第4話:目標
「・・・・・・美味しかった・・・・・・」
はふう、となんとも満足気な息を吐いて、ガブリエルは腹をさする。
ガブリエルはあの後、お代わりまでして満腹になるまで食べていた。
ハイドはまた酒をちびちびとグラスで舐めており、レティクルは食器の片づけを行っている。
店内には他に客の姿はなく、静かで落ち着いた空間だった。
しばらくそうしていたところで、ガブリエルが落ち着いたのを見て、ハイドは口を開く。
「さて、ガブリエルよ」
「・・・・・・? はい、なんでしょうか?」
「お前さん。目標はあるのか?」
「目標・・・・・・?」
ガブリエルは首を傾げているが、ハイドが言うのは、この牢獄惑星で生きていく上での目標だ。
ダンジョンに潜って、単純にニ十層以上に一定時間滞在するだけでも管理公社から報酬としてのクレジットは手に入る。
このクレジットを管理公社に納めることで、クリミナルとしての制限解除や恩赦を得ることができるが、クレジット、という名の通り、この報酬はこの惑星上で生活するための資金としても必要だ。
「ああ、ぶっちゃけ、クリミナルのままだったとしても、生きていくだけならどうとでもなる」
ハイドの言う通り、そのクレジットを稼いで生活費とするだけで、この惑星から出ないなら十分に生きていける。
余剰が出たら制限解除をすれば、生活の水準も上げていくことができる。
恩赦を得るのに十分なクレジットを持ちながらクリミナルとして生活しているクリミナルもいるし、恩赦を得た元クリミナルのプレイヤーも多い。
牢獄惑星に囚われている間に世間の流れから切り離され、もはや社会復帰が難しいから慣れているダンジョン探索で死ぬまで過ごすものも多いのだ。
そういう意味で、ガブリエルには今後の目標を決めてもらった方がいい。
「どこに目標を置くかで、ダンジョン探索のモチベーションが変わるからな」
ハイドの言葉を聞いて、ガブリエルは目を伏せる。
ガブリエルにとって、目標は決まっている。
「恩赦です。恩赦をもらって、自由になるんです」
「ふうん。なるほど」
くく、とハイドは笑う。
「分かった」
恩赦を目指すなら、それ相応のものがいる。
「言うが、お前さんの恩赦には、相当量のクレジットがいる。単純にダンジョン探索してると、多分寿命が終わっても足りんだろうな」
「うぐ」
「でしょうねえ。・・・・・・私みたいな、長寿の種族ならともかく、フェザー系のガブリエルじゃあ、三、四回分は人生が必要でしょうねえ」
ガブリエルはうぐぐ、と唸っている。
ガブリエルが恩赦を得るために必要なクレジットを稼ぐための手段はいくつかある。
「積極的にクリーチャーやらなんやらのセキュリティを狩って、Qコアを集める。ダンジョンの探索をすすめて、未探索領域を探索して新しい領域を見つけることなどなど。まあ、ダンジョンの探索に功績を上げるのが一番早いか」
「そうなりますね。あとは、何か手に職があるなら、ツールなどをクラフトして売ることでクレジットを稼ぐ、という方法もありますけど」
ハイドが思いつくままに指を折って数え上げれば、レティクルもそれに補足する。
一通り上がったところで、レティクルがガブリエルを見る。
「う。無理です。家事くらいならともかく、何か作ったりとか研究したりとかは無理です」
レティクルはうつむいているが、ハイドもレティクルはたいして問題視はしていない。
「できないなら、覚えたらいい。一応言っておくが、相当運がよくない限り、短時間で恩赦を得るのは不可能だから」
実際、恩赦にかかるクレジットは、割高だ。
一年分の刑期の短縮と引き換えできるクレジットを稼ぐのに二年かかる、などという状態が、ジョークでもなんでもないのが、牢獄惑星の実情である。
恩赦を獲得できるだけの実力があるなら、プレイヤーとしてダンジョンに挑んだ場合、かなり裕福な生活ができるようになるだろう。
当然、そんなのは一握りだけだ。
「はっきりと言ってしまえば、ガブリエルの刑の重さを考えれば、死ぬ前に恩赦を得られれば、それだけで相当運がいい。大体はその前に死ぬしな」
ハイドの口調は何でもない事のようだが、ガブリエルはうなだれている。
十年の刑罰を短縮するためにダンジョンに挑み、一年で惑星から脱出した。ただし死体で。なんていうのは、クリミナルの間では笑い話にもならないありふれた話だ。
「ふふ。大丈夫です」
レティクルは、そんなガブリエルの頭をそっと撫でる。
「ハイドは割と面倒見のいい暇人なので」
「・・・・・・ほめてるか?」
レティクルの評価にハイドは苦笑する。
「ガブリエルちゃんは、私とハイドがお手伝いしてあげますから」
「・・・・・・いいんですか?」
ガブリエルは上目遣いに二人を窺う。
ハイドからすると、なんというか見慣れたものだ。
むしろちょっと遠い目をしてしまうくらいの、痛い思い出が返ってくる気がするほどだ。
若かったなあ、と遠い目をしているハイドと、背伸びする子供を見る母のような目をするレティクルである。
ガブリエルのその仕草が、あざとさを狙ったものだ、と人生経験豊富な二人は、なんだかんだ見抜いているのだ。
レティクルが慈愛顔の目の奥に、わずかに憐憫をのぞかせていることには、ハイドだけが気づいていた。
この仕草が、狙ったものではなく、無意識にそうしてしまうように、教育、いや、調教された成果だと、レティクルは見抜いたからだろう。
「では、どうするかは・・・・・・」
ハイドが続けようとしたところで、店の扉が開く。
「お邪魔しますよ」
「あら。いらっしゃいダンガン」
入ってきたのはもじゃもじゃの黒髪に無精ひげの中年男だった。
大体黒っぽい服に、中折れ帽。ただ全体的にヨレていて、ちょっと情けない雰囲気がある。
中年ではあるが、体つきにだらしないところはなく、動きも緩やかではあるが油断はない動きだ。
「やあ、レティクルさん。今日も一杯いただけますかい?」
ダンガンはハイドから二つほど席を空けて座り、レティクルへと注文を済ませて、ハイドへと向き直る。
「旦那もこんばんわ。そっちは、新入りさんですかい?」
胡散臭い笑みを浮かべ、ハイドへと声をかけてくる。
「よう。元気そうだな。ノエルの使いか?」
「いやいや。今日はオフさ。・・・・・・別に文句はないが、いつもあそこにいるのは、おじさんみたいなのには、ちょいと肩が凝るんでね」
肩をすくめてにやりと笑うダンガンだが、ハイドはふうん、と頷いただけで酒を舐めるのに戻った。
そこでふと、ハイドはガブリエルを見た。
「そうだ。ダンガンよ」
「うん? なんですかい?」
酒を一杯もらって飲んでいるダンガンへと、ハイドは声をかけた。
ハイドは後ろにいるガブリエルと示して、
「こいつ。新入りでガブリエルってんだ」
「ほう? お嬢さん。よろしくお願いしますね。おじさんは、『レディアント』ってとこに身を置かせてもらってる、ダンガンってもんです」
「あ、はい。ガブリエルです。今日この惑星に来ました。クリミナルです」
ガブリエルの自己紹介に、ダンガンは何か微笑ましいものを見たような顔をする。
それからハイドの方へと視線を向けて、
「初日に、ハイドの旦那に拾ってもらえるたあ、運のいいお嬢さんだ。頑張りなさい」
「あ、ありがとうございます」
ペコリ、と頭を下げるガブリエルの頭を、ハイドはぽんぽん、と撫でる。
「でさ。こいつ、恩赦を目指すってんでな。近いうちにレディアントの方にも連れてくわ」
「ほう? じゃあ、姐さんにも伝えときましょうかね」
「頼んだ」
「・・・・・・? レディアント?」
「いずれ案内するときに教えてやるよ」
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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