上巻
「あ~彼女ほしい!」
寂しいワンルームの部屋に虚しい男の嘆きが響き渡る。時刻は深夜1時を回りテレビはお気に入りのバラエティーなのに唐突に訪れるこの感情の爆発の前にはまるで芸人の笑い声まで自分を嘲笑うようで無性に腹が立つ。
「なんで俺はこんなに不幸せなんだ!嫌だぁ!このまま1人で死ぬなんて嫌だぁ!」
手の付けようがないほどヒートアップした俺はもはや止まることを知らず部屋を飛んだり跳ねたり奇声をだしながら走り回ったり奇人変人の暴れよう。まるで檻から出された動物そのものな奇行は隣人の壁ドンで冷静さを取り戻すまで続いた
「寂しい。寂しい。。寂しいッ!!」
まだ収まらない感情の爆発は無理やり寝て鎮める。これが日課のルーティーン。目を瞑り翌朝の自分に託した
「やぁ!君は人に好かれたいの?」
よく分からない謎の女の子が僕に話しかけてくる!見た目はボーイッシュだけど胸も大きいしスタイルもカンペキ!まさに時々妄想する僕の理想的な彼女!あ~今日は最高の夢がみれ...
パァン!
「...え?」
いきなり左頬を平手打ちにされた夢なのに痛い…痛いよぉ!なんでいきなり平手打ちになんか!でもかわいい女の子にぶたれたんだからそれはそれで…
「聞いてる?」
ちょっと調子に乗りすぎたみたいで女の子は明らかに怒りの表情で睨んでくる。嫌われるのは嫌だから正気に戻る
「はい。ちゃんと聞いてます。僕は人に好かれたいです」
変な緊張のせいかちょっと口下手な返事しちゃった。嫌われてないよね多分
「うんうん!なるほど!じゃあさっそく契約しようか!人に好かれる為の契約!」
…電波系女子だったのかな?ちょっときついけどどうせ夢の中だし付き合ってあげようかな
「その契約はどんな契約なの?」
「この契約をすると君はこの夢から覚めたあと誰からも好かれる人になる!小さな子供から老人、果ては動物たちにまで愛される人になれるよ!」
凄いなぁまさにボクの理想そのもの!今まで極端に嫌われることも好かれることもない「無関心」という関係しか作れなかったボクが愛されるなんて素晴らしい!
「契約しよう!今すぐ!ほら早く!」
「ちょちょちょ待ってよ!契約にはご利用規約ってのがつきものでしょ!簡単に同意していいの?」
なんか無駄に凝ったごっこ遊びだなぁ。付き合ってやってるのはこっちなんだからつべこべ言うんじゃない!
「同意した同意した!ほらはやくぅ~」
「ん~...じゃあいくよ!」
女の子が僕に手をかざすと温かいというかなんか生ぬるい光が僕の体を包み弾け飛んだ
「はい!契約完了!まいどあり~♪」
手でお金のマークを作り八重歯がちらっと見えるとびっきりの笑顔でウインクする女の子…ちょ~かわいい~!じゃなくて!
「あ、あの!」
「ん?なぁに?」
「あなたはその私にみ、魅了されてないの?」
「...残念♪私は人間でも動物でもないから効かないの!」
えぇ~それだけが希望だったのに夢の中ですら振られちゃった…はぁ〜
「まぁまぁそう気を落とさないでさ!目が覚めたらきっと今までと違う別世界が待ってるよ!」
露骨に落ち込むボクを励ましてくれるなんてとってもいい子だ…きっともうこれは天使に違いない!天使は存在したんだ!
「ん〜。私は天使というよりは…悪魔。」
「悪魔…あ〜よくわかんないけど小悪魔系女子ってあるもんな。あれだよねあれ!」
「君は面白い人だね。この契約が君にとって有意義なものになるのを願っているよ〜♪じゃあね!」
踵で2回地面を踏むと大きな轟音と共に小さな竜巻が渦を巻きその渦を足場にしながら女の子は宙を飛び彼方へと消え去っていった。その一連の不可思議な出来事に呆気にとられると同時に強い眠気を感じ意識が遠のいていった
___ピピピ
目覚ましの鳴り響く音に目を覚ます。時刻は6時半。眠い目をこすりながら身支度を整え朝食を食べながら昨晩の夢について考える
「誰からも好かれる。悪魔。契約。かわいい女の子。」
所詮夢に過ぎないのに口から自然に出るほど印象的でそれでいてなにか期待している自分を感じた
駅まではあと徒歩5分。すっかり日は明るくなり道行く学生や老人達の談笑や挨拶に耳を傾けながらのこの5分の息抜きがとても好きだ。まるで自分が話しかけられているような感覚で気分も明るく嬉しくなる。
「あっ」
目の前を歩くお爺さんのポケットから小銭入れが落ちた。あまり人との関わりを避けてきたけどこれ無くしたらきっとお爺さん困るだろう。勇気を出して声をかけた
「あ、あのっ!こ、これ...落ちました」
変な震え声でも通じたらしくおじいさんはしばらく怪訝な顔でこちらを見たかと思うとボクの手を鷲掴みにしてとても喜び始めた
「君のような優しい若者が居て助かった!これはとても大事なものでのぉ。もし君が拾ってくれなければワシは一生後悔するところじゃった!ありがとう」
そんなオーバーな…なんて思っていると周りから拍手が聞こえる。見回すとさっきまで談笑していた学生や向こうでウォーキングしている老人も皆がボクを褒め称えている
「お兄さんかっけぇ」「最近の若者も捨てたもんじゃない」「テレビで見たヒーローみたい!」「俺には出来ねぇわ」
皆がボクに注目し尊敬や羨望の眼差しを向ける。こんな経験は1度もない。慣れないせいかなんだか居づらくなり老人の静止も振り払い駅に駆け足で向かった
「はぁ...はぁ...」
ゆっくりと息を整えようやく落ち着いた頃にさっきの事がフラッシュバックする。親にしか褒められたことがないボクがあんな…
「なんで...急にこんなこ...」
言いかけた所で昨晩の夢の事を思い出す。まさか…これが…「誰にも好かれる契約」なのか…?