第3話:酒場クルクス
屋根の上に十字の照星。
それが、酒場『クルクス』の看板だった。
「あら、お帰り」
「ただいま。レティ」
カウンターにいるのは、白銀の髪をした長身の女性だ。
痩身だが、決して華奢な印象は受けない。
むしろ、カウンターの向こうにいる彼女からは、大木のような圧を感じていた。
「・・・・・・グラス系の・・・・・・」
思わずつぶやいたガブリエルに、女性は目を向け微笑んだ。
「いらっしゃい。新入りさん?」
「今日かららしい。頭のゆるいカモをひっかけたつもりで、そのカモにカモにされそうになってたんで拾ってきた」
カウンター席に座りながらのハイドの説明に、女性は苦笑して首を傾げた。
「・・・・・・どっちがカモだったの?」
「運のない方じゃないか?」
けけけ、と笑うハイドに、女性はため息をつきながらもグラスを渡す。
背後の棚から琥珀色の液体の入った瓶をとり、栓を抜いて、注いでいく。
ハイドがグラスへと口をつけたのを見てから、女性はガブリエルをハイドの隣の席へと招いた。
「貴女もどうぞ?」
「・・・・・・おじゃまします」
ハイドの隣へと腰を下ろし、ガブリエラは女性を窺う。
「レティクル。そう名乗っているわ。よろしく。小鳥のお嬢さん」
「・・・・・・ガブリエルです」
ばれている、と諦めたガブリエルは被っていた帽子を脱ぐ。
すると、金の長髪がするりと床まで流れ落ちた。
「フェザー系人種特有の血髪か」
先端こそ金だが、根本へと行くに従い緩やかに赤の色が混ざって、グラデーションを生んでいる。
「同郷の方なんて、何年ぶりかしら」
「フェザーの連中は、基本的に犯罪しないからなあ・・・・・・。性質に合わせて社会ができているし」
「あまり星の外には出ないしねえ」
グラス系、フェザー系。
ともに、クレイブス星系に発祥の地を持つ種族だ。
グラス系は植物。フェザー系は鳥類。
それぞれから人型へと進化した彼らは、出会って後、共存共栄の道へと進んだ。
星系外から、新たな客人が訪れるまでの数千年にわたり、彼らはともにあり、ともに繁栄してきたのだ。
その長い歴史の間に培われた友誼は、遺伝子レベルに達しているのか、グラス系とフェザー系の人種は、基本的に険悪になりにくい。
レティクルもまた、フェザー系であるガブリエルに対し、慈しむような視線を向けている。
その視線に照れくささを感じ、帽子で顔の下半分を隠しながら、ガブリエルはレティクルをうかがう。
横目にその様子を見つつ、ハイドはグラスを煽る。
なんというか、親と子というか、保護者と庇護者の関係が透けて見える。
実際、極めて長い時間をゆっくりと生きるグラス系は、短命で素直な生き方をするフェザー系を優しく導くような形で、クレイブス星系では文明を構築している。
ハイドがかつてクレイブス星系を訪れたのは、はて、何年前だったろうか、と首を傾げた。
当時のグラス系の友人には、大変世話になったものだった。
フェザー系の友人もたくさんできた。
「懐かしい」
「あら? どうかした?」
「うん? いや、フェザー系なんぞ、久しぶりに見たな、と」
「そうね。この惑星は、クレイブス星系からは離れているから」
「プレイヤーなら、もっと近いところにあるからなあ。たしか、ロドニア星系に」
「あるわねえ・・・・・・。ハイドは行ったことあるかしら?」
「ある。・・・・・・それこそ、グラス系とフェザー系でパーティ組んで潜ってたな。懐かしい」
ふふ、と笑いながらハイドはグラスの酒へと口を付けた。
ハイドと話し込んでいる間に、ガブリエルがどこか所在なさげにしていることに気づいたレティクルは微笑んだ。
「ごめんなさい。何か、飲むわよね?」
「あ、いえ。お酒は・・・・・・」
「あら? だったら、ご飯の方がいいかしら」
ちょっと待っててね、と言い置いて、水だけ置くと、レティクルはさっさと奥へと引っ込んでしまった。
あう、とガブリエルがその背に向かって、手を伸ばそうとしていることにくく、と、ハイドは笑いを漏らす。
「どうした? 不安か?」
「ええっと・・・・・・。いえ、何て言うか・・・・・・」
「世話を焼かれることならあきらめろ。グラス系は、フェザー系に対しては大体あんなもんだし、レティクルに至っては誰に対してもあんなもんだ。つまり相乗効果でお前に対しては過保護になる」
なんだかんだ、ハイドとレティクルは長い付き合いだ。
それこそ、レティクルがこの惑星に来た当初などは、一時パーティを組んでいたこともある。
「・・・・・・レティクルさんも、クリミナルなんですね?」
ガブリエルがそう聞いたのは、レティクルには首輪があったことを見てだろう。
ただ、その言葉に対し、ハイドは首を振る。
「レティクルは、クリミナルだけど、ガブリエルや俺とは違う」
ハイドの言葉に、ガブリエルは首を傾げた。
レティクルがはめていた首輪は、ハイドやガブリエルが付けているものと同じもののはずだ。
「ちょっと、ガイドしておくか。・・・・・・知っての通り、クリミナルはプレイヤーに比べると、いくらか制限がかかっている権利がある。分かるか?」
「プレイヤーへの攻撃禁止?」
先ほどのことを思い出したか、ガブリエルはわずかにすくんだ様子で答えた。
ハイドはそれに頷く。
「代表的なものだな。他にも、預金口座を持てなかったり、定期的に管理公社に納税の義務があったり、住居も管理公社に届け出る必要があるし、店も持てない」
ハイドがつらつらと並べたのは、あくまでも基本的なものだ。
他にも惑星外の情報が得られなかったり、入ることのできるポートの区画に制限があったり、などだ。
その中にある、自分の店を持てない、というもの。
レティクルは、クルクスの店主である。
どうやって店を持っているのかと言えば、
「クリミナルに与えられる恩赦だが、実は段階があってな。ある程度の功績を管理公社に納めれば、これらの制限が段階的に解除される。どの制限を解除するかは、ある程度選べるぞ」
「へえ・・・・・・」
「で、レティクルは、その恩赦で、ほぼすべての制限を解除してる」
実際、レティクルは、牢獄惑星内では、ほぼプレイヤーと変わらない振る舞いができる。
ガブリエルなどは、たとえ正当防衛でもプレイヤーに対して攻撃は不可能だが、レティクルの場合は、正当防衛ならば可能だ。
それだけ開放しているために、酒場の経営もできるし、ハイドのようなクリミナルでも通いやすい店ができる。
「ただ、レティクルは終身刑の囚人でな」
レティクルが解除できていない唯一ともいえる制限こそ、それだ。
レティクルは、決してクリミナルの身分から解放されることはなく、それゆえに、この惑星から出ることはかなわない。
「・・・・・・ガブリエルは、恩赦があれば出られるんだよな?」
「はい。懲役二百万時間です」
「ずいぶんと多いな・・・・・・。まあ、なにやらかしたかは聞かんが」
「聞かないんですか?」
「最低限の、マナー、みたいなもんだ。ここにどうして来たのかについては、聞かないし、話さない」
「・・・・・・話さない?」
「不幸自慢も、やらかし自慢も、聞き飽きてる」
「はあ・・・・・・」
どこか釈然としない顔で、ガブリエルは頷いた。
ハイドからしてみれば、惑星外の世情なんてそうそう関わることがないだけに、外で何をしてきたか、などどうでもいい情報なのだ。
そういうのを好んで売り買いしている変わり者もいないことはないが、関わり合いになりたい類ではない。
「お待たせ~」
のんびりとした声で、レティクルが戻ってくる。
その手には、大き目の鍋を持っている。
鍋の中身を皿によそって、そっとガブリエルの前へと差し出す。
「今日はミートシチューよ」
「・・・・・・・・・・・・」
肉の色、というより、むしろ血の色に近い色合いのシチューだ。
何の肉、とかは聞かない方がいいんだろうな、とハイドはこれまでの経験から察する。
食べられないものではないだろうが、思いもしないものをぶち込まれかねない。
材料を知らなければ、美味しい料理で済むのがレティクルの料理なのだ。
「美味しそう・・・・・・!」
「ふふ。どんどん食べてね?」
さっくりと焦げ目のついたバゲットを添えられて、非常に美味しそうだ。
「俺ももらえる?」
「いいわよ」
よそわれた皿から漂う匂いは実に食欲をそそる。
肉由来と思しき食欲のそそる匂いと、スープ自体が放つほのかなワインの匂い。
おそらくは、かなり長時間煮込んだと思しき料理だ。
スプーンを入れると、濃厚さにスプーンに多少の重さを感じるほどだ。
一口分を口に含めば、濃厚な肉の味わいと溶け込んだ野菜の味が口の中に広がる。
口に入れて味わっても何の肉か分からないことが不安をあおることを除けば、非常においしい。
ちらりと隣を見れば、ガブリエルは非常に美味しそうにスプーンを口に運んでいるし、それを見るレティクルの目はすでに愛しい子を見守る母のそれである。
「・・・・・・ふ」
その様を見て、牢獄惑星という名とは似つかわしくない光景に、口元を緩めつつ、ハイドは食事を続行した。
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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