第18話:不穏
牢獄惑星のクリミナルの間には、常にある程度の火種が潜んでいる。
火のないところに煙が立たないというのなら、煙の立たない場所がないのが、牢獄惑星である。
そんな中で、常に火種どころか、積極的に火付けをして回っているのが、ニューロードという集団である。
「で? タイラントがどうしたって?」
ハイドが、ノエルに先を促す。
ノエルが店を訪れるのは、ずいぶんと久しぶりであった。
以前は、よく訪れていたものだが、レディアントの代表となってからは少しずつ減り始め、タイラントがニューロードのトップを張り始めてからは、数えるほどだ。
「タイラントが、最近狙われているという話はご存じですか?」
「ああ、知ってる。なんか、クリミナルになる前の因縁っぽいな。タイラントの命を狙うやつが、この惑星に入ってきたとか」
本人から聞いた話だ。
タイラント本人も自分から仕留めに行く気満々だった。
「本人が、その相手で遊ぶ気満々だったからな」
「でしょうね・・・・・・」
はあ、とノエルがため息を吐く。
「気になる? 同時期にこの惑星に来た者として」
レティクルの、どこかからかうような口調に、ノエルはむ、と口を尖らせた。
「馬鹿にしないでください。あんなバカのことなど知りません」
ふい、と顔をそむける姿は、子供っぽさがある。
レティクルを前にすると、大体こうなってしまうのは、なんだかんだ、ノエルがこの惑星に来た時から、レティクルは面倒を見ているから、甘えているのだとも取れる。
「ただ、あのバカは良くも悪くも、影響力が大きすぎる」
「まあ、それは確かに」
「派手な子だものね。彼は」
レティクルはくすくすと笑っているが、ハイドやノエルからしてみると、どう見たって、子、というレベルじゃない。
「ニューロードのトップになってからはなおさらです。やつが動くだけで、小競り合いが起こって、未熟なものをダンジョンに潜らせるのは難しくなる」
ノエルのぼやきに、ハイドも頷く。
タイラントは、力でニューロードのトップになった男だ。
トップといっても、タイラントが実力的に最も高いから代表のような顔をしているだけで、内部ではそれぞれの組織のトップが、いつか覇権を握るための策略を練っている。
そのすべてを力でねじ伏せたからこそ、タイラントはニューロードのトップとなったのだが。
だからこそ、というべきか、タイラントがダンジョンなんかに潜って、所在が知れなくなったりすると、ニューロード内部の箍が外れることがある。
そのとばっちりを受けるのは、敵対派閥であるレディアントであることが多い。
それらの騒ぎを分かっていて好き勝手に動くタイラントに、ノエルが切れかけるのも仕方ないことだ。
「あのバカは、私に迷惑をかけるのを楽しんでいる節がある!」
どん、とカウンターを叩くノエルを横目に、ハイドとレティクルは顔を見合わせる。
ハイドやレティクルのように、一歩引いて第三者目線で見ていると、タイラントがそういうことをやる目的はなんとなく見えてくる。
とはいえ、やりようが幼い、という気もするが。
「あいつ、なんでか知らんがバカだよなあ・・・・・・」
「そうよねえ? 不思議だわ。クリミナルになった経緯からすると、相当な切れ者だったと思うんだけど」
レティクルと顔を見合わせ、ハイドは嘆息する。
クリミナルになる前のタイラントは、その道では割と有名人で、金、酒、女を好きなように集めで豪遊できる、という立場だったはずだ。
「・・・・・・何の話ですか?」
「気にするな。今は関係ない話だ」
「はあ・・・・・・?
ん、とノエルは首を傾げたが、気にしても仕方ない、と切り替えて、ノエルは続ける。
「何はともあれ、そのタイラントです。・・・・・・最近、タイラント周りの手下が少しずつ削られているようです」
「削られて・・・・・・? それはどういうことだ?」
「文字通りの意味です。・・・・・・ハイドがタイラントと会ったのは、ダンジョンのポート前でしょう?」
「ああ」
ガブリエルにチュートリアルをしていた、帰りの話だ。
つい最近の話である。
「実は少し前から、ニューロード所属のクリミナルを狩るものが、この牢獄惑星に入ったようなのです」
「・・・・・・クリミナル狩りか」
おかしくはない話ではある。
クリミナルは、全員犯罪者で、外で恨みを買う者も多い。
そして、ダンジョンの中でなら、プレイヤーがクリミナルを殺しても、罪には問われない。
そのことを利用して、外のハンターの中には、復讐の代行のようなことをしているものもいる。
クリミナルは、クリミナルとなった際に、一度すべての戸籍情報が抹消される。
そのため、本来なら、特定のクリミナルを探すのは困難を極めるが、そのハンター達は、独自の情報網を使って、依頼人の復習対象者がどこの牢獄惑星に囚われたかを調べ上げ、復習の手伝い、場合によっては代行をする。
行い自体は犯罪ではないため、罪に問われることはないが、あまりいい行いとは思われていない。
特に、逆らうことのできないプレイヤーから狙われると合って、クリミナルからは忌避されており、クリミナル狩りは、天敵であった。
「メインに狙っているのは、ニューロードのクリミナルのようですが、レディアント所属や、ポルトリア所属にもいくらか被害が出ていると聞きます」
「手当たり次第か。珍しい」
手当たり次第にクリミナルを殺したところで、プレイヤーには金は入らない。
クリミナルを殺しても、その資産を奪えるわけではないし、それこそ殺すこと自体が目的でもない限り、プレイヤーにはクリミナルを意図的に殺すメリットはない。
それどころか、目的なくクリミナルを殺すと、たとえ罪に問われないにしても、危険人物として監視対象になる。
デメリットの方が圧倒的に多い。
「メインの狙いはニューロードです。・・・・・・ですが、別にニューロード所属を示す身分証があるわけではないですから、見分けがつかないのでしょう」
「ニューロード狙いねえ? ・・・・・・まあ、あいつらただのチンピラだから、ムカツクから殺してしまおう、となっても、俺は全く不思議には思わんが」
「こらこら。そういうことは言わないの」
レティクルにたしなめられて、ハイドは肩をすくめる。
「ともあれ、どうやらそのクリミナル狩りは、どうやらタイラントを目標としているようなのです」
「なぜ?」
「拷問されたクリミナルが、総じて、タイラントとその周囲の手下について質問された、と証言をしています」
「ほう・・・・・・」
タイラント狙い、と聞いて、ハイドは、ふむ、と唸る。
「タイラントは、この牢獄惑星じゃ珍しい、外に通じる有名人だ」
「そうですね。アレは、やらかしたことがコトですから」
「この惑星にいても、外のニュースとして耳に届いたくらいだものね」
「おかげで、クリミナルになったってのに、あいつの身上は、暗黙の了解みたいなもんになってるからな」
「派手さなら、ノエルも相当なのにね」
「レティクルには言われたくねえだろ。タイラントだって・・・・・・」
「あら? そうかしら?」
「単体で宇宙艦隊壊滅させた女が何言ってんだ・・・・・・」
「ふふふ・・・・・・」
レティクルも、やらかし、という点では似たようなものだが、そこはた種族に比べて寿命の長いグラス系だ。
いまさら、レティクルに恨みを持つものなど、生き残ってはいないだろう。
それはともかく、
「それで、タイラントが自分から動いたのか」
「ええ。どうやら、子組織の頭が泣きついたようです」
「はは。それで、タイラントも一緒に死ねばいい、とでも思われたか」
「いつものことです」
「殺伐としてるなあ。おい」
ははは、とハイドは笑う。
「・・・・・・問題はここからです」
「ん?」
「その犯人、どうやらタイラントからは逃げ回っているようで」
「・・・・・・見つけられてないのか」
「ええ。タイラントは、相当にいら立っているようですよ」
「なるほどねえ・・・・・・」
面倒な、とハイドは率直にそう思う。
「正直、ハイドがタイラントとポートで遭った、というのは、運がよかったと思います」
「あいつの性格からして、ダンジョン内だったら、ガチに絡みに来てたか」
その場合、正面切っての戦闘になっていただろう。
ハイドだけならともかく、ガブリエルも巻き込まれると、相当危険だったろう。
「面倒臭いことになってんなあ」
「そうでなくても、こっちに絡まれることもあるようで。現在、レディアントでは新人にはニューロードの縄張りには決して近づかないように厳命しています」
そうした方がいい。
今のニューロードは、まさしく火種だ。
下手に突っつくと、火事になる。
クリミナルの間でだけで蹴りがつくなら、大した問題ではないが、もしプレイヤーが巻き込まれでもしたら、すごく面倒なことになる。
そして、タイラントはそこらへんを気にしない。
「・・・・・・ふむ・・・・・・。やっぱ、しばらくは俺もあの三人についていった方がいいな」
「そうしてください」
ハイドの言葉に、ノエルも頷いた
「こちらからも、可能なら人を出しますよ」
「やめとけ。レディアントで、タイラントに対して押さえになるのは、お前だけだ。ほかじゃ戦いにもならん」
「・・・・・・・・・・・・ダンガンなどもいますが」
「やめとけ。ダンガンはタイラントには相性が悪い」
「そうですか?」
「戦えばまあ、どうにかはなるだろうな。ただ、半々で相打ちになる」
「む」
ノエルは唸った。
戦い方の問題ではなく、個人としての性格の相性の問題だ。
「それに、クリミナルからの解放を目指しているレディアントにとって、タイラントの毒性は強すぎる」
「確かにねえ。あの子の熱にやられたら、大変よ?」
レティクルからも言われて、ノエルは、頷いた。
「気を付けます」
「どうしようもなくなったら、俺らに回せ。場合によっては、俺がそのクリミナル狩りを対処する」
「ハイド」
「こちとら、これ以上罪が重くなりようもない身だ。気にしてねえよ」
軽くグラスを掲げて言うハイドに、ノエルはしばらく迷った後で、小さく、頭を下げた。
「感謝します」
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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