お話にならない話~パーティーから追放されたり過小評価されて見下されると覚醒し、見下してきた奴らを蹂躙してやれる法則があるらしい~
不遇な待遇に置かれると覚醒するよくある世界のお話。
「ハァ……なんでこんなことに」
一人の女性が頭を抱えていた。
彼女の身分は、冒険者ギルド事務員。
人類の天敵である魔物の討伐を任務とし、人間の五倍は確実にあるような巨体を誇る怪物を剣の一本で討伐する人の形をした怪物達……冒険者を事務的な面でサポートすることを職務とする雇われ職員だ。
彼女の勤め先は『Sランクギルド:栄光の架け橋』。国内最高位の冒険者が所属する、名門だ。
その職員ともなれば当然高給取りで、一般人の就職先としては最高クラスと言ってもいい。いくら言葉で飾っても荒事を専門にする冒険者相手というのは気苦労も多いが、社会的身分や給金など、それを上回るメリットの方が遙かに強い。一夜にして平民の生涯収入を超えかねないような稼ぎを叩き出すこともある最上位冒険者とお近づきになれるチャンスにもなり、婚活の場としても男女問わず大人気の職場である。
そんな彼女が、国中の職を求める人間が性別を問わず渇望する椅子に座っている彼女が、何故ため息を吐きながら頭を抱えているのか?
それは、ここ数年で広まった風習のせいだ。
(どうして、こうなってしまったんでしょうね……)
『栄光の架け橋』の構成員となれば、上は当然超一流が揃い、下の新人達も向上心と才能溢れる未来のエース候補達が揃っている。希望者が多いためギルド所属に試験が存在する規模でやっているため、新人からベテランまでやる気と才がなければ務まらないからである。
そう……ここの住民は、皆が皆力への自負と未来への希望に満ちているはずのエリート達のはずなのだ。
そんな彼らが、おかしな風習に犯されている。それが、彼女が頭を抱える理由である。
事の始まりは、一つの冒険者チームで起こったいざこざだった――
◆
「お前をパーティから追放する! 役立たずの荷物持ちにこれ以上金を払う気はない!!」
『栄光の架け橋』所属チーム、Aランク冒険者がリーダーを務める『魔術師の杖』。全てのきっかけは、彼らから始まった。
「ど、どうしてだ!? 俺がいったい何をしたって――」
「何もしてないからだよ穀潰し! 俺たち『魔術師の杖』は、その名の由来に従い向上心と未知への探求を理念にする。それはお前もわかっているだろうが!!」
魔術師の杖とは、発展と叡智を象徴するものとされる。
この世界において、魔術師とはただの魔法を操る職人というだけではなく、最先端の研究者という側面を持っている。その愛用品である杖には、賢者に相応しい叡智と更なる未知を開拓する力がある……という意味があるのだ。
賢さの象徴である魔術師の杖をチーム名としただけのことはあり、リーダーは常に成長することをチームメンバーに課してきた。もちろん劇的に変わることは難しいが、何事にも諦めずに挑戦し、進歩すべしというのがチームの特色というわけだ。
そこまでならば、『栄光の架け橋』に相応しい志を持ったチームというだけだろう。
だが、常に自らを更新し続けるというのは凡人には難しいことだ。前に進むどころか、下手をすれば後退してしまう、頑張っても現状維持しかできない……そんな停滞に捕まる者は決して珍しくはない。
だが、仮にも『栄光の架け橋』に所属を許されたメンバーは、皆人に誇れるだけの才能を持っている。リーダーの厳しい要求にも仲間達は答え続け、そしてリーダー自身も模範となるべく自らの力を、技術を、知恵を常にアップデートし続けていたのである。
そこから落ちこぼれた者が出た。……ようは、それだけだ。
別に頑張っていないわけは無い。ただ、他のチームメンバーの成長に追いつけなくなったというだけだ。
足手まといが一人いれば、それだけ仕事の難易度が上がる。弱くとも助けられることはある……など、所詮は綺麗事。まず戦えることが大前提の冒険者達にとって、育成枠の新人というわけでもないのに足を引っ張る存在などいない方がマシなのだ。
チームで連携を取るときも、一人だけ遅ければそれに合わせてチーム全体の力を落とさねばならない。敵からすれば『魔術師の杖』という群れを崩す都合のいい弱点として攻められやすく、それを庇うために他の仲間達の負担が増える。
そんなことを繰り返しながらも、これと言った対策も考えなければ新しい武器や技術に挑戦する気概があるわけでもなく、漫然と実らない努力を続けるだけの男に、ついにリーダーがキレたのである。
「お、俺だって、頑張ってるんだ! そりゃ、最近は足を引っ張ることも多かったけど……」
「わかっているなら言うな。頑張っている? 成果が出ていないんならばそれは頑張りとは言わないんだよ。俺たちは、プロなんだからな」
責められている男にも言い分はある。
剣の鍛錬を休んだことは無い。実力で劣る分、雑用などでチームの力になろうとしている。戦闘以外での仲間のフォローをしている……などなど。
しかし、リーダーからすればその全てが言い訳にしか聞こえない。
鍛錬しても成果が出ないのならば、何故ダメなのかを考えろ。雑用をやるのは当然のことだし人の分までやっているのはお前の勝手。戦闘以外のプライベートなフォローなど余計なお世話……である。
いくら荷物持ちを頑張られても、それが必要ならば専門のサポーターを雇う。仲間として対等の報酬を分け与える相手としては不足以外の何物でも無いのだ。
「とにかく……もう、お前が俺たちについてくるのが無理だってことはわかった。俺らよりランクの低い新人チームに入れてもらうなりなんなり、後は好きにしろ」
「そんな……ちょっと、待ってくれ――」
「もう散々待った!」
そんなチームリーダーの怒鳴り声と共に、明らかにチームの求める基準に満たない力しか持たなかった足手まといが除籍された。
冒険者チーム『魔術師の杖』はその後、新しく伸びしろのある新人育成枠として代役を立て、更なる成長を行っていった――
――で、終われば競争社会では良くあることだったのだが、ここでおかしなことが起きたのだ。
「か、ハ……」
「進歩と成長か……滑稽だな。まさか、この程度の力しか無いのにあんな偉そうな演説をしていたとは」
追放劇から数ヶ月後。何が起こったのか、追放された男は爆発的な成長を見せた。
結局能力不足を理由に『栄光の架け橋』に居場所がなくなった彼は、一人別の弱小ギルドに移籍し、そこで別人としか思えないほどの力を得てしまったのだ。
Sランクに近いAであったリーダーと、Aランクに相応しい実力を持つ仲間達。そこに一人CよりのBという程度の力しか持たない男……であったはずの彼は、弱小ギルドに所属すると同時にSランクに匹敵する力を目覚めさせたのである。
そして、とある依頼で覚醒した男と『魔術師の杖』が衝突した結果がこれ。
無傷で君臨するように立ち塞がる元落ちこぼれと、殴られた腹部を押さえて悶え苦しむ元リーダーの構図だった。
「じゃあな……ま、これからも精々進歩と成長を行ってくれよ。落ちこぼれの俺に勝てない程度だとしてもな」
自分を追放した元リーダーへ鬱憤を晴らすが如く一方的な蹂躙を行い、スッキリとした元落ちこぼれは、最後にトドメだと捨て台詞を残して去って行った。
当然『魔術師の杖』としての仕事は失敗に終わり、その評価を大きく下げることになった。
『魔術師の杖』のリーダーとしては、そんなポテンシャルがあるんだったら足手まといに甘んじていないでとっとと本気出せよとしか言えないだろう。それならば、弱小ギルドのお山の大将になるのではなく、彼の力を加えSランクチームに昇格してより大きな働きができたはずなのにと。
だが、周りはそうは思わない。詳しい事情を知らない外野からすれば、『魔術師の杖』は金の卵を逃した愚か者の集まりだ。
新進気鋭の若手チームとして名声を高めていた反動か、一気に落ちぶれていく『魔術師の杖』。
そんなチームにはいられないと、続々と離脱を表明するチームメンバー達。名声を失い仲間を失い自信を失ったリーダーは、同期のSランク候補達からも罵倒される日々を送ることになり、二度と日の目を見ることは無かった――
――だったら、まだマシだった。
なんと、そこで更なる奇跡が起きてしまったのだった。
「……俺を見くびったこと、後悔させてやるよ」
「うそ、だろ……」
どん底まで落ちた元リーダーは、やはり覚醒した。
Sランクを凌ぐ、人類史にも両手の指で数えられるほどの数しかいないとされるSSランク冒険者に匹敵する力を何故か得てしまったのだ。
そうなれば、もう自分を蔑んでいたSランク未満の同期など相手にもならない。絶望を払拭するようにソロで活動を始めた元リーダーは、瞬く間に伝説に至る道を進み始めたのだ。
そうなると困るのが、元リーダーの同期達である。
今後、間違いなく『栄光の架け橋』の主軸となるだろう男と決定的に対立してしまったのだ。
そこまで関わりを持っていなかった他のギルド構成員達は、当然彼らと距離を置くことになる。不用意に競争相手を蹴落とそうとした結果、自らの将来を塞いでしまった愚か者として嘲笑われる立場に転落してしまったのである。
圧倒的に力で劣る相手に喧嘩を売ってしまった未来のエリート候補達は、そのままうだつの上がらない人生を――
――進むことは無かった。もうしつこいという話だが、やっぱり彼らは覚醒してSSランクだとか前代未聞のSSSランクだとかになったのだ。
その彼らと距離を置いた人々は立場が逆転して落ちぶれた末に覚醒して、またそこから誰かが落ちぶれて覚醒して、いつの間にかSランクとか雑魚に分類みたいな世界になったせいで天狗の鼻が折られた最初の元落ちこぼれに媚びを売っていた連中が落ちぶれては覚醒して……みたいな感じで、世界はおかしな方向に進んでいったのだ。
そんな中『もうSSSSSSSSランクとか長いしわかりにくいから評価基準数字にしようぜ?』的な議論のついでに、彼らは気がついてしまった。
どうやら、この世界には『落ちぶれて侮辱されると超パワーアップできる法則がある』らしいと。
その真理に辿り着いた結果、かつて優秀なエリート達が集っていた『栄光の架け橋』は――
「俺を蔑んでくれ!」
「いや、俺を役立たずと罵ってくれよ!」
「Sランクのくせに仕事ができない能なしだって認めてくれよ!」
「いいえ! 私こそ女のくせに戦士とかって差別されるべきなの!」
「何をいう! それを言うなら俺の方が男のくせに力で劣る貧弱野郎だって見下されるべきだろ!」
「そんなことよりAランクスキルを持っていない私の方が役立たずでしょ!?」
「アンタ隠しスキルとかあるじゃないの! 直接戦闘能力を持たない聖女である私こそがキングオブ役立たずです!」
「選ばれし者が何言ってんのよ! それより私なんか――」
――阿鼻叫喚の地獄絵図になった。
筋骨隆々の益荒男、あるいは見目麗しい引き締まったスタイルの美女達が、こぞって自らを蔑む発言を繰り返しているのだ。
もうここは冒険者ギルドなんかじゃ無い。ただのドMの集会場だ。
いまや、彼らのランク付けは今の実力なんかじゃない。どれだけ他人から見下され罵倒されることができるかが全て。
そんな、変態の蠱毒と化したギルドだった場所で、受付嬢は一人頭を抱え続ける。
手元にある、ギルド会報に記された業務連絡――
『最近追い詰められた魔物達が急激なパワーアップを果たした。その対抗策として、冒険者強化のため職員に冒険者達を罵らせる実験を行う。初級編として研修を行うので○○時にロビーに集合すること。なお、ボンテージと鞭、蝋燭はこちらで支給する。研修時の実験体はギルドマスターである私自らが行う』
――を、死んだ眼で見ながら。冒険者ギルドに相応しいムキムキボディのギルドマスターの姿が思い浮かぶ、堅苦しい筆跡で書かれたイカレタ文章を、見ながら……。
「仕事辞めたい……でもお給料……」
他を圧倒する高給取りの職場。
その意味、なんだか変わってきていないかなと途方に暮れる受付嬢なのであった……。
追放覚醒を果たす条件に効率を求めた結果こうなりました。
面白い、あるいは面白くなりそうだと思っていただけたならば、現時点での
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この短編とは全く関係ないですが、本日より連載再開しました長編ファンタジー
『魔王道―千年前の魔王が復活したら最弱魔物のコボルトだったが、知識経験に衰え無し。神と正義の名の下にやりたい放題している人間共を躾けてやるとしよう』
もよければ下のリンクよりどうぞ。