第22話:ハイド・オルター・シーク
「はあ・・・・・・」
ノエルが吐いたため息に、アリアが反応した。
「あラ? どうしたノ?」
「いえ。今頃、カノンがハイド達と一緒にダンジョンに潜っていると思うのですが」
「ああ・・・・・・。大丈夫でショ? 生存能力ダケは、きっちり高めたモノ」
カノンを鍛えた二人である。
自分の傷をいやしながら、高い攻撃力で敵を攻撃可能なカノンは、ある意味、二人のハイブリッドとも言える。
「いえ、そちらはあまり心配していません。ハイドもいることですし、無事に帰ってはくるでしょう」
「・・・・・・? 他に、ナニか心配?」
ノエルのため息を吐いた理由が分からず、アリアは首を傾げる。
それに対して、ノエルは、ああ、と気づいた声を上げた。
「そういえば、アリアはハイドとは共闘したことがないのですか」
「ええ。あの人、基本はソロじゃナい? 必要とされナイから、一緒に潜ったりしたことは、ナイわネ」
「そうでしたね。で、あるなら、覚悟をしておいてください。カノンが帰ってきたら、変な癖がついていないか確かめないと・・・・・・」
「変なクセ?」
アリアの疑問に、ノエルは頷いた。
「そうです。ハイドの共闘すると、普段以上に動けるので、ハイドがいない状態ではまるで弱くなったように感じるのです」
「それって・・・・・・」
何かを察したアリアに、ノエルは深く頷いた。
「ハイドのスタイルは、バッファーであり、ジャマー。味方を助け、敵を妨害する。・・・・・・仲間がいなければ成立しない、最もソロには不向きなスタイルなのです」
+ * +
「目標確認」
ハイドがアーツを起動する。
今回のダンジョン探索は、三人娘の連携の練習が目的だ。
最終的には、三人娘だけで探索させることを目標とするため、ハイドとしては、あまり多く手を出すつもりはなかった。
だから、適当に同行し、多少の火力を提供する程度にとどめていたが、さすがにこれ以上放置すると、カノンが致命的な怪我を負う可能性があった。
だから、前に出る。
「・・・・・・補助対象三、撃破対象一八。優先一」
目標として設定するのは、今、この戦場にいるすべてだ。
補助対象である三人娘。
アレイは、ターゲットを設定しながら、戦車の砲を操作して、弾幕を張っている。
カノンは、後ろに下がって自己回復中。
ガブリエルは、アレイから送られてくる目標指示に合わせて、丁寧にアーツによる攻撃を行っている。
あちらは問題なし、と踏んで、敵を設定する。
「目標設定」
ハイドの視界には、戦場にいるすべての存在が映っている。
そして、アーツを並列で起動していく。
「隠遁」
そして、ハイドの存在が消えた。
+ * +
「これは以前、レティクルから聞いた話です」
ノエルは、お茶を口に含んで喉を湿らせた上で、口を開く。
「ハイドは、もともと、ハイドのみがコードだったそうです」
「? 今、ハイド・A・シークって、名乗ってるワよネ?」
「ええ。自分で登録を変更したらしいですね」
不可能なことではない。
恩赦をキャッシュで買えるこの惑星では、高額にはなるものの、クリミナルコードの書き換えなどの管理公社の管轄分野であろうと、変更は可能だ。
「なんでマタ・・・・・・」
「そういう、外連味のある男です。私は不思議には思いません」
数は少ないが、やっているものがいないではない。
とはいえ、そのために必要な手数料は莫大であるため、めったにやる者はいないが。
「ハイド・A・シーク。A、はなんのことだと思いますか?」
「え? アンドのAじゃないノ?」
「ハイド・オルター・シーク」
すなわち、
「隠れる。改変する。探し出す。ハイドの戦闘スタイルを示しています」
「スタイル・・・・・・」
「隠れるは言うまでもないですね。ハイドは、戦闘中であろうが、姿を消します。一瞬でも目を離せば見つからないでしょう。デコイを残すこともあるので、見つからないなどざらでしょう」
ハイドは、もともとソロで動くことが多い人間だ。
そのため、ステルス状態で動くことが前提になっているし、戦闘もステルス前提でアーツや武装を組んでいる。
戦闘中だろうがなんだろうが、まず敵から身を隠すのだ。
「バフやデバフによる、ステータスの改変。そして、敵の行動パターンの分析や弱点の発見による戦術の確率。それらを極めて高速にこなすことこそ、ハイドの戦闘スタイルです」
ノエルは、それなりにハイドと付き合いが長いが、それでもハイドの手の内はすべては知らない。
レティクルでさえ、すべては知らないという。
「通常、バフというのは、できることをより効率的に高威力にできるようにするものです」
「そうネ?」
「ですが、ハイドのそれは、できないこともできるようにしてしまう力があります」
「?」
ノエルが、カノンに変な癖がつく、と危惧しているのは、まさにそこに問題がある。
「ハイドのバフを受けると、今までできなかったことができるようになるため、バフがない状態とは戦闘スタイルが異なってくるのですよ」
+ * +
敵視が外れた。
その場にデコイを残し、ハイドは駆け抜ける。
幸い、そこらに倒し終わった後のQコアが大量に残っており、それが行う発光によって、敵からの視線は隠されている。
Qコアの光に紛れるように、敵、オーガタイプの足元へと接近する。
「検索」
オーガタイプへと近づき発動したアーツによって、ハイドの思考にオーガタイプの情報がインストールされる。
アーツによる、索敵と敵情報の検索だ。
範囲を広げ、戦場全域の検索を終えたハイドは、次の動きへと移る。
「リンク」
パーティー内のデータリンク機能を使って、自分が検索した情報を仲間内を共有する。
アレイの戦車が行っていた、ターゲットの選別と照準を、ハイドが代行していく。
ただし、制度が違う。
敵の弱点が分かった上での照準補正だ。
ガブリエルが行う動作は変っていないが、そのアーツによる攻撃や、より効率的になっていく。
「改変」
次のアーツを開始する。
ガブリエルのアーツは、初期アーツもいいところで、威力は低い。
実際、敵を押しとどめる役には立っているが、撃破には至っていない。
だが、ハイドはそこを干渉する。
「ブースト、セット」
ハイドのアーツにより、アーツ自体の威力が向上する。
ハイドが干渉したのは、ガブリエルが身に着けているアーマーである。
ガブリエルのアーマーには、アーツの補助機能が入っている。
その機能を増幅することで、ガブリエルの攻撃自体を強化するのだ。
同じことは、アレイの戦車砲にも行っていく。
弱点へと正確に向かう攻撃。
さらに、検索によって得た情報で、敵にとって効率的な攻撃へと変化している。
「セット」
ハイドが、ステルス状態のままに戦場を駆け抜け、敵へと触れていく。
その都度、ハイドのアーツによって、弱点部分に光が灯る。
アーツによる照準光だ。
その照準が示す位置へと、攻撃が殺到する。
「改変セット」
照準光は、ただ攻撃目標部位を示すだけのものではない。
照準光に、攻撃アーツや、戦車砲の一撃が当たる度、その攻撃が、敵にとって効果的な攻撃へと変換されているのだ。
「・・・・・・カノン。動けるか」
一通りの敵にセットし終えたところで、ハイドはカノンのところへと戻る。
「問題ないであります」
自己回復を終えたカノンは、立ち上がり、『竜骨断ち』を握った。
「じゃあ行け」
ハイドが指示したのは、オーガタイプだ。
その体の各所には、やはり何か所か照準光が点滅している。
「はいであります!」
だん、と踏み込む音も強く、カノンは飛び込んでいった。
とはいえ、先ほどの反撃は覚えているらしく、オーガタイプの脇へと駆け込むような動作だ。
「だあ!」
カノンは、左下から斜めに斬り上げた。
だが、オーガタイプが一歩大きく下がったために、避けられる。
「なんの!」
もう一撃、とつなげようとしたカノンだったが、
「改変」
ハイドのアーツが、発動する。
「ふわあ!?」
カノンが、驚きの声を上げた。
剣を振り上げ、そこから剣を返して振り下ろそうとした動きだったが、その動きが変わる。
振り上た勢いを殺さないままに、体をスピンさせて、左上から斬り下ろす。
スピンのために大きく前へと踏み込んだために、オーガタイプが下がった動きを追いかける動きとなり、
「だああ!」
カノンの気合一閃。
オーガタイプが両断された。
+ * +
「すごいであります!」
カノンが、目をきらきらさせている。
あの後、一番の大物を斬り伏せたカノンが、さらに周囲の掃討に動いたことで、戦闘はほどなく収束した。
ハイドは、あの後ライフルを拾って攻撃に回ったため、さらに早く戦闘は終わった。
「あれが、ハイド殿の戦闘補助でありますか!」
「・・・・・・ああ、ノエルから聞いてたか?」
「はいであります!」
アーツの中には、バフやデバフ、というものが存在する。
アーツにおけるバフとは、すなわち出力の増幅だ。
一般的なバフなら、『竜骨断ち』の攻撃力を上げることはあるが、カノンの動作を変更させるまではない。
「ハイド殿のバフアーツは、慣れていないとひどいことになると聞いていたであります。かけられたときは、体の動きに逆らわずに受け流せ、と」
言われてできるようなものでもないはずだが、それをやるあたり、やはりカノンはどこかおかしい。
ノエルたちから聞いていただろう情報を考えるに、ハイドのアーツの特殊性は伝わっているのだろう。
「ハイド殿のバフアーツは、出力強化以上に性質の変化も起こすから、アーツとかの挙動も変わるので、体の動きも変わると」
さらに言えば、ハイドのアーツには、かけた相手への動作補助も含まれる。
強く、速く動けるだけでなく、効率的な動作へと矯正するのだ。
ハイドの改変アーツは、そういう行動の強制のような効果が発生するため、ノエルのように一定レベル以上の体術を持っているものにとっては、極めて気持ち悪いものらしい。
逆に、ガブリエルのように、単純にアーツを撃っているだけだと、その動作の矯正は違和感なく受け入れられる。
動作が矯正されたことに気づいた、というだけでも、カノンは非凡である。
「・・・・・・知らないうちに変なクセが着くから、できれば受けるな、とも言われたであります」
「自覚ができてるなら、さして影響はないだろうがな。帰ったら見てもらえ」
ハイドのバフアーツは、知らずに受けていると、最適な動作で戦闘行動が取れるようになるが、その状態に慣れてしまうと、バフがない時に動作の質が極端に落ちることになる。
そのあたりのリスクを、ノエルは分かっているのだろう。
実際、ノエルにはこの手のバフは、非常に嫌がられた。
「今回は緊急事態だから手伝ったけどな。次は、俺なしでもできるようになれよ?」
「はいであります! それに、先ほどの動き。ああいうやり方もあるでありますな!」
それは、体をスピンさせての二連撃のことだろう。
「ノエルの使い方なんだけどなあ。あれ」
「そうなのでありますか?」
「ノエルは、『竜骨断ち』の軌道を途中で変えるなんてしなかったからな。連撃を打つときは、ああいう感じで体を回転させてたもんだ」
「おー・・・・・・」
体をスピンさせての連撃ならば、体を中心に、剣を振る方向はほぼ変更しないため、『竜骨断ち』の特性から、剣先がさらに加速して威力が向上する。
とはいえ、その威力故に、ノエルであろうとも、五回転が限度、と言っていた技だ。
「ちなみに、一応言っておくと、俺のバフアーツで肉体動作の最適化をさせたが、その動作に体がついていかない場合体が吹っ飛ぶこともあるので、気を付けるように」
「・・・・・・どのように?」
「・・・・・・・・・・・・がんばれ」
「無茶でありますー」
カノンは、がっくりと肩を落とすのだった。
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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