第6話:ハンドポケットで
牢獄惑星において、プレイヤーがうろつく場所、というのは、ポート周辺がほとんどだ。
ホテルやツールショップなども多く、管理公社が扱う住居などもそこにある。
一応、クリミナルなども利用できなくはないが、プレイヤーと鉢合わせる可能性を考えると、あまり利用したい場所ではない。
また、管理公社側としても、クリミナルとプレイヤーが同じ場所にいる事態は、様々なトラブルの元となるため、避けたいと考える。
結果、発生したのが、クリミナル用のショップ通りである。
並んでいる店舗は、主に二種類。
一つは、管理公社が管轄している、オートショップ。
治療用のナノマシン注射器や、グレネード、弾薬などの、消耗品や、ナイフやハンドガンなどの一般的な武器など、割合使用率の高いアイテムを売っている、自動販売機だ。
そしてもう一つ。
それが、元クリミナルや、現クリミナルの店員が経営する、ツールショップである。
最初期は、AIを搭載したロボットが店員をしていたが、いつのころからか、そのすべてはクリミナルの店員ばかりとなった。
そういった店ばかりが並び、クリミナルばかりがいる通り。
分かりやすく、犯罪通り、などと呼ばれている。
+ * +
「さて、とりあえず、ここでいろいろとツールを揃える」
「はい」
犯罪通りにやってきたハイドは、ガブリエルを伴い、一件の店を訪れる。
「やってるかい?」
「ああ? 珍しい客が来やがったな」
ぶっきらぼうな口調ながら、その口の端には笑みが浮かんでいる。
光り輝く禿頭、というか、頭髪部分が銀色に輝いている、見るからに機械な男だ。
顔面部分が人の肌色をしているため、どうにも違和感がひどい。
薄暗い店内で、その目が緑色に光っている。
その目の色を見て、ガブリエルはとっさにハイドの背後に隠れていた。
「・・・・・・新人をびびらすなよ。ゲル爺」
ガブリエルを背後にかばって、ハイドはくっくっくと笑いながら店主へと告げる。
「うるせえ。この惑星に来といて、儂ぐらいでびびっとってどうする」
そう言って、にやにやと笑うゲルの首元には、クリミナルを示す首輪がある。
ハンドポケット、という名前のこの店の店主。
それが、ゲルだ。
「たく、今日は悪い日だ。てめえみてえな。疫病神がくるたあな」
「常連に向かって、ひでえ言い草だ」
「何が常連だ」
は、とゲルは笑って吐き捨てる。
「てめえが来る日はろくなことがねえ。いつもは配達で済ませる癖に、自分で店に来る日は、厄介ごとだろうが?」
「心配すんな。今日はこいつの顔見せだよ」
言って、ハイドは背後からガブリエルを前に押し出す。
「しばらく、うちで面倒見るからな。レティクルの使いをするかもしれんし」
「ああ、そうかい」
ゲルは、じっとガブリエルを見た。
目の奥の光がちきちきと機械の駆動音を鳴らして動く。
それで、何かを見ているらしい。
「ふん。儂の名はゲル。ハンドポケットの店主じゃ。・・・・・・探索に使うツールやら売っとる」
顔立ちは若いが、しゃべり方はじじむさい。
実際、ゲルはそれなりに高齢だ。
ハイドの知る限りでは、五十年はこの店の店主をやっている。
「この店のツールは、店に並んでるやつは使いやすい。覚えとけ」
「あ、はい」
+ * +
探索者のツールは多岐にわたる。
怪我を直すための回復材でも、ナノマシンの投与を行うタイプから、『Mテク』を用いて、使用した直後に外傷を修復するタイプもある。
「Mテク。わかるか?」
「わかります」
Mテクとは、現代において、ほぼ全宇宙規模で広がっているテクノロジーの総称だ。
ダンジョンから取得できるアイテムは、レリックと呼ばれるが、レリックを元に作成された機械を『Lメカ』。
Lメカを作成する技術を含め、ダンジョンで発生しうる様々な現象や、ダンジョンのクリーチャー、ガードボットなどのダンジョンガードから回収できるQコアなどを解析して、得られるようになった技術全般を総称して、『Mテク』と呼ぶ。
ダンジョン探索者の場合、デバイスに登録したSコードを利用して、特殊な現象を引き起こす、アーツを使用するための技術、という認識の方が一般的だろう。
ダンジョン由来の技術には、既存の物理法則に当てはまらない法則を持つ技術がある。
「たとえば、このブレード」
片手に収まる程度の棒。
だが、握って起動すると、ブレードが現出する。
エネルギーで形成されるような、実体のない刃ではなく、確かな重さと固さを持つ、実体を持った刃だ。
「こいつには、『スラッシュ』のアーツが登録されている。要は、この刃部分で斬る時、その威力を上昇させるアーツだな」
単純に威力を上げるだけではなく、ブレードを振るう軌道を修正する機能もある。
こういった、使用者の身体の動きを操作、矯正する。
あるいが、
「ガブリエルが持っている杖」
「これですか?」
ガブリエルには、最初から支給品の杖が与えられていた。
特に飾りも何もない、無骨な杖だ。
「そいつには、何かしらのMテクで、アーツが登録されているはずだ」
「あ、はい。『スライサー』のアーツが」
「攻撃用としてはメジャーなやつだな。物理的に切断する力場を飛ばす。発動が早くて、中近距離で使いやすい、いいアーツだ」
身体動作の補助を行う『スラッシュ』に対して、『スライサー』は射撃のようなものだが、どちらも分類はMテク由来のアーツだ。
ダンジョンに挑むものの間では、前者は『アタックアーツ』、後者は『マジックアーツ』として区別されている。
「こういうMテク由来のアーツは、デバイスとして登録しておいて、使用する」
現代において、一般的に人はメインとなるデバイスを一つ持っている。
通信にしろ、あるいは様々な手続きにしろ、必需品となっている。
クリミナルはクリミナルで、メインデバイスを持っている。
「こいつな」
ハイドは、首輪を指す。
クリミナルのメインデバイスは、この首輪だ。
「アーツを使うためのデバイスは、メインデバイスとリンクさせないと、セーフティが働いて使えない。クリミナルに課せられている様々な制約もメインデバイス由来だな」
クリミナルは、メインデバイスはこの首輪以外は持つことを許されない。
デバイスとしての性能は、最低限だが、牢獄惑星の上で過ごすには不便はないし、必要な機能は都度、別にデバイスをリンクさせてやれば、追加できる。
「ここまでは、ここに来るまでの間に、大体レクチャーされているんじゃないか?」
「はい。管理公社の教官さんに、一通りのことは教えてもらいました」
ダンジョンの探索をするとなれば、ダンジョンガードとの戦闘は避けられない。
プレイヤーもクリミナルも、牢獄惑星に初めて入る際には、講習を受けることが義務付けられている。
言われた通りのことを言われた通りにやればクリアできる、チュートリアルだ。
「クリミナルもプレイヤーも、受ける講習の内容は一緒で、クリミナル特有の事項は、恩赦に関すること以外は省略される。だから、クリミナルの首輪のこととかは、最初は知らないクリミナルとか多いんだよな」
「あれは悪いっちゃ悪いが、クリミナルとプレイヤーが関わらない前提なら、別に問題ねえだろがよ」
ゲルが奥から言ってくるが、ハイドは肩をすくめるにとどめた。
「基本的に、アーツは二種類。デバイス由来と、デバイスにスロットを空けてセットするタイプだ」
ガブリエルの杖にセットされている『スライサー』は、デバイス由来なので、この杖でしか使えない。
ガブリエルの杖をハイドが手に取り、ゲルに見せてみる。
「どうよ?」
「空きスロットは二つだな。もっとも支給品だ。『スライサー』並みの汎用スロットよ」
アーツには、ランクとも呼べるものが存在する。
正確には、コストだ。
アーツの発動には、コストがかかるが、威力が高いアーツほど、コストが高いのも当然のことだ。
この威力が高いアーツは、セットしたデバイスがコストを受け止めきれない場合、そもそも発動しない。
「メジャーなのだと、『ショット』と『ヒール』くらいかね?」
「『スタン』はどうじゃ?」
「あれは近づいて殴る用だろ? この娘、体重軽いぞ?」
「だから『スタンを』を使うのよ。あれなら。押し当てるだけでよいしのう」
二人でいろいろと言い合っている後ろで、ガブリエルがどうにも所在なさげにしている。
「・・・・・・・・・・・・おっと、ゲル爺。試し用でいくつか汎用アーツ出してくれよ。あと・・・・・・」
ハイドは、ひょい、と手を伸ばして、棚から腕輪を一つ取った。
「これくれ」
「・・・・・・まあ、初心者用としちゃあ、扱いやすいか」
ゲルが差し出したレジスターにキャッシュを読み込ませ、ハイドは会計を済ませる。
「よし、もう、手応えは実地で試すか」
「え?」
「おう、行ってこーい」
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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