来訪
それはある夏のお盆休み。
家の手伝いでお墓の掃除をすることになり、疲れていた私はいつもより早くベッドで眠りについた。
それなりに深い眠りだったと思うが、カリカリと襖を引っ掻く微かな音に目を覚ました。
いつものことだ。
家では小型犬を飼っていて、部屋の襖を閉めていると引っ掻いて開けてほしいと催促してくるのだ。
毎朝、私の部屋から外を覗くのが犬の日課で、仕事の有無に関わらず起こしてくれるため、目覚ましいらずの生活だ。
もう朝か、そう思って眼をこすりつつ襖を開いたが・・・・そこには何もいなかった。
辺りの暗さに違和感を感じて時計を見上げると、時刻は深夜の2時を回ったところだった。
この時間だと、犬は檻の中に入っていて襖を引っ掻くことは出来ない。
では一体何が襖を引っ掻いたのか?
背筋を薄ら寒いものが走り、私は襖を閉めて慌ててベッドへと駆け込んだ。
疲れていて寝ぼけただけだそう思って眠ろうとした。
が、また再び音がした。
ただ、今度は襖を引っ掻く音ではなかった。
それは・・・・ベッドの下を何かが這い回る音だった。
全身が緊張しから冷や汗が流れる。
何か招いてはいけないものを部屋に入れてしまったと確信した。
早くいなくなってほしい。そう思ってどれほどの時間が経過しただろうか。
再び襖を何かが引っ掻いた。何度も執拗に。
私が動かずにいると襖が勝手に開いて・・・犬が入ってきた。
「おーい、朝だぞー」
父が襖から顔をのぞかせていた。
犬のひっかき音が続くのを気にして開けに来たようだ。
時間はもう朝の6時を過ぎていた。
2日目
お盆なんだからそういうこともあるだろう。
私はそう思って時に気にしないことにした。
もしまた何かが来ても、次は襖を開けなければいいのだ。
そしてその夜、そんな安易な考えは容易く打ち破られた。
また再び物音で目が覚めた。
音は昨日と同じように・・・・ベッドの下からしていた。
どうやら昨日入ってきたそれは、部屋から出ていかなかったようだ。
軽く冷や汗をかくが、初日ほど緊張はしない。
一体何がやってきたんだろうか?
耳を澄ますと物音には人の息遣いの様なものが混じっているように聞こえ・・・
一瞬なにかを話しかけられたように感じ、驚いて腰を浮かすと物音は消えてしまった。
3日目
今日も物音はするのだろうか?
多少興味のようなものも湧いて、いつものように眠りについた。
そして相変わらず深夜に物音で目を覚ました。
連日の現象に余裕が生まれて、どうするべきか考えた。
答えは簡単だ。出て行ってもらえばいいのだ。
と、昨日に続いて物音がしなくなったことに気が付いた。
今日はもうこれで終わりだろうか?
そう思って何気なくベッドの脇のに顔を向けようとして・・・・私は慌てて動きを止め目をつぶった。
全身から冷や汗が流れる。
何かがベッドの淵から顔を覗かせ、私を覗き込んでいた。
強い気配と視線を感じ、無心に寝たふりをした。
やがて犬が襖を掻く音で私は目を覚ました。
寝たふりをしよう考えた後の記憶はなくなっていた。
経験上よくない兆候だ。
4日目
いい年をして親に怖くて部屋で眠れないなんて言うこともできず4夜目を迎えた。
いっそのこと襖を開けておこう。
そういう結論に達した。
襖を開けたままにすると蚊が入ってくるのだけれど仕方がない。
連日の寝不足で少し早めに眠りについた。
襖の向こうには和室で、置かれた仏壇から線香の匂いが漂ってくる。
夢現に人の気配を感じ、今日もまたそれが出たのだと確信した。
だが、それは連日のように物音をたてることもなく、それは遠ざかって部屋から出て行った。
どうやら無事に帰ってくれたみたいだ。
そんな安堵と共に意識が途絶えた。
翌日、蚊に咬まれた手足を掻きつつ、体験したことを母に話した。
母は寝たきりだった祖母が、襖を開けていると何かがやって来ると話していたことを教えてくれた。
もう祖母は亡くなってしまったが、祖母が寝ていた部屋は私が今使ってる部屋だった。
お盆の丑三つ時にあなたの部屋に何かが来ても、扉は不用意に開けない方が良いかもしれません。