第5話:二日目の朝
ガブリエルは目を覚ました。
シーツを重ね、鳥の巣のように丸く積み上げた柔らかい寝床に、丸まるようにしてうつ伏せに眠る。
髪を羽とするなら、その様はまさしく鳥が眠るその姿に似ているだろう。
昨日着ていた灰色の野暮ったいローブは、部屋の片隅に吊るされており、今は綺麗に洗濯された白いワンピースになっている。
レティクルから寝巻として渡されたそれは、管理公社から支給された探索スーツより、ずいぶんと着心地がいい。
探索スーツは、それほど性能は高くないにしても、防刃、防弾の性能があり、また防汚、防水の効果と、汚れの分解効果を持った、メンテナンスフリー素材で出来ている。
安物で丈夫な作業着、としては標準的な性能だろう。
着心地の悪さにさえ目を瞑れば、相当無茶をしない限りは何十年でも着れるものだ。
見た目はひたすらにださいし、まさしく囚人に支給される作業着だ、と言われればまさしくその通りの品ではある。
そちらは、つるされたローブの下に綺麗に折りたたまれて置かれていた。
「・・・・・・ん」
寝起きに体をふるふると振るわせ、伸びとあくびを漏らしたガブリエルは、寝床から立ち上がる。
寝床となっているシーツの巣を見て、こんないい寝床で寝たのは、いつ以来だったか、と物悲しい気持ちになった。
罪を犯す直前までは、こういう寝床で眠ることができていた。
言われた通りのことができずに地下の独房に入れられた時は、ベッドも寝巻も渡されず、裸で固い床に横たわって震えていたが、きちんと言うことさえ聞いていれば、美味しい食事も暖かい寝床も清潔でかわいい服ももらえた。
罪を犯したあの日は、今までで一番いい境遇をもらった。
そして、言う通りにさえしていれば、それが死ぬまでもらえるはず、だった。
だが、そうはならず。
捕まって以降は、種族差など考慮されない独房に入れられ、今日まで過ごしてきた。
「ふ、う・・・・・・」
伸びをしたガブリエルの肩で、わずかばかりに生えた羽が揺れる。
フェザー系の種族は、鳥の翼が腕に変化している。
その名残として、鎖骨の辺りから肩を過ぎて上腕の中ほどに至る程度に、羽毛が生えていることがある。
ガブリエルも、多くのフェザー系と同じく、羽毛が生えている。
この羽が風の流れを感じて、周囲の環境を知る感覚器官となっている。
この羽毛を押しつぶすと痛いので、そうならないように寝床を設える必要があるわけだ。
一番楽なのは、柔らかい素材を敷き詰めて、鳥の巣を作ることだ。
だが、そうでない寝そべるようなベッドだと、うつ伏せに寝てもつらいことがある。
いっそ、部屋の隅で膝を抱えて座った方が、ずっと楽なくらいだ。
その辺りを考慮して、大量のシーツとクッションを用意してくれたレティクルには、本当に感謝しかない。
「・・・・・・・・・・・・」
自由に使っていいわよ、とレティクルから案内された部屋は、酒場『クルクス』の裏手にある建物の二階だった。
集合住宅の形式であるその建物は、レティクルが大家をしているらしく、ハイドもここの三階に住んでいるという。
今は寝床と片隅に吊られたローブくらいしか物がない簡素な部屋だ。
だけれど、今までに過ごしてきた、便利で豪華などの部屋より、不思議と暖かい気持ちになる。
「・・・・・・どうして、なんだろう・・・・・・?」
ガブリエルは首を傾げて考えるが、答えは分からない。
ただ、この惑星を宇宙から見下ろし、そしてポートに降り立ってダンジョンへ挑むのだと、心を新たにしたときと同じ、奮い立つような感覚が、心地いい、とだけ思っていた。
+ * +
「おはよう」
「おはようございます」
『クルクス』の店内へと入れば、レティクルが柔らかい笑みを浮かべて迎えてくれる。
ちら、と店内を見回すが、他に客はいない。
「・・・・・・まだ、開店前ですか?」
「ええ。でも貴女は構わないわ。座って。朝食を出してあげる」
「あ、ありがとうございます」
大人しくカウンター席に座れば、レティクルは手早く用意してくれた。
湯気を立てるスープ。こんがりと焼けたバゲット。それに盛り付けられたカットフルーツ。
正直、受刑者の身で食べていい豪華さではない気がする。
「いただきます」
食事を始めるガブリエルを、レティクルは優しい顔で、眺めるのだった。
+ * +
場所にもよるが、一般的に牢獄惑星に空はない。
まず、ダンジョンが惑星地下に向かって展開している。
さらに、その入り口にあたるポートも、半地下の造りで、屋根の下にある。
地表部分に出られないわけではないが、ほぼ宇宙空間である場所に、生身で出られる人種はそう多くはない。
ごく一部、プレイヤーのみが訪れることのできる公園区画のみ、空を見上げることのできる区画があるのが普通だ。
とはいっても、ハイド達がいるこの牢獄惑星ついては、それはない。
活火山を多く有するこの惑星では、常に噴煙が空を覆い、ここの空は常に灰色で、天体などなにも見えない。
一応、昼と夜くらいは明るさの差で分かるが、それぐらいしかないので、空というものは見ても意味がない。
その代わりとして、天井には時間によって明るさを増減する陽光ライトがあり、その明るさと時計によって、おおよその昼と夜を設定していた。
おおよそ、惑星上のどの場所にあっても、時差というものは存在しない。
それが、牢獄惑星だ。
+ * +
「早いな」
ガブリエルが朝食を食べ終わったころのタイミングで、ハイドは起きてきた。
「あなたが遅いんだと思うけれど?」
「いつも通りだろう? 今日は早いくらいだ」
ハイドがカウンターに腰を下ろせば、その前に朝食が置かれる。
ガブリエルのそれとは違い、カロリーバーだ。
そのことにガブリエルが戸惑った顔をするが、ハイドは気にすることなく手を出した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
食べ始めたハイドを置いて、レティクルはガブリエルの前にカップを置いた。
中身は、
「ココアね」
「ありがとうございます」
ハイドからしてみると、甘ったるくてしょうがない、という飲み物だが、ガブリエルは飲んで嬉しそうな顔をしていた。
「・・・・・・さて」
簡素な食事をとり終えたハイドが、ガブリエルへと向き直る。
カロリーバーに乾いた口へは、水を流し込んで潤し、ハイドは口を開いた。
「何はともあれ、今日からダンジョン探索だ。ガブリエルに不満がなければ、俺が付き添いをしてやる。・・・・・・どうする?」
「お願いします」
ガブリエルは即答した。
ガブリエルからしてみれば、目の前の人物はいい人だ。
自分が信じる、それで十分。
「そうか」
ガブリエルの即答を聞いて、ハイドは笑って頷いた。
「では、さっそく行くか」
「はい!」
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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