第43話:ノエルの罪
戦闘は続いている。
それを見ていたハイドは、ふと、ノエルに声をかけた。
「なあ、ノエルよ」
「なんですか?」
「お前、『大帝』と一騎打ちしたらしいけど、それと比べて、あっちはどうよ?」
「ふむ・・・・・・」
ハイドが指さしたフェベリウスを見て、ノエルは一度顎に手を当てて考え、
「・・・・・・潜在的には脅威かもしれませんが、今を見るなら、当時のタイラントの方が強かったかと思います」
「ということは、やっぱり『大帝』をなくして、タイラントは弱体化したか」
「『大帝』の性能は脅威的でしたよ。正直、今のタイラント相手に私が負けるとは思いませんが」
ノエルは自信を持って答える。
その答えを聞いて、ハイドはふむ、と考えた。
「そもそも、お前らなんで一騎打ちなんかしたの?」
「・・・・・・・・・・・・」
その問いに、ノエルは答えなかった。
ただ、その顔が不機嫌に、きゅ、となった。
+ * +
ノエルは、当時とある宇宙軍に所属していた。
その軍は、星系国家全体の施策として、成人後一定期間の軍役を義務付けられていた。
ノエルも例に漏れず、一度軍へと所属した。
ノエルの当初の配属先は、後方の補給部隊。
要は、事務職である。
卒業した大学が経済学部であったこともあり、その配属に不満などなかった。
状況が変わったのは、彼女の両親に不幸があったためだ。
惑星間の輸送便を個人で経営していた両親は、宙賊にやられて死んだ。
本来なら、宙賊にやられた輸送便には、保険が適応される。
だが、その時、どういう事態が起こったか、ノエルは莫大な借金を背負うことになった。
いまだ、その時に何が起こったのかはわかっていないし、今更どうでもいいことだ。
はっきりしているのは、その事件を契機に、ノエルは軍から離れるわけにはいかなくなった、ということだ。
軍に所属している間は、それは政府から課される義務を履行している、ということで、借金などには猶予が発生する。
もちろん、給料が発生する以上は、そこから返済にあてることも可能だ。
とはいえ、補給部隊の事務職では、それほど多くの給与は得られないし、軍に所属し続けるのも難しい。
簡単で命の危険がないだけに、誰もが希望する部署であるため、軍役の義務期間が終了したらすぐさま異動、というか、退役させられるからだ。
退役したら、借金に縛られてどんな底辺人生を歩むことになるか分からない。
プレッシャーと期限に焦りに焦った若いノエルは、手当の額に惹かれて、悪魔の契約書にサインする。
+ * +
「なんだそりゃ?」
「特務戦術研究室。わかりますか?」
「・・・・・・・・・・・・なるほど、お前、修羅の巣窟の出だったのか」
「・・・・・・ふ」
軽く引いているハイドに対し、ノエルはすすけた笑いを漏らした。
「えっと・・・・・・?」
分からないのは、ガブリエルだ。
「特殊戦術研究室っていうのは、要は、『特殊』な戦術を研究しているところな?」
「それは、名前から分かりますけど・・・・・・」
「ちなみに、この場合の『特殊』っていうのは、『外道』または『変態』と同義だ」
+ * +
特殊戦術研究室。
現代の宇宙での戦闘は、艦砲射撃での艦隊戦が主流となる。
アニメになるような、ロボット同士の戦闘とはいかずとも、小型宇宙船同士の戦闘などあってもいいように思うが、それも少ない。
そもそも、コンピュータの性能がいいので、艦砲射撃が普通に当たる。
小型宇宙船に積める程度のシールドなんて、簡単に貫いてくるのが艦砲射撃、というものだ。
結果として、戦艦が出張るような戦場では、艦砲射撃の応酬と艦隊の陣形運用の妙によって勝敗が決まるのが常となっている。
逆に、戦艦が出ない戦場ならば、小型宇宙船や機動兵器の性能差や兵数の差が、勝敗の決め手となる。
そういった現代の戦場の流れに対し、そういう兵器類とは別の物によって、戦場の趨勢を決める何かを作り出そう、というのが、特殊戦術研究室だ。
戦場の主流から逸れた兵器を作り出そう、というのだから、まあ、そんなところに所属するのは、変人ばかりである。
もっとも、完全に成果を出していないわけではなく、アリストクラットやガブリエルの『アンヘル』に使われているような、本人の精神のダビングとも言えるAIの作成理論は、この研究室の成果である。
ノエルは、この特殊戦術研究室の、テスター契約にサインした。
簡単に言ってしまうと、研究室で考え出された、安全かどうかもわからない、それどころか動くかどうかもわからないようなトンデモ兵器のテスターである。
正直、戦場の最前線でドンパチする方が、まだ生存率が高いかもしれない。
だが、ノエルは、たとえ仕事がなくとも、テスターとして研究室に所属しているだけで、基本給の三倍の額の支給額があることだけを重視して、契約を交わした。
若かったですね、と後のノエルは振り返る。
つまりは、それだけの好待遇でも、誰もやりたがらない仕事なわけである。
テスターとなったノエルは、まず艦船所属の陸戦部隊の訓練課程に放り込まれた。
陸戦部隊、というのは、要は地上に生身で戦闘を行う部署だ。
もっぱら宙賊の拠点に支給された一般用のパワーアーマーを着込んで突撃する部隊である。
事務職だった女兵士が、いきなり銃撃戦のど真ん中に放り込まれたわけだ。
確かに最前線で突撃する部隊ではあるが、そもそもパワーアーマーを着込んでいる時点で、宙賊程度が持っている武器にやられることはまずない。
正規軍の装備、というのはそれくらい優秀だ。
極端な話を言ってしまうと、どこに行こうと、現代で軍が死亡者を出すことは滅多にない。
ただし、銃撃戦のど真ん中に身をさらす恐怖は、たとえ大丈夫と分かっていてもそうそう慣れるものではない。
だが、ノエルは慣れた。
というか、慣れてしまった。
気が付けば、パワーアーマーで宙賊の銃撃を真正面から受けつつ、バズーカやガトリングガンを連射しながら敵陣に突っ込む、無敵の猪女の誕生である。
そして、その精神性は、研究室のトンデモ兵器だろうが、おそれず乗り回すのに役立った。
・・・・・・役立ってしまった。
作った本人ですら苦笑いを浮かべそうな兵器を使いこなし、戦果を上げて研究室の成果を上げてしまったノエルは、今度は別の意味で軍から離れられなくなった。
特殊戦術研究室は、変人と修羅の巣窟である。
ただし、そこから作り出された成果は、兵器とならずとも多大な利益を上げていた。
要は、『同盟』上層部にとって、『時々爆発炎上する金の生る木』、というのが、研究室の立ち位置だった。
それが、ノエルの加入によって、爆発炎上することが減った。
おまけに、利用できるテクノロジーが開発されやすくなった。
ノエルの借金はすべて肩代わりされ、ノエルは軍の、より正確に言うなら、研究室の所有物になった。
状況がよくなったのか悪くなったのか、もはや当人にもわからない。
とりあえず、福利厚生はちゃんとしているし、命の保証はないが、生活は安定している、ということで、ノエルも生活を受け入れていた。
そんな中でノエルが出会ったのが、剣術、という道だった。
研究室の中の一分室において研究されていた、パワーアーマーを使った近接戦闘技術の一つだ。
パワーアーマーに武術なんて必要ない。
剣が届く距離に近づく前に高火力に焼き尽くされるし、そうできない相手なら、力づくで叩き潰せるからだ。
そこに、あえて剣術を持ち込んだ修羅が、今のノエルの師、ということになる。
ともあれ、研究室のいろいろなテクノロジー、薬品による肉体強化、、学習装置による知識のすり込み、VRによる訓練などを経て、ノエルは剣術を身につけた。
本人の才覚もあるだろうが、実力はめきめき伸びて、生身で戦闘訓練用アンドロイドを圧倒するまでになった。
当時のノエルの心境としては、面倒なトンデモ兵器のテスターをしているストレスを解消するための、エクササイズ感覚である。
時折宙賊の拠点に単騎で飛び込んでは、剣で全員なで斬りにする、などということをやっていた。
+ * +
「お前、エクササイズで戦艦輪切りにしてたんか」
「いえ、さすがにそれをやるのはもう少し後です」
+ * +
状況が変わったのだ。
ダグラント帝国、すなわち、タイラントの国が他星系、要は、ノエルの所属する星系国家に宣戦布告をしたのである。
+ * +
「ぶっちゃけ、死ねよクソが、と思いました」
常のノエルにはない強い侮蔑の言葉である。
その時のノエルの感情が透けて見える。
「なにせ、タイラントが、私の所属していた星系国家に対して、ドヤ顔で宣戦布告をかましてくれた時には、研究室のあちこちで歓声が上がっていましたよ」
「え? なんでですか?」
「そりゃ、マッドと修羅しかいないところだぞ? たとえ未開の蛮族相手だろうが、正規軍相手に実戦データが取れるとなれば、歓声の一つも上がる」
つまりは、ノエルの仕事が異常なほどに増える、ということだ。
ともあれ、当初は、それほど危険視はされていなかった。
「『大帝』というLメカの存在こそありましたが、所詮は個人保有の兵器ですからね。軍隊が物量で押しつぶして、勝てないはずもない、という油断がありましたね」
+ * +
ところが、敗退した。
ノエルのいた戦場は勝っても、それ以外が負けるのでは意味がない。
研究室が成果を実験しているところばかり、というか、そのテスターであるノエルがいるところばかり勝つので、研究室の成果があちらこちらで求められ、星系全体が一種の実験場みたくなった。
あちらこちらでトンデモ兵器が闊歩している中、ノエルが出会ってしまったのが、当時開発中であった『竜骨断ち』である。
出会った瞬間に運命を感じたノエルは、専用の機動兵器がなければ使えないはずの『竜骨断ち』を、ほぼ腕一本で使いこなせるように訓練を開始。
結果として、使いこなしてしまう。
そのまま戦場に出て、ほぼ生身のパワーアーマーで、戦闘機だろうが戦艦だろうが輪切りにする、という常軌を逸した戦果を上げる。
+ * +
「で、ついたあだ名がまんま『竜骨断ち』か」
「若かったですね。あの頃は。・・・・・・正直、戦場を休む暇もなく転戦させられて疲れていた、というのもありますし、次々新兵器、というか試作兵器をテストさせられていたので、うっぷんが溜まっていたのもあります。自分の手で巨大な戦艦を輪切りにするのは、大変に爽快でした」
「・・・・・・で?」
「はい?」
「結局、なんで一騎打ちになったんだ?」
「簡単に言ってしまえば、私があんまりにも戦艦を落としまくるので、タイラントが私に興味を持った形ですね」
ふん、とノエルは唸ると、やれやれ、と首を振った。
「いつものように私が戦艦を斬っていたら、いきなりすごい速度で突っ込んできたんです。・・・・・・自分の旗艦で」
「どっちに突っ込みの入れたらいい?」
いつものようにで戦艦を斬るな、か、旗艦で個人に突っ込むな、か。
「ともあれ、当時の私の心境として、獲物が来た以上は斬ります。で、斬ったら斬ったで、中から飛び出してきた馬鹿が一人」
「それで一騎打ちか?」
「いえ、さすがにその時は、タイラントの従卒がタイラントを連れて退きました。・・・・・・それから数日して、どこで調べたのか、私宛に名指しで果たし状が届きまして」
応じたら、一騎打ちになった、というわけだ。
「当時は私も精神が未熟だったもので、『大帝』を使っているとはいえ、それなりに私と打ち合える相手ができて楽しんでいたことは認めます」
「バトルジャンキーかよ・・・・・・」
「毎度毎度いいところで水入りになって、都合七度戦いました。最後の一度はかなり長くやりあえたのですが、それでテンションが上がってしまいまして」
ふう、とノエルはため息を吐いてから、続けた。
「タイラントを捕まえに来た『同盟』の部隊を、テンションに任せて全滅させてしまいまして・・・・・・」
「お前も、なんだかんだ、バカだよな・・・・・・」
クリミナルらしいといえばらしいか、とハイドが笑うと、ノエルはむっとした顔をする。
「ともあれ、それが私がクリミナルになった経緯です。自分からクリミナルになってしまったせいで、借金がまた戻ってきたのも痛かったですね」
「いくら残ってたんだ?」
「はて? ・・・・・・一時期は小型宇宙船一隻程度まで減っていたのですが、クリミナルになったときは、滅ぼした部隊の損害賠償含めて、惑星一個が贖える程度でしょうか?」
傍らで口を挟まないように待機していたロドナーが、絶句していた。
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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