第35話:ハッキングツール
ダンジョン内を徘徊するセキュリティモブは、当然ながら、互いには敵対しない。
ジャミング系のツールなどを利用することで、同士討ちを誘発することはできるか、それは一時的なものだ。
そして、これがもう一つの面倒な点だが、セキュリティモブは、付近にいるものとデータリンクを作ることがある。
単純に言ってしまうと、情報を共有する、ということだ。
その範囲は、割と広い。
少なくとも、目視できる範囲なら間違いなく通じている。
要は、
「おっと、あっちもか、と」
セキュリティモブを追跡するには、他のセキュリティモブに感知されないように気を配らないといけない、ということだ。
ハイドは、デバイスを通じて、ステルスのアーツを発動していく。
正直、普段のダンジョン探索とは違うアーツの使い方をしているので、少々気を使う。
「相手から隠れるのに、デコイはだめ、ジャミングもだめ。障害物を出すのも危ない。・・・・・・このとっかかりのない壁に平坦な床しかない四角い通路の中、ステルスだけで移動ってのが、きついのなんの」
普段のダンジョン探索では、敵は倒せばいいんだから、隠れる時は、いろいろ手管を使う。
例えば、デコイを出して引き付ける。
あるいは、ジャミングを出してごまかす。
または、壁と偽装するものを出して隠れる。
だが、今回はそのどれもがだめだ。
セキュリティモブは、そこまで甘い存在ではない。
最初の一時は騙せても、すぐに見破ってくる。
その見破るまでの間に、奇襲をかけて先手を取る、というのが、ハイドのソロでの基本スタイルである。
ただ、この奇襲戦法は、周囲にいるセキュリティモブの数が多ければ多いほど、成功率が下がる。
互いに観測しあって、ハイドのステルスを見破ってくるからだ。
それぞれ、個別に対応するには、リソースがかかり過ぎる。
加えて、現在行っている尾行では、この奇襲戦法での手段は、ほぼ使えない。
見破ってくる、の言葉通り、デコイもジャミングも偽装も、探知された瞬間に、セキュリティモブは周囲の探索を始める。
それが、ダンジョンを探索する者が使う方法である、と彼らは知っている。
もちろん、発見されそうなセキュリティモブを撃破する、というのもなしだ。
そこに敵対存在がいることがばれる。
だから、セキュリティモブを追跡するには、姿を消し、音を消し、匂いを消し、熱を消す。
そして、接触しないように、すり抜ける。
どれもこれも、セキュリティモブの知覚に触れないように、移動する。
「ああ、めんどう」
口調は極めて不本意そうだが、ハイドの口元には笑みが浮かんでいる。
匂い消しや音消し程度はともかく、可視光や熱をごまかすのは、アーツとしては燃費が悪い部類に入る。
それらのアーツを用いるのは、やはりハイドとしても、少々消費が重い。
限られた手札をやりくりしつつ、ハイドは掃除屋の後を追いかける。
これこれで、スリルがあって楽しいね、とハイドはにやりと笑う。
「・・・・・・さて?」
そうして、二時間弱、ハイドは掃除屋を追いかけた。
ちなみに、このレベルの追跡ができる存在はそういない。
「いい具合だな。見つけたか」
掃除屋の向かう先にあるものを見て、ハイドはくく、と笑うのであった。
+ * +
それは、プレイヤーの一団であった。
彼らは、ダンジョンに挑むものとしては、少々異質な一団ではあった。
もともと、レディアント所属のクリミナル。
比較的、刑量が軽かったために、短い期間で恩赦を獲得できたものや、長命な種族であるが故に、寿命が尽きる前に恩赦を得ることができたものなどだ。
レディアントに所属していただけあって、クリミナルに理解があり、かつ、お行儀がいい。
中には、今もレディアントと連絡を取り合い、恩赦獲得の手助けを行っている者達もいる。
そして、その一団の中には、クリミナルが混じっていた。
レディアントが行っている、クリミナルの『更生』に参加する、クリミナル。
要は、恩赦を目指すクリミナルだ。
レディアント所属ではあるが、最近はこのプレイヤーの一団とともに行動している。
「ふうむ・・・・・・」
そんな一団の長であるプレイヤーが、唸った。
首をさする仕草は、長く首輪をつけられていたクリミナル上がりのプレイヤーには、よくある癖だ。
「やっぱ、あぶねえかね?」
レディアント時代の伝手から、今のこの惑星のダンジョン内が、少々やばそうなのは聞いていた。
それでも、最も危険なのはクリミナルで、プレイヤーの危険は少ないだろう、というのはあった。
だが、早計だったかもしれない、と首の後ろをさすりながら思う。
クリミナルになったのは、ほんの出来心でやったことが、思ったよりも大事になったからだ。
今ならば、それがどれだけ社会の迷惑になったかが分かるが、当時の若かった自分には、さっぱりわかっていなかった。
レディアントの先輩にしごかれ、諭され、更生して、外に出た。
それでも、かつてやったバカは残っていて、結局ここに戻ってきた。
「リーダー? どうしました?」
いい年になって、今はレディアントの外部協力員として、クリミナルを助けるプレイヤーとして活動している。
クリミナルにとって、頼りになるプレイヤーは極めて重要な存在だ。
なにせ、クリミナルは、仮にプレイヤーとトラブルになった場合、一方的にやられることしかできない。
間に、別のプレイヤーが入ってくれるだけで、ずいぶんと変わってくるのである。
「おい。全員、装備を確認。消耗量は?」
「許容範囲内です。このまま、もういくらかは行けますけど?」
「いや、今日はここで撤退しよう。連絡来てたしな。余裕があるうちに退く」
クリミナルの争いなら、プレイヤーがいれば、ある程度は防げる。
なにせ、プレイヤーは、クリミナルに対して、一方的に攻撃できる。
完全に優位なのだ。
だが、今回は、プレイヤーによる、クリミナル狩りだと聞いている。
リーダーは、一団に混じっているクリミナルを見て、
「預かってるやつになんかあったら、まずいしな。今日は撤退!」
「了解!」
リーダーの宣言に、メンバーはそれぞれに応じて、準備に入る。
「リーダー! 敵襲です!」
「あいよお!」
見れば、ふよふよと浮かぶガードボットの群れが来る。
「ようし! この一戦が終わったら、ポートに戻って打ち上げだ。油断するなよ!」
「了解」
戦闘が始まった。
+ * +
「安定してんなあ・・・・・・」
狙っていたものとは違うとはいえ、別のプレイヤーの一団を見つけた。
ハイドは、その戦闘を見て、うんうん、と頷く。
レディアントの協力者のようだから、ハイドとしては、敵ではない。
とはいえ、ここで姿を現しても、無用な警戒をさせるだけだ。
「こっちはハズレでした、と」
さすがに、戦闘が始まってしまえば、追いかけていた掃除屋も戦闘に参加してしまった。
あちらの一団に、それを逃す理由がない以上、追いかけるものはなしだ。
戦闘後の残骸を回収に来る掃除屋をもう一度待ってもいいが、もう一回同じことをするのは、正直面倒だ。
「今日は、俺もこれで上がりにするかね」
やれやれ、と戦闘に背を向けた時だった。
ハイドが展開していた索敵に、引っかかった反応がある。
セキュリティモブではない。
「案外、追ってみてよかったかね?」
はずれを引いたと思ったら、別のところにあたりが引っかかった気分だ。
まあ、こちらも外れかもしれないが。
ともあれ、
「行ってみるか」
ハイドは行動を開始した。
+ * +
巨漢を中心とした一団であった。
外骨格、という全身鎧を着こんだ一団と、その中心にいる、サイボーグ。
中心のサイボーグこそ、やはり巨漢だ。
「ふうむ・・・・・・・?」
ハイドは、発見した一団を遠目に見て、ため息を吐いた。
彼らに首輪はない。
プレイヤーだ。
「あたり、だな」
ふん、と、ハイドはステルス状態のまま、それぞれの一団を観察する。
必要なのは、彼らのデバイス情報だ。
それさえあれば、今後の彼らを追跡できる。
なお、プレイヤーのデバイス情報を同意なく取るのは、もちろん犯罪である。
さらに加えると、クリミナル側からそれをやるのは、プレイヤーに対する攻撃行動となるため、不可能だ。
「まあ、今更だよなあ」
くくく、と笑いながら、ハイドはちょうど近くにいたガードボット型のセキュリティモブを捕まえる。
文字通り、手を伸ばして、むんずとつかみ取ったのだ。
普通なら、大暴れするはずのそれが、手に捕まれた瞬間に大人しくしている。
「ここをちょいちょい、といじって・・・・・・」
そして、『何か』をやった。
もし、ハイドのやったことを見る何者かがいたら、目をむいただろう。
ガードボットに対して、何かの操作をする、などというのは、今のところ不可能な技術、とされているからだ。
ハイド自身、今どうやってこれをやっているのか、については、完全に把握しているわけではない。
たまたま昔拾ったとあるLメカの機能が、こういうものだと知っているだけである。
「ようし、行ってこーい」
遠目に見える一団の方へと放り投げれば、ハイドを無視して飛んでいく。
もっとも、ハイドがステルスをしているからで、ハイドがステルスをしていなければ、放り投げても、一番近くにいるハイドのところに戻って来ただろうが。
「うんうん・・・・・・」
そうして、一団に発見されたガードボットは、あっさりと破壊された。
「・・・・・・よし」
その間に、必要な情報は取れた。
「撤退撤退、と」
ハイドは、誰にも見つからないままに、ダンジョンから離脱するのであった。
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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