
右腕は後ろへ引き絞り、そこへ魔力を溜め始める。ゆっくりとではあるが周囲から魔力が集まり始め、握りしめた拳に魔力が集まり、光を放ち始める。
「いきます!無天流【撃天】!!」
放たれた右拳が大木に突き刺さる。叩きつかれた瞬間に纏われた魔力が炸裂し、大木の幹に罅を入れ、大きく大木を揺らす。
「ど、どうですか!ソラ先輩!」
「確かに技として昇華できてるな。前まではただの魔力を纏った一撃だった。そんなものではその大木に罅すら入らなかっただろうな。よくやったな、ハル」
ソラはハルと呼ばれた少年の頭をなでる。ハルは嬉しそうにはにかみその場で飛び跳ねる。
「なら次はその技をもっと使いこなせるようにしないとな。まずは魔力の収束が遅いな。実戦だとそれは命取りになる。まずは魔力を集める力を伸ばすべきだろうな」
「魔力・・・でもどうやったら集めれる速度があるんですか?僕が習っていることは魔力の操作を上げることなんですけど」
「魔力操作は魔力を操ることだ。つまり動かすだけじゃなくて動かす速度すらも変えることができる」
「魔力操作で魔力の伝達速度を上げるんですか?」
「そうさ。普通の速度だと・・・こうだ」
ソラはわざと魔力に色を持たせる。黒い粒子がソラの目の前で踊り、一定の速度で踊る。
「これが今のハルの魔力伝達速度だ。そして俺のはこれだ」
その瞬間、宙を舞っていた粒子が凄まじい速度でソラの周りを回り始める。そしてその粒子たちが集まり始め、一瞬で黒い魔力の球体を創り上げる。
「これは魔力を操作した結果だ。今までは動かすことだけに注視していただろう?なら今度は・・・いかに早く動かせるかだ。まずは目の前に魔力の球体を作ってみろ」
ハルは言われたとおりに魔力の球体を作り出そうとする。目の前に手と手を合わせるようにし、その間の空間に魔力球を創り上げ始める。
しかしハルが作り出した球体は綺麗な形を保つことができてはいるが、それを作り出すのにかかった時間は長かった。
何度か繰り返してみたが、魔力球を生成する速度は変わらず一定のままだった。ソラはそれを見て少し笑みを浮かべ、服を着始める。
着替えが終わるとそのままソラは道場のあるほうへと歩き始める。ハルはそれに気が付くと、後を追うように追いかける。
「まぁお前も今日から中級門下生の一員だろ。あいつならうまいこと教えてくれるさ」
「なるほど・・・あ!そうだ!お師匠様が呼んでましたよ!」
「いやお前それを伝えに来たんじゃないのか?遅いって俺が言われるだろそれ」
ソラは少し憂鬱な気分になるが、その隣ではハルが歩きながらも熱心に魔力球を作っており、それを見ていると言い返す気力すらわかなくなったのだ。
「遅い!」
道場に着くと、上座の場所で腕を組んで仁王立ちしている少し老け顔の男性が怒りの表情でソラを睨みつけて待っていた。
「朝の日課と水浴びをしてたんだ。大目に見てくれよ」
「俺のほうが優先だ!」
「どうせ手合わせだろ?」
「ふん!それは勿論のことよ!だが今回は別件でな」
まぁ座れと言われ、ソラは促されるがまま道場の床に座る。師範の男性も腰を下ろすと、用件について話し始める。
「実は俺には娘がいるんだがな・・・」
「何の話だ?」
いきなり意味の分からない話をし始めたのですぐさま話の腰を折る。
「いや俺には愛すべき妻と娘がだな・・・」
「あんたの奥さんのことは知ってるよ。けど娘なんかいたのか?」
「うむ。残念ながら俺たち夫婦は子宝には恵まれなかった。だが娘はいるんだ。ある雨の日でな、ひどい大雨が降っていてた時だ。来客の鈴が鳴ったんだ。こんな雨の日にと思い扉を開けたらだな、そこにまだ赤子だった娘がいたんだ」
「捨て子か?にしたって普通なら孤児院とかに預けるだろ?なんであんたみたいなおっさんの家の前に置いたんだろうな」
おっさん認定され少し傷ついたような反応を見せた師範は何とか気を取り直し話を続ける。
「ま、まぁナイスガイな俺の家に来たのは正しい判断だろう。俺も周囲を探したが親らしき存在が見つからなかったんだ。それでうちで引き取って育てていた娘がいたんだがな・・・今度帰ってくることになった」
「そもそもここに住んですらなかったのか」
「まぁそうだな。今はウェルマ王国のセントスで働いてる」
「めちゃくちゃ優秀じゃねぇか」
ウェルマ王国とはソラたちが住んでいる山の近くにある大国のことで、大陸随一の発展を遂げている国である。そしてセントスという都市は王都であり、その国の一番発展しており、国王が住まう都市である。
そんな場所で働けている人間は優秀な人材が多い。そんな場所で働いている娘はさぞ立派な存在なのだろうと感心したソラは、その娘がどうかしたのかと聞く。
「こっちにちょっと帰ってくるらしいんだ」
「いやそれは聞いたよ。なにしに帰ってくるんだ。里帰りが理由ならわざわざ俺を呼ばんだろ?」
そこで師範は耳を貸せと言わんばかりに顔を近づける。ソラは怪訝そうにしながらも耳を近づける。
「娘は王国直属の諜報機関所属の人間でな、それの一環でうちに戻ってくるんじゃないかと思ってな」
「諜報機関?てことはあそこの調査か?」
この無天流の道場はウェルマ王国とゲルマニカ王国の間に位置する雷鳴山と呼ばれる山の頂付近に建てられており、門下生は基本その道場の近くの村で生活をしている。
そしてこの雷鳴山の山頂には一つの祠が存在しており、その祠にはこの世界に数頭しか存在していないとされる龍の王が封印されているというのだ。
ソラはそこの調査で来るのではないかと予想し、市販も同じ予想を立てていた。
「もしくは他の要因かもしれん。近頃何かと物騒だからな。娘ではあるが国所属の人間だ。わざわざ来るのにはそれ相応の理由があるだろう。警戒するに越したことはないさ」
「こっちの予期できない事態を向こうがつかんでるかもしれないってことか」
「まぁそれでも俺の娘であることには変わらん。こっちに来たら話してみるさ。まぁ一応ソラには警戒しておいてほしいってことだ」
「何もないことを願いたいけどな。とりあえず続きは手合わせの後でいいか?そろそろうずうずしてるんだろ」
「くくく、お前のほうこそ違うか?お前も俺と同じで闘いたくて仕方なかったんだろ?」
そういって二人は獰猛な笑みを浮かべ、すぐさま立ち上がって構えを取り合う。この二人は朝に必ずある程度本気の闘いを行うのだ。その闘いはいつもあまりにも激しいため、強力な結界の中で行われるのだ。
「んじゃいつも通り」
「心ゆくまでやるぞ!!」
二人の体から一瞬で魔力が吹き荒れ、それに反応するかのように結界が四重で道場に張り巡らされる。
魔力の放出とともに二人は床を蹴り、拳と拳をぶつけ合い始めるのだった。
そして二人の男がそんな戦いを始めると同時に、ほかの門下生たちも鍛錬を始める。
師範によって指南役を命じられた三人がおり、その者たちがそれぞれ分かれて無天流の習熟度合で門下生を三つに分けて鍛錬を行う。
未だ無天流の技を修められず、魔力の操作の訓練をしている初級門下生。
魔力操作をある程度修め、無天流の技を幾つか使えるようになった中級門下生。
基本の無天流の技を修め、自らの技と肉体を鍛える上級門下生。
この三つのグループに分かれている。そしてハルは無天流の技が使えるようになったため、今は中級門下生の仲間入りを果たしている。ちなみにソラはすでに免許皆伝を師範より伝えられており、今は自身の技を昇華させたり研究しているところである。
門下生たちは師範とソラの激しい闘いの音を聞きながら鍛錬を続ける。
ハルはようやく無天流の技の一つである撃天を習得したことで中級門下生の仲間入りを果たした。ここでは技を習得した門下生が最初にぶつかる壁を超えるための鍛錬を行うものが多くいた。
それは魔力の収束速度である。中級門下生を教えている指南役であるメルシアと呼ばれる女性はハルに近付き、ハルの習熟度合を確認する。
「ハルだっけ?あんたはどの技が使えんの?ちょっとあれに打ち込んでくれる?」
「はい!!」
ハルは集中力を高め、魔力を収束させていく。ソラに教えてもらった通りの魔力の集め方を行い、最初のころよりも少しばかり早い速度で魔力が拳に集まっていき、そして無天流の技の一つが練習用の撃ち込み人形に突き刺さる。
放たれた一撃は正確に人形の鳩尾に突き刺さると同時に衝撃が全体に走り、罅を入れることに成功する。
「いいじゃない。威力は申し分ないわ。あとは溜める速度ね。ちょっと遅いから威力よりも早く溜めきることに集中しなさい。技を放つとき無意識のうちに威力を高めようとして無駄に魔力を集めてる節があったわ。その無駄を省いてまずは必要な分の魔力を一瞬でためる練習をしなさい。こうやって、ね!!」
話しながら最後のほうで一瞬で魔力を拳に纏わせたメルシアはそのまま人形に叩き込み、今度は粉々に粉砕してしまう。粉々に粉砕した人形はしばらくすると光り輝き始め、元の状態へと復元する。
「まずはどれだけの魔力量で技が使えるのかを見極めなさい。それを見極めたらあとはそこまで溜める速度を上げていくの。そうしたら無駄なく無天流を扱えるようになるわ。そういえばあんたは使える技は?」
「あ、撃天だけです!」
「ならちょうどいいわ。その技一つに集中して見極めなさい。それができるようになれば他の技も習得してからの発動速度は上がるはずよ」
そういってメルシアは去っていく。ハルは深々と頭を下げて、まずは自身が撃天を発動させるために必要な魔力量を図るために、拳に魔力を纏わせていく。
そのように的確なアドバイスを行いながらその日も一日が過ぎていくのだった。