第29話:アスモデウスのトップ
クレオとパトラ。
見た目がよく似た、双子の美女姉妹である。
白を基調とした衣装をまとうクレオと、黒を基調とした衣装をまとうパトラ。
それで見分けはつくが、衣服を脱いでしまえば、おそらく見分けるのは困難だろう。
牢獄惑星のクリミナル派閥『アスモデウス』を束ねる、タマモの側近であり、護衛であり、使い走りである。
性産業で功績を稼ぐアスモデウスらしく、彼女たちが客を取ることもあるが、その頻度は極めて少なく、それ以外の仕事に従事している彼女たちへの指名料は段違いに高い。
あまり表に出ないにも関わらず、彼女たちは有名である。
外見や所作の美しさや、双子特有の雰囲気もそうだが、この二人は、タマモの腹心として様々なイベントを司っている。
アスモデウスというか、『ダンジョンパライソ』では、軒を連ねている店によって、何かしらのイベントが行われている。
大概は、店単位や、いくつかの店が共同して行う程度の小規模なイベントだが、時折、アスモデウス主催でのイベントが実施される。
そのイベントの運営の代表として、よくこの二人は顔を出す。
そういう意味では、店に顔を出すキャスト達などより、よほどに顔が売れている。
露出の機会が多いことと、そもそも客を取ることが少ない、という希少性もあって、ファンも多い二人である。
歓楽街の大通りを歩けば、当然のことながら人目を集めてしまう。
となると、その間に挟まれて歩くハイドにも、当然と注目が集まる。
「・・・・・・いやがらせかな?」
わざわざこの二人を使いに出した、タマモに対する感想である。
「クレオ達に失礼です。ハイド様」
「パトラ達が出迎えるなど、最上級の賓客を示すというのに」
クレオとパトラの二人にそのように言われても、ハイドとしては、やはりいやがらせかな、という感想が浮かぶ。
この二人が、拗ねたような表情でハイドの服の裾をつまんだおかげで、周囲からの視線の圧が増したからだ。
ちなみに、先ほどコッペリウスの工房では、ハイド、と呼び捨てにされたが、基本、この二人の客に対する呼びかけは様付けだ。
「お前ら、分かっててやってるだろ」
ハイドが、じとっとした目で二人を見るが、二人は、つん、と澄ました顔をした。
「ハイド様が、こちらに足を運ばれるのは、ずいぶんと久しぶりですね」
「そうだな」
クレオに言われて、ハイドは頷く。
実際、ハイドからしてみると、あまり用のある場所ではない。
肉体のほとんどが機械であるハイドは、肉体由来の性欲は制御できるし、精神由来の性欲を感じるには、少々年を取り過ぎている。
老いてなお盛ん、というわけにはいかない。
まあ、肉体は、メンテナンスして更新もかけているので、若いままではあるが。
そうしたところで、パトラがうんうん、と頷いて、
「レティクル様がいらっしゃるので、仕方ないとは思いますが」
「ちょっと待て」
だからといって、そういう風に納得されるのは困る。
そういう関係がないとは言わないが、それだけ、と思われるのは、なんだか納得がいかない。
ハイドが顔をしかめたところで、クレオとパトラは、ハイドの両脇からそっと寄って、ハイドの両腕へと腕を絡ませる。
「たまには、クレオ達を指名していただけませんか?」
「ハイド様がお相手ならば、パトラ達は喜んでいたしますのに」
アスモデウスでも屈指の美女二人が、両側からそっとしなだれかかって、ささやいてくる。
周囲から、圧とともに熱気が膨れ上がる。
主に、嫉妬からくる殺意だろうか。
大概の相手ならば即座に陥落しそうなものではあるが、ハイドはする、と両腕を抜く。
「「つれない」」
残念そうに身を離すクレオとパトラに、はあ、とハイドはため息を吐く。
「お前らね・・・・・・」
「ですがハイド様」
「ん?」
軽く小言でも言っておこうか、と思ったところで、クレオが口をはさむ。
続けて、パトラが口にした。
「タマモ様は、多分これ以上の勢いで来ると思いますので」
「・・・・・・なんか行きたくなくなってきたぞう・・・・・・」
やれやれ、とハイドはため息を吐いた。
+ * +
『ダンジョンパライソ』の最奥にある、ひときわ豪華な城を思わせる建築物。
その最上階の最奥に、その部屋はある。
「・・・・・・ふむ」
そこにあるのは、緑の庭園であった。
牢獄惑星にあるとは思えない、穏やかな木漏れ日が差し込む、緑の庭園だ。
花壇には美しい花が咲き誇り、生垣は剪定されきれいに形を整えられ、芝生と石畳の道がある。
ハイドとしても、もはや古典となった物語にしか見ないような、品のいい庭園だ。
クレオとパトラの二人に連れられて進む先、白い東屋があり、その下に、机と椅子が置かれて、茶をたしなむ二人の人影がある。
一人は、妙齢の美女である。
白く小さな顔に、計算されつくした人形のような美貌がある。
だが、人形じみた無機質は感じない。
確かに血の通った人間である、というのが、その柔らかく微笑む表情から感じ取ることができ、安心感を与えてくれる。
だというのに、その肉体は凹凸がはっきりした肉感的なもので、その所作もまた、どこか色気がにじむ。
座って穏やかに茶をたしなんでいるだけのその姿に、どうしようもないほどの艶美さがにじみ、常人であれば男女問わず魅了されるであろう。
ハイドを手前に、左手側に座ったその女性に対し、奥側に座っている者がもう一人。
「・・・・・・よう」
ハイドが声をかけると、二人がこちらを向いた。
美女の方は、ハイドを見て、微笑んだ。
客であるなら、それだけで魅了され、きっと指名に使った時間を惚けて消費しかねない。
だが、ハイドは、そちらには一瞥をするだけで、もう一人の方へと目を向ける。
「久しぶり、か? タマモの嬢ちゃん」
「あちきを嬢ちゃんなどと呼ぶものも、もはやぬしとレティクルぐらいのものじゃよ・・・・・・」
そこにいたのは、老婆であった。
白髪の髪を品よくまとめ、ストールをまとった老女である。
アスモデウス、というクリミナル派閥の派手な印象にはまるでそぐわない、穏やかで調和の整った姿だ。
ハイドの物言いに苦笑を浮かべる姿は、若者の言葉を微笑ましく受け止める、人生の先輩の姿のようだ。
これが、クリミナル四派閥の中で、非戦闘系最大派閥である、『アスモデウス』の頭領たる、タマモである。
老齢の上品な貴婦人。
それこそ、映画の中にでも出てきそうな穏やかに余生を過ごしている老婦人、といった風情だ。
だが、その姿を見て、人は、我知らず尊敬の念とともに、美しいと感じるのだろう。
息遣い、所作、雰囲気、あるいは、目には見えない、だが感じ取れる何か。
そういった何かが、タマモを美しいと思わせる。
今の時代、外見を取り繕うだけならば、いかようにもできる。
それを、あえて老いた姿をさらし、なおそれを美しいと思わせる。
ただ年を取るだけでは得られない、人生から得られる美しさ、とも言えるそれを持っていると見せてくれる女性である。
「・・・・・・ふん。変わらんなあ、お前も」
その姿を見て、外見を作っているハイドなどは、どこか罪悪感にも似たものを感じる。
これで、もともと不老長寿であり、外見的には全く変化しないグラス系種族であるレティクルなどは、そういったことはまったく気にしないが、タマモと会うと、年を取るのも、悪くないわねえ、とか言う。
「それを言うなら、ハイドの方であろうに。相も変わらず若作りをしおって」
「若作りじゃない。まだ若い」
「あちきより年上の癖に何を言っておるのやら・・・・・・」
やれやれ、とため息を吐くタマモだが、その隣に座る女性が、笑い声をあげた。
「ふふふ・・・・・・」
「・・・・・・そちらは?」
まあ、その美貌を見たときから、ハイドには予想はついている。
とはいえ、初対面だ。
「マリーじゃよ」
「そうか。俺はハイドだ。アスモデウスの一番人気に、こんなところで会えるとはね」
「初めまして。マリーと申します」
美女、マリーは、立ち上がり、楚々とした礼を見せる。
その仕草が、自然で違和感がない。
そういえば、とハイドは思い出す。
マリーは、整形もインプラントもなく、その顔も育ちもその一切が天然の、今の時代にあってはもはや狙って育成でもしないと現れない希少種、とかいう評判がある。
化粧もしていないのに、華やかさと艶やかさと清楚さが同居するその美貌に、むしろそんなものが存在することに首をかしげたくなる存在である。
昔のタマモに似ている、と内心でだけ思う。
「お目通りできて光栄ですわ。ハイド様」
「ふむ? 何を聞いたか知らんが、俺はケチな犯罪者だぜ?」
「ふふ・・・・・・。ご謙遜を」
マリーの微笑を受け、クレオとパトラの二人に促されて、ハイドはタマモの向かいに腰を下ろす。
「で? 呼び出した理由を聞いても?」
「せっかちじゃのう・・・・・・」
やれやれ、と首を振るタマモだが、クレオとパトラに目くばせすれば、すぐさまハイドの前に茶が置かれた。
「どうせ、コッペリウスの仕事には、多少の時間がかかろう。その間くらい、大人しく座って茶でも飲んでおれ」
「だったら、コッペリウスの工房でよかったろうが」
「マリーを紹介しておきたかったのよ」
ふ、とタマモは笑う。
「何せ、どうしても会いたいとダダをこねおるでな」
「まあ、おばあ様! わたくしのせいになさるなど。・・・・・・ハイド様の来訪を聞いて、クレオとパトラを使いに出したと聞いたから、わたくしこちらに参りましたのに」
マリーは、ぷんすか、と怒るが、迫力はない。
「俺は、なんだろう? レアキャラかなんかか?」
「あら。おばあ様の推しの姿を見たかっただけですのよ?」
「・・・・・・推し、とは?」
ふむ、とハイドが首を傾げるが、タマモはぽん、と手を打った。
「まあ、その話はよい。・・・・・・確かに用があったが故、呼び出したのじゃしな」
「そうなのか?」
「クルクスの方、レティクルに呼び出してもよかったのじゃがの。ハイドがこちらに来ておる、と聞いたから、もののついでに呼び出したのよ」
「あん? なんかあったかな?」
首を傾げたハイドに対して、タマモは切り出した。
「ニューロード。ひいては、タイラントのことよ」
「ああ、そっちか」
こんなところにまで何かしら影響出てるのか、と、ハイドはため息を吐いた。
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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