第51話:オレンジ
事件が終わってからある程度時間が過ぎ、ダンジョン内の様相は元に戻っていた。
クリミナルはできるだけプレイヤーを避けつつ、ダンジョンの探索を進める。
手っ取り早く稼ぎたい程度のプレイヤーは、ある程度分かっている階層でセキュリティモブを狩り、戦利品を換金する。
一方で、恩赦を目指すクリミナルは、できる限り最前線に潜ろうとする。
基本的に、牢獄惑星でダンジョン攻略に積極的なのは、クリミナルの方だ。
「・・・・・・さて」
ハイドは、ふむ、と同行者を見た。
羽を広げるようなアーマーを着込んだガブリエル。
四つの腕それぞれになにやらごつい機械式のガントレットを装着し、浮遊する足場で機動力を確保したアレイ。
そして、いつものように『竜骨断ち』を背負ったカノンだ。
「割と久々なダンジョン探索だなあ、おい」
ハイドが声をかけると、アレイはうんうん、と頷いた。
「ここ数日、潜ってなかったからねえ」
「仕方ないであります。拙者も、師匠に止められたでありますし」
事件が終わった後、ダンジョン内の治安は一時的に悪化した。
タイラントが戻ったことで、治安は安定化する、と思われていたが、タイラントが粛清に乗り出したため、ダンジョン内に逃れたクリミナルと、それを追いかけたクリミナルとが溢れたのだ。
結果として、ダンジョン内のあちらこちらで、クリミナル同士の激突が発生した。
ポート内で抗争が起きなかっただけ、ぎりぎりで理性が働いた結果ともいえる。
もっとも、ポート外の管理公社の管理していない場所では、小規模な抗争はいくらか起こっている。
それらも落ち着き、ダンジョン内の様子も元に戻った、というところだ。
『ニューロード』の派閥の人間がずいぶんと死んだはずだが、それでもそれほど勢力図は変わっていない。
もともと、『ニューロード』はどうしようもないクリミナルの吹き溜まりであったこともあって、状況はそれほど変わっていないからだ。
「さて、まあ、それで、レディアントの方で、状況を確認した結果、大体収まった、という話だ」
「探索再開であります」
「まあ、言っても、それほど探索とかしてないけどね」
ガブリエルを含めて三人が組んで、それから間もなく今回の事件があったため、それほど多くの探索ができていない。
今回からが、本格的な開始、というわけだ。
「ま、とはいえ、やることは変わらん。ガブリエルが索敵と砲撃。アレイがタンク。カノンが前衛。・・・・・・バランスよくやれ」
「頑張ります」
むん、と気合を入れているガブリエルに笑みを向け、ハイドはダンジョンへと踏み入る。
「何回かやって、問題なさそうなら、後はお前らだけでやるようにな? 俺はいつまでもはついていかん」
「分かってる分かってる」
はいはい、とアレイは頷き、四本の腕にはめられたガントレットをがんがんと打ち合わせる。
「じゃ、俺は後ろからついてくから、三人で行ってみろ」
「了解であります!」
そうして、カノンが先頭に立って、歩き始めるのであった。
+ * +
「問題はなさそう?」
レティクルが問えば、ハイドは肩をすくめ、店の一角を見た。
三人が、額を突き合わせ、探索の反省点を話し合っている。
「うまくやれそうだ。特に問題はないだろう。俺はもうパーティーは抜けた」
「あら」
「次回は、ダンガンがついていくように話をつけてある」
レディアントの通常業務の一つだ。
経験豊富なクリミナルに、新人の教導をやらせる。
ダンガンもそうだし、アリアが出ることもあるだろう。
あるいは、他のが動くこともあるだろう。
「あ、ハイドさん!」
ガブリエルが、ハイドに寄ってきた。
「ご意見を伺いたいです」
「はいよ」
聞かれたことに、ちょいちょいと答えてやれば、ガブリエルはなるほど、と素直に頷く。
「分かりました! ありがとうございます!」
嬉しそうに礼を言って、ガブリエルは二人のところに戻り、また話し合いを再開する。
「仲良くなったもんだ」
「そうねえ。うまくいけるか、ちょっと不安ではあったのだけど」
「何、人付き合いに一番大事なのは、素直さってことだろ」
くく、と笑ったハイドに、レティクルが何かもの言いたげな目を向ける。
「・・・・・・」
「なんだ?」
「いいえ」
レティクルは、首を振った。
その態度に、ハイドは肩をすくめる。
「ともあれ、あれらは今後もうまいことやるだろ」
「もう関わらない気?」
「まさか。俺はこれでも、それなりに面倒見のいい男だぜ?」
「それなりに、ね」
くすくすと笑い、レティクルはハイドに酒を注ぐ。
「・・・・・・そうそう」
「うん?」
オレンジ色をした酒を注ぎながら、レティクルは思い出したように言った。
「お客さんが来てたわよ? あなたに」
「・・・・・・? 誰だ?」
レティクルの答えに、ハイドは顔をしかめたのだった。
+ * +
「やあやあ」
気楽な調子で、その存在は片手を上げた。
どこかぼやけた姿かたち、かろうじて人型をしている、と分かる程度のシルエットだ。
ただその中で、髪に当たるところだけが、鮮烈なオレンジ色に輝いている。
まるで、派手な恒星のようであった。
「・・・・・・何でいる?」
ハイドが自分の部屋に戻ったところで、その存在はごく当たり前の顔でそこにいた。
「気になって」
「答えになってねえよ」
「ははは。友達のところに遊びに来るのに、理由がいるかい?」
「友達だっていうなら、せめて玄関から入ってこい。留守の間に入って、勝手に待ってるんじゃねえ」
ハイドは嫌味を隠さずに言うが、それすらも、その存在は面白がっているようだ。
「ハイドは、相変わらずだなあ」
「・・・・・・本題に入れよ? ダンジョンマスター」
ハイドの声かけに、ダンジョンマスターはくすくすと笑う。
「いやあ、ちょっとした事件にさ。首を突っ込んだみたいじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・」
ハイドは、顔をしかめる。
相も変わらず、どこにでも目があるやつだ。
「どう? 何かヒントになった?」
「・・・・・・お前の指金。じゃあ、ねえよな」
「当然! そんなこと、できるわけないよね」
ダンジョンマスターは、けらけらと笑う。
「だって、このダンジョンマスターを殺す手段を探してる君に! ヒントをあげるような真似なんて、できるわけない!!」
あはは、とダンジョンマスターは笑う。
そこに、わずかに狂気の色を感じて、ハイドは、はあ、とため息を吐いた。
ハイドが、この存在を知ったのは、それこそ、牢獄惑星に来るずっと前だ。
そのころのハイドは、ただの一介の考古学者として、Lメカやそれを残した先史文明の調査、研究に明け暮れていた。
そんな折、ハイドはダンジョンを発見し、攻略する。
現代において、ダンジョンというのは、先史文明、あるいは古代文明と呼ばれる文明の技術によって作られたもの、というのが一般的だ。
だが、いくら研究してみても、どこか引っかかる。
その研究へのとっかかりを、その攻略の先に見つけた。
見つけてしまった。
「・・・・・・俺に、お前を殺す気はないぞ?」
「おや? そうなのかい?」
「当たり前だ」
できるわけがない。
とはいえ、それについては、目の前の相手に言っても仕方がないだろう。
「間違えるなよ。俺は研究者。知りたいだけだ。知ったことをどうするとしても、まずは生かすことに使うさ」
「ふふ。まあ、それでもいいけれど、ね」
ははは、と笑い、そのオレンジの影は消えていく。
「やれやれ・・・・・・」
一日の最後に、どっと疲れを感じ、ハイドは寝台へと座り込んだ。
+ * +
結局のところ、かつての先史文明時代にも、ダンジョンはあった。
正体不明のものとして。
それが、ハイドが研究の結果出した結論だ。
そして、その結論を出したからこそ、ハイドはあのオレンジのダンジョンマスターに目をつけられた。
「・・・・・・ふう」
研究するべきことは多い。
牢獄惑星のダンジョンだけでは、足りない。
ちょっとした興味本位で始めたことが、こうにまでなるなど、最初は予想も何もしていなかったが。
瞑目し、意識を集中させる。
そうしたところで、ハイドの全身に、燐光が宿った。
ハイドを構成する、サイボーグ部品の機構のアジャストとクリーニング。
そして、再構成。
やるべきは、今回の事件で得られた、『大帝』というLメカの情報をもとにした、オリジナルアーツの構築だ。
それを、自分の躯体にインストールし、シミュレーションを重ねて最適化していく。
「・・・・・・ふう」
一通りの作業を終え、ハイドは息を吐いた。
ハイドの躯体は特別製だ。
ハイド自身が、他とは明らかに違うのだから、まあ、仕方ない、ともいえる。
「・・・・・・ふん」
【あらあら】
「覗きか? レティ」
部屋の隅に、小さく花が咲いている。
【お客様、お帰りのようね】
「くそ面倒くさい」
【お気に入りだものねえ】
「まあ、『鉄仮面』が来てないだけましだ」
【冗談が、通じないものね】
くすくす、と笑いが聞こえる。
【目をつけられる、ってこういうことを言うのよね】
「一応、お前も巻き込まれつrからな?
【ハイドの巻き添えでね?】
「ふん」
レティクルの言葉に、ハイドは鼻を鳴らす。
ともあれ、
【あれが出てきたってことは、今回の件は、何か手がかりになるのかしら?】
「そうでなくても出てくる。・・・・・・あれがいうには、俺は資格があるらしいからな」
【資格、ねえ・・・・・・】
ダンジョンが、どうしてあるのか。
ともあれ、
「まだまだ、調べることは多い」
やれやれだ、とハイドはため息を吐いた。
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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