第7話:チュートリアル(1)
ダンジョンに入る。
「とりあえず、三層くらいかね? あそこなら、一対一を作りやすいし」
ハイドが選んだ階層へと飛ぶ。
「さて、じゃあ、軽くアーツについて、だ」
「はい」
「とりあえず、これ着けろ」
ハイドが差し出したのは、ハンドポケットで買ってきた腕輪型のデバイスである。
「で、その腕輪を着けたら、首輪の方の左側」
「左・・・・・・?」
ハイドがガブリエルの左手を、その場所へと持っていく。
「そこ、開くの分かるか?」
「あ、はい」
「で、そこを開けて、ボタンを押す」
ガブリエルの手がボタンを押すと、ガブリエルの腕輪と首輪がリンクした。
「これでよし、メインデバイスとサブデバイスが同期した」
これでアーツの管理が可能になる。
「じゃあ、手っ取り早く、と」
ハイドが腰のポーチから取り出したのは、スロットに差し込むカードだ。
「これが、アーツカード。腕輪にも蓋と穴があるだろ?」
「はい。ここですよね」
ガブリエルが操作すると、二か所、蓋が開いてスロットが見えた。
「そのスロットにこのカードを差し込むと、対応したアーツが使えるようになる」
「・・・・・・簡単な仕組みですね」
「差しただけじゃ使えないレアなアーツもあるにはあるけどな。店売りの共通品なら、このやり方で全部使える」
ただし、とハイドは続けた。
手持ちのアーツカードから二枚のカードを取り出した。
一枚は、棒と電撃のマークが書かれ、もう一枚は弾のマークが書かれている。
「こっちの電撃マーク入ってるのが、『スタン』、もう一枚は、『ショット』だ」
「はい」
「このうち、『スタン』は、スロットを差し込んだデバイスに電撃を付与する。だから、ガブリエルがこいつを使おうと思ったら、杖の方のスロットに差し込まないと、正しい効果は得られない」
「腕輪の方に差し込むと」
「腕が帯電するな。共通規格の正規品だから、使用者にダメージは来ないけどな。ガブリエルは拳で殴りかかるタイプじゃないだろう? 意味がないとは言わんが、効果は薄い」
「なるほど」
「こっちの『ショット』は逆に、どのデバイスで使用しても、効果は一緒だ。今ガブリエルの杖にセットされてる『スライサー』もな」
説明を受けて、ガブリエルは杖と腕輪を見比べ、
「・・・・・・じゃあ、こっちの『スライサー』を外して、こちらの『スタン』をつけた方が効率いい、ですか?」
「そうだな。ただ、杖の方は、スロットが二つある。外さなくてもいい」
スロットに何をセットすると使いやすいか、自分で考えてセットしていくのも、こういったデバイスセットの醍醐味だ。
「結局は、アーツの仕様を確認しながら、しっかりと吟味する必要がある、と。そういうことさ」
「なるほど」
「それから、こいつ」
もう一枚、緑色に塗られたカードを取り出す。
「軽い外傷なら治癒できる『ヒール』のアーツだ。・・・・・・これに限らんが、アーツは使う時にBリキッドを使用する、多用すると、貧血を起こすから気をつけろよ?」
「Bリキッド、ですか?」
「こういうの」
ハイドがポーチから取り出すのは、筒に入った液体だ。
「デバイスに、セットする場所があるだろう?」
「あ、はい」
「昨今のデバイスは、基本的にMテク由来でな。Mテクは、総じて着用者の血液を消費して稼働する」
「血」
管を刺して、血を抜いたりするわけではないが、Mテクを使用していると、体内の血液が減っていくのは確かだ。
レリックが所有者の認証に血液を使用するのは、現状発見されているレリック全体の仕様だ。
血液を持たない種族でも、それに類するものを消耗していく。
どうやって血液を取得し、どのように使い、どうして減っていくのかは、まだ解明されていない謎である。
「それで失血死するのを防ぐため、代替品である、Bリキッドが開発された。本人の血液から、成分を抽出、培養し、液量を増やし、Mテクが使用するエネルギーを含んだ薬剤で希釈した液体だ」
こうして作られるBリキッドは、生来の血液の色とは違う色を持つようになる。
ハイドは、血液は赤だが、取り出したBリキッドの色は青い。
「ガブリエルも、持ってるだろう?」
「はい」
ガブリエルが取り出したのは、緑色の液体だ。
フェザー系種族の血は赤いはずだから、これがガブリエルのBリキッド、ということで間違いない。
「じゃあ、そいつを腕輪にセット」
「はい」
中身が見えるシリンジを、腕輪にセットする。
ちょうど、中身の量が見えるように、ガラス面が上に来る形だ。
「中身の量には、常に注意しろ? Bリキッドが枯渇したなら、取り換えれば済むが、枯渇したまま使っていると、『失血』を招く。そうなると、貧血を起こすし、最悪死ぬ。貧血は、すぐさま回復、というわけにも行かないしな」
Bリキッドは、個人由来のものであるだけに、他人のものを使うわけにもいかない。
Mテクは、血液から稼働のためのエネルギーを得るとともに、どうやら個人認証も血液によって行っていると思われるためだ。
つまり、使用者の血液から作られたBリキッドでないと、本人のデバイスは動作しない。
大体のところは、
「Bリキッドの生成器は、割とどこにでもある。安心安全なものを使いたければ、自分で買うのがいい。ちょっと値は張るが、見合うだけのものではある」
血液は、個人情報の宝庫だ。
Bリキッドを使うと、他人のデバイスの認証をごまかして使用できることもあり、そういった意味でも、個人所有の生成器は、持っておいて損はない。
「まあ、しばらくは、レティクルのを借りるといいさ。面倒見てくれるだろう」
ハイドの言葉に、ガブリエルは頷いた。
「グラス系の種族は、基本フェザー系に甘いからなあ・・・・・・」
「そう、なんですか?」
ガブリエルはきょとん、と首を傾げる。
「会ったことないのか?」
「・・・・・・・・・・・・わたしが暮らしていたところにはいませんでした」
「そうか」
フェザー系種族が住んでいるところで、グラス系が住んでいない、というのもそうはない。
あるとすると、そういう場所から引き離されて育てられた場合ぐらい。
ハイドからすれば、大体のあたりはついているので、それほど掘り下げる話でもないだろう。
「まあ、話を戻すが、Bリキッドは切らさないようにしろ。常に残量は意識しておくこと。特に、俺らみたいなのはな」
「どういうことですか?」
「こいつだよ」
ハイドは自分の首輪を指さす。
「このクリミナル用の首輪は、Bリキッドは使えない。装着者自身の血をエネルギー源にして動いている。つまり、こいつのおかげで、クリミナルは常時血液を微量だが消費している。その分、プレイヤーに比べると体力の消耗が激しい。Bリキッドが切れていなくても、体力切れで撤退って事態も起こりうるからな。注意しろ」
「はい」
実際、クリミナルは失血死する危険性が常にある。
特に、メインデバイスが首輪であるクリミナルは、プレイヤーに対して不利益を背負っている。
「一番ヤバイのは、この首輪には、安全装置がないことだ」
「安全装置、ですか?」
通常、メインデバイスとなるものには、装着者の血液を勝手に使わないようにするための安全装置がある。
Bリキッドが切れたとしても、勝手に血液を使う方に切り替わったりはしない。
失血死のリスクが高まるだけだからだ。
「だが、クリミナルの首輪は、そうはいかない。この首輪は、クリミナルに対する監視機能とかついてるからな。ここに安全装置をつけてしまうと、Bリキッドが切れた際に、首輪の機能が切れてしまう、ということになりかねない」
実際には、首輪にBリキッドは使わないので、首輪でBリキッド切れによる問題は考慮しなくてもいい。
ただ、サブデバイスは、基本的にメインデバイスで管理する。
「サブデバイスでBリキッドが切れたとしても、メインデバイスの首輪は血液を使っているからな。設定が流用されて、サブデバイスがそのまま血液使用に自動で切り替わることがある」
それが理由で失血死するクリミナルは、毎年少量だがいる。
「サブデバイス側の設定変更が必要なんだが、その設定を忘れるやつも多くてな」
ガブリエルに指示して、杖と腕輪の設定を変えさせる。
「手順は覚えておけよ? 今後ダンジョン探索するなら、もっといいデバイスを見つけて、乗り換えていく必要がある。今の変更手順は、その都度必要になる」
「面倒ですね」
「普通は、メインデバイスで一括設定できるんだよ。デバイスもツールも、全部プレイヤーに合わせて作られるから、クリミナルが使うには一手間かかるのも仕方ない、というわけだ」
よし、とハイドは頷いた。
「じゃあ、次は実戦だな。適当にガードと戦ってみるか」
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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